私が白亜の神鳥と呼ばれるまで 作:柑橘風きしめん
アリは植物や蝶は守るが、カメムシやハエは守らない。
自分に利益があるものを守るということは、その敵対者を攻撃する事と同意になることもある。
勿論、敵を攻撃しなければ味方ではないとは限らない。
様々な状況があり、その状況に合わせて様々な生物が様々な行動を取る。
それは相手が近しい族であっても変わらない。
巨大イカの主食は小さなイカであるし、小さなイカ達は巨大イカの天敵を呼び寄せる習性を持つ。
寧ろ近しい種族ほど、自分の下位互換存在を捕食・略奪の対象として、上位互換存在を排除しようとするのだろう。
その柔軟な身体を駆使して陸棲巻貝を襲い、残された殻を巣として活動する哺乳類だ。
後脚は殻の中に入れたままとなり、前脚のみで動く為に成獣は前脚のみが成長していく。
そして時間の経過と共に、その巻貝の元の中身に近い姿へと変異していく。
その宿猫の好物が
兎の耳に酷似した殻を持つ竜の一種であり貝ではない。
しかし貝に似た姿や生態と、水中の漂流物や沈殿物を食らう食性から、貝に似た収斂進化を起こしたと考えられる。
竜というにはあまりにも弱いが、極めて高い糖度によってこれまで清流鳥にはほぼ食べられずに存続してきた。
人間には糖分が分離するまで煮詰めるという、何かしらの恨み辛みがあるのだと感じさせる殺し方をされる。
殺した後も乾くまで煮詰め続けるというのは、余りにも常軌を逸している。
私の様に直ぐ気化する程の熱量がある訳でもなく、地味に煮込み続けるのは嗜虐心の表れだろう。
人間は
とはいえ、人間は巣の外には僅かしか出ない。
湿地に幅広く生息する
湿地の中に住む人間は、巣を拡大したりしない。
これは私としては良い事だ。
湿地帯の中心にある人間の巣が拡大されるということは、水鳥の住まう地が削られるということなのだから。
湿地は十分に広く、中央に人間の巣があることは許容出来るが、それを際限なく拡大されていたら私はそれを防いでいたと思う。
人間のいうところの鳥の月の最初の日、多くの人間が巣から出て行く。
人間の行動には本当に謎が多い。
最も明るさが長い日でも、最も暑い日でも、それらの逆でさえもない日を、一年の基準として取り扱うのだから。
そして、巣立ちを行うにはあまりにも向かない季節だ。
雪や蝶が降る季節に、屋根もない巣の外へと出向くあたり、人間の行動には謎が多い。
そもそも日単位で行動を決めるなんて、あまりにも細かい。
とはいえ、それも人間には必要な習性なのだろう。
生物によって習性は異なるものだし、その戦略が未来へ続くものか否かというのは、清流鳥である私にはどうでも良いことだ。
私はこの湿地の清流鳥を脅威から守護する事で、湿地の清流鳥に対して防衛力を共有する。
家族を養う為に、己の取得した餌を共有する親鳥のように。
しかし、家族ではなく仲間ですら無いものを防衛することも、餌を与えることもない。
日が昇り始めて直ぐの事だったが、この日は吹雪いていた。
巣立ちしてばかりの人間達は、寒さから身を守る為に
私はそれを見て、巣立ちを終えた人間達の、その後の動向への視線と興味を切った。
何故なら、────その意味が無いからだ。
私は姉の子孫には肩入れをしよう。
しかし、人間にも竜にも肩入れはしない。
その必要も無いからだ。
私は姉の子孫には肩入れをしよう。
しかし、集団としては存続させても、各個体に過保護になる必要はない。
それは害悪だからだ。
人間に管理されなくては生きられない家畜や蚕の様に、欠陥を増やし続ける事は、種に対する凌辱に他ならない。
弱い個体を見捨てる事は、種全体へと肩入れすることに繋がる。
故に私は、愛情をもって冷酷に見守ろう。
❖近代竜人達の生存戦略
「遅かったか」
誰かがそう呟いた。
メアファドリスを追放された人々が、
あまりの寒さに耐え兼ねたのだろう。
本来は我々が迎え入れる筈だった追放者は、もう人間では無くなりつつあるはずだ。
そうやって知覚や精神面が書き換えられる。
その後にじっくりと
食事を血肉に変えるという表現はあるが、
その後に記憶を取り戻す事もそれなりにあるが、それは近しい肉体の仕組みを持つものが原料となった場合だけだ。
近似した肉体を変化後のものと認識することによって起こる、不完全な肉体変換である。
真人から
複数の意識と混ざり合いながら、貝の様な形になった元真人が耐えられるかと考えれば、意識が書き換えられる事が不幸とも言えないが。
何故我々がそういった事に詳しいかと言えば、
竜の因子を持つ生物、則ち竜種の生殖方法は幾つか存在する。
その内の一つとして、同一の種族へと作り替えるというものがある。
見た目は貝の
竜は己の胎内に含めた他の生物を竜に出来る。
それを我々はとても良く知っている。
我々はこれまで、弱い人々を見捨てずに生きてきた。
