私が白亜の神鳥と呼ばれるまで 作:柑橘風きしめん
凄く励みになります。
物心がついた時、私は優しい温もりの中にいた。
水のせせらぐ音と、母と姉の心音を聞きながら生まれた。
後に人間達に
私と姉よりはとても大きく、母より少し大きな存在が、餌を持ってきてくれた。
私はそれが父であると知った。
私の後には弟が二羽孵った。
何方も同じ様に見えた。
私と姉弟には足が着かない水底は、両親にとっては足が着く程度の深である事が多かった。
それは私達の安全の為であった。
それは水に浮かぶ私達が、急流が生む渦に沈み込むのを防ぐ為であり、それは私達を呑み込む様な大魚や大型爬虫類が住まぬ環境を選んでくれた為であった。
姉は姉なりに泳ぐ練習をしていた。
私と弟達は歩ける程水が少なくなった時に、十分露出した草をなるべく食べる様にしていたのを、今も覚えている。
流れがある以上、そこは隔絶された環境ではなく、上流または下流から危険となる生物が侵入してくることもある。
しかし私達の両親は決して、隔絶された安全な溜め池は住処としなかった。
理由は分からなかったが、私が成鳥になった時には停滞した水場に住みたくないと強く感じたので、両親もそうだったに違いないとその時は考えていた。
泳ぐ事は楽しかったが、姉の様に上手くはならなかった。
父の様に羽ばたき空を飛ぶことは、私も姉もまだ出来なかった。
弟達は何れも私より上手くは出来なかった。
当初、母は飛べないのかと思っていたが、それは私と姉弟の世話を行う為であった。
今になって考えると大変愚かな考えであった。
今考えると、私は焦っていたのかも知れない。
十を見て、十を学び、十の行動に役立てるものと、十を見て、百を学び、千の行動に役立てるものとでは、親が多くの
無償の愛であっても、それが平等に与えられるとは限らないと私は考えていた。
結論からいうと、私達姉弟は何れも両親からの愛情を受ける事が出来た。
それは産まれた卵が少なかったからかもしれないし、餌が潤沢であったからかも知れない。
それでも姉弟揃って、最後まで飢えを知らずに過ごせた。
狭く浅い川の中には、私達を脅かす者はいなかった。
危険なものは何時だって、水の外からやって来た。
鷹だった。
いや、
更に細かい分類をすれば、
ホバリングが得意で、長く鋭い硬質な尾羽根を、鞭の様に振り回して獲物を斬り刻む。
私にとっては最初の脅威はその鶚だった。
父は負傷しながらも、母と共に熱湯を吐き続けて敵を撃退した。
私と姉も真似てそれをやろうとしたが、ただの温いお湯が周囲に飛び散っただけだった。
浅い水の世界では、水の中には危険はなく、何時だって水の外に危険があった。
人間は猛禽類の次に頻繁に来る脅威であった。
『盾』という壁を使って、私と姉を抱える母ににじり寄って来た。
『矢』という攻撃手段はとても厄介で、とても素早く飛んでくる。
私と姉を背に乗せた母は、飛ぶことも潜ることも出来なかった。
母は私達を振り落とした。
流された私達は後に父に回収されたが、それ以降母に会うことは無かった。
私は、私達が人里離れた小川で生活しているのは、安定した水場近くに住む人間を避ける為であり、もしもの時に雛を流して逃がす為であったと知った。
人間を恨むつもりは無いが、人間を恐れる理由は理解した。
潜り方と餌の捕り方は父に学んだ。
片親しかいないのに、四羽全て給餌しなければならないのであれば、父にも厳しかったとは思う。
ただ、一切外敵となる程の存在がおらず、住まうもの全てが私達の餌でしかない水中は素晴らしく感じた。
最高だったとは言わない。
それは母がいないからだ。
最低だったとは言わない。
それは父と姉と弟達がいたからだ。
水が冷たくなる頃には、私と姉はそれなりに大きくなっていた。
弟達は、僅かに小さかったが小川の環境下では、少なくとも水中には敵はいなかった。
まだ父と比べれば大きくはないが、それでも渓流の中においては無敵だった。
その時に私は思ったのだ。
より大きくなれば、私にとっての脅威は減り、私にとっての餌場が増えるのだと。
雪が降る季節となった。
私達は家族で温め合った。
幸いにして温水が吐ける水鳥だ。
熱には困らない。
寒さで凍えて死ぬ他種の水鳥を見た。
救う気は無かった。
それが自然の定めだと感じていた。
姉は死んだ水鳥の家族の生き残りに、お湯をかけにいっていた。
そしてビクビクと蠕き始めたそれを、羽毛で温めてやった。
そうする意味は分からなかった。
無駄であると思った。
血族で無いどころか他種であった。
