評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」 作:旧王朝史編纂所教授
前節の続きになるが、ヤンが開祖ラインハルト陛下とブラウンシュヴァイク公ら貴族連合との内戦に介入すれば、同盟が帝国を滅ぼす事が出来ると確信していたならば、何故、行動に移さなかったのだろうか?
ミンツ氏の著作では、それは民主主義国家の軍人の矩を超える、銀河連邦を崩壊させた独裁者ルドルフ大帝への道だと自覚する、ヤンの民主主義者としての高潔さと強固な自制心の故だとしているが、これまで述べてきたように、ヤンは政治と軍事が対等であるべきと考えるシトレ派のプリンス的存在で、同派領袖シトレ元帥の御曹司的人物だった。よって、独裁者こそ志向しなくても、軍人が国防戦略、対帝国戦略を主導する事を躊躇う事は無かったと考えられる。
ここから、ヤンが帝国の内戦に関与しなかったのは、思想信条上の自制が原因だったとは思えない。
また、帝国からの視点では、アムリッツァ星域会戦後からリップシュタット戦役勃発時までの間に、貴族連合との戦いを決意したラインハルト陛下が、同盟が帝国の内戦に関与する事が無いよう、旧同盟軍人アーサー・リンチを工作員として、同盟内部での軍事クーデターを使嗾、同盟を内戦状態に陥れた事が、ミッターマイヤー首席元帥ほか、当時ラインハルト陛下の麾下に属した高級軍人の証言で明らかになっている。
その結果、ヤンは帝国に関与する余裕が無く、自国の内戦鎮圧に奔走せざるを得なかったと言われる。結果論的に言えば、確かにその通りだろう。
しかし、ミンツ氏の著作によれば、ヤンはラインハルト陛下の謀略を看破しており、同盟内部で近く、クーデターが生じる事を予見していた。そのため、宇宙艦隊司令長官ビュコックと密かに接触、クーデター勃発の可能性を伝え、水面下でクーデター派を捜索、拘禁して、クーデターを未然に防いで欲しいと依頼。それと同時に「叛乱がおきたら、それを討ち、法秩序を回復するように」との命令書を発して欲しいと依頼して、自身がクーデターに参加した同盟軍を鎮圧する際の法的根拠とし、独断で軍を動かしたと、後日責任を追及される事がないように手を打っていた、と云う。
もしこれが事実であるならば、ヤンは帝国での内戦―ラインハルト陛下とブラウンシュヴァイク公ら貴族連合との戦闘-が生じる事をかなり早い段階から予見していた事になる。だとすれば、その対策がビュコックへの密かな忠告だけというのは、あまりに手薄ではないだろうか。ビュコックに対処を依頼して、後は全て任せる的な態度に思えてならない。アムリッツァでの敗北後、影響力を大きく減退させたとは言え、今やシトレ派の輿望を担う立場のヤンならば、より有効な対策が打てたのではないだろうか。
ミンツ氏の著作からは、クーデター派の動きが速すぎたため、ビュコックの対応は間に合わず、結局ヤンがクーデターの鎮圧に乗り出さざるを得なかったと、恰もビュコックの不手際、彼に責任があるかの如き記述になっているが、これはビュコックに対して、厳し過ぎる見解だろう。周知の如く、彼は兵卒から提督にまで上り詰めた、将に叩き上げとの言葉を体現する、生粋の軍人だった。この点はミンツ氏も触れているが、この老提督に憲兵の如き仕事を求めるなど、これは依頼する側に問題なしとは言えない。
これもミンツ氏の見解だが、ヤンは軍中央に人脈を持たず、また当時の同盟軍はトリューニヒト派の天下で、ヤンが信頼できる中央の軍人はビュコックしかいなかったため、としているが、筆者はこの見解には首肯できない。
前述した通り、ヤンは、かつて同盟軍を席巻したシトレ派の幹部で、領袖シトレの御曹司的存在だった。また、そのシトレの腹心キャゼルヌも、この時期、ヤンの招請に応じてイゼルローンに着任、要塞事務監に就任している。中央勤務が長く、エリート街道を歩んでいたキャゼルヌが軍中央に人脈を持っていないとは思えない。彼の人脈を用いて、軍内部の監査部門や憲兵隊に影響力を行使する事も出来たのではないか。
さらに言えば、ヤン自身が当時の同盟軍では事実上のナンバー3で、その権力と地位に惹かれて、ヤンの意向に迎合しようとする軍人も多かったのではないだろうか。