我々はこれまで、弱い人々を見捨てずに生きてきてしまった。
正直に言って、それは間違いだったのだ。
メアファドリスが出した『淘汰圧適正論』によると、己の種族の能力と、天敵となる他種族や過酷な環境とを比較して、弱者を守り切れるレベルが定められている。
その限界値を越えて、我々竜人は弱い人々を守り過ぎてしまった。
その結果、魔族の様な、積極的に弱い人々を切り捨てて、強いものだけで更に上を目指す者達に追い越されて、そのまま置き去りにされてしまった。
生物としての基本設計が遥かに劣る魔族に、素の基本設計が優秀であった竜人が負けてしまったのだ。
格差のピラミッド構造の下位を保護して増やし続けた竜人。
格差のピラミッドの下位を削って、上を新たに作り、既存の上位を中位に、既存の中位を下位にしていった魔族。
最終的には、ピラミッドの土台が置かれる高さ自体が変わってしまった。
人類に敵が無く、地上の支配者として君臨する世界線があれば弱者を救っていく選択肢もあっただろう。
しかし我々は過酷な中で弱者を救い続けた。
手が届く範囲内では、救い続けることが出来てしまった。
なまじ優秀な能力があったからそれが出来てしまった。
その間に他の人類は、上へ上へと成長を続けて我々を抜き去り置いてけぼりにしてしまった。
真人を素体にしたエルフを更に向上させた天使には、明らかに見下されるようになってしまった。
嘗て、竜人は最強の人類として人類の汎ゆる危機を防いで来た。
竜人だけでなく、様々な種族を守って来た。
真人、獣人、現在の外殻人の元となった種族など。
勿論、守り切れず滅びてしまった人類種もいた。
しかし、それでも基本的には守ろうとしてきた。
先祖達もまた、強者が弱者を守る事によって得られる誇りがあると思っていた。
だが、もしかすると、弱者がより弱い者を守っていただけなのかもしれない。
そうだとすれば無理があったのだ。
我は先祖を愚かだと思う。
明らかに生存戦略を間違えたのだ。
徹底的に
エルフや魔族の様に徹底的にやるべきだった。
そうすれば、他の人類が滅びても竜人だけは今よりも幸福に生きていけたかもしれない。
だが今更過去には戻れない。
人類の中で相対的に落ちた竜人が、その能力で人類の上位に戻ることはもはや出来ない。
我々は強大な竜の様に生きる事は選べなくなった。
だから多産のトカゲとして生きていく他はない。
だから、竜人族の女を掻き集めて、その子宮を繋げあわせて『産む機械』を作った。
とにかく数を増やす。
それが竜人の生存戦略だった。
人口を増やし続ける事による、国家の成長。
そして人口密度を高める事による、領土の維持。
それらを最優先とした。
しかし、それにはモンスターの脅威が強過ぎた。
多産だけで人類トップを取れるのなら、獣人や外殻人や真人が天使やエルフに支配されるはずもないのだ。
だから我々は、獣人や外殻人を遥かに超える出生率を作る事にした。
それまでは他人類を助けつつも、竜人として受け入れはせず、あくまで友好的他人類として壁を作ってきた。
しかし何時までもそれは適わない。
故に、『産む機械』を改良した。
『産む機械』が普通に出産するサイクルは一年以上かかる。
通常の竜人女性よりも早く、そして多産であることは間違い無いが、人類が共通として必要とする資源を、人類同士で奪い合う競争に勝ち残る程の生存戦略として、人口爆発を起こすにはそれでは足りなかった。
故に、他人類を竜人に作り替える事にした。
獣人や追放された真人の様な劣った人々は、己の遺伝子の弱さに絶望しているはずだ。
故に、優れた種である竜人に転生すれば、これまでの失敗続きであった人生を切り捨てて、やりたかった事が可能になるという夢を持ってやってきた。
『産む機械』に作った新たな口から入った他人類は、一月後には竜人として生まれ直す事が出来る。
生殖出産よりも、竜の血による作り替えの方が早く出来る。
元が人型であり、頭脳や内蔵を持つ設計の生物ならば、作り替えは一月で完了する。
僅か一月で今の己より優れた身体能力と思考能力、そして魔力を持って産まれ直せる。
弱き人々を見捨てなかった先祖達の願いと、見捨てられ続けて来た弱き人々の願いを、遂に私の代で結び付けられた。
今の己の遺伝子の限界に絶望した者に、今より高い知能と体力と魔力を持つ竜人に転生させる事で、彼等は絶望から救われて、我々は人口を増やせるのだ。
我々は新年の始まりの朝、メアファドリスから追放される人々を迎え入れに行くつもりだった。
だが、彼等は愚かにも我々の手を取る前に、自ら
もう助からない。
彼等は
今引き摺り出して『産む機械』に押し込めば良いが、その方法がない。
だからといって外側から呼び掛けても無駄だ。
ならばその殻を破壊して取り出せば良いが、我々は他の竜を殺したくはない。
