私が白亜の神鳥と呼ばれるまで 作:柑橘風きしめん
あれは私が未だ怒りに囚われて、空白を埋める為だけに他の大型生物を無意味に殺していた時だった。
それは深い潮の臭いがした。
恐らくはそういった場所から揚がって来たのだろう。
中心から百を超える触手を伸ばし、シダの葉の様で鳥の羽の様な触手を波打たせながら、地面を滑るが如く這うそれは、移動経路全てを更地に変えていた。
タコと呼ぶには繊細な造りで、ヒトデと呼ぶには複雑過ぎた。
動物と呼ぶには意志が足りず、植物と呼ぶには活動的過ぎるそれは、私の破壊衝動のぶつける先としては十分だった。
初手から直接食いかかるつもりは無かった。
最初は熱湯をぶち撒けた。
まだ超臨界水には至らぬ熱湯であったが、生物である以上は十分な損傷に繋がる────筈だった。
それは熱湯を意に介さないかの様に、動き続けていた。
人間が
途中、小さな人間の巣も更地になっていた。
別にどうでも良かった。
問題があることは特に無かった。
ただ敢えて言うなれば、私より大きく目に付く他種族が存在する事が問題と言えた。
絡み取られない様に、一瞬で首を伸ばして触手を千切り離脱したが、千切られた本体は再生したし、千切れた触手も丸まって小さな本体になった。
私は狂った様にそれを繰り返した。
それの数を増やす事になったが、私はそれを問題だとは思わなかった。
別に私や同種を襲おうとはしていなかったからだ。
寧ろ、私や同種の天敵でもなく、かといって餌という訳でもないにも関わらず、相手を襲う私が異常なのだ。
殺したいから意味もなく殺すのは、狩りの練習をする若鳥なら分かるが、既に何世代もの老鳥を見送った月日を重ねた私がそうするのは、はっきりと異常だとは分かっていた。
千切られて小さくなった分体を、踏み潰しては熱湯をかけた。
そうすることで、分体は動かなくなった。
私はただただそれを繰り返した。
空白は破壊を満たすことで埋まるが、破壊の達成感は直ぐに薄れていった。
破壊を行った瞬間しか空白は満たされていかなかった。
だから破壊を繰り返した。
番を失った
死ななかったから、強く大きくなれたのではない。
死ねなかったから、強く大きくなってしまったのだ。
身体が如何に大きくなろうと、空白は満たされてはいかなかった。
私は確信している。
母を失った父は、己の子供達を見送った後にひっそりと朽ちたのだろう。
それは番を失った者にとっては、最もマトモな選択肢だったのだ。
それを知っておきながら、私は身の安全を確保した戦い方をしながら、それでいて破壊を撒き散らしている。
不死に近いバイオスイーパーよりも、余程生き汚い。
だが死のうとも思わないし、只々何かを壊したかった。
死なぬ事が自然な不壊の化け物を、死ぬべき定めに見限られた私が壊し続けた。
何度かの昼と夜を迎え、遂に私はそれを殺し尽くした。
だからといって、破壊の達成感で空白が満たされ続けたりはしなかった。
破壊が終わった後は、疲労で眠った。
夢を見た気もするし、見なかったのかも知れない。
一つ正しいのは、その時の内容は覚えていないことだけだ。
目が覚めた私の中には、やはり空白があった。
私は大きく嘶いて、次の殺害対象を探しに行った。
❖人類側の視点
屈指の歴史の深さを誇るが、その中身には何の価値も無くなった弱小国ヨッセイネ。
嘗て大国であった過去は、影すら存在しない。
その理由は、人類が生き延びるにはあまりに危険が多過ぎたためだ。
この地が危険であり、他に比較的安全な土地があれば、人々はそこに移動する。
豊かな雨と肥沃な土地は、様々な恵みと恐怖を生む。
恵みの森が生まれ、化け物が集まって、化け物が新たに生まれて、化け物同士で競い合って、そして全て消える。
十数年毎に現れる、羽根箒の様な見た目のそれは、暴食の権化で、まるでゴミを一掃するかの様に全てを食い尽くしては内海へと帰っていく。
嘗ての人々はその恐怖と恩恵を、上手に渡り歩いて来た。
どんなに強いモンスターも、定期的にリセットされて消えてしまう。
その間地上の全ては破壊し尽くされ、恵みの森が生む全てのものが無くなるが、地下深くに逃げ込めば、奥深くに逃げ込めた人々だけは助かった。
狭い洞穴の深さと数に応じて、生き残れる定数は決まっていた。