食い扶持を奪う相手はいなくなった方が良いと考えていた。
その時は。
その他種である水鳥は、私達に着いてくるようになった。
私達に温かなお湯を期待しているのだろうと、私は浅ましく思っていた。
助ける意義を感じなかった。
結果的に正しかったのは姉だった。
その鳥は、冬の終わりに人間がやって来た時に、ワザとけたたましく鳴いた。
私達と反対側でそれをした。
囮になったのだ。
直後人間が大声を出した。
そして強い音がした。
居なくなると寂しくなるものだ。
彼はもしかすると姉の事が好きだったのかも知れない。
それは無駄な想像だ。
姉とは近縁種でないどころか、根本的に別種であったし、彼はそこで死んだ。
そして私達は生き延びた。
春になった。
私達は父に巣立ちを要求されている事を理解した。
別に疎ましく思われているとは感じなかった。
ただ、互いにそうするべきだと感じていたのだ。
私はなるべく遠くへ飛ぶことにした。
思い出に引かれたら、寂しくなるからだ。
もう父とも姉とも弟とも会うことはないだろうと感じていた。
実際、そうだった。
そうして『私達』は、『私』になった。
私は高い山の頂きにある、小さな滝壺を住処とした。
こんな所を住処とする物好きだと自分でも感じた。
私はそんな物好きは私しかいないと思っていた。
しかしそうではなかった。
もう一羽物好きがいた。
私は恋に落ちた。
彼女もそうだった。
そうして『私』は再び『私達』となった。
私は空白であった所が満たされた。
私達の血を引く雛が生まれたら、私は両親の様に世話をしようと思っていた。
それが正しいと感じていた。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
走脚性の大鷲に襲われた。
そこは、飛ぶことなく二脚で高山を走破する大鷲の住処でもあった。
再び『私達』は『私』に戻った。
満たされていた空白が、完全に欠けた事を知った。
この空白は埋まらず、もう私が子孫を残す事は無いことも理解した。
私は母の時同様に、彼女の喪失を教訓とした。
しかし大きな違いは、その教訓は、生き延びる為ではなく、危険を食い殺す事であった。
私の種は雑食性だ。
確かに流水でしか繁茂しない水草は、私達の好物であり主食である。
しかし、流水を好む本質的な理由は弱い雛鳥を護る為だった。
雛鳥を何時か持つ予定が無いのであれば、逃げ惑う必要は無いのである。
私はより大きくなり、私を食らうものを減らし、私が食らうものを増やせるようにした。
野ネズミや、野ウサギも襲った。
雛を育てる環境に拘らなければ、何処でも生きていけると感じていた。
何時の間にか、住処としていた山からは、太い脚の大鷲はいなくなり、人間も見なくなっていた。
数十年か、数百年か、それとももっと多くか。
季節の数を覚えるのを止めてしまった私には、どれくらい時が経ったかは分からないが、下手な翼竜が私の餌になる程には成長していた。
生き物を傷付けては喰らい、霊脈を傷付けては喰らい、自然そのものを無意味に喰らって、無意味に生き延びていた。
ある時、人間達が入って来た。
「で…出た……。チヅシイ山の魔鳥…嘘…だ…ヒギィ」
「助けアガァ」
私は直ぐにそれを襲った。
人間は群れであった。
私はその尽くを殺した。
その後、その人間達は同族である他の人間を追っていた事を知った。
追われていた人間が一人震えていた。
それは寒さか恐怖かは分からない。
「殺すなら、どうか一思いに…」
それは指を絡めて顔の前に置いていた。
その時の私は、気紛れを起こしていたのだ。
彼女は私の雛鳥時代の好物であった水草を乾燥させたものを、頭の毛を縛るものとして使っていた。
私はそれを千切り食らうと、不思議と毛づくろいしてくれた姉を思い出した。
私は姉が他の生き物にそうしたように、羽毛で包んで温めた。
その晩は寒かったかどうかは覚えていないが、私の羽毛を基準に考えれば寒かった記憶はない。
完全な気紛れだった。
しかし気紛れとはいえ生かしてやったものを食らうのでは、昨晩の行動が無意味になると考えていた気がする。
というのも、自発的に人間を助けた事がこれくらいしか記憶に無いにも関わらず、大して重要でもないこの程度の事はハッキリとは覚えてもいないのだ。
ここまで記憶にあるのは、直前に千年掛けて霊峰に蓄積した怨念集合体を咀嚼して、その影響で知力が桁違いに跳ね上がった事も大きいのだろう。
別にこの人間を特別視はしないし、同族と比較する事すら無意味な程無価値だと感じている。
