「待たせたわね、ローズ」
レイカはドラバイトの太陽を、ローズとゴルゴン元大統領の遺骨の側に置いた。奇跡の宝石を奪われて数カ月、二人の遺体はすでに朽ち果てて白骨化していた。
レイカとジンは墓場の穴から出た。その手前のエアドームでレイカは腕環のサファイアを使い、地の筋に波動を送り込んだ。墓場の穴は崩れ、その出入り口を永久に閉じた。
「埋葬は終わったわ。子どもたちのところに帰りましょう」
レイカは潜水するときに、満ち足りた思いで墓場を振り返った。
(ローズ、さようなら……)
心残りはもうない。ローズの念は浄化よりも愛する人のそばへの帰還を願った。レイカにはその思いがよく分かった。カルメンもきっとそれを察してレイカにドラバイトの太陽を託したのだろう。
空港ではロサンゼルス行きの飛行機が出るまでに時間があり、レイカとジンはロビーのベンチに腰掛けていた。
そこに見知った老人が声をかけてきた。
「君らの為すべきことは終わったかね。御苦労さん」
「サミュエルさん!」
サミュエルも帰り仕度を整えており、キャリーつきのスーツケースを携えていた。
「君らと別れてから、わしの頭にひとつの仮説が浮かんでな。搭乗まで少し時間があるなら相手をしてもらえんかね」
サミュエルはジンの隣の空いた席に腰掛け、ジンを見た。
「君は一度あの世に渡り、戻ってきた。誰しも時の流れをさかのぼることはできんという、自然のことわりを破ってな。それには、恐ろしいほどの代償が必要じゃ。君は、君にとって一番大切な記憶を、その代償として差し出したのではないか。それで、その記憶に充当する分の時間が巻き戻ったんじゃ。等しく、対価として」
「そう…かも知れませんね」
ジンがうなずくと、サミュエルの目は好奇心できらりと光った。
「そこで、君に質問じゃが……ジェネラル・ジン、君ならばどうするね?」
「……僕ならば?」
「そうじゃ。最強の宝石使いと謳われる君ならば……大切な思い出を自分の体に持ち帰ることができないとき、その思い出をどうするのかね」
ジンは少し考えてから、自分の答えを確かめるようにゆっくりと言った。
「僕なら……きっと宝石に封じ込めておくでしょうね。できれば、大切な人の一番近くにあるものに」
レイカは思わず胸元のダイヤに手を添えた。
サミュエルはにっこり笑った。
「おそらく、そういうことじゃ」
「サミュエルさん、それなら僕には、心当たりのある宝石がありますが……しかし、僕がその宝石に触れても何も起こりませんでした」
「それはそうじゃろう! 君はあの世から戻る代償として、記憶を差し出したんじゃ。君が生きとるかぎり、その魂のかけらが君に還ることはないじゃろうな」
それを聞いて、ジンは肩を落とした。
「そんなにガッカリすることもないわい。君が人生をまっとうして、いつか魂の還る場所に再び旅立つとき……そのときになれば、おのずと魂のかけらは戻ってくるじゃろう。それを楽しみに待つのも、またよいではないか」
ジンはすべてを受け入れるように目を伏せた。そしてゆっくりと顔を上げた。
「ありがとうございます、サミュエルさん……」
「なんの。わしゃ、単に仮説を述べただけじゃ。さて、一足先においとまするよ。ヒーラ社への報告もあるんでな」
サミュエルは立ち上がって別れを告げ、ゆっくりと雑踏に消えていった。
彼の後ろ姿を見送ると、ジンは言った。
「……レイカ。トロントに戻ってからでいいから、僕に教えてくれないか? 僕と君がいつ、どうやって出会い、何が起きたのか……僕は君の口から聞きたい。僕がどんなふうに君に惹かれていったのかを」
レイカは笑顔でうなずいた。
「それとね、子どもたちのことだけど」
ジンはサエコが子どもたちをシャニの研究施設から児童養護施設に移そうとしていたことをレイカに告げた。
「そんな……私たちで引き取ることはできないの?」
レイカがそう言うとジンは微笑んだ。
「君ならきっとそう言ってくれると思って、サエコ姉さんの話にはストップをかけてあるよ。もちろん、子どもたちの意志も聞く。ただ、もしあの子たちが出ていくと言い出したら……」
考え込んでしまったジンに向かってレイカは言った。
「素直にお願いすればいいわ。本当の家族になってほしいって」
ジンは口元を押さえてうなずいた。涙ぐんでいるようだった。
本来、花嫁のヴェールは母親が被せるものだ。レイカはその役を姉のように思っているサエコに頼んだ。
純白のウェディングドレスに身を包んだレイカは、ヒロミからティアドロップ型の白百合のブーケを受け取ると、サエコの前で軽く膝を折り、腰を落とした。
サエコは両手でレイカにヴェールを被せると、左手を差し出した。
レイカはその手に右手を乗せた。そのままサエコに導かれて控室を出ると、そこには白いタキシード姿のジンが待っていた。
