評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」 作:旧王朝史編纂所教授
まず、ミンツ氏の著作によれば、ヤンとトリューニヒトは互いに相容れないどころか、理解する事さえ出来ない関係で、ヤンは民主主義思想を重んじる自身の性向から、トリューニヒトを下品な扇動政治家を罵倒、さらには「私はあいつのシェークスピア劇風の演説を聞くと、心にジンマシンができる」と、生理的にも嫌悪していた、と云う。
しかし、ある史料によれば、アスターテ星域会戦後の慰霊祭で、反帝国演説を行う国防委員長トリューニヒトを衆人環視の前で手酷く批判した、後の代議員エドワーズが過激な右翼集団・憂国騎士団に狙われ、暴行されそうになった所を後輩アッテンボローと共に救出したヤンは、単身トリューニヒト邸を訪れて、エドワーズの身の安全を保障して欲しいと、トリューニヒトと直談判している。トリューニヒトもヤンの名声を考慮し、アスターテの英雄に貸しを作れるのなら安い買い物だと、その申し出を了承、自ら憂国騎士団員に指示して、エドワーズへの暴行を禁じている。
この史料の記述を採用するなら、ヤンとトリューニヒトは完全に没交渉だった訳ではなく、必要があれば直接交渉する事も辞さず、かつそれだけの人間関係はあった事が分かる。
故に、アムリッツァの大敗後、ヤンは単身、密かにトリューニヒト邸を訪れ、自身の政治目標を達成するため、トリューニヒトとの直接交渉に臨んだのではないか。かつて、憂国騎士団に狙われたエドワーズの身の安全を保障して欲しいと直談判した時の様に。
では、仮にそうだとして、この時、両者の間で何が話し合われて、何を申し合わせたのだろうか。ヤンとトリューニヒト、それぞれの立場を踏まえて、まとめてみたい。
まずヤンだが、彼は前統合作戦本部長シトレ元帥の御曹司的存在で、かつシトレ派のプリンス的存在として、今や同派の輿望を担う立場だった。同派幹部のビュコックは宇宙艦隊司令長官に就任したが、彼は一兵卒からのたたき上げで、兵士や下士官、また下士官上がりの士官からは強く支持されていたが、反面、士官学校出のエリート軍人からは、武骨で粗野な戦闘屋だと敬遠されてもおり、彼らの支持は同じ士官学校出身のヤンに集まっていった。
アムリッツァの大敗で、同盟軍自体が世論の激烈なバッシングに晒されている今、必然的にシトレ派の勢力も地に落ちていたが、だからこそ却って、派閥の団結を取り戻し、往年の勢力を回復する為に努力を怠る事は出来なかった。状況を座視していれば、派閥自体が求心力を失い、雲散霧消する事は自明だったからだ。
シトレの腹心だったキャゼルヌが後輩ヤンの下で要塞事務監に就任する事を肯んじたのも、ヤンの招請に応じたとの面は確かにあるが、新たな派閥領袖たるヤンを身近で支えねば、との思いもあっただろう。
ヤンは立場上、自派主導による帝国和平の実現という、前領袖シトレの目標を掲げざるを得なかったが、同時に、もはやそれがほぼ不可能である事も理解していた。
シトレの時代とは異なり、同盟軍の過半はアムリッツァで消滅、イゼルローン要塞こそ確保しているが、再度の帝国領侵攻と占領を成し遂げられる戦力は既に無く、シトレが描いた「圧倒的な軍事的勝利を挙げて、それを交渉材料として、帝国との和平交渉を有利に導く」との戦略は取れなくなっていた。今の同盟軍に出来る事は精々、局地戦での勝利を重ねるくらいであり、帝国の内戦終結後に勝ち残った権力者、それはブラウンシュヴァイク公ら貴族連合か、それとも皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁するリヒテンラーデ・ローエングラム枢軸かは分からないが―ヤンは当然、後者だと予想していただろうが―、どちらが勝っても、弱体化した同盟からの和平交渉など、歯牙にもかけない事は火を見るよりも明らかだった。
故に、アムリッツァ後、ヤンは密かに、自派の戦略目標を変更するべきと考えていたのだろう。それは、帝国の内戦、即ちリップシュタット戦役を最大限利用して、同盟が帝国を打倒する事。いや正確に言えば、同盟軍の介入で、帝国の内戦を長期化させて、帝国各地の領主貴族らを独立させる。帝国を数多の小国家、小集団に四分五裂させ、銀河帝国を国家としては滅亡させる。その結果、同盟は帝国の圧力を受ける事が無くなり、対帝国戦争は事実上、終結するのだ。