そして、ビュコックとの関係では、より大きな疑問がある。ヤンは何故、彼に「叛乱がおきたら、それを討ち、法秩序を回復するように」との命令書を求めたのか、そして、彼は何故、それを了承したのか、この2点が筆者にはどうしても理解できない。
筆者は同盟の政府・軍組織には明るくないが、それでも常識的に考えて、宇宙艦隊の長とは実戦部隊の指揮監督を責務とする者で、国内の治安維持、或いは軍内の秩序維持、軍組織の監察にまで、権限を有していたとは思えない。
上記の任務について、帝国の政府、軍組織で言えば、宇宙艦隊司令長官は実戦部隊の指揮監督が職務で、統帥本部総長が軍内の秩序維持に責任を持ち、軍務尚書が軍組織の監察に当たっていた。そして、国内の治安維持は、内務省の社会秩序維持局と警察局、そして軍務省に属する憲兵隊の仕事だった。
また、一例を挙げると、亡国帝フリードリヒ4世の治世末期、叛乱を起こしたカストロプ公マクシミリアンを故キルヒアイス大公が討伐した際の事。当時、同大公は開祖ラインハルト陛下の元帥府に属する軍人だったが、ラインハルト陛下は国務尚書リヒテンラーデ候の政務補佐官ワイツに賄賂を贈り、大公に叛乱討伐の勅命が下るよう、リヒテンラーデ侯への工作を依頼した事がある。この時、ラインハルト陛下は宇宙艦隊副司令長官として、宇宙艦隊の半数を指揮下に置いていたが、それでも区々たる地方叛乱を討伐する為に、わざわざ皇帝の勅命が必要だったのだ。
つまり、ある領主貴族が反乱を起こしたからと言って、宇宙艦隊司令長官が独断で命令を下し、隷下の宇宙艦隊を出撃させたならば、法と皇帝の権威を犯す、明確な越権行為だとして、軍組織上、上官に当たる統帥本部総長、軍務尚書からの譴責は当然だった。
さらに、妄りに軍隊を動かしたとして、司法省から弾劾されて、かつ皇帝の意向によれば、懲罰、免職、いや処刑さえあり得た。それほど、軍の動員とは国家にとっての重大事で、支配体制を揺るがしかねない影響力を持つので、慎重に決定される必要があった。それは政体、国体に関わらず、国家組織の「常識」ではないだろうか。
まして、帝国のように人治ではなく、法治国家と標榜し、政治家による軍隊の統制、所謂シビリアンコントロールを大原則とする同盟で、実戦部隊の長が独断で、かつ秘密裏に軍隊を、それも当時の同盟国内で最大の武力を有する部隊の出撃許可を出すなど、命令を発したビュコック、その命令に従ったヤン、この事が明らかになったならば、両名とも軍法会議で裁かれる事は疑い得ず、国家反逆罪、或いは騒乱罪で実刑判決を受けても当然と言える、重大な犯罪行為ではないのだろうか。
しかるに、ヤンから密かに依頼を受けたビュコックは、その事を叱責もせず、素直に命令書を作成し、ヤンの下に届けさせている。ヤンはクーデター鎮圧のため、イゼルローン要塞出撃後、幕僚たちにビュコックの命令書の存在を明かして、法的な根拠を得ているのだから私戦ではないと言い切り、幕僚たちは、ミンツ氏の表現を借りるならば「司令官の予見力に声もなかった」と、感嘆している様が読み取れるが、彼らは本当に高等教育を受けた高級軍人なのだろうか。
若手軍人から「歩く小言」と、半ば親しみを込めて揶揄され、秩序に人一倍厳しかったと言われる参謀長ムライは何故、越権行為で、しかも秘密裏に作成された命令書に法的根拠など認められないと、司令官ヤンを諫めなかったのか。
また、ヤンの副官フレデリカ・グリーンヒルは同盟憲章と同盟軍基本法の全条文を悉く諳んじていた才女だと称賛されているが、ただ条文を機械的に覚えているだけで、それが指し示す意味など全く理解できていない、単なる暗記機械でしかなったのではないかと、深刻に懐疑せざるを得ない。
権限を持たない者が秘密裏に作成した命令書を根拠として、法秩序を回復する為に行動するなど、出来の悪い笑劇を見せられている気分だ。いや、専制国家に生まれ育った筆者には、この光景は旧帝国史で屡々繰り返された、国家を壟断する権臣を処断、追討するため、帝室の忠臣が時の皇帝の密勅を部下たちに披露し、皇帝陛下の御為、いざ奸臣を誅殺せん!と、決起を求めるシーンに酷似していると思えてならない。