サエコはレイカの手をジンに受け渡した。
式には二人が家族と呼べるほど親しい人々だけを招待し、ごく小さい規模で行われる。参列席には、ジェイキンズや為五郎はもちろん、四人の子どもたちも並んでいた。
皆はジンとレイカの入場を静かに見守った。
やがてエスメラルダの目だけが、参列席の隅にほかとは雰囲気が違う、しかし見慣れた三人の人影を見つけた。
マリー・ランジェはエスメラルダの視線に気づくと、小さく手を振って合図した。ウォン・ミュンヘンが赤くなった鼻をすすりあげ、流崎好夫は愛おしげに壇上の2人を見守っている。
(そうか…私たちのこと、ちゃんと見守ってくれているものね。いつも、きっと、いつまでも)
エスメラルダは微笑んでマリーに小さく手を振り返し、壇上に視線を向けた。
レイカはサエコにそうしたように、ジンの前で軽く膝を折っている。
ジンの両手が、そっとヴェールを引き上げる。
レイカは膝を直すと、ジンの優しい瞳を見上げた。
祭壇のステンドグラスから穏やかな光が差し込み、壇上の2人をやわらかく包んでいる。
話は、レイカたちがドラバイトから戻って数日後にさかのぼる。
「ここ、いいかしら」
レイカは返事を待たずに、チェリンの前の席に腰を下ろした。
チェリンが眉をあげる。
「あら、クリシュナさん。お久しぶりね。ドラバイトでのご活躍、ティリングハースト氏から伺っているわ」
「ティリングハースト……?」
「紅茶の淹れ方にうるさい、気難しいご老人よ。サミュエル・ティリングハースト。覚えてるでしょ?」
ここは、トロントにあるグリトグラホテルのオープンカフェ。二階のテラスだ。白い丸テーブルを挟んで、レイカとチェリンは対峙している。
「それで? ご用はなにかしら」
チェリンはそう言って、片方の眉尻を挑戦的に上げた。
レイカは静かに問いかけた。
「……あなたは、流崎邸を手に入れた。それを返せとは言わない。ただ、なぜヒーラ社があの屋敷を欲しがったのか、そのわけを知りたいの」
「あら、そんな怖い顔しないで。私は親切であの屋敷を買い取ってあげたのよ。ほらぁ、私って、ボランティア精神にあふれているでしょ?」
「茶化さないで、チェリン!」
「そうねぇ……。ドラバイトでのご活躍に敬意を表して、教えてあげてもいいわ」
チェリンは上目遣いでレイカの美しい顔を見つめた。
「まずはヒントをあげる。そもそも、あなたはなぜ、あの屋敷を失ったのかしら?」
「それは……父が失踪前に名義をシャニに書き換えて……私を社会に出して苦労を経験させ、自分で生きる力を、身につけさせるために……」
レイカはそこまで言って、あっと息を呑んだ。
「流崎氏が失踪して二年後……あなたとジェネラル・ジンの婚約の噂が聞こえ始めた頃、私の前に流崎氏が現れたの。もともと魅力的だったけど、痩せて精悍になっていたわ。その流崎氏はこの私に頭を下げて、あの屋敷を買い取って欲しいと言った。このままあの二人が結婚すれば、娘のもとに苦もなく屋敷が戻ってしまう。それでは屋敷を手放した意味がない、とね。約束してまもなく、ジェネラル・ジンの訃報がウィルスンからヒーラに入ってきた。でも私は信じなかった。あの男がウィルスンごときに陥れられて死ぬなんてありえない。私はシャニの混乱に乗じて、流崎邸を買い取ることに成功した」
チェリンはテーブルの上に両手を組んで、そこに視線を落とした。
「……流崎氏は、私にとって一番大切な、最愛の人。生きる意味が見つからずに贅沢三昧で空虚さと不安をごまかしていた私の目を、開かせてくれた。何のとりえもない私にも、できることがあると教えてくれた。だから……私は彼の遺志を尊重する。どうしてもあの屋敷を取り戻したいのなら、この私を納得させてごらんなさいな。あなたの知恵と力の限りを尽くして!」
チェリンは引き締まった視線をレイカに投げた。
「そうしたら売ってあげてもいいわ、あなただけに!」
レイカと同じ年頃のほっそりした女性が、今は世界で一番強固な要塞のように見える。
その背後に、ほんの一瞬だが、レイカには微笑する流崎好夫の姿が見えた。
レイカは穏やかな笑顔で立ちあがった。
「今回のラスボスは、なかなか手強そうね。でも、見ていて。私は絶対に屈しない!」
「……期待しているわ」
チェリンも笑った。もうその笑顔に、意地悪さはかけらも無かった。
レイカはチェリンに別れを告げ、テラスから去った。街並みを歩きながら、決意をあらたにする。
「パパ、見ていて。いつか……絶対にチェリンを納得させてみせるから。私の本当の戦いは、これから……」
今度の決意は、これまでとは違って、胸にやさしく、あたたかい。
雲ひとつない、抜けるほどの晴天が、レイカの遥か頭上に広がっていた。
PRISM,FIN
(このあと番外編もあります)