私が白亜の神鳥と呼ばれるまで 作:柑橘風きしめん
宝石鯨。
この星の生命体に序列を付けるとすれば、星そのものを除けば頂点に位置するもの。
遠くから何度か見た事があるが、あれこそ避けられぬ災厄だろう。
生物というには、その姿はあまりにも化石に近く、クジラの骨のヒレ部分を大きく伸ばしたような形で、その全身は綺羅びやかに輝いている。
その眩さというよりは、存在感そのものがとにかく異端にして異質なもので、見るだけで呑まれる事を仕方無しと受け入れてしまいそうになる。
高く響く様な鳴き声は、聞く者にそれが何かしらに宛てられたものなのだと理解させるが、その対象になるであろう似た生物も存在せず、そもそもクジラなのかどうかさえ伺わしい。
見た目が鯨骨に近く、クジラに近い声を出す故に、便宜上クジラと仮定されているに過ぎない。
地中を潜り岩盤を喰らいながら進むのだろう。
私が見たことがあるのは、地上に現れた時だけだが、全てを喰らいながら進んでいた。
排泄とも消化とも無縁そうな、骨格で存在する生物。
それは、ただ呑み込むためだけに存在しているように思えた。
アレの前には全てが無力だ。
私とて、翔べぬ雛は見捨てて、直ぐ様湿地から逃げろと水鳥達に告げるだろう。
私はしがない水鳥でしかなく、星を掻き乱す機構にも等しい存在には勝負は挑まない。
以前に湿地の端を削り進まれた時には、私はそれを見送った。
何をしても無駄であると思ったからだ。
その時には、土地毎食い尽くされた魔法陣を再度書き込んだ。
私より大きいとはいえ、
だから被害は限定される。
湿地全てを呑み込む訳では無いので、諦めてしまう方が良い。
放っておけばそのまま何処かへと向かうのだ。
対処しきれない災害には、逃げるか諦めるかの二択しかないのだから。
やめておけばよいものを、湿地近くに
相手にもされないどころか、土の一部としか思われないだろうに。
人間程度では止める事どころか、気付かせる事すら出来ない。
進行上にいれば、そのまま呑まれるだけだった。
下手に反応されて進路を変えられても問題だから、別にそれで良かった。
矢という離れ技を行う人間や、酒という毒を呑ませようとする人間がいたが、クジラには認知もされずに呑み込まれて終わるだろうと考えながら、そんなことはどうでも良く、湿地の被害を正確に把握するために上空から眺めていた。
突如、クジラが跳ね上がった。
地中から頭部の端だけを出して潜航していたクジラが、私に向かって跳び上がってきた。
私にできる事は咄嗟に進路から外れて飛ぶ事だけだった。
これは初めての事だった。
大地を喰らうクジラが、明確に何かを求めて移動するなど想定しなかった。
大地の中という、安全かつ自身の食物の中から出る必要はないからだ。
と思っていたが、私の僅かに下を落ちていった後は、少しズレた進路を進んでいったクジラを見て理解した。
クジラが私を狙ったというのは、私の自意識過剰でしかなかったのだと。
ただ跳ねたいから跳ねて、偶々その上に私がいただけなのだと。
クジラが私を意識する必要さえない。
クジラを害することも出来ぬ私などを、クジラが意識する必要が何処にもないのだから。
そんなことよりも、クジラに壊された魔法陣を書き直さなくては。
円が壊れて水流が止まりつつある。
早急な対応が必要だ。
今後はクジラ対策を考えなくてはいけない。
予備として他の場所にも新たな湿地を作ったり、外円が壊れても機能するように内側にも魔法陣を重ねる事も必要になることだろう。
とはいえ、今の湿地も姉の子孫で溢れかえっているわけでもないので、本当にクジラ対策以外の意味を持たない。
それに、新たな湿地を作る事の難易度は思った以上に高いのだ。
潤沢な栄養と外敵のいない環境があっても、清流鳥が湿地を満たすには程遠いのは、昔と比べると少子化になりつつあるからだ。
普通に考えれば、栄養が十分にあって安全が確保されていれば、自然と生む卵は多くなるものだが、これは湿地帯の清流鳥に変化が起こっているのだろうか?