故に詰みだ。
追放された真人達を救うのは諦めるしかない。
彼等を救ってあげることを、今回は諦めるしか無いのだ。
我々はエルフとは決定的に生き方が違う。
我々は生まれる時には、個体としての性能よりも竜人という人種に生まれた事そのものを尊ぶ。
しかし、その後の運命は平等ではない。
大量に竜人を増やしていけば、その中に天才的な特別な個体が誕生する。
全ての人間がリーダーにはなれない以上、リーダーとして必要とされる数だけ、リーダーとして優秀な天才がいれば事足りる。
末端の兵士まで、将軍としての高い才能が必要であるとは思えない。
そこが竜人とエルフの戦略の決定的な差だ。
竜人の数が圧倒的に増えた後に、我々の戦略の正しさは証明されるだろう。
我々はゴブリンとも生き方が決定的に違う。
ゴブリンの様に全ての利益を、全ての民で分け合う生き方は我々の求めるところではない。
嘗てゴブリンを絶滅の危機から救った時、我々はゴブリンに感謝し屈服することを求めた。
しかし、ゴブリン達は対等な存在に感謝したくはないと断って来た。
ゴブリンは感謝することに劣等感を感じるらしい。
しかしその上で、その後もゴブリンは我々に防衛を要求してきた。
我々はそれを断った。
ゴブリンの様に、強者にたかる在り方を我々は良しとしない。
我々は強者が傲る事を悪としない。
我々は食事や収入を弱者に恵んでやる事はあっても、対等に弱き者達と分け合う事を目的としない。
我々は強者として弱者を保護する事はあっても、強者と弱者は明確に区別する。
強者と名乗る事は傲りではなく当然の権利であり、強者には義務は無く、強者の気分と善意によって、安全を分け与えるだけだ。
強者が弱者の為に動く事を当然の義務と考えるゴブリンは、助けてくれた強者に感謝しない。
強者に感謝することが弱者の当然の義務と考える我々は、義務でも無い故にゴブリンに関しては助けない。
我々の側が強者の義務と語るのは良いが、我々に助けを求める弱者側が強者の義務を求めることは許してはならない。
エルフの様に切り捨てるのでもなく、ゴブリンの様に弱者は助けて貰って当然で感謝は不要とも考えず、強者には義務も責任も無い上で善意と優しさで助けてやっている事を楽しめるのが竜人だ。
今は空洞の
仕方が無いので、私は帰る事を仲間達に命じた。
聖王歴2000年の教科書より
❖
ツルにもハクチョウにもサギにも似た、熱水を吐く水鳥。
神鳥『雪華石の大翼』の原種であり、その羽毛の下には青く発光するラインが存在しており、生体魔法陣としての機能を兼ね備えている。
発光パターンは個体毎に大きく異なる。
暗くなると発光パターンで家族を見分ける事が可能である。
それ以外の主な用途としては、威嚇・求愛・昆虫の呼び寄せなどに使われる。
❖
煮詰める事で大量の砂糖を作る事が出来る。
中身をくり抜いた中に、生物を実験的に入れると再び中身が回復していた事から、殻こそが本体であって、中身は殻によって生成される移動と捕食の為の外付け器官ではないかという近年発表された新説がある。
殻の中に紐を付けた獣人を入れた結果、出てこなくなり、紐を引っ張り引き摺り出した後に、知能が変質していることが確認された。
❖
柔軟な身体で殻の中に入り、その肉を捕食する。
空になった殻をヤドカリの様に使用する。
先天的に
怪我や老化、感染や先天性疾患により、弱った
❖ゴブリン
獣人の一種
獣人は飽和するほどの過剰な幸せを感じると獣になるが、ゴブリンの場合は真人の最底辺を、生物として限界にまでぐちゃぐちゃにして、とことん醜くした様な姿になる。
真人からも獣人からも嫌われており、竜人にさえも拒絶されている種族。
獣になった姿は、最も人間に近い獣ともいわれる生物『ニンゲンモドキ』になるが、利用価値の低い『ニンゲンモドキ』の、家畜としての活用法は未だ確立出来ていない。
❖ニンゲンモドキ
獣人であるゴブリンを飽和幸福状態にすることで生み出される事から、獣であることは間違い無いが、ゴブリンよりも真人に近い特性を持つ。
とはいえ、真人と比べると極めて劣った存在であるといえる。
人為的に作らなければ、まず発生しない存在である。
有害にしかならない為に、効果的な利用方法が探されている。
可哀想な存在とも言えるが、罪はなくても害があるならば処分を前提とするのは当然であるといえる。
❖竜人
古代と比べて遥かに脆弱になってしまった。
弱い竜人を集団から排除せず、守り続けた弊害として、欠陥のある弱い遺伝子が、淘汰されずに残され続けた事が原因と見られている。
山繭蛾と蚕は同じ種にも関わらず、方や淘汰を進めて欠陥を排除し、方や逆淘汰を行い続けて欠陥を増やし続けた事に似ている。
竜人のコミュニティで助け合わなくては存続出来ない程に個体能力が低下しつつある事が問題となっている。