私が白亜の神鳥と呼ばれるまで 作:柑橘風きしめん
『天使』と称される人間の亜種は、私にはとても奇妙な生物に感じる。
アレらは、私のものに似せた翼を見せ付けるように誇っているが、それこそが私にはとても気味が悪いのだ。
天使は私を真似た姿になりたかったのだろうが、私は天使の姿になりたいと思ったことは過去に一度もないし、未来においても無いと断定出来る。
アブはハチのマネをして、自身の危険性をアピールするが、ハチはわざわざアブの真似をして弱く見せたりはしない。
故に私が天使の姿を目指す必要が皆無というのもあるが、それ以前の問題がある。
逆の立場で物事を考える事が必ずしも正しいとは限らないが、もしそう考えるとすれば、人間にとっては、水鳥の翼の付け根から人間のものに酷似した精巧な腕が生えているに等しい。
しかも天使の翼はそれ単体で飛べない事を反映するならば、水鳥の翼から生えた人間の腕は力強くも器用でもないのだ。
腕としての機能を果たさぬ完全に無意味な器官だが、孔雀が異性へのアピールに無駄に豪奢な翼を持つ事は無駄ではない…に近しいところなのだろうか。
天使にとって、翼の白さが異性への魅力や集団内の権威として成り立つ部分はあるのだろう。
そうでなければ、数十年毎に白くなっていくアレらの翼への説明が成り立たない。
生物はより良い方に更新されていく。
種族として望ましい方向へ進んでいく。
その望みの方向性は、その種族にしか理解出来ぬものだ。
私にとって天使の姿が気味が悪くても、天使にとってはそれが正解なのだろう。
もし、人間が信じる上位存在が実在したとして、一部が自分に似た別生物がいたとしたら、とても不気味に感じて視線を逸らそうとするに違いない。
私も出来れば視界に入れたくはないが、いつかは慣れる日も来るだろう。
その天使だが、遂に
通常種もまた、天使に隷属した。
通常種の巣は天使種の巣となり、私の前で魔力を使わねば飛べもせぬ翼で羽ばたくという、気味の悪い仕草をする。
とはいえど滅ぼそうとは思わない。
滅ぼす理由が存在しないからだ。
不快極まりなくストレスが与えられるというのなら滅ぼすが、不気味というだけでは滅ぼすつもりはない。
人間は人間の顔そっくりに変化した花を攻撃するが、あの花は人間にとって有害な種と無害な種があって両者は似ており、判別を付けるよりも取り敢えず攻撃するという考えに理が無いとは思わない。
安全だと思えば危険だったというよりかは、安全であっても危険と思って殺す方が良い。
もしかしたら不気味というだけで、花を攻撃している可能性もあるが、だからといって私には関係ない事だ。
湿地に稀に生えている人間の頭部に似た花は、耳障りなだけでそれ以外の有害さはない。
湿地の外にある海に生えている近似種は肉食性だが、それが湿地の中にいる姉の子孫を害する事はない。
とはいえ天使が不気味な事には変わりがない。
翼の大きさが雛のサイズであり、それでいて色が成鳥や私に近いのでまだ何とかなるが、翼だけ見て同族かと思えば鳥の体ではなく人間の身体が付いていましたとなっていると、気持ち悪さの不意打ちが酷い。
これで味が良ければ食べる事も考えたが、人間全体がそこまで美味しくないので天使もそうだろう。
それでいて見た目のグロテスクさが全面に出ていれば、それを敢えて食らうほどゲテモノ好きではない。
清流鳥が他の人間を襲うことはあっても、天使だけは襲わないのは私と同じ理由のはずだ。
そこには好意はなく、不快感しか無いだろう。
刷り込みでもなければ慣れるものではない。
ただ、天使が清流鳥を傷付ける事は決して無いのだ。
他の人間の種が清流鳥を傷付けた事はあっても、天使だけは過去にその例がない。
天使は謎の同族意識を持っているようで、清流鳥に対して魚を振る舞おうとしたりする。
気持ち悪いが、敵対する生物ではないという落とし所にする清流鳥もいるにはいる。
それでも、雛鳥に見せると一種の拒食障害を起こして、人間全般を食べれなくなる雛鳥もいるにはいる。
私と比べて普通の清流鳥は知能が高くないから、気持ち悪さを多大に苦しむ事はないが、もし普通の清流鳥の知能が高く、その気持ち悪さに苦しむ事で多大に存続に悪影響を及ぼす事があったのなら、私は天使を滅ぼしていただろう。
私を含む清流鳥は、気持ち悪いから天使を食わない。
いっそのこと天使が全身を清流鳥に似せたなら気持ち悪くもなくなるが、哺乳類が鳥類に収斂進化するのはかなり難しいのでは無いだろうか?
いや、微妙に水鳥に似ていながら、微妙に違うというのは却って不気味さを引き立てるのではないだろうか?
