PRISM   作:はくたかゆき

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■レイカたちの結婚式から10年後のお話です。


番外編・10年後の話

 広大な公園は木々や低木が多く、レンガを敷いた遊歩道がまがりくねって伸びている。芝生の広場や水路の際に花壇が点在し、花壇のそばにはベンチが置かれている。よじ登れるカラフルな大型遊具には、滑り台がいくつも付いていた。

 滑り台で七歳か八歳くらいの黒髪の男の子が一人と、似たような年頃の褐色の髪の女の子が二人、仲よく遊んでいる。

 男の子の父親が、小さな弟妹たちの手を引いて男の子を呼び戻しに来た。

 二人の女の子たちは遊具の上で、帰っていく彼らに大きく手を振った。

 滑り台に飽きた二人は、次はどんぐり拾いに夢中になった。夕方の日の光を浴び、二人の褐色の長髪は燃えるように輝いている。

 姉の方がハッとして顔を上げた。

 長身の金髪の男性が、きょろきょろしながら遊歩道をこちらへ歩いてくる。

「やばい! パパだ! リリアナ隠れて!」

 女の子たちは走って低木の陰にしゃがみこんだ。

 そうっと目を出してみると、父親はまっすぐこちらを目指して歩いてきていた。さっそく見つかってしまったようだ。

「やるわよ、ラリサ」

 リリアナが意を決して姉に言った。

「え、でもパパにイタズラで使っちゃダメだって、いつも言われてるじゃない……」

 ラリサは戸惑った。こういうときは妹のリリアナの方が、胆が座っている。

「馬鹿ね! 今やんなきゃ、いつ使うのよ!」

「それもそうね」

「3、2、1、GO!」

 リリアナの掛け声で、2人は身をひそめていた低木の陰から走り出した。素早く遊歩道を横切って芝生の広場に駆け込み、勢い衰えず木立に突っ込む。

 ところが、父親は娘たちを追おうとはぜず、腰に手を当てるとさっきまで娘たちが隠れていた低木の陰を覗き込んだ。

「そんな程度でパパの目をごまかせると思っているのか」

 ラリサとリリアナは嬉しそうに悲鳴をあげた。

「見つかっちゃった!」

「見つかっちゃった!」

 二人は何度も交互に叫んで飛び跳ねた。

「守護宝石の能力をイタズラに使っちゃダメだって、いつも言ってるだろう? 宝石の呪いにつかまったら、取り返しがつかないんだぞ」

 ジンは怖い顔で、娘たちを注意した。

「それに、黙って抜け出してはいけない。パパがどれだけ心配したと思ってるんだ。遊びに行くならちゃんと言いなさい」

 娘たちは素直に「ごめんなさい」と謝ったが、喉元すぎればまた何かしでかすだろう。二人して行方不明になったと思えば飛び切りの笑顔で泥だらけになって帰ってくるし、楓の木から落ちてきたと思えばケロリとして「次はもっとうまくやるわ!」とすぐさま樹上に戻ろうとする。これから出かけるというときに、虫や蛙を追いかけまわして雑草の種だらけになったり、地面にはいつくばって蝉の穴にどんぐりを詰め込んで「今とっても重要なことをしているの! お出かけはあとでね!」と動かなかったり。

 そんな娘たちにレイカは甘い。

「私もそうやって溝口…いえ、ウォンさんの顔色をしょっちゅう青くさせていたわ」

 と笑うばかりだ。

 ジンが娘たちを連れ戻して屋敷に帰ると、レイカは前庭で赤ん坊を抱いて歩きまわっていた。

「アレクセイは眠ったんじゃなかったのかい?」

「ベッドに置いたらすぐに起きちゃったわ。この子、ラリサやリリアナが赤ちゃんのときよりも、背中スイッチが敏感みたい」

 レイカはアレクセイの頭を肩に乗せるようにして抱いて、背中を撫でている。

「エスメラルダから聞いた通りだわ。男の子って女の子より甘えん坊で手がかかるわね」

 エスメラルダも結婚して二人の子どもの母親になっていた。ヒロミはサエコの立ちあげた会社で働きながら夜間の大学に通っているが、もうじき卒業だ。為五郎は留学したあと大学を一年間休学して、バックパッカーの旅に出ていた。今はインドにいるらしい。

「ねー聞いてママ! 新しいお友達ができたの!」

 ラリサが飛び跳ねながら言うと、リリアナもそれを真似て飛び跳ねながら言った。

「すごく面白い子なの! 昨日引っ越してきたばかりなんだって」

 アレクセイは姉たちの仕草を見てケタケタ笑った。

「その子とね、明日も公園で一緒に遊ぶ約束をしたのよ!」

 ラリサの言葉にジンは眉をしかめた。

「二人とも、明日はパパとお出かけする約束だったろ?」

「行き先変更!」ラリサは宣言した。

「行き先変更!」リリアナが追随する。

「パパとデートするよりマクシムと遊びたい! ね、ラリサ!」

「そう! マクシムってなんだかすごく、お仲間!って感じがするんだもん! マクシムも私たちみたいにお守りの宝石を持ってるの。彼の黄色い綺麗な石を見せてもらったわ。インペリアルトパーズって言うんだって」

