私が白亜の神鳥と呼ばれるまで   作:柑橘風きしめん

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中期凍滅災害に伴う聖王国の変遷史

 また、蝶が降る季節が来た。

 人間が精冷蝶(エフェメラルアイス)と呼ぶ存在がある。

 見た目は蝶そのものだが、その性質はタンポポの綿毛や雪に近い。

 高く遠くへと舞い上がり、地に落ちて拡散されるために存在している。

 

 地面に落ちると溶けて沈み込み、時期が来ると霜柱と共に幼虫が現れて成虫となり、上空の冷気を奪って氷で出来た体を成長させては、様々な地に散り、そして翅を拡げて止まった場所で溶けながら冷やしていく。

 

 精冷蝶(エフェメラルアイス)がとまった場所の農産物は凍り付いて砕けるが、水場ではそうもならない。

 蝶が溶ける速度が早くなるからだ。

 

 ただ、大量発生した時は異なる。

 流れの遅い水場では、表面の凍結が始まる。

 

 精冷蝶(エフェメラルアイス)は生物というには現象に近く、私であっても即座に絶滅させる事は出来ない。

 というよりは、絶滅させる必要もないのだ。

 

 この循環する湿地帯では、凍結とは無縁な話なのだから。

 水は1キロ以上の深層から円を巡る様に循環され、住まう水鳥も自分達の周りだけであれば高温水を吐いて溶かす事も出来る。

 

 本来は清流鳥は此処よりも遥かに寒冷な地で生息し、凍りにくい流水を住処として、凍り付きそうならば温水を吐き、雛を生む前には事前に凍らない水場へと渡る性質だ。

 渡りを行わないこの湿地の集団が異端ともいえる。

 最近、この付近の清流鳥は羽毛が増えつつあるのも、その影響があるのかもしれない。

 

 

 とにかく、寒さに対して強く耐性があり、寒くても凍らない環境がある以上、この湿地の清流鳥は無事といえた。

 私にはそれだけで十分だった。

 

 

 数年に渡って、蝶が増加傾向にある時期の事だった。

 私は見た。

 蝶の季節に人間が巣から去っていくのを。

 

 多くの蝶が天空から舞い降りて来た翌日の事だった。

 

 心底愚かだと思った。

 雛は飛べぬから、卵を産んで雛が巣立てるまでは親鳥は渡らない。

 水鳥なら常識だ。

 稀に雛を見捨てて渡らないといけない場合もあるが、それは例外に過ぎない。

 

 新たな営巣地を目指すなら、蝶の時期が来る前に行うべきだった。

 人間は食料を蓄える生物だと知っている。

 ならば食料が豊富な暑い季節に移動して、移動した先で食料を蓄えるべきだったのだ。

 

 しかしそのような愚かな人間を助ける意味は私にはない。

 私はそれを無視するつもりだった。

 

 しかし蝶の時期に渡りを始めた人間達は、清流鳥達を襲い始めた。

 私は当初傍観していた。

 私は姉の血脈そのものには絶対の価値を感じているが、各々の個体への思い入れは無いからだ。

 

 だが渡るかと思っていた人間達は、元の巣からそこまで遠く離れていない場所で清流鳥を襲いながら生活を始めた。

 それも雛を持つ家庭を狙い始めた。

 弱い雛や、その雛を護らなくてはならぬ親鳥は狙いやすかったのだろう。

 

 この段階に来て私は排除を決意した。

 超臨界水で何人かの人間を融解させた。

 人間達を全滅させても良かったが、留まらず逃げる限りは放っておくことにした。

 湿地の外にまで逃げて、入って来ないのならばそれで私の目的は達成された。

 

 

 人間の巣における人間の密度は、大きく低下している事に気が付いた。

 それまで常に増え続けていた人数は、数年前の半分にまで減っていた。

 成る程、増え過ぎた群れの一部が自殺するために長旅をする、レミングの行動のようなものだったのかと私は理解した。

 如何なる環境においても絶滅と無縁であるために、爆発的な繁殖能力を備えつつも、適応する環境においては増え過ぎる為に食料が尽きる。

 ならばと増え過ぎた分の群れを自殺させるレミングの行動は、無駄が多くはあるが種全体としては間違ってはいない選択であるだろう。

 それは無計画に増える事と、群れを減らす事の両方においてだ。

 運が良ければ自殺旅ではなく、食料豊かな新天地が待っているかも知れないし、自殺旅であっても残った群れは存続出来る。

 

 ハチやハダカデバネズミは階層によって大きく格差がある。

 多産、又は広いテリトリーを持つ性質がありながら、極めて複雑な社会性を持つならば、そのように優先順位の格差を認めてリソースを集中する事を認めなければ、最終的には追放か共食い以外の手段が無くなる。