元の存在から大きく変化したとしても、姉の血脈であることには変わりはない。
もしそれを追及してしまうのならば、私自身がとっくに原種から掛け離れてしまったからだ。
結論を言えば、清流鳥の血液が進化した結果一度に産まれる卵が減ってしまった。
水草が変化したことは気が付いていた。
味が変わった水草が増えていた。
それを放置していたら、何時の間にか殆どの水草の味が変わっていた。
今の世代の水鳥達は、変化後の水草しか知らないだろう。
今の水草は、以前のものと比べると魔力を含み過ぎている。
刺激も強くなっている。
清流鳥以外の鳥では食べようとしないほどツーンとしている。
清流鳥の進化の原因は恐らく、変化した水草を効率的に主食と出来る様に最適化した結果だろう。
体液の殺菌成分────つまり毒性は更に強まった。
結果として
生殖器形成不全で性別がおかしくなったり性欲の減衰といった様子は見られないが、この湿地に生息する清流鳥では現在雛が一羽でないことの方が稀になった。
羽毛の密度が上がり、少ない雛を快適に育てるのに優位に変化しているが、反面浮力が高まり過ぎて以前よりも潜りは下手になっているし、空気抵抗も高まっているように思える。
渡りを必要としなくなって久しい事も大きいに違いない。
私の作り出した安寧か、水草の成分が原因かは分からないが、今更居住地を変えたとしてももはや間に合わないであろう。
ホワイトグレーンが人間を己に依存させて不可欠のものとなったように、この水草はこの湿地における清流鳥に不可欠なものとなっている。
加えて水草から漏れ出す成分によって、魚の種類はかなり減った。
現在の水質に耐えられて、それでいて己が食する餌も現在の水質に耐えられていなければならないからだ。
清過ぎる水に棲める魚は多くない。
食事における水草の割合は増えた。
私が用意した環境で、私が繁栄させた水草が、今や姉の血族を依存させてしまった。
最早この水草が蔓延出来る唯一の場所であるこの湿地を除いて、姉の血族は存続し得ない。
それは間違いなく私の責任だ。
もし、姉の血族が減り続けていくとしても、最後の一羽が尽きるまでは守り続けよう。
もし、最後の一羽が尽きたなら、私も家族の元へと飛び立とう。
────あの時から、季節が何百周もした。
人間達は力ある道具を使うようになった。
力ある道具は、私程ではないものの十分な威力を持つようになった。
人間達はその威力でクジラを追い払おうとしていた。
クジラの周回が、明らかに多くなった。
私は当初、力ある道具がクジラを追い払うのであればそれは環境を汚染しても許容していた。
しかし、力ある道具をクジラが狙って湿地を頻繁に襲うと理解してからは、それが誤りであったと認識するようになった。
クジラが人間を嫌っているのか、人間の力ある道具を嫌っているのかは分からない。
だが、湿地帯がクジラに襲われているのは明白だった。
私は強者であるクジラには勝てないが、弱者人間相手なら抑えられる。
私が取った選択肢は当然のものだった。
人間の力ある道具と、力ある道具を作る巣を攻撃した。
クジラと戦うよりは、人間を攻撃した方が安全度が高い。
近くにある人間の巣が、壊されると人間達は混乱していたが、時期に攻撃的になった。
しかし、天使と呼ばれる亜種が人間の巣の頂点を占める頃になると、それも治まった。
理由は大きく分けて三つあるだろう。
一つは天使と残った他の人間には生活に余裕があり、力ある道具に頼らずとも生活が出来ること。
一つは天使には力ある道具程ではないものの、天使そのものに力があり、その力は環境を害しないこと。
そして最後の一つは、天使達は私に尽くそうとする性質を持っていることだった。
天使が人間の巣を管理するようになると、クジラはやってこなくなった。
遠くにいる余裕が無い人間達が、力ある道具を使い、それをクジラは襲いに行くのだろう。
もしかするとわざと遠方の人間達は力ある道具を使用して、クジラを引き付けているのかも知れない。
生存リソースを天使に集中させることが、人間全体としての戦略ならそうなのだろう。
違ったとしても気にするべき事でも無いが。
私は人間の巣への攻撃を止めた。
余裕が無くなれば、また力ある道具を使い始め、それがクジラを呼び寄せるものだと理解したからだ。
天使は大変に気持ち悪い生物だが、殺す必要には値しない。
❖人類側の視点
海も、砂漠地帯も、高山も例外なく、
例外は聖王国の守護者である神鳥への嘆願だけであった。
跳び上がった
しかし、人類は己の力で
厳密には、人類は力を求め続けており、
その過程で、星命力吸収式魔科学に人類は手を出してしまった。
莫大にして、医療、建築、輸送など汎ゆる用途に使用可能な半物質半エネルギーである『仮天体』を星から千切り取る技術であり、現在の聖王国では研究そのものが禁止されている。
当時の発明者達は、それがどういった仕組みでどのような影響を及ぼすかを聖王には報告せず、そのエネルギーの量と活用法だけを人々へと広めた。