この時に、純粋に能力が上澄みの者だけを奥に残していれば、選別と培養の繰り返しにより、極めて優秀な遺伝子の人々が出来ていたに違い無かった。
初期エルフの成り立ちの様に、選別と培養を繰り返せば、自然と逞しさ、賢さ、美しさを高水準で併せ持つ民族が出来ていたのだ。
しかし、実際には政治的な働きにより人選が決まっていた。
先代国王エリユーの妻であるダギアの実家となるヴァンリーチョ家の人々が優先的に奥に入っていた。
ヴァンリーチョ家は事もあろうに、エリユーの遺児である、僅か数歳のコティー王を厄災が迫る周期の年に、別の穴に追い出した。
名目上は、王には特別な新洞窟を使わせる為であったが、その新たな洞窟は広さがあったせいで、
コティーの乳母であった世話役のジャアジラは、一応人が生き延びるのに十分な食料と水だけは用意された洞穴は、寧ろ怪物を匂いで誘き寄せるだけとしか感じなかった。
故に、ヴァンリーチョ家の人々が帰った後すぐに、日持ちする食料をもって自分の子供と共に王子を洞窟から連れ出して逃げた。
逃走中に暴食の掃除屋が上陸して行動開始したが、偶然にも化け物が通り過ぎた後の場所へと入り、生き延びる事が出来た。
即ち、一度通った場所ならば安全であった。
そして再び十数年が経った。
雨によって生まれた苔を食べ、高草が伸びてから簡易な家を作り、王と乳母とその子供は生き延びたが、乳母は遂に疲労の為に亡くなった。
子供達が乳離れしてからは、食事を殆ど子供達に回した事も大きかったのだろう。
そんな彼等を再びあの災厄が襲った。
しかしそれはたった一羽の巨鳥によって殺された。
必死に再生して生き延びようとする化け物を、神々しき白き鳥は、引き千切り踏み潰しては熱湯を掛けて殺し続けて、遂には勝利した。
コティーはそれを見て感動した。
荘厳に嘶いた白き
コティーはその独特な鞭の武術を研究して、生涯に渡って練り上げた。
乳母の娘との間に出来た子にそれを伝え、その子は旅人との間に出来た子にそれを伝えた。
そしてその子は旅人との間に子を作り────────
それを繰り返す事数世代。
遂に棒鞭の武術は完成した。
その鞭は厚い布の様に編み込んだ怪物の遺骸を、捻り締め上げたもので、鞭というよりは金棒に似ていた。
かつて栄華を誇ったヨッセイネは、かなり衰退していた。
羽根箒の様なウミシダのモンスターがいなくなった最初こそ良かった。
豊富な雨と肥沃な土壌により、数年の内に、大森林が構築された。
しかし、そうなると今度はリセットされていたモンスターが繁栄し始めた。
先ずは
食した植物を己の背中から生やす特性を得た、緑色の地を走る鳥だ。
雛の頃には自由意志があるが、成長と共に背に生える植物が増えて来ると、植物の意思に操られたような行動を取る。
その食性は背の植物を食らう事だが、光合成を行う事も欠けてはならない生態として存在する。
それらが捕食目的で人間を襲う事は稀だが、
ホワイトグレーンを育てる為に農民を増やし、ヨッセイネは農業大国となった。
ホワイトグレーンを育てる為にヨッセイネの民衆達は生まれ、ホワイトグレーンを食べてヨッセイネの民衆達は生きた。
そこがヨッセイネの最盛期と言えた。
農作業の労働力が足りずに連れて来た獣人達が、社会問題となった。
性格的に元々ヨッセイネ民であった者と比較して、飽きやすく享楽的で、農作業に向かない獣人達は現地民と衝突したり、多数派のヨッセイネ民より遥かに少ない人数でありながら、多数派のヨッセイネ民と同数の犯罪を犯したりした。
ヨッセイネの外の森では、
代わりに
まるで毛のようにカビを纏ったヤシガニの様なそれは、ホワイトグレーンの天敵であった。
多くの草木を枯らす菌をばら撒く
しかし、閉鎖的な環境でホワイトグレーンだけでなく、侵入した菌も守ってしまう農業環境では、それは劇毒に等しかった。
ヨッセイネを支配していたホワイトグレーンは、崩壊の前夜を歩んでいた。
ヨッセイネは速やかにホワイトグレーンを見限って、他の食料を手段に据えれば良かったが、最早大勢の国民を維持できる手段であったホワイトグレーンから切り替える方法などありはしなかった。
森への狩猟を推奨するようになると、今度は現地民に対して移民である獣人の発言権が上がり、現地民の劣等感と獣人の奢りから、彼等の衝突は激化した。
