評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」   作:旧王朝史編纂所教授

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第14節 異説・ヤンは冷徹なマキャベリストだった?

 ブラウンシュヴァイク公にとって、同盟との和平で失うものよりも、得るものの方が遥かに多かった。得るものは、新帝の皇父という地位と名誉、帝国の実権全て、対フェザーン・同盟貿易の独占、政敵リッテンハイムの首、さらに国務尚書リヒテンラーデや帝国軍三長官、金髪の孺子ことラインハルト陛下、自分が気に食わない者達は悉く追放、処刑さえ出来るのだ。

 

 対して、失うものと言えば、帝国が全宇宙、全人類社会を統治する唯一の政体であるとの体面、イゼルローン要塞と回廊の通行権、自家の一門に属する武官貴族シュトックハウゼンの身柄、そして、仮にこの事が公になった場合、帝室に弓を引く叛逆者になってしまう危険性、これくらいだろう。

 

 しかし、同公にとって、これらを失っても、大して痛痒には感じないだろう。自身が欲するのは、あくまで帝国の支配権であり、同盟やフェザーンなど、事実上の外国がどうなろうと、所詮知った事ではなかった。

 

 また、自身が擁立した、義父でもある皇帝フリードリヒ4世の無能惰弱ぶりを長年見せられている同公には、銀河帝国皇帝は神聖不可侵など、戯言にしか聞こえなかった。帝室に敬意を払えないとの点では、先年、自分自身が血祭りにあげた、クロプシュトック侯ウィルヘルムと、全く同じ心境だっただろう。必然的に、帝国皇帝が体現する銀河帝国の国是、体面など「どうでも良い事」だったはずだ。

 

 そして、イゼルローン要塞を同盟の手に渡してしまえば、帝国は同盟を攻める事は不可能となるが、同公は同盟を滅ぼす気など毛頭無く、これからも「商売相手」として、末永くお付き合いさせて頂きたい存在だった。また、シュトックハウゼンの如き無能者がどうなろうと、同公にとっては論評にも値しない些事だっただろう。

 

 しかし、娘エリザベートが即位し、自身が帝国の実権全てを掌握するまで、和平が公になる事は避けるべきだった。約500年に及ぶゴールデンバウム朝の歴史は重く、皇祖ルドルフ大帝の定めた国是-全宇宙は遍く銀河帝国の支配する領域である-に、真っ向から異を唱える同盟との和平交渉など、一朝一夕に受け入れられるものではないからだ。

 

 ブラウンシュヴァイク公もそれは理解できていた。故に、イゼルローン陥落後、同盟との和平交渉は秘密裏に、時間をかけて行い、あわせて枢密院議長との立場を用いて、貴族社会中に賛同者を増やしていく、それが同公の心算だった。その事は同盟側、シトレ派も了解していただろう。

 

 よって、ロボス派が持ち出した帝国領侵攻作戦が、シトレ派の勢威を恐れた政治家の賛同と、あくまで対帝国戦争の完遂を求めるグリーンヒル一派の裏切りにより、最高評議会で可決してしまった事は、これからブラウンシュヴァイク公との和平交渉を進めようと考えていたシドニー・シトレにとって、将に生涯の痛恨事と言えた。

 

 そして、開祖ラインハルト陛下とオーベルシュタイン元帥が企図した焦土作戦によって、同盟軍が全軍の約7割を喪失する大惨敗を喫した事は、ブラウンシュヴァイク公に「同盟軍恃むに足らず」と、和平交渉を見限らせるに十分だった。

 

 さらに、同盟軍の撤退と前後して、皇帝フリードリヒ4世が崩御、同帝が後継者を定めぬまま死んだ事で、帝位継承を巡る争いは激化した。ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、リヒテンラーデ候、同盟との和平交渉相手となれる可能性を持つ3人の権力者は、それぞれ意中の後継者候補を擁立して、政治工作に狂奔した。

 

 そして、武力も経済力も無い、ただ政界に巣食うだけの老政客と見下していたリヒテンラーデ候が、成り上がり者の金髪の孺子こと、ラインハルト陛下と結び、帝位から最も遠いはずだったエルウィン・ヨーゼフを即位させてしまった事で、敗北感と屈辱感に塗れたブラウンシュヴァイク公は理性を放擲。何としても、あの憎き老い耄れと金髪の孺子の首を取らずにはおれぬ!と、政敵リッテンハイムと同盟するという奇策で、4000家近い貴族家を結集したリップシュタット盟約を成立させた。

 

 もはや同盟と和平を結び、その武力を利用して、政敵リッテンハイムを滅ぼすという、当初の構想など、遠く銀河系の果てに消え去ってしまった。歴史にifは無いが、もしロボス派が帝国領侵攻作戦を提出せず、帝国皇帝フリードリヒ4世が後数年、その生命を保つ事が出来たならば、或いは、ゴールデンバウム朝銀河帝国第37代皇帝エリザベート1世、皇父にして帝国宰相ブラウンシュヴァイク公オットー、最高評議会議長兼統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥、国防委員長兼宇宙艦隊司令長官ヤン・ウェンリー大将、彼ら4名がイゼルローン要塞の大ホールで、銀河帝国と自由惑星同盟の相互不可侵を明記した和平条約に調印する光景が見られたかもしれない。

