■漫画の時系列でシャニがノエル社を買収する前後の話です。
■ラストはジンがニコライたちに連れ去られ失踪した後の話です。
チェリンが突然、たった一人でトロントのシャニを訪れて、ジンの側近たちに緊張が走った。
チェリンが社長室に通されると、ジンは礼儀として立ち上がって彼女を迎えた。
「こんにちは、ジェネラル・ジン。何度かお顔を拝見してるけど、お話するのは初めてね」
「供も連れずたった一人でお出ましとは。人払いの必要があるかな?」
「いいえ。このままで大丈夫よ。私はあなたに個人的なお願いがあって来たの」
チェリンは小首を傾げた。
「明日の晩、ロンドンでとっても悪趣味な集まりがあるのよ。きっとあなたにとっては、この上なく興味深いイベントだと思うわ」
チェリンは手紙サイズの封筒をジンに見せた。
「そのイベントの招待状よ。これさえあれば、出自を探られることなく参加できる。でもあなたの容姿は目立つから、変装をおすすめするわ」
ジンはチェリンが指で挟んでいる封筒をちらりと見たが、受け取ろうとはしない。
「このイベントは同時に別会場で、もう一件あるの。私はそっちに参加するから、こっちはあなたにお願いしたいのよ。……なんなら、土下座でもしましようか?」
チェリンは上目遣いで、無表情を通すジンを見た。
「レディにそんなことをさせる趣味はないね」
ジンは封筒を受け取った。
「そこまでして僕に行かせたいイベントとは、一体何だい?」
「あのウィルスンの宝石使い研究施設が主催するイベントよ。会場のホテルで宝石使いの子どもたちが宝石を使って手品をするの。手品のあと、子どもたちは気に入ってくれた参加者と個室で数時間を過ごす。一人あたり一時間千ドルよ。どう? とっても悪趣味でしょ?」
チェリンはジンの瞳が揺れるのを見て満足そうに微笑んだ。
「子どもたちは、食い扶持と研究施設の運営費を稼いでるってわけ。イベントは週に二~三回。子どもたちは一晩で複数のお客に足を開く。……ほうら、興味深いでしょう? 仮に罠だとしても、参加したくてたまらないわよね、ジェネラル・ジン」
ジンは黒いカツラと茶色のカラーコンタクトを着けて、ホテルの会場にいた。
参加者は五十人前後といったところか。参加者の会話に聞き耳を立てていると、詳しいことは知らないまま、変わった手品が見られると思って来ている客の方が多いようだった。
待っていると興行主が二人の幼い少女を連れてきた。
「金髪に碧の瞳がロキシー、褐色の肌に黒髪がフィーです」
紹介された少女たちはスカートをつまんでお辞儀した。
何も知らない参加者は「可愛らしいわ」と笑顔で、知っている者はどちらを選ぶか品定めの目で、拍手する。ジンは拍手する気になれず、腕を組んだままでいた。
会場の照明が落とされた。暗闇で、少女たちが美しい声で歌い始めると、参加者の身に着けている宝石がかすかに光り始めた。
参加者たちは感心して声を上げた。
人が身に着ける宝石には多少なりとも何らかの念が籠もる。少女たちの歌声はその念に響き、強い共鳴を呼ぶのだ、とチェリンは言っていた。
手品が終わり、会場の照明が戻った。
参加者はお辞儀する少女たちに拍手した。
ジンは興行主に声をかけた。
「あの子たちの今夜の時間をすべて買い取りたいんだが」
「申し訳ありません、先約がございます。二時間お待ちください」
「金なら倍出そう」
「残念ながら、金額ではなく信用の問題でして。手品が始まる前に、それぞれ別の方に買われておりますので」
ジンは引き下がるしかなかった。スタッフに連れて行かれる少女たちの後ろ姿を見送って、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握った。
約束の時間になり、二人の少女がジンの待っていた部屋に通された。
「やあ、来たね。待っていたよ。僕はジン……」
ジンは名乗りかけたが、ロキシーの様子がおかしいので言葉を切った。
ロキシーは真っ青になってふらついている。フィーはそんなロキシーを心配そうにちらちら見ている。
二人は同時にスカートをつまんでお辞儀した。
「今夜はお買い上げいただきまして、ありがとうございます。どうぞ何なりとお申し付けください。時間の許すかぎりご奉仕いたします」
