私が白亜の神鳥と呼ばれるまで   作:柑橘風きしめん

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人魚の嘆願書 海底に降る雨の詩

 人間というのは、基本的には陸上で動く生物だ。

 鳥であっても、多くは陸上で過ごす。

 泳ぐ事も飛ぶ事もあるが、何もしない時は地上にいる。

 私達にとっては水面の上が当たり前の場所だが、他の鳥は地上や樹上に巣を作る種も多い。

 地下に巣を作り、地上に出て来ない鳥もいるが、それは鳥類としては変わりものだなと感じる。

 

 人間の中でも、人魚と呼ばれる種は水中で生活を送るようだ。

 これも、変わり者というやつなのだろう。

 通常種の派生であれば、生息域を広げた結果や、生存競争に負けた一派がニッチ層へ逃げ込んだという話なのだろうが、この亜種は通常種とはルーツが違う。

 

 それでいて姿が割りと似ており、交配可能というのだから、それについてはやはり珍しいと思う。

 基本がメスばかりで、他の人間のオスを使って単為生殖を行う仕組みは、他のどんな魚類のオスとでも交尾可能だが、自分の遺伝子しか残さないギンブナのメスに似ている。

 姿は人間通常種に収斂し、生殖はギンブナに収斂している生き物が人魚と呼ばれる人間の亜種だ。

 挙げ句呼吸形態はナマズの様な謎生物だ。

 見た目や知能こそ人間に近いが、その中身は殆どギンブナに近いものがあるように思えるが、人間通常種の多くはその見た目から人間の仲間として認識しているらしい。

 

 視覚情報を最優先する人間達は、知能が高い水鳥が人間の姿をしていれば、それを人間として扱いそうだ。

 

 獣人と呼ばれる亜種の方が、余程通常種に近しいように見えるが、別にそれを伝える術は私にはないし、伝える意志も目的も必要性もない。

 

 

 

 

 普通の流水、即ち川は山から流れて海へと行き着く。

 人魚の住まう海へと繋がっているのだが、私達の住処では、湿地帯の中で循環するように流水が発生している。

 

 故に人魚との接点は、湿地帯から出ない限りは存在しない。

 人魚達が海から大地を削り続けて、湿地帯に続く水路を作っていたので、それは途中で追い払った。

 海に続く水路と湿地帯が繋がる事に、百害あって一利無しだからだ。

 

 湿地帯で完結している水が海に流出するのも問題であるし、潮に逆流されて淡水が汽水域になる事も喜ばしくない。

 

 

 湿地帯から少しばかり離れた所で、掘削が止まった水路は、通常種の(動く巣)と人魚の移動経路として使われている。

 湿地帯の水路と繋がっていないのなら、私が咎める事はない。

 

 

 

 そんな人魚という人間の亜種だが、メアファドリス(通常種の巣)へとやって来ていた。

 『車椅子』と呼ばれる二つの輪を上肢で動かすものを作ったようだ。

 それなら地上を歩く脚を持たぬが腕を持つ人魚でも、地上を動くことが出来る。

 但し、輪に対して大きな段差が無い場所に限るのだろうが。

 

 

 聖王城展望台(人間の巣で高い所)から見ていると、表向きは『車椅子』を売り込みに来ているようだった。

 元から歩く事が出来る通常種には不要であると思ったが、年老いた者や怪我をした者が使うらしい。

 私達であれば、怪我や加齢で不具のなった場合、それを天寿として受け入れるのだが、人間の感覚はどうも違うようだ。

 別の生物なのだから、同じである必要もないが。

 

 その亜種達は、通常種達に…というよりは私に救いを求めて来たらしい。

 曰く、凶暴化した刀舞魚(ミノカサゴ)共から助けて欲しいと。

 

 全くその気にはならなかった。

 海という広大な場所で特定の生物だけをしっかりと駆逐するというのは、非常に時間が掛かる上に、面倒だし難しい事だ。

 そしてその間湿地を外敵が襲わないとも限らない。

 そもそも、私がそれを行う必要性が全く無かった。

 

 

 そういえば昔、『河童』と呼ばれる人間の亜種がいた。

 確か通常種と人魚によって、絶滅していたと記憶している。

 滅ぼした理由は分からないが、滅ぼす必要性はあったのかもしれない。

 河童は淡水棲の人間であったので生息域は被らないはずだが、まあ私にはどうでも良い理由でもあった、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、私は何もしなかった。

 人魚の為に役に立つ事を何かしたという記憶はない。

 そもそもそれは、人魚に限らず他の生物一般に言える事だが。

 それでも、数百年経っても人魚が絶滅していなかったあたり、自助努力で生存が可能だったということだ。

 

 もし絶滅していても、私にはどうでも良かったが。

 

 

 

 ああそうだ。

 あの水路は、湿地に伸びてくるようで不快だったから消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

❖人魚側の視点

 そこに救いは存在しなかった。

 白刀狂舞魚(シーブレード)が増え続け、被害にあう人魚が増え続けた。

 人魚の戦闘力では、一対一では白刀狂舞魚(シーブレード)には勝てなかった。

 刀状の鋭く長いヒレを幾つも生やし、それでいて正確に早く泳ぎ、魚としては知能が高く、繁殖力もあって雑食性の上に、そのヒレは高速で射出出来るという、正しく人魚の天敵であった。

 

 それまでは深海鶚(アビスホーク)という、白刀狂舞魚(シーブレード)を主食とする全身が鋼の様な、海中に特化した蒼き猛禽類によって増加が抑えられていた。

 

