評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」   作:旧王朝史編纂所教授

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第12節 イゼルローン要塞攻略戦②~フォン・ラーケン少佐の謎

 そこで、別の角度から考えてみる事にした。要塞攻略の指揮を取ったシェーンコップが使った偽名、フォン・ラーケン少佐。この人物名は、その場凌ぎで創作した架空の名前だったのか、それとも、誰かモデルが存在したのか。

 

 帝国軍の組織規模を考えれば、同姓の軍人など膨大に存在するだろう。故に、適当な姓名を用いても問題はなさそうだが、任務の性質を考えるならば、万が一、シュトックハウゼンや彼の幕僚の中に、同姓の人物の知り合いがいれば、要らざる疑念を持たれる可能性もゼロではない。

 

 最も望ましいのは、シュトックハウゼンが内心、その実在を確信できる人物で、帝都オーディンからの火急の使者として訪れたと言われても納得できる人物、さらに、その発言には逆らえない、少なくとも無視や軽視は出来ない人物に成りすます事。そういう人物であれば、シュトックハウゼンが警戒心を抱く事なく、不用意に接近してくる可能性は極めて高くなるからだ。

 

 当時の帝国軍人で、上記の条件に該当するような人物が存在するのか。軍務省に登録されている膨大な軍人情報を調査していったところ、実に興味深い人物が発見された。

 

 彼の名はウィリバルト・フォン・ラーケン。帝国暦452(761)生まれ。士官学校卒業後、少尉に任官、軍務省に勤務。同省調査局に所属、叛乱軍(同盟)の情報収集任務を主に担当。同482(791)年、大尉に昇進、フェザーン自治領・高等弁務官府駐在武官として赴任。同487(796)年、少佐に昇進、ブラウンシュヴァイク公爵家・私設艦隊に軍事顧問として出向。同488(797)年、リップシュタット戦役勃発に伴い、同公爵家・私設艦隊の情報参謀として従軍したと見られるが、詳細及びその最期は不明。

 

 

 以下は筆者の想像に過ぎないが、シェーンコップが偽装したのは、このラーケン少佐その人だったのではないか。

 

 彼は任官後、一貫して情報将校の道を歩んだ練達の諜報員だった。対同盟の情報戦、謀略戦の最前線たるフェザーン自治領に駐在武官として赴任したのも、その手腕を評価されての事だったと思われる。

 

 そして、フェザーンでの勤務中、その職務を通じて、同盟軍情報部とのコネクションが生じた。帝国軍人が同盟軍人と誼を通じる事などあるのかと訝る向きもあるかもしれないが、情報戦は艦隊戦などとは異なり、敢えてこちらの情報をある程度開示して、その見返りに敵国の情報を得る事は、常套手段の1つだと云う。直接の関係はないが、かつて帝国と同盟の官憲が密かに協力して、かのサイオキシン麻薬の摘発に乗り出した事例もある。

 

 また、フェザーンという場所も、帝国と同盟の密かな「握手」を促す面があったかもしれない。当時、両国はフェザーンの経済的侵略を受けており、国債購入を通じて、フェザーンは両国財政にも多大な影響力を持つようになっていた。フェザーンを牽制するとの一点において、あくまで現場レベルの話だが、帝国と同盟が共同歩調を取る事は珍しくなかったようだ。しかし、その性格上、詳細は明らかになっていない面が極めて多い。後日の情報開示と、さらなる研究が俟たれる。

 

 さて、本論の主題との関係で重要なのは、当時の同盟軍はシトレ派が勢力を伸ばしており、同派領袖で、統合作戦本部長に就任したシドニー・シトレ元帥は、直接の武力行使に先立ち、政治交渉で優位を確保する事を理想とする軍事思想の持ち主だった事。彼が主導する対帝国戦略が、情報戦や諜報戦に重きを置くようになったのは、理の当然だと言わざるを得ない。そして、この時、練達の帝国諜報員・ラーケン少佐の存在は、シトレ元帥以下、当時の同盟軍幹部、またシトレ派所属の軍人達に認識されたのではないか。

 

 筆者は、ラーケン少佐が同盟軍の調略を受け、逆スパイになったのではないか、と考えている。公開された新史料によると、当時、軍務省内で、帝国側の軍事情報が同盟軍に流れているのでは、との疑惑が持ち上がっている。帝国軍の疑惑が確信となったのは、帝国暦487(796)年に勃発したアスターテ星域会戦。同盟軍は帝国遠征軍の兵力を読み切っていたかのように、二倍もの迎撃戦力を調えているが、三個艦隊の動員は一朝一夕に成し得る事ではない。戦闘自体は、開祖ラインハルト陛下の卓越した戦術指揮能力で圧倒的な勝利を収める事が出来たが、これは同盟軍の実戦指揮官達が大兵力の運用を誤ったからであり、仮にラインハルト陛下以外の指揮官が帝国軍を率いていたならば、逆に同盟軍の圧倒的な勝利に終わっていただろうとは、軍事史家が一致して指摘する所だ。