二人は感情のない声をそろえて口上を述べた。
ジンは眉をしかめてロキシーの前に膝をついた。
「痛いんだね。大丈夫、僕は何もしないよ。話を聞かせてほしいだけだ」
不思議そうな顔をするロキシーを、ジンは抱き上げてベッドに寝かせた。
ジンはフィーに椅子をすすめた。
「ルームサービスで紅茶を用意したよ。ジュースの方が良かったかな?」
フィーは礼を言って嬉しそうに紅茶の皿を受け取った。
「日本製のクッキーを食べてみない?」
ジンは持ち込んだ菓子をフィーに渡した。
フィーはジンからもらったクッキーを小さく割ると、ロキシーの口に運んでやった。
「おいしいわ」
ロキシーは青ざめたままにっこりした。
「君たちはいつからこんな生活をしているんだ?」
「……よく分からないわ。自分の年は聞いているけど、今が何年の何月なのかは教えてもらってないから」
フィーは肩をすくめた。
「このまま僕と一緒に逃げないか? ちゃんと今後の面倒もみるよ」
ジンはこのまま二人の子どもをさらっていくつもりだったが、フィーは断固とした態度で断った。
「せっかくだけど、仲間を置いて私たちだけ逃げるわけにはいかないの。どんな地獄でも、離ればなれになるよりましだから」
「今夜、もうひとつの会場に仲間がいるんだね?」
ジンが尋ねるとフィーはうなずいた。
「まだ二人、男の子たちが。お客さんによって性別の好みが違うの。だからいつも別の会場に分かれるの」
頭痛がする。ジンは目頭を押さえた。
「ならば君たちが一旦ウィルスンの施設に帰ってから迎えに行こう。君に居場所を知らせる道具を預けるよ」
「えっ……でも、見つかったら……」
「大丈夫だよ。ほら、クッキーにそっくりだろう?」
ジンは個包装のクッキーに似せたGPS端末をフィーに渡した。
「さすがにお客からもらったお菓子のひとつくらいは取り上げられないだろう」
ジンがウインクするとフィーはにっこり笑った。
「ありがとう、ジン」
ジンはフィーから彼女たちと男の子たちが、どんな能力を持っているかを詳しく聞いた。過去についてはあえて聞かなかった。おいおい、少しずつ聞くことになるだろうが、できれば子どもたちが自分から話すまでは待ちたかった。
時間切れの五分前に部屋に備え付けられた電話が鳴った。
『お楽しみのところ申し訳ありませんが、お時間です。部屋の前に迎えが来ていますから、子どもたちをお引き渡し下さい』
表情の無い声が事務的に用件を伝えてくる。
「ロキシーが怪我をしている。医者に診せてやってくれ」
『ご心配なく。いつものことです。子どもたちは慣れています』
通話が切れ、ジンは歯ぎしりした。
「まったく虫酸が走る……!」
ジンはベッドからロキシーを抱き上げた。
「必ず君たちを救い出す。待っていてくれ」
ロキシーもフィーも力強くうなずいた。
ウィルスンの宝石使い研究施設は、地上は何の変哲もない民家で、地下が本拠地となっていた。地下は五階まである。
フィーたちと別れた後の未明、誰にも気取られずに潜入したジンは、コンピューターが集積されている部屋でアレキサンドライトの力を使い、データをクラッシュさせた。
データを利用することは考えなかった。忌まわしい研究の中身など知りたくもなかった。
子どもたちが居るのはおそらく最下層の中央だ。厳重に脱走を防ぐなら、そこしかない。
アレキサンドライトの力で姿を隠して階段を下りるジンと、焦った様子で駆け上る施設のスタッフたちとがすれ違う。データのクラッシュとサーバのフリーズに気づいたのだろう。スタッフはジンの気配にまるで気づかず、去って行った。
子どもたちの個室は電子ロックが掛っていたが、ジンは難なくそれを開けた。
「あれ? ジン、目も髪も色が違うのね。髪型も」
起きて待っていたフィーはまじまじとジンを見つめた。
「変装してたからね。こっちが本当の僕さ」
とジンは笑った。
一番年上の男の子はダン・シェイクと名乗った。黒髪に茶色の目をしている。どんな目に遭ったのか、彼は片足を引きずるようにして歩いていたが、顔色は良く元気そうだ。
一番年下の男の子はユーリ・ミハイロフと言い、ジンよりも淡い色の金髪で目は青い。
まだ顔色の悪いロキシーを抱き上げて、ジンは子どもたちを連れ出した。