これがヤンの描いた構図だった。故に、自分がブラウンシュヴァイク公とのチャンネルを用いて、帝国の内戦に介入すれば、銀河帝国は滅亡すると、ヤンは確信できたのだ。それは、開祖ラインハルト陛下が強大な軍事力を用いて、貴族連合や同盟を討滅したような形ではなく、敵国を分裂させて、国家として機能させなくする、極めて消極的な形での「滅亡」だったが、低下しきった同盟軍の戦力では、このような形しか志向できなかったのだろう。ヤンはこと政略・戦略においては、ヒロイックさなど欠片も無い、極めつけのプラグマティストでリアリスト、さらにマキャベリストだった。
ヤンは弱体化した同盟軍では、ラインハルト陛下が率いる帝国正規軍、そしてブラウンシュヴァイク公が盟主を務める貴族連合軍、どちらとも正面切って戦っては、到底勝つ事は出来ないと見切っていた。故に、両者を戦わせ、徹底的に疲弊させて、漁夫の利を占める事、それがヤンの基本戦略だった。
そう考えると、この時にヤンが求めていた事が理解できる。ヤンには、帝国の内戦に対して、自らが持てる最大の戦力を率いて、最も効果的な時期に介入できる地位と、介入に際して、自らがフリーハンドを行使できる立場が必要だった。
そのため、帝国との国境線に位置して、雷神の鎚という絶対兵器を備える難攻不落の堅城、かつ自給自足も可能な補給基地でもあるイゼルローン要塞、そして旧第10・第13艦隊を合したヤン艦隊、この二つを自身の完全な支配下に置き、かつ最も効果的なタイミングに、最短時間で帝国に侵攻できるように、イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官の地位を求めたのだ。
だが、その地位を得ても、軍司令官の独断で軍隊を動かす事は重大な国法違反だ。それはシビリアンコントロールを掲げる同盟では、帝国以上の桎梏となって、ヤンの両手両足を縛った。まして、アムリッツァの大敗からまだ日が経っておらず、この時点での帝国再侵攻は、例え内戦に乗じるためとの名分があっても、世論の賛同を得る事は難しかった。
よって、自らが艦隊を率いて、イゼルローンから出撃できる名分がヤンにはどうしても必要だった。一度出撃してしまえば、細部の運用は軍司令官の裁量による部分が大きくなるからだ。反戦派勢力にも有無を言わせない名分が1つだけある。それは「市民の生命と財産を守る」ため。即ち、反政府勢力、クーデター勢力の鎮圧だ。
故に、ヤンはラインハルト陛下の策謀を看破しつつも、自分がコントロール出来る範囲内で、敢えてクーデターを起こさせたのだ。その鎮圧を名目に艦隊を出撃させて、クーデター鎮圧後、返す刀で帝国領に侵攻、リップシュタット戦役に介入する事こそが目的だった。ミンツ氏の著作では、フォークの凶弾で負傷したクブルスリーに代わり、統合作戦本部長代行になったドーソンは、ヤンへの妬み嫉みから、同盟領内の4ヶ所で蜂起したクーデター勢力を全て鎮圧せよ、との命令を出したと、ドーソンが私怨でヤンを酷使しようとしたとの見方をしているが、ヤンの目的が出撃後のフリーハンドを得る事だったとするならば、むしろ攻略目標が広範囲であればあるほど、行動の自由が得られて望ましかった。故に、ヤンの意向を密かに伝えられたトリューニヒトが、国防委員長ネグロポンティを介して、ドーソンに命令させた、ヤンの自作自演だったと考えられる。
いや、首都星ハイネセンまで進撃した後、イゼルローン要塞に取って返して、さらに帝国領に侵攻するなど不可能だと言われるだろう。確かにその通りだ。しかし、それは史実に幻惑された見方である。
前述した通り、ヤンの目論見は、自身がコントロールできる範囲内でクーデターを起こさせ、自艦隊を出撃させる大義名分を得て、リップシュタット戦役に介入する事だった。以下、節を改めて、ヤンは同戦役に介入後、どのように銀河帝国を「滅亡」させようと考えていたのか、再度、その点を詳細に論じてみたい。