 

 そして、アスターテ星域会戦後、帝国軍は高等弁務官府内部に巣食うスパイを一掃する気になったのだろう。駐在武官全員に帰国と転属命令が発令されている。

 

 だが、ラーケン少佐は転属命令を受領する前に、軍務省人事局にブラウンシュヴァイク公爵家・私設艦隊への出向願を提出、既に同公爵家の了承は得ているとした。

 

 この時、ラーケン少佐は逆スパイの疑惑を掛けられ、駐在武官の地位を逐われる以上、もはや帝国軍にとどまる事は出来ない、密かな粛清の対象にすらなる、と感じたのだろう。この身の振り方が出来たのは、駐在武官時代から、ブラウンシュヴァイク公爵家と誼を通じ、同盟やフェザーンの機密情報を密かに流していたからだった。

 

 同公自身はラーケン少佐の存在を関知していなかったとしても、側近のアンスバッハやシュトライトにしてみれば、フェザーンや同盟とのコネクションを持つ帝国軍人は、是非とも確保しておきたい人材だっただろう。当時、皇帝フリードリヒ4世には皇太子がおらず、主君ブラウンシュヴァイク公が息女エリザベートを女帝として即位させたいと望んでいる事を彼ら両名は知悉していた。そして同時に、主君の競争相手、リッテンハイム侯もまた、自身の息女サビーネを女帝にしたいと野心を燃やしている事も。

 

 両家とも、帝国有数の私設艦隊を有している以上、必ず武力衝突が発生する。その時、戦費の調達先であり、万が一の時の亡命先として、フェザーンとの関係は強化しておくに越した事はなかった。

 さらに、最悪の想像をするならば、リッテンハイム侯が帝国政府を主宰する国務尚書リヒテンラーデ侯、さらには帝国軍三長官、軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥らと結び、ブラウンシュヴァイク公爵家軍が帝国正規軍とも戦わねばならなくなったとしたら、それに対抗できる武力は唯一、この銀河系宇宙には同盟軍しか存在しない。

 

 当時の同盟軍を牛耳るシトレ派とのコネクションを持つラーケン少佐の存在は、仮に逆スパイであったとしても、いやだからこそ却って、帝国軍と事を構えねばならなくなった時、心強い味方になってくれると、アンスバッハ達は期待したのではないか。

 また、同公爵家に仕えた軍人の中には、後年、新王朝の初代軍務尚書オーベルシュタイン元帥の腹心となった調査局長フェルナー少将など、謀略戦やテロ活動を得手とする軍人がいた事は良く知られているが、或いはラーケン少佐の存在をアンスバッハ達に紹介し、彼が同盟やフェザーンの機密情報を公爵家に流すように仕向けたのは、当時、ブラウンシュヴァイク公に仕えていたフェルナー少将だったのかもしれない。

 

 ブラウンシュヴァイク公爵家の私設艦隊に籍を移したラーケン少佐だが、それ以前から、練達の諜報員として、対同盟戦線に勤務する帝国軍人の中では有名だった。彼の存在は、イゼルローン要塞司令官シュトックハウゼンの耳にも届いていた事は間違いない。

 

 何故断言できるのか。その理由は、彼シュトックハウゼンは、ブラウンシュヴァイク公爵家の一門に属する武官貴族の当主でもあったからだ。対同盟戦線では名前の知れたラーケン少佐が主家の私設艦隊に籍を移したとなれば、その情報が軍内部、そして貴族社会内部から、二重の情報網を通じて、武官貴族当主のシュトックハウゼンの耳に入らないはずは無い。

 

 ラーケン少佐に偽装したシェーンコップがIDカードさえ調べられる事無く、シュトックハウゼンの前に通されたのは、彼が一門党首ブラウンシュヴァイク公オットーから派遣された使者だと、シュトックハウゼンが誤断したからだと思われる。

 ラーケン少佐(シェーンコップ)が「叛乱軍(同盟軍)が回廊を通過するとんでもない方法を考えついた」と、冷静に考えるならば、失笑ものの大嘘をぬけぬけと語っても、同盟軍の中枢部ともコネクションを持っているだろうラーケン少佐なら、或いは同盟の軍事機密を密かに入手できるかも…そして、ラーケン少佐から報告を受けたブラウンシュヴァイク公が一門党首の責務として、イゼルローン要塞司令官の自分に一早く知らせてくれようとしたのだ、そう思ったとしても不思議ではない。

 

 いや、そう誤断するよう仕向けるため、ラーケン少佐のIDカードを準備し、軍務省データベースに登録情報が無い貴族家所有の軽巡洋艦をわざわざ用意した、これこそ魔術師ヤン・ウェンリーが仕込んだ、本当の魔術の「ネタ」だったのではないだろうか。

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