愚かな人々はその技術に飛び付いた。
現在では、優等国では自己の魔力や風力や廃獣人の魂を分解するなどのクリーンなエネルギー取得方法を使っているが、未だに劣等国では、種族に関わらず使用可能であり安価かつ莫大で用途が広いエネルギー兼物質として利用されており、優等国からは批判されている。
当時星命力吸収式を検知すると
この時にそれまでは発覚すれば死刑であった邪教徒や獣人が発言権を得て、喜々として、「※死の飛翔(獣人が多用する禁止用語)を信仰した過ちを認め、轡を並べ共にこれを倒そう」と表立って宣言した。
これまで無視されていた誤った主張が、遂に認められる時代が来たと思い上がった、勘違い極まりない宣言であった。
聖王はこの時真実に気が付き、最早真人だけでは市民権を得た邪教徒を抑え込めないと判断して、天使を王配とすると共に星命力吸収式を禁止した。
これにより聖王国で活気付いてきた、個人の能力に捕らわれず使用可能な星命力吸収式と王族制の破棄を起点とした、完全平等思想は沈静化した。
以降は自己の魔力量と魔力操作力に基づく技術が進歩した為に、それまで潜在的であった魔力格差が発生したものの、正しき知見を持つ天使が魔力格差の上澄みであった事が功を奏して、魔力格差の沈殿層であった邪教徒や獣人の発言権を封印することに成功した。
この件において、当時のシィオルグ共和国が完全平等宣言への賛同を行っているが、現在の同国は邪教徒扇動等の背後関係は否認している。
大規模な事業の無人化が可能な技術をもって、労働力とならない大人数を養うという、邪教徒の主張する星命力吸収式活用の矛盾を踏まえて、現在では魔力を伴わぬ作業にも再び脚光が向けられている。
辺境の植民地等にある、獣人をも含めて通わせる人類共学校では掃除等は全て獣人の子供が行い、他の人間の子供はしっかりと掃除等が行われているかの点検や指導を行う。
そうやって人間の子供はリーダーシップを学び、獣人の子供はフォロワーシップを学ぶ。
万が一獣人の子供が暴走して人間の子供に怪我を負わせる事がないように、実際に暴走した獣人を幸せにした後に、給食として提供する『命の授業』も行われている。
『命の授業』は残虐だという意見もあるが、獣人の命に対して最も真剣に向き合う授業であるという意見もある。
旧来の肉体労働と比べて、魔力を使った方が効率的な事も多いが、その上で旧時代的な労働も必要であるという、回顧主義の富裕層も増えて来ている。
ただ、多くの優等国では現在の個人魔力や自然エネルギーを利用した経済活動や生活様式が主流であり、敢えて獣人や貧困層の労働力を使う事は、非効率的な富裕層の遊びであるという意見は強い。
また、高度な個人魔力技術の発展により、今後ますます不要となる非魔力労働者の扱いについては、何らかの再利用が必要になるだろう。
「獣人はいざという時には幸せにすれば家畜となるが、その他の人類の下層は幸せにしても更に幸せを貪る事を望むのみである。似ても焼いても食えない」と発言した天使への批判が真人を中心に存在するが、納税額に基づく発言権の差が十分であり、これに即座に対応する緊急性はない。
聖王歴2000年の教科書より
❖獣人
幸福が異常に飽和すると獣になる。
❖特定家畜
極度のストレスを与えると獣人になる。
❖
宝石や貴金属で出来た骨だけの見た目は隙間だらけにも関わらず、その顎の中を通り抜けたものは例外無く消化済となる。
星命力吸収式魔科学に反応する性質を持ち、かつては人類の発展を否定する悪魔だと思われていた。
植物や菌類を除くと、生物として最上位の古さと大きさを誇る。
❖ワビーサ草(メアファドリス種)
大湿地帯のみに存在する水草であり、大湿地においては全域に自生しているが、その他の土地では見られない。
徐々に深くに新たな根を伸ばしていく性質と、地下茎によりクローンを並列的に誕生させる性質を持ち、表面には青色の色素の、内部には無色の水溶性殺菌成分を持つ。
青色の殺菌成分により、大湿地帯の水は淡く染められていて、これにより聖王国では常に安全な水が確保されており、聖王国発展の理由の一つにもなっている。
無色の殺菌成分は刺激物であり、スゥーシィーなどの調味料にも使われる。
❖大湿地帯
リアラリアラ湿地という名称が存在するが、一般的には大湿地帯といえばこの湿地帯の事を指す。
淡く着色された水によって、殺菌効果による微生物の少なさに反して光の透過率はかなり低い。
また、光の透過率の為に水面近くに葉を伸ばす植物しか光合成による成長が行えない。
100mよりも深くに潜ると、光が届かない世界が広がっており、独自の生物による環境が構築されている。
現在の大湿地帯の溝底には、この水草の根が伸びており大湿地帯の溝全てをこの水草が覆った時、流水の魔法陣そのものの力を得た水草が何らかの脅威になると主張する科学者もいるが、主流派からは否定されている。