そして遂に、ヨッセイネは正規兵にて獣人を抹殺した。
取り敢えず当面はこれで内部の氾濫は防げた。
しかし、今度は外部での問題が発生した。
外苑の森の中で、何時の間にか増えていたそれは、ヨッセイネの中にやって来た。
地中を泳げる特性から、外壁は意味を為さなかった。
カスザメの様な、エイの様な、ヒラメの様なその魚は、地中を泳ぎ地表近くまで浮上すると、獲物を待ち構えて近付いて来た所を捕食する。
子供が頻繁に呑み込まれる事態が発生していた。
ヨッセイネでは、視認しにくい夜間の外出禁止を推し進めると共に、駆除を行った。
水を浴びると地中に潜らなくなる特性を利用して、水を掛けては槍で突く手法を採用した。
次に嘗ての
それでも
際限なく棲息するモンスターのランクが上がり続けていく中、ヨッセイネの人々の成長は遅過ぎた。
ヨッセイネの国は最早国民を守る事が出来なかった。
それでも、以前と同じ様に、逃げて住まう先が周囲に無ければ、王族を優先して民を切り捨てれば問題無かった。
しかし、その時にはメアファドリス聖王国が誕生していた。
水路に護られた、
メアファドリスに大量の民が移動し、ヨッセイネの人口は減り続けた。
しかも最悪な事に、ヨッセイネに残ろうとしたのは既得権益を持つ者以外には、ヨッセイネを出る能力も勇気も無い、安定志向だが無能な民達だった。
メアファドリスは大量のヨッセイネからの移民の中から、受け容れる民を選ぶことが出来る立場であった。
賢く美しく逞しい者は受け容れ、そうでない者は新規を受け容れた分、要らなくなったヨッセイネ出身者と共に追い返した。
メアファドリスに突き返される様な者は、そもそも移民に挑戦しようとはしなくなった。
斯くして、ヨッセイネは民の数が減った上に、優秀な者ばかりを失った。
ヨッセイネは再び獣人の移民を受け入れる事にした。
獣人はメアファドリスでは忌み嫌われるので、落ち目なヨッセイネであってもやって来た。
コティーの子孫であるコッティリは親族を率いて、質と数が大幅に劣化したヨッセイネを遂に攻撃開始した。
数世代にて濃縮された怨みと鞭の業は、ヨッセイネの人々を殺すには十分だった。
ヴァンリーチョの一族を殺し尽くして、遂にコッティリは正当な王権を取り戻した。
しかし、既にコティーの家が歴史から消えて、数世代が過ぎた後であり、民衆達は勝手に過去を捏造している新たな統治者としか見なかった。
そして、コッティリの世代では既に民衆の統治など、一族の兄弟の誰も分からなかった。
当たり前だ、幼い王子とその乳母とその子供だけで始まった一族の何処に政権運営のノウハウが残ったというのだろう。
コッティリは調子の良い獣人の言葉に従い、彼に政権運営を任せた。
獣人である彼は、獣人に都合の良い人種平等化政策を打ち立てたが、経済と治安は大きく悪化した。
経済が悪化すると獣人達もヨッセイネから逃げ始めた。
ヨッセイネの外では暮らしていけない、古くからの現地民は残り始めた。
仕方が無いので、獣人の大臣を殺して、獣人全てを奴隷として民衆に分け与えた。
強い立場と鬱屈と生存本能が一方的な性的欲望へと向かった。
獣人の女性が現地民の子を妊む事が多くなり、コッティリが老人になる頃には、ハーフの人々が増えて、ハーフの権利向上に伴い、ハーフのルーツである獣人の権利も向上した。
それに耐えきれなくなった純血の現地民達はとうとうヨッセイネを捨て始めた。
それは止まらなくなった。
例えメアファドリス聖王国の前で門前払いを受けて餓死する者が続出したとしても…。
獣人達も落ち目のヨッセイネを見捨て始めた。
そうして遂に栄華を誇ったヨッセイネは寂れ始めた。
雄大な自然に囲まれ、強大な脅威に囲まれたヨッセイネには、力ある守護者が足りなかった。
コッティリの子孫達は鞭の業で国を護り続けたが、王族以外は外敵への有効な防御手段を持たず、最高権力者が自己の武力の向上にのみ注力せざるを得ない国に未来は無かった。
コッティリの孫娘であるシコッティは、王族だけでなく民衆にも鞭の業を伝えて戦わせる事にした。
幸いにして、白き鳳が齎した
しかし当初からの現地民である真人は戦いを拒否し、外敵との戦闘を義務とする代わりに鞭を受け取った獣人の半数が、鞭を受け取って直ぐに逃亡した。