無事に地上に出ると、ジンはポケットの中から端末を出して時限装置を起動させた。十分後にはジンが仕掛けた爆薬が施設の建物を破壊する。地下のスタッフは生きていられないだろう。その様子を子どもたちには見せたくない。長居は無用だった。
待機させていた車に子どもたちを乗せるとき、フィーは心配そうにダンを見た。
「ダンも、お尻が痛いの? お客さんのが大きかった?」
フィーが訊くと、ダンは笑った。
「あはは、違うよ。僕とユーリの時間を全部買ってくれた女のお客さんがいてね。とっても優しくて、僕たちが服を脱ごうとしたら、それはいらないって笑ってた。それでジュースとお菓子をもらって、面白いアニメをたくさん見せてもらったんだ」
「うわあ、いいなあ」
ロキシーとフィーはうらやましそうにため息をついた。
「これからは毎日だって、そうしてあげるよ。君たちのやりたい事や欲しい物は、僕が何だって叶えてあげるよ」
ジンはそう言ってロキシーとフィーの頭を撫でた。
「それなら、私たち、学校に通いたいわ。お願いできる? 私たち学校に行ったことがないの。字を覚えて、本を読んでみたいの。お友達をたくさん作って、色んな人に会ってみたいの」
フィーの言葉にジンはうなずいた。
「もちろんさ」
子どもたちは手を叩いて喜んだ。
「それでね、ジン」
ダンは引きずっていた方の足を上げて、靴を脱いだ。そして靴底の中敷きをめくった。
「これ、そのときのお客さんから預かったんだ」
ダンは靴底に隠していた薄い小さなプラスチック片をジンに渡した。
「ポケットじゃすぐ見つかるし、靴に隠した。いつも靴の底まではチェックされないから。でも踏んだら割れると思って。僕ときどき、お客さんが乱暴だったら足を引きずってるから、全然怪しまれなかったよ」
ダンがジンに渡したものは、マイクロSDカードだった。
「必ずシャニのジェネラル・ジンという人が助けにくるから、そうしたらこれを渡しなさいって言われたんだ」
車の中で、ロキシーは寝かせた。
子どもたちは心配そうにロキシーを見守っている。
「ごめんね、ロキシー。僕に怪我を治す力があったらよかったのに」
ユーリはロキシーに詫びた。
「いいわよ、そんなの。こんなの慣れっこよ」
ロキシーは笑顔を見せた。
「それに、前いたところに比べたら、かなりマシよ」
「あのときは毎日だったからなぁ」
ダンがうなずく。
「どういうことだい?」
ジンが尋ねると、ダンはケロリとして言った。
「前いたところでは、毎日お客に買われてたんだ。研究施設に移されてからは、週に二回か三回で、夜だけでいいから。かなりマシになったよ」
「僕たちのほかにも、たくさん仲間がいたの。病気になると使えないから廃棄処分なの。僕たち、研究施設に移されるとき、処分されると思って怖くて泣いちゃったよ」
ユーリが言うと、フィーが笑った。
「うそ! ユーリだけは泣いてなかったわ」
ユーリは「そうだっけ?」ととぼけた。
子どもたちはジンが青くなっているのに気づいて黙った。
しばらくしてフィーが言った。
「大丈夫よ、ジン。私たちにとってはもう終わったことだから。ジンが終わらせてくれたのよ。……本当にありがとう」
ジンは黙ってうなずいた。痛ましくて返事が出来なかった。
トロントへ向かう飛行機が離陸して落ちついてから、ジンはパソコンでマイクロSDカードの内容を確認した。そこには、チェリンからのメッセージとともに、子どもたちがウィルスンの研究施設に移る前にいた売春組織についてのデータが入っていた。チェリンが会場で撮影したばかりの写真や動画もあった。他のデータと突き合わせてみると、常連客の顔を押さえたらしいことが分かった。
ジンはほぞをかんだ。自分としたことが、子どもたちを買う側の顔写真を押さえることまでは頭が回っていなかった。
チェリンのメッセージは素っ気なく、「あなたにすべてを任せる」とだけ書かれていた。
商工会議所での会議が終わり、ジンは廊下に出た。
参加者は散り散りに去ってゆくが、その流れに乗らず廊下の窓で外の風景を眺めている者がいる。チェリンだ。
ジンは周囲に人がいなくなるのを待って、チェリンに近寄った。
「あら、ジェネラル・ジン。ごきげんいかが?」