 

 平等かつ無計画に数を増やす事、増え過ぎた数は追放すること。

 水鳥はそのどちらも戦略として用いないが、それもまた水鳥の戦略だ。

 レミングや人間の様にとにかく増えて、困ったから自殺させる在り方は、清流鳥にはとても行えない。

 護り育てて巣立たせる。

 そうやって今まで命を繋いで来たのだから、水鳥の戦略もまた間違ってはいないのだ。

 

 百世代毎に少子化が進むこの湿地帯の清流鳥特有の現象も、また何かしらの戦略に基づくものではないかと、私は考えている。

 

 いや、そこに戦略など無くても構わない。

 例え愚かな無謀や自堕落な無軌道であっても、私の力の限り支えれば良いのだ。

 

 姉の血脈が選ぶ道筋が、正しいか誤りかは分からない。

 その道筋が何処へ続くか、何処まで続くかも分からない。

 だが何れにせよ、私はそれを護り続けよう。

 

 

 

❖人類側の視点

 

 聖王歴1542年。

 数十年にも渡る精冷蝶(エフェメラルアイス)の増加により、寒冷現象が続く時代の初期の事だった。

 後の聖王国に多大なる影響を与える『美しき聖王国計画』が決定された。

 

 それは圧倒的な増税と、徹底的な福祉の廃止による、人為的な淘汰と浄化である。

 

 事の始まりは、精冷蝶(エフェメラルアイス)の増加により農地や牧草地が『凍滅現象』を起こした事により、元の土地を捨てた他国の農民達が大量に聖王国に押しかけた事だった。

 

 聖王国は流水大湿地に囲まれており、精冷蝶(エフェメラルアイス)による影響を極めて受けにくいだけでなく、ワビーサ草による殺菌効果などによって安全な飲料水が確保された、神の祝福を受けた選ばれた地である。

 

 しかし増え続ける人口によって、冬季の食料問題が深刻化してきた。

 人口が増え続けるにも関わらず、『凍滅現象』によって農地は荒れて食料は減少する。

 これにより、その日の食料を目的にした強盗殺人などの社会問題も発生していた。

 

 

 当時の聖王であったサクラリアは、『美しき聖王国計画』によって人頭税と物価税に対して、徹底的な大増税と、税金を支払えない者への厳罰化を断行した。

 これにより、増税に耐えきれない人々を追い返し、元から聖王国にいた者達にも自主的に退国させる事に成功した。

 この政策は現在まで多大なる影響を及ぼし、現在の聖王国上層部が天使によって大きく占されている事も、『美しき聖王国計画』の一環として断行された市民議会や地方裁判における投票権は、収入によって決定されるという英断によるところも大きい。

 

 収入を殆ど持たぬ者には投票権はなく、大きく収入を持つ者には多くの投票権が与えられる在り方は、この時期に締結されて現在まで続いており、サクラリア王の叡智の証明ともいわれている。

 

 生産性の低い者の中にも、それでも留まる者もいたが、翌年の始まりの日には強制追放されて、聖王国は生産性の高い者だけで占められる事となり、それ以降の数十年も続く寒冷の時期を乗り切る事が出来た。

 

 一方この寒冷への対策として、汎ゆる税金を限界まで減税したシィオルグ共和国は、増え続けた人口がさほど増えぬ生産性を遥かに超越した事によって、国民の半数以上が餓死する『地獄の季節』となった。

 その際の人口爆発の影響を受けた以降のベビーブームにおいても、生産力を消費量が上回って餓死者を多く出している。

 尚、この事において現在のシィオルグ共和国も「全ての国民は財産であり、全ての子供は未来の宝」であると主張した当時の首席書記の発言を引き継いでおり、経済的な失策とは認めてはいない。

 『地獄の季節』後は完全に他国の経済的奴隷へと成り果てただけでなく、同じく困窮していた近隣の獣人達による略奪を受けて、更なる大打撃を受けた。

 以降シィオルグ共和国は、襲って来た獣人よりも救済しなかった他国を恨む事となり、昨年には一方的に他国への返済を破棄する事を宣言すると共に、最も数が多い獣人を中心とした世界統一共栄草案を発表して今に至る。

 

 サクラリアの王配であるプライムによる、『地獄の季節』を過した二国の対比を記した『生産性と人口の限界比率』は、現在の第二高等教育では必ず学ぶ教材とされている。

 

 サクラリア王は資源と人材の徹底的な効率化を求めた国王であり、初等・中等・第一高等教育でそれぞれ半分以上の成績に満たない者には、その意志があっても進学させずに、早期に安価な労働者として使う為の法律や、学歴に関わらず受験可能な第二高等教育修了基準に基づいた統一試験など、徹底的な能力主義による切り捨てと救済のバランス感覚を持っており、今日の法律の基礎への貢献を語るにおいて欠かせない存在といえる。