 しかし、ある時を境に深海鶚(アビスホーク)は見られなくなり、白刀狂舞魚(シーブレード)が激増した。

 

 

 だからこそ、人魚の長は深海鶚(アビスホーク)の代わりとして、メアファドリス聖王国の守護者である白亜の神鳥を求めた。

 しかし、白亜の神鳥にはメアファドリス聖王国の人々を護る使命があり、人魚の願いは絶たれた。

 人魚達は泣き続け、己の不運を嘆いた。

 他に出来る事など無かった。

 

 

 

 人魚には更なる悲報が訪れた。

 当時の人類の最大派閥である、メアファドリス聖王国に最も近付ける水路が、白亜の神鳥の怒りを買って消されたのだ。

 これまでの長い年月を掛けて行われて来た工事は、僅かな間に無に帰した。

 

 人魚には最早水路を作り直す余裕は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 希望は潰えた。

 人魚の歴史はそこで幕を下ろした。

 絶望の幕が降りた。

 救いはない。

 誰も助けてはくれない。

 人魚の希望は、ここに潰えた。

 存在したかに見えた希望は、絶望を際立たせる禁忌の箱の最奥に潜む主として嗤っていた。

 光届かぬ海底に、慰められぬ涙が溜まる。

 助けてくれなかった超越者に、怨嗟の泣き言ばかりが積もった。

 

 

 

 …本当にそうだろうか?

 誰かが言った。

 

 当たり前だと多くが答えた。

 

 

 …本当にそうだろうか?

 また、誰かが言った。

 

 希望を捨てられない者は、存在した。

 

 果てなき希望を棄てられぬ者がいた。

 正しく怒りを燃やす者がいた。

 未だ絶望を信じぬ者がいた。

 

 人魚はまだ、終わっていなかった。

 

 

 

 完全に封鎖された聖王国への水路。

 その入り口は人魚の住まう海底から始まっていた。

 

 海底から地上に伸びたトンネルを過ぎたら、そこからは川の様に伸びていた。

 しかしもはやその影はなく、閉ざされた闇があるだけだった。

 

 

 そこには、蒼き希望が残されていた。

 それは、卵だった。

 未だ命がある卵が、潮の流れに動かされて泥の下から幾つも姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 人魚は間違えていた。

 神鳥はそれを知っていた。

 そして、間違いを正した。

 

 人魚が彫り抜いた地上へ続くトンネル。

 それは地上からの土砂の流入を招いていた。

 そこに存在していたのだ。

 白刀狂舞魚(シーブレード)の天敵である、深海鶚(アビスホーク)の巣営地が。

 

 人魚が自らの手で招いた絶望を、神鳥は断った。

 それはもしかしたら人魚ではなく、深海鶚(アビスホーク)を救っただけだったかも知れない。

 いや、そうではないだろう。

 神鳥は、人魚も深海鶚(アビスホーク)も救おうとしたのだ。

 

 

 

 人魚の絶滅の前に、深海鶚(アビスホーク)の育成は間に合った。

 白刀狂舞魚(シーブレード)を襲う成体の猛禽は、再びその数を回復し始めた。

 

 そして、危機は去った。

 救いは最初から近くにあったのだ。

 分かりやすい絶対である白き鳥に目が眩み、尾元に埋まった蒼き鳥を見逃していた。

 

 

 人魚は白き鳥が授けた智慧を忘れない。

 そして蒼き鳥から授かる恩恵を忘れない。




蒼き鳥さん「勘弁してや」



聖王歴2000年の教科書より

❖人魚
 女性しか存在しない。
 遺伝的には大きく異なるが、真人に友好的な人類であり、その知能も同等。
 真人と共に、邪悪な存在であった河童を討滅した。
 陸上でも呼吸は可能だが、移動には『車椅子』を使う。
 極稀に深海鶚(アビスホーク)を使役出来る者もいる。
 女性だけでも、夫婦でも子供を生むことが出来る。
 人魚と婚姻を行う場合、女性側の遺伝子のみが子に引き継がれる。
 人魚相手に、己の遺伝子が子に残されない事を理由に、離婚を申し立てる事は、著しい差別行為として有責となる。

❖河童
 不気味で邪悪な存在であり、様々な悪事を繰り返した結果、人魚と共同した真人によって討滅された。
 水産資源が多いところを好むため、真人や人魚と利権が被った。
 モンスターか獣人かその他の人類かと議論されていた時期もあったが、間違いなくモンスターだと、第五十九回全人類評議裁決で決定された。

白刀狂舞魚(シーブレード)
 ミノカサゴのモンスター。
 人魚を含む柔らかい身体の生物を好んで食う。
 正確かつ高速に泳ぐが、攻撃時以外は殆ど動かない。
 ヒレ全てが、極めて鋭利で硬い刀状になっており、防御にも攻撃にも使われる。
 ヒレを射出することが出来る。

深海鶚(アビスホーク)
 身体の内側外側共に金属の様に硬い、海中に生息する猛禽類のモンスター。
 一応は陸上や空中も行動可能だが、ほぼ一生を海中で過ごす。
 白刀狂舞魚(シーブレード)を非常に好んでおり、その原因はこの魚類特有のエラと毒が生育に欠かさないからと判明した。
 卵から育てて、適切に餌を与える事で、稀に飼育が可能になる。
 経験に学ぶ事はあるが、思考を行う程には賢くはない。
 卵は泥などにとても弱い。
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