にっこり笑うチェリンをジンは冷たく睨みつける。
「良くないね。君にはしてやられたよ」
「まあ、ごあいさつね。ノエル社のことなら私じゃないわ。キッペンベルクよ」
長身のジンの迫力にも、チェリンは一向にひるまない。
「あなたの恋人が私情を挟まずに事実を正確に報告してくれてさえいれば、キッペンベルクに出し抜かれることなく私がノエル社を喰うところだったんだけど。クリシュナと言えば仕事の早さと正確さが売りだったのに。よっぽどあなたに参ってるのね」
チェリンが嫌みっぽく言うのを聞いて、ジンの表情はゆるんだ。
「……それじゃあ仕方がないな。それで、彼女を使うのはもう止めてくれるんだね?」
「残念ながら、私は彼女のことをとっても気に入ってるの。つながりを断つ気はさらさらないわよ?」
チェリンは舌舐めずりした。
「ノンケの女の子でも、経験豊富な私が本気を出して口説けば落ちるわ。あなたがうかうかしてる間に、味見しちゃおうかしら」
ジンの顔色がさっと変わるのを見て、チェリンは嬉しそうにコロコロ笑った。
ジンは冷たく言い放った。
「君の冗談は面白くない。……それに、彼女が君に屈するはずがない」
「ふふん。あなたをイジるなら彼女のネタに限るわね。もし子どもたちのいた売春組織を告発するなら、イギリス司法界にも警察上層部にも人脈があるから、話を通しておくわ。それじゃあ、またね」
チェリンはひらひらと手を振った。
ジンはすれ違いざまに言った。
「君には終始いいように使われてしまったな。僕としたことが」
「そのくらい骨があるほうが、相手にとって不足はないでしょ?」
二人はお互いを振り返ることなく別れた。
(チェリンは得体が知れない。なぜあの子たちを僕に託したのだろう。一体何を企んでいるのか……)
ジンがトロントの屋敷に戻ると、子どもたちは前庭でしゃぼん玉遊びをしていた。ジンの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「はいっ、これ。ジンのよ」
フィーはジンの手にしゃぼん玉液の容器とストローを押しつけた。
子どもたちはユーリを残して、ユーリの吹くしゃぼん玉を追いかけ始めた。子どもたちはしゃぼん玉を指で突いて割ったり、両手で挟もうとして風圧で逃したり、笑い声を立ててはしゃぎ回る。
ジンはしばらく子どもたちに付き合うことにした。
子どもたちはちょうどカラバの施設にいた仲間たちと同じ年頃で、幸せそうに遊んでいる姿を見ていると、つい面影を重ねてしまう。
しゃぼん玉の群れは風にあおられて高く舞い上がり、さまざまな色に輝いて澄んだ空へとのぼっていく。
「……君たちがうらやましいよ。家族とも呼べる仲間がいつも一緒で」
誰に言うでもなく、ジンの口から言葉が突いて出た。
「ジンは大切なお友達を、なくしたんだね」
ユーリはすべて分かっているかのように静かに言った。
「ああ、そうだよ。僕の過ちで、最後に残ったわずかな仲間までも、失くしてしまったんだよ」
ジンは自嘲して言った。
「この二十年というもの、独りになるといつも考えてしまうよ。あの日、離れてしまわなければ……僕さえ間違いを犯さなければ……運命はきっと違っていたのに、とね」
「あのね、ジン。運命も未来も、変えられないんだよ」
ジンはギョッとしてユーリの横顔を見た。
ユーリの表情も口調もまるで別人のように大人びている。
「ただね、どんなに辛い出来事も、何が本当の幸せで何が本当の不幸なのかは、そのときには分からないんだ。運命の意味を決められるのは、いつだって自分だけだから」
言い終わるとユーリは、あどけない表情に戻って再びしゃぼん玉を吹き始めた。
ジンがユーリの横顔に釘付けになっていると、ユーリは振り向いて可愛らしく首をかしげた。
「どうしたの? もうしゃぼん玉やめる?」
「……いや、付き合うよ。君たちが満足するまでは」
ジンはしゃぼん玉を吹き始めた。
「考えてみれば初めてだな、こういうことをするのは」
チェリンが何を企んでいるにしろ、この子たちを巻き込みたくない。
ジンは微笑んで、無邪気に遊ぶ子どもたちを見守った。
サエコはしばらく一人で外出すると言い置いて、社長室を後にした。