そう、私は姉の真似をする事に酔っていただけであった。
「この御恩は終生忘れません」
私にとっては、それが明日死のうとどうでも良かった。
見送る事も無く、私はその人間を無視した。
それから長くもなく短くもない月日が経った。
その頃にはとっくに山を捨てていて、大型の生物を殺して回っていた。
その中でも最後の方の記憶だった。
そこには、三つの水草が絡み合い、三つ首竜の様な姿となった存在が猛威を振るっていた。
相変わらず人間が襲われていた。
人間は弱くて群れるから直ぐに狙われる。
それは仕方のない事だ。
弱い癖に、逃げるのに不利な生活環境を好む愚かさの塊だった。
私は人間はどうでも良かったが、水草を食らう事は決めていた。
何度も水蒸気爆発で吹き飛ばして、しなしなとなった水草を食らう事にした。
やはり水草は美味しいものだった。
私が帰ろうとすると、人間の一人が私を呼び止めた。
私にしっかりとした覚えは無かった。
当たり前だ。
人間の区別など付く筈もない。
しかし、何か知っている様な気がした。
そうなると候補は二人だけだ。
母を殺した人間と、私の気紛れが生かした人間だ。
短命な人間の事だから、既に前者は寿命が来ている筈だし、後者は私に恩返しをする事はあっても、私の側に借りは無い。
そして弱小な人間如きには、私は助けられる事はない。
私が解決出来ぬ事を、弱き人間如きが解決出来ぬ故に。
私は再びそれを無視した。
私はそれからも暫く大型の生物を殺していた。
この頃には無意味な殺しはせず、食べる為に殺していた。
太陽の様なカニを見付けた。
以前見た場所だった。
生憎とそのカニはとても強かった。
私は逃げる事も視野に入れていた。
しかし、人間の雌が生まれたばかりの水鳥を抱えていた。
ともすればその人間と同じ位の大きさをしていた。
水鳥が軽いとはいえ、弱い人間には重たそうだった。
カニはそれを明確に狙っていた。
「シエリア!! 逃げなさい!!」
「姫様ッ!! 狙われています!!」
私の目は釘付けになった。
人間達の雑音など気にならなかった。
似ていたから、いや、理解したのだ。
その水鳥の雛は、母に、そして姉に似ていた。
姉の子孫なのだと完全に理解した。
ならば、逃げる訳にはいかない。
私は急降下し、その雛を背に守る様に舞い降りた。
そのカニと戦って、勝てる可能性は半分よりも少し低かった。
間違いなく相手は、この時代の最上位モンスターの一角だった。
私の熱湯も死に至らしめる程ではない。
嘴も爪も決定打には程遠い。
ハサミで肉を拗られ、骨を砕かれた。
触れたそばから私が焦げていく。
私は、既に死んだ身だ。
彼女を失った日から、死ぬのが定めなのに生きていた。
だからこそ、此処で死のうと決めていた。
体内の熱を高め続けた。
熱湯は蒸気となり膨張するが、それを無理矢理押し込める。
既に喉は焼け爛れていた。
だが問題は無かった。
その理由は私の背後に在った。
それが答えの全てであった。
私は、嘗てない圧力と熱の湯を至近距離でカニにブチ当てた。
カニは息絶えて、私はそれを踏み潰しながら狂った様に食らった。
私は生き延びて、また一つ強くなった。
私はカニを喰らって一月も経たぬ間に、新たな力を完成させた。
ただの水を極限まで熱して、極限まで圧して放つ技だった。
私はあの雛や、その親族が暮らしやすい環境を、小川が並ぶばかりの疎らな草地に作る事にした。
空高く舞い上がり、雛がいる人間の巣を中心に、半径100km程の円を描くようにあの技を放った。
抉り削れた円を深掘りする為に、目印として引かれた表面の溝の上を飛びながら、超臨界水を吐いて回った。
深さ1km、幅100mの深さで複雑に彫ったそれは、幾つかの川が流れるばかりの土地を水源へと変え、平地でありながら循環する水流を生み出した。
二年も経つ頃には湿地となったその場所で私は見た。
あの雛に似た何羽かの水鳥と、成鳥になり雛を育てている嘗ての雛鳥を。
私はこの地を護る事とした。
この楽園を残す事、自分に最も近しい血を引くものを繁栄させる事を、己が生き延びた意味だと理解した。
そして私は不思議な事に気が付いていた。
人間の巣の近くにありながら、原種となる水鳥が生息していることに。
警戒心の強い私達の種は、自身を狙う存在が近くに住むことを良しとしない。
一切の脅威を恐れて逃げた場所で、無力なものしかいない場所で頂点捕食者として君臨する事を望んできた。
だとするならば、この場所で人間は長い間水鳥を襲っていない…?