 

 以上の着想、妄想を前提とする事で、当初の問題意識、同盟軍人ヤン・ウェンリーが何故、ブラウンシュヴァイク公ら旧王朝の門閥貴族に対して、軍事指導を行う事が出来て、かつ貴族達がその指導を受け入れると確信していたのか、その問いに答えられると思うのだ。前述した事の繰り返しを交えつつ、以下の通り整理してみた。

 

 帝国暦482(791)年、練達の諜報員だった帝国軍人ラーケン少佐がフェザーン自治領・高等弁務官府駐在武官として赴任。彼は職務上、同盟軍情報部とも水面下で接触、当時の同盟軍で勢力を伸ばしていたシトレ派、その領袖シドニー・シトレや、御曹司的存在のヤンから、その存在を認識されるに至る。

 

 その後、ラーケン少佐は同盟軍の調略を受け、逆スパイとなる。帝国軍の軍事機密を同盟軍に流すと同時に、その職務で知り得た同盟やフェザーンの情報をブラウンシュヴァイク公爵家にリークし始めた。彼が公爵家と接触、同家の為に暗躍するようになったのは、当時、ブラウンシュヴァイク公に仕えていたフェルナーの紹介、そして同公の側近アンスバッハやシュトライトの意向があった。

 

 帝国暦485(794)年の第6次イゼルローン要塞攻防戦で、同盟軍が全面撤退を余儀なくされた事を皮切りに、ロボス派領袖ラザール・ロボスほか、同派所属の前線司令官達は失態を続け、さらに幹部ホーランドが戦死するなど、その勢威は低下する一方だった。

 その反面、対立派閥のシトレ派は、ビュコック、ウランフ、そしてヤン達が武勲を重ね、世論の高い支持を背景に、その勢力は同盟軍を席巻する勢いだった。

 

 そして、同派領袖シトレが統合作戦本部長に就任して以降、シトレと彼直系の軍人―ビュコック、ウランフ、ヤン達―は、自派主導による対帝国和平の実現を模索。逆スパイとして確保していたラーケン少佐のコネクションを使い、帝国最大の門閥貴族ブラウンシュヴァイク公オットーとの接触を密かに開始したと見られる。

 

 今上帝フリードリヒ4世の孫に当たる、息女エリザベートを帝位に就ける事を熱望する同公は、自身と同様、皇帝の孫を娘に持ち、自らに匹敵する経済力と武力を有するリッテンハイム侯ウィルヘルムを敵視。同侯を抹殺するため、同盟軍シトレ派と水面下で接触、同盟との和平交渉に応じる見返りに、同盟軍をしてリッテンハイム侯爵領を攻撃、破壊させるとの構想を描く。

 

 ブラウンシュヴァイク公オットーは自らの構想実現を策して、同盟軍を帝国領内に導き入れる侵攻路を確保するために、そしてシトレは、対帝国戦で圧倒的な軍事的勝利を収めて、その武勲によって同盟軍を完全に支配、さらに今後の対帝国和平交渉を有利に導ける材料を得るために、両者の目論見の一致点として、ヤン艦隊によるイゼルローン要塞攻略が計画された。

 

 ブラウンシュヴァイク公爵家の有形無形の支援に助けられて、シトレ、そしてヤンの計画通り、イゼルローン要塞の無血陥落という、同盟史上、最大級の武勲を上げるに至る。

 

 イゼルローン陥落直後、両者は今後、数年間をかけて、水面下で和平交渉を繰り返し、両国内に和平の機運を高めると共に、同盟軍はブラウンシュヴァイク公との約定通り、イゼルローン回廊を通過して帝国領に侵攻、暴虐な領主に抑圧された人民を救出、解放するとの大義名分を掲げるが、その実、ブラウンシュヴァイク公所有の艦隊と密かに合流、航路情報の提供と補給支援を受けて、一路リッテンハイム侯爵領に進撃。侯爵家が保有する艦隊を撃破し、同侯ウィルヘルムと娘サビーネを殺害、ないし捕虜として、同盟領に帰還。同侯爵家を滅亡させて、ブラウンシュヴァイク公の息女エリザベートが次期皇帝となる上で、最大の障害を取り除く…

 

 しかし、現実は構想通りには進まなかった。シトレ派の独走を防ぎ、失地回復を図りたいロボス派は、政治と軍事が対等である事を志向するシトレ派を放置しておけば、同盟軍が「国家内国家」と化し、それは民主共和国家・自由惑星同盟が軍部独裁国家へと変貌する機縁になるのではと恐怖した政治家、官僚、財界人らと結び、帝国領侵攻作戦を最高評議会に提出、対帝国戦争の完遂を求めるシトレ派内の非主流派グリーンヒル一派の造反にも助けられて、帝国領侵攻作戦が正式に決定してしまう。

 