シコッティは戦士階級に特権を与える事で逃亡を防ぐ事にした。
それは、農民階級への生殺与奪の権利を与える事だ。
そうする事によって漸くヨッセイネは安定したが、嘗ての栄華を知るものからすると、その凋落は著しい…。
だとしても、聖なる神の遣いである偉大なる白き鳥が授けた鞭と業と誇りにより、ヨッセイネは潰える事なく続くであろう。
聖王歴2000年の教科書より
❖
嘗て存在した、掃除用具の羽根はたきに酷似した触手を持つ、ウミシダのモンスター。
最上位モンスターの一体。
千切れた触手は新たな個体として活動するが、それらは揃って短命。
最新の研究によると、その生涯の98%を冬眠状態で過ごしていたという。
地上でヤドカリの様に生きる地上サンゴの一種を襲っていたが、そればかりには飽きたのか、何でも食べられる様に進化した。
一度起きると海と森を喰らい尽くしたという。
糞は発生しない代わりに、古くなった老廃物は触手に溜めて切り離す。
老廃物として切り離された触手からは分体は生まれず、速やかに塵と還る。
ヨッセイネ付近の、現在はミャーゾ大森林と呼ばれる森が肥沃な土壌であるのも、ヨッセイネ付近のアトラ海に大量の海草が生えているのも、
長らく海の底を喰らい尽くしては森へと還し、森を喰らい尽くしては海の底へと還していた事が行われなくなった現在では、生態が大きく変化しているという。
アトラ海の底には通常海には少ない栄養素が多分にあり、ミャーゾ大森林には通常海の底に豊富な資源が多くあるのは過去の名残だろう。
このモンスターが、当時の環境に多大な影響を与えていたのは間違いないが、このモンスターを倒した白亜の神鳥を批判することは禁じられている。
❖
背中のに小さな緑の丘を背負った、飛ばぬ鳥のモンスター。
食べた植物を背中から生やす事が知られており、卵から雛が孵ると親鳥の背の植物が一斉に種を落とす。
落ちた種を食した雛鳥は、その背中から植物を生やし始める。
脳の感情を司る部位が殆ど成長しないが、親鳥から隔離して植物を食べさせ無かった個体は、その部分が発達したという。
しかし、通常の個体よりも貧弱になるという結果となった。
ホワイトグレーンはこのモンスターから授けられたという伝説があるが、鳥のモンスターだけに寄生する事をリスクとして見たホワイトグレーンが、人類という新たな寄生先を見付けただけとする説もある。
❖
背中から毛の様にカビを生やした、ヤシガニのモンスター。
その食事の手順は独特であり、己のハサミで植物を切り刻み、それに口から出した泡を吹き掛け、そして背中のカビを千切っては押し付ける。
するとカビが一気に増殖して植物を染め上げるので、それを食べる。
草食だが、消化する器官が体内に成熟しないので、カビによって外部で消化させる仕組みとなっている。
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乾燥した地面を好むサメに似た種のモンスター。
その名の通り地中を泳ぎ、振動で獲物を見付けると浮上してカーペットの様な平たい身体を地表に晒す。
上を踏んだ獲物が口の辺りに近付くと一気に捕食する。
人間の子供程度の大きさなら容易に呑み込める。
しかし、到底呑み込む事が出来ない獲物にも喰らいつこうとして失敗する。
偉大なる聖王国は水に守られているため、このモンスターが地中を泳いで入ってくる事が出来ない。
❖
火山岩と酷似した成分の鱗を持つドラゴン。
通常時は灰色の肌だが、交尾時や闘争時等の興奮状態になると、表面が溶けたマグマの様になる。
尚、爛れ具合が激しい程異性に好まれる。
元は火山地帯にのみ存在する火竜が、豪雨地帯であるミャーゾの森での生活に適応する為に、通常時は冷え固まった岩の肌のまま生息出来るよう進化したと言われている。
火山地帯の溶岩竜の様に、水を掛けられ続けて溶岩が完全に冷え固まったとしても生命活動を停止したりはしない。
❖
大きな口の中で回転と逆回転を繰り返す鋭い無数の牙と、硬い装甲をもったダンゴムシのモンスター。
回転する際に、口が地面に着いた時に削り取る様にして食らう。
群れで移動して、その経路には何も残らない。
強い個体ほど群れの先頭で回る。
嘗て特異個体として、装甲と装甲の隙間に幾つもの口が存在するモンスター