成る程、天使が獣人を嫌う理屈の一部は理解出来た。
それでもそれ以外の部分で天使を理解したいとは微塵も思わない。
何故人間種としての完成に達しておきながら、飛行機能を持たない鳥風味の翼を意図して生やしたのか。
気にならないとは言わないが、気にしたいとは思えないのだ。
❖天使側の視点
我々天使は、エルフの王族として遺伝子を整え続けて人類の到達点に達した。
人類の限界まで、美しく、賢く、逞しく、健康で、器用で、高い魔力を持つ様に、管理婚姻と遺伝子の精査と整流を繰り返し続けた。
解析に基づき新たな遺伝子も追加したし、先祖から引き継いだ非励起状態の遺伝子さえも美しく整えた。
則ち遥か太古から一切の問題を含まない完全なる遺伝子のみで続いて来たかの様に、遺伝子を書き換えた。
そして天上の存在となるべく、白亜の神鳥の御姿に似た翼を設計した。
この純白の翼は栄光の
人類以上ではなく、人類以外の存在になったといっても過言ではない。
天使が優れた存在であることを示す様に、神鳥の眷属である清流鳥は天使に対しては捕食行動を行う事は決して無い。
これは天使のみが神鳥から認められた事の証明といえよう。
また、天使が聖王国の支配層となってからは、その他の人類と清流鳥との間の事故も減った。
これもまた、神鳥から認められた事の証明だ。
星命力吸収式が広がった時には、危うく全人類最強の性能という天使のアドバンテージを失いかけたが、神鳥がそれを否定・破壊した事で個人の能力が基礎となる社会へと安定した。
これらの事も、神鳥が我ら天使こそが人類の代表として相応しいと定めたからだ。
故に我らは神の使いとして、神鳥に感謝と畏敬と信仰を捧げ無ければならない。
神を模して遺伝子操作で作り出された翼で、大空を舞うイメージの舞を行うのだ。
そうして我らは神の御意志と一体化する。
我らは神の恩寵を受けし者。
翼を持たぬ者達とは違うのだ。
聖王国の権威も、嘗て真人如きに持たせていたのはとても勿体無かった。
世界最高の宗教的権威は、天使にこそ相応しい。
我らと比べて不完全な人類が持っていて良いものではなかった。
他の人類を見ていて、どうしてこの程度の事も出来ないのかと思う事ばかりだ。
本気でやっているのか、ひょっとしてギャグでやっているのか分からない事が多々ある。
天使なら子供でも出来る事で驚かれる。
原始時代や未開の文明しかない異世界でなら、天才だと驚かれるのも分かるが、現実でそのような反応をされると気持ち良く持ち上げられたとは思えず、何か裏があるのではないかと考えてしまう。
だがそうではなく、他の人類は本当にその程度の事も出来ないのだと知った時、他の人類を人類と認められなくなるのは仕方無い。
エルフや真人や魔族の上位なら、普通に話は出来る。
しかし、人類の下層であるならば、獣人とは何が違うというのだろう。
私がつい口に出した、「獣人はいざという時には幸せにすれば家畜となるが、その他の人類の下層は幸せにしても更に幸せを貪る事を望むのみである。似ても焼いても食えない」という言葉は事実でしかなく、仕方のない事なのだ。
聖王歴2000年の教科書より
❖天使
真人の中でも優秀な者同士をかけ合わせたエルフの中で、積極的な遺伝子操作により翼を生やした人類。
現在の聖王陛下も天使である。
聖王陛下は神鳥の恩寵の申し子の最たる者である。
❖真人
近年天使やエルフが貧困層の真人を獣人同様に扱うことを受けて、「天使に見下されるのは少し許せない。エルフに見下されるのはかなり許せない。けれども獣人と対等に扱われるのは絶対に許せない」という階層遵守宣言を発表した。
貧困層には、獣人が己の下に位置する事で安堵している者は少なくない。
シンプルな能力主義や成果主義で雇用契約を行う場合、高度な知識や計算能力を必要とする知的労働や、高い魔力量や操作能力を伴わない単純労働を行う職業においては、真人と獣人の給与が同一となる事も少なくないが、その場合においても獣人の給与をより下げるようにと主張する真人は存在する。
尚、全て監督官に指示を受けて行動する場合においては、肉体労働の進捗は獣人の方が早いため、獣人が雇われやすく、体力・魔力・知力のいずれも持たない真人の就職難が様々な問題の起因となっており、改めて重税化とそれに伴う物価上昇と厳罰化によって彼等を自主的に退国させる必要がある。
❖全人類評議員
聖王に次いで、全人類の行く末を決める責任と権利を持つ者達。
聖王歴2000年においては、その多くが天使である。
ファムエルという名前は、天使では一般的な名前であり、現在は5名のファムエル議員がいる。
❖
人間の顔に酷似した花を咲かせて、笑いながら花部を動かす。不気味極まりない存在で、人間として生まれる筈の魂が間違えて花に宿ったという昔話がある。
❖
海中に生息していて、獲物を見ると引き摺りこんで捕食する。
この際に引き千切った上半身だけを残して、切断面から根を挿し込んでは、上半身の隅々に細毛を張り巡らせる。
上半身だけを海面から出させては、新たな獲物を呼ぶ。
海面や汽水域の水面から、歌うように意味を持たない言葉を発する人を見たら、決して近寄ってはいけない。
上半身ではなく下半身から音を出す獲物を取る場合は、上半身を食べて下半身を浮かべて操る。
知能が無く、味のみでそれらを判断するため間違える事もある。
❖シィオルグ共和国
昨年、「弱者が強者の不正と闘い勝つ為には、正攻法では不可能であり、弱者に正攻法を強要することは悪である。
弱者が強者に勝つ為に、小さな不正を重ねる事は勝利に必要な事であり、これを不正と咎める事は許されない」という『正義の為の格差是正論』を発表した。
後日シィオルグ共和国による工作活動が発覚し、『正義の為の格差是正論』によって許されるべきだと主張をしているが、聖王国としてはそもそもその宣言への賛同は行っていない。