 ジンはレイカからアレクセイを受け取った。

 アレクセイはジンの腕の中で笑って足をバタバタさせた。

「アレクセイ、早く大きくなってくれよ。パパの味方は男同士のお前だけだよ……」

「そんなの分からないわよ、パパ!」

 リリアナがそう言うと、ラリサが続けて言った。

「そうよ、子どもは思い通りに育たないのよ! ここに見本がふたつもあるでしょ!」

 姉妹は偉そうに腰に手を当てた。

 レイカがくすくす笑いながら言う。

「なんだか昔のロキシーとフィーを思い出すわ」

 フィーとロキシーは十八歳になったので家を出て自活していた。二人とも高校を卒業後、シャニの関連会社で働きながら、プロを目指して歌のレッスンに通っている。ダンは奨学金を得て、一人暮らししながら大学に通っていた。ユーリはまだレイカたちの家に残っていたが、いずれダンのように大学に通うつもりで頑張っていた。

「ラリサ、明日マクシムと遊ぶって、何時に約束したんだ?」

 ジンが尋ねると、

「分かんなーい!」

 ラリサは爪先立ってバレリーナのようにクルクル回った。

「だって時計持ってないもん!」

「それじゃ約束にならないよ……」

 ジンは困り果てた。

「大丈夫よパパ! 朝からずっと公園で待ってればいいわ! いいアイディアでしょ?」

 ラリサはポーズを決めながら言った。

「来ないかも知れないじゃないか」

 とジンが言い返すと、ラリサはきっぱりと言い切った。

「来るわよ! マクシムのパパが、明日はお弁当持ってマクシムたちを連れて来るって言ってたわ! マクシムったらすごいのよ。彼が歌うと、小鳥たちが聴きにくるの!」

「すごく綺麗な歌声だったのよ! 天使みたいなの!」

 そう言うとリリアナもラリサのようにクルクル踊った。

 アレクセイは姉たちを見て、ジタバタしながらゲラゲラ笑った。口の中に真珠のような歯が生えかかっている。

 そのとき、ジンのポケットの携帯が鳴った。

「……ジェイキンズ君だ」

 ジンは迷惑そうに言うと、アレクセイをレイカに返して電話に出た。そして神妙な表情でこう言った。

「本日の営業は終了いたしました……」

 電話の向こうでジェイキンズが声を立てて笑っている。

『仕事の話じゃありませんよ。安心してください』

 ジンは目を見開いてジェイキンズの報告を聞いた。

 通話を切ったジンは、笑顔になっていた。

「何のお話だったの?」

 アレクセイをあやしながらレイカが尋ねる。

「うん、とってもいい知らせだ。ミーシャのところにニコライから連絡が入ったそうだ。家族でカナダに移住してきたって」

 ニコライの名を聞くのは数年ぶりだった。彼に子どもたちが生まれたときに、ミーシャを通してそのことを聞いた程度だ。

「ニコライたちはどこに住むのかしらね?」

「きっと落ち着いたらまた連絡があるだろう。近々、僕に会いに来てくれるそうだから」

 ジンは上機嫌で娘たちに言った。

「明日は早起きして、パパと一緒にサンドイッチを作ろう! そしたら公園でずっとマクシムを待てるからね。君たちの新しい友達を、パパにも紹介してくれ」

 ラリサとリリアナは喜んで興奮し、逆立ちしたり側転したりした。スカートがあられもなく捲れあがったが、2人ともワンピースの下にちゃんと半ズボンを履いていた。

 

 

 その夜、娘たちがそれぞれのベッドにもぐりこむと、ジンは二つのベッドの間に椅子を置いて腰掛けた。

「さあ、今晩はどの絵本にしようか」

 ジンが尋ねるとリリアナは首を横に振った。

「絵本じゃなくて、あのお話がいい!」

 ラリサもリリアナに追随した。

「私も! 寂しがりやの男の子がダイヤモンドの妖精と出会うお話にして、パパ!」

「最近そればっかりだな。いいよ。じゃあ目を閉じて。目を開けたらそこでおしまいにしちゃうぞ!」

 娘たちは嬉しそうに笑うと、ぎゅっと目をつむった。

「……昔むかし、あるところに、寂しがりやの男の子がいました。男の子は寂しさのあまり、宝石の妖精を見つけては捕まえて、たくさんの妖精を鳥籠に閉じ込めていました。ときどき妖精が逃げ出すと、どんな手を使ってでも無理やり連れ戻しました。そんなある日、男の子は南の島で…」

「ダイヤの妖精を見つけたのよね!」

 リリアナが目をつむったまま口を挟んだ。

「その妖精はとっても強いお姫様だったのよね!」

 ラリサも目をつむったまま言った。

「ほら、お口も閉じて! 今度なにかしゃべったら、もうおしまいだからね」

 ジンが叱ると娘たちは慌てて両手で口をふさいだ。

「そう、南の島でダイヤの妖精に出会ったんだよ。男の子はその勇敢で美しい妖精に、たちまち心を奪われてしまいました。そして……」

 物語の最後まで娘たちが起きていることはない。まず先にリリアナが寝落ちするし、ラリサはいつも悪者に吊橋が壊されてしまうところまでは頑張るが、やはり途中で寝入ってしまう。

 娘たちが寝息を立て始めたので、ジンは部屋を出て行こうとした。

 すると、ラリサが寝ぼけた声でジンを引き止めた。

「ねぇ、パパ……そのお話の最後は、どうなるの?」

「そんなの、決まってるじゃないか」

 ジンはラリサの枕元に戻ってきて、大きな手でラリサの小さな頭を撫でた。

「……二人はいつまでも幸せに、暮らしましたとさ」

 

 

 

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