 彼女は優れた国民を国民として愛し、優れた子供達を未来の宝と尊んだ。

 そして国民達はそれに応えた。

 

 

 彼女による聖王国の民の選別による、聖王国民の母数そのものの削減無くしては、これだけの規模の寒冷期において、寒さと飢えによる(残留した)聖王国民の死亡率が3%以下という驚異的な数値は、この時代ではあり得なかったであろう。

 

 一見非情に見える女王の未来を見据えた国家への愛の象徴としてこの事例は、『愛は選別ありて』という(ことわざ)になるほど語られており、現在の経済政策の基本にもなっている。

 

 

 

 この時期に追放された者達についてだが、実は経済的な能力不足で追放されたのでは無いとする説も、近年の有力説の一つとして存在するので紹介する。

 それは追放された人々が、神鳥や清流鳥に対して悪意を持つ者達であったとするものだ。

 人為的に殺傷された清流鳥の骨も見つかっていることから、可能性は極めて高い。

 則ち、清流鳥を害する邪教徒がおり、聖王国民を愛するサクラリア王や神鳥もこれを見過ごすことは出来ず、苦渋の決断として追放したという事となる。

 これらの説には一部反対の声が上がっているが、清流鳥を人為的に殺害し続ける行為は追放であっても十分な温情ともいえる処置であり、聖王国に残された民に対する愛情深い女王の行動とも一致するため、近く教科書が変更される可能性も高い。

 これまでの追放後の民が清流鳥を害した説に代わり、清流鳥を害した者が追放された説が新しいスタンダードとなるであろう。

 

 

 追放された人々のその後については、現在の二百年前まで存続したヒーガーン集落民として存在していた。

 大湿地帯の外苑のすぐ先に存在しており、獣人達の小国群から近い事もあって、定期的な獣人からの略奪に遭って現在では滅亡している。

 この方角の獣人の国では、当時の略奪物が家宝として扱われる傾向があると共に、ヒーガーン民の遺伝子を持つ者が少なくない数で確認されている。

 

 ヒーガーン民は汎ゆる国家に獣人からの救済を依頼したが、神鳥を悪と断定する邪教を捨てない事を理由に、どの国からも支援を受けられず滅亡した。

 ヒーガーン民が共通の宗教を共有していたとすれば、経済的に大きな利点の無いヒーガーン集落への救済もあり得たのではないだろうか。

 

 皮肉にもヒーガーン民と同じく邪教を信じる獣人達には、同じ邪教を信じる者としてではなく、ただの略奪対象としか扱われなかった。

 

 周期から予測するに、数十年後に精冷蝶(エフェメラルアイス)の増加期が見込まれるが、その際に正しい行動を行えるかは、現在の若者達に託される。

 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶであろう。




聖王歴2000年の教科書より

精冷蝶(エフェメラルアイス)
 氷の結晶で出来た体を持つ、『雪の化身』とも呼ばれる極めて美しい蝶のような何か。
 身体の多くが水に似た成分で構成されている。
 霜と共に幼虫が生まれ、成虫になると上空の冷気と二酸化炭素と水分を吸って巨大化して、大地に降りては溶ける生態を持つ。
 直ぐ溶ける事と、触れる際の危険性もあって、未だ雌雄は確認されていない。
 遥か上空で交尾しているという説と、そもそも雌雄は存在しないという説がある。
 地面に沈み込んだ溶けた成虫の体液そのものが、新たな精冷蝶(エフェメラルアイス)達の卵となる。
 風水学者など火山蜂と対象的に扱う者もいるが、こちらは意志を持たぬ現象に近い。
 地面に溶ける際には翅を広げる。
 拡げた翅の下にある農作物は全て氷結する事から、『凍滅』災害として扱われる。
 殺しても落ちて溶ける事が被害と、翌年の幼虫発生に繋がるので、大規模な群れの墜落先が他国であることを願うのが最善となる。
 非対称性干渉存在として扱うべきなのかは議論が続いている。
 幼虫は清流鳥の好物として知られている。

❖納税額別投票制度
 一定の納税額毎に投票権の数が与えられる制度であり『美しき聖王国計画』の核となった制度。
 これにより低所得者には無票、高額納税額は多数の票を手にする事となった。
 その能力から莫大な資産を稼ぐ天使が移民としてやって来てからは、数少ない天使が多くの票に基づく決定権を持つ事となり、現在の聖王国では上層部が真人から天使へと変わっている。
 1888年にレガリア女王が天使を王配とし、自身の子供を天使の技術で純粋な天使として誕生させて以降、聖王国は天使が治める国家となった。
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