私の疑問に答えが出た頃に、一人の人間がいた。
他の人間に支えられて漸く歩けるほどにまで老いた人間だった。
「約束は、果たせましたか」
何を言っているか興味もなく、その答えを与える気も無かった。
どうせ人間の事だから、己達の巣を守れとでも言っているのだろうと認識していた。
だが、この人間が死ぬ迄ならそれも気紛れとして良いだろう。
その後は、人間の巣ではなく、水鳥の巣を守り続けるだけのことだ。
❖メアファドリス建国神話
それは白き神の遣いだった。
聖なる力を持って生まれた王は、そのホワイトプラチナの髪からならず者に狙われていた。
獣人のならず者達は、彼女を追い立てて愉しむがあまり、禁忌の山脈に足を踏み入れていた。
そこは霊峰チヅシイ山であり、邪な者、弱き者は生きて帰れぬ清き山であった。
後に初代聖王陛下となる少女は、夜が明け始めたばかりの山の中で、躓いて足を痛めてしまった。
そこで少女は神に祈った。
すると直ぐにそれは叶った。
日の出と共に、神鳥
白き王を護る為に、白き鳥が舞い降りたのである。
獣人達は一瞬にして退治され、神鳥は王に頭を垂れて忠誠を誓った。
聖王は
悪魔が王と神の遣いを出逢わせてはならぬと、冷風を幾度となく叩き付けたが、神鳥の暖かな羽毛の前には無力だった。
この逸話から、
神の遣い
特に初期に置いては、殺した怪物を喰らう事さえ無く、討ち倒した怪物は全て人々へと与えていた。
そして
そして今に至るまで、聖王の子孫へと忠誠を誓った神鳥は、
初代聖王と、雛鳥を抱き抱えていた三代目聖王はワンチャンあるかもしれないが、それ以降の聖王家には完全に興味ナッシングな模様。
聖王歴2000年の教科書より
❖
水鳥の中でも知能が高く、家族の情が深い一方、番を失うと急速に生気を失う。
リアラリアラのフィニフリカは聖王家に保護されており、平民が傷を付けた場合打首となる。
❖
過去に存在したとされる最上位モンスターの一つ。
茎の先端手前迄が三株が結合した状態で、茎と龍の
光と土と水のブレスを使いこなし、七つの国を消滅させた。
❖
少なくとも十の小島を消失させた。
宝石鯨を除けば当時最強と言われた最上位モンスター。
邪悪な地上の太陽とも呼ばれ、当時大陸最大であった塩湖を砂漠へと変えてしまったとされている。
今は絶滅した古代種
❖
周囲の水分を吸い尽くし、ミイラ化させる昆虫モンスター。
群れで行動して、群れ毎に毎年同じ経路を旅する。
しかし、突如発生した大水源により、吸い付くせぬ量の水に飛び込む事になりかなりの数が減った。
❖
普段は電気ウナギに似た生態のモンスターだが、陸海空全てに適応している。
メスの方がオスの倍以上大きい。
繁殖期になると、上空の雲に集まり交尾を始める。
交尾に成功したオスはあぶれたオスを攻撃して、メスは交尾したオスと、傷が付いて弱ったオスを呑み込む。
交尾したオスは大人しく呑み込まれるが、そうでないオスは逃げようとするために、メスの交尾相手のオスに攻撃されるようだ。
オス達を呑み込んだメスは、雷と共に地上に墜落する。
メスは多くが死んでしまうが、その体内には完全に無事な卵がありえない程の大きさで存在している。
驚くべき事に、卵以外の部分がほぼ全て皮以外にはない。
雷の力で自分の身体そのものと、餌となったオス達を幾つもの卵に作り替えている為に、落雷した時点でどのみち長く生きられる可能性は低い。