ジンがウィルスンのニコライたちと接触し失踪して以来、サエコはシャニからの要請で社長の任に就いていた。
「代々木公園にやってちょうだい」
運転手に命じて社用車に乗り込む。
チェリンは先に待っているはずだ。
代々木公園に着いたサエコは、ベンチにチェリンの姿を見つけた。
「お久しぶり。呼びつけて悪かったわね」
サエコはチェリンに詫び、となりに腰を下ろした。
チェリンはサングラスを外して「いいのよ」と笑った。
「申し訳ないんだけど、流崎邸を返してもらえないかしら。こちらの手違いで売ってしまったのよ。必要ならば、金額は上乗せするわ」
チェリンはサエコの言葉には答えず、逆に質問した。
「あの子たちはどうしているの? トロントの施設は整理中だと聞いたわ。いずれジンバブエの施設のように売り払うのでしょう? 大人の宝石使いたちはシャニで雇って働かせるにしても、あの子たちは幼すぎる」
「いずれは、施設から出て児童養護施設に移ってもらうわ。私はあの子たちをシャニに縛りつけておきたくないのよ。けれど……あの子たちはジンが生きて帰ってくると信じて、じっと待っているわ」
サエコがそう言うと、チェリンはにやりと笑った。
「あの子たちは信じているんじゃないわ。……知っているのよ」
「……どういう意味?」
「言葉通りよ。ユーリ・ミハイロフは未来を視る。今はまだ幼くて不安定だけど、成長すればあのマリー・ランジェにも匹敵するでしょうね」
「……そんな恐ろしい子を、なぜジンに託したの? ヒーラの脅威でしかありえないでしょうに」
「私は分かりやすく恩を売りたかっただけよ。あの子たちはきっと将来、シャニの重鎮になる。数十年後のシャニの幹部たちが、ヒーラの私に厚く恩義を感じている……ぞくぞくするわ」
チェリンはうっとりと目を細めた。
「あの子たちはジンに懐いてる。あなたの思い通りになるかしら?」
とサエコが疑問を投げかけると、チェリンは打って変わって優しい笑顔を見せた。
「それならばなお良し、よ。あの子たちの過去は重すぎる。もう幸せになってもいいと思うの……大人の思惑から離れたところで。それに、シャニとのつながりがあろうとなかろうと」
チェリンはサエコを挑戦的な瞳で見つめた。
「私は末永くシャニに立ち塞がってやるわ」
「残念ね。チャンスがあれば、あなたをシャニにスカウトしたいくらいよ」
サエコは正直に言った。チェリンは昔からサエコには好意的で、こうして親しく話してくれる。しかし彼女の頭脳は脅威であり、本当の意味で敵に回せばかなり厄介だ。
チェリンは楽しそうに笑った。
「ふふふ……それはダメよ。なぜなら、シャニと対立することこそが、流崎好夫さんから預かった私の使命だから」
サエコは思わず「なんですって?」と聞き返した。
「あなたとジェネラル・ジンの力は強大すぎる。このまま放っておけば、宝石使いたちをかき集めるまでもなく、数十年後にはシャニはヒーラを凌駕するでしょう。そして、シャニが市場を寡占するような事態になれば、いずれシャニはヒーラの轍を踏み、市場の安定という正義を振りかざし独占に走る」
そう言ってチェリンは不敵に笑う。
サエコは語気強く言い返した。
「私の目の黒いうちは、そんなことはさせないわ!」
「ええ、そうでしょうとも。けれど百年後、代が替わり人が替わればどうかしら? どこぞの誰かさんのように正義をかざして狂気に走る者もいれば、欲望と野心にまみれて狂気に走る者も現れるでしょう。……私はシャニとヒーラの永きにわたる対立の礎を守る者。長い目で見れば、あなた方は私に感謝せざるを得ない」
「ずいぶんと手の内をさらけ出すのね」
サエコはチェリンの目を不思議そうに見つめた。
「あら、私はわざとやっているのよ。このことを知っていれば、あなたもジェネラル・ジンも、私を叩き潰そうとは思わないでしょう? あくまでも保身のためよ」
「……ふふ。とてもそうとは思えないわ」
サエコが笑うと、チェリンは立ち上がった。
「またいつか会いましょう、サエコ・ミレイ」
笑顔でそう言うとチェリンはサングラスを掛け、くるりと背を向けた。
「流崎邸は私に預からせて。……悪いようにはしないわ」
「……あなたを信じるわ」
サエコは優雅に去っていくチェリンの後ろ姿を見送った。