 当初の構想を捨てきれないシトレは、腹心キャゼルヌを後方主任参謀に据えると、故意に補給を滞らせて、前線の戦闘力を喪失させ、前線司令官に据えた自身の直系ビュコック、ウランフ、ヤン達に、その状況を針小棒大に報告させて、撤退止む無しの状況を作り出す事で、同盟軍の早期撤兵を策したが、開祖ラインハルト陛下とオーベルシュタイン元帥が企図した焦土作戦が奏功し、故意のサボタージュをせずとも、同盟軍の補給体制は崩壊、前線に展開する各艦隊の戦闘力は失われた。

 

 しかし、出兵に賛成したウィンザー夫人ら主戦派政治家は、勝利なき撤退は自身の政治生命を失わせかねないと、市民に説明できるだけの勝利を挙げるまでは撤退すべきではないと強硬に主張。撤退の機を失ったまま、ラインハルト陛下が率いる帝国軍の精鋭が急襲、同盟軍は壊滅し、全軍の約7割を喪失するという歴史的敗北を喫した。

 

 帝国侵攻作戦を提案したロボス派、同派と野合したグリーンヒル一派は戦犯として世論の激烈なバッシングに晒され、ウィンザー夫人ら主戦派政治家と共に失脚したが、制服軍人トップの統合作戦本部長シトレもその責任を免れず、辞表を提出。ロボスは自身の失敗によって、ライバル・シトレの足を引っ張った、と評された。

 

 その影響は当然、政界にも及び、侵攻作戦を可決したサンフォード政権は崩壊。議長以下、全委員長は辞表を提出したが、出兵反対に票を投じた国防委員長トリューニヒト、財務委員長レベロ、人的資源委員長ホワンらは留任。そして、トリューニヒトはサンフォードとの秘密協定の結果、暫定議長に就任した。

 

 歴史的大敗北を喫した同盟は挙国一致体制を取り、この国難を乗り越えねばならないと主張する議長トリューニヒトは、名目上は派閥解消、人事刷新のため、その実、同盟軍への影響力強化を策して、シトレ・ロボス両派に属さない、中間派の第1艦隊司令官クブルスリーを統合作戦本部長に推薦。アムリッツァ会戦で領袖シトレ・ロボスが失脚した両派に、世論の期待と支持を集めるトリューニヒトに抗する力は無かった。シトレ派は自派の重鎮、ビュコックを宇宙艦隊司令長官に推薦し、辛うじて実戦部隊のみ自派の影響下に置く事が出来た。

 

 そして、同盟の大敗北は、ブラウンシュヴァイク公から、同盟との和平交渉を行う意欲を失わせるに十分だった。加えて、皇帝フリードリヒ4世の崩御により、政敵リッテンハイム侯、そしてリヒテンラーデ・ローエングラム枢軸との権力闘争に集中しなければならなくなった同公の脳裡からは、同盟の存在は既に消えてしまっていた。

 

 だが、先の問題意識と関連付けるならば、アスターテ星域会戦後、ヤンはブラウンシュヴァイク公とのチャンネルをまだ活かす事が出来ると考えていたのではないだろうか。

 

 だからこそ「門閥貴族軍と連合し、ローエングラム侯の軍を打ち破った後、返す刀で貴族軍を撃つ」、或いは「門閥貴族軍に策を授けて、ローエングラム侯の軍と互角に戦わせた後、両軍が疲弊の極に達した所を撃つ」、シトレ元帥の後継者的存在となった自分ならば、貴族連合軍の盟主・ブラウンシュヴァイク公も、これらの戦略に耳を貸してくれると確信していた、これが筆者の着想である。

 

 尤も、後世からの視点では、この当時、ブラウンシュヴァイク公は同盟との和平に期待せず、政敵リッテンハイムと同盟してまで、リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸の打倒に執念を燃やしていたので、ヤンから密かな連絡を受けても、一顧だにしなかった可能性は高いが。

 

 しかし、この着想には難点がある。もしヤンがこの戦略を取るべきだと考えていたならば、ヤンの最終目的は、自身が常に口にしていた帝国との和平ではなく、あくまで同盟が帝国を滅ぼす事だったと言わざるを得ない。

 

 また、この戦略を採用すれば、結果的に和平交渉の相手・ブラウンシュヴァイク公を裏切り、騙し討ちする事になる。ヤンの養子で、その為人を最もよく知るだろうミンツ氏は、ヤンが戦争を嫌悪し、平和を求め続けた高潔な人物だったと、著作中で何度となく強調している。和平交渉の相手に詐術を弄し、冷酷に攻め滅ぼす事を躊躇わないヤンの考えは、ミンツ氏の描くヤン像とは乖離し過ぎている。

 

 この矛盾に整合性を与えられる解釈はあるのだろうか。結論から述べると、ヤンはミンツ氏が描いているような、戦争を嫌って、平和を求め、「ペンは剣よりも強し」を真理と信じる人物ではなく、軍事力行使の正しさを疑わず、平和実現のためには、ペンよりも剣が有効だと信じ、武力や政治力に裏打ちされない言論に価値を見出さないマキャベリストだった、これが筆者の見解である。

 

 以下、イゼルローン要塞司令官就任後から、バーラトの和約締結まで、ヤンの言動を分析しつつ、その事を論じてみたい。

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