評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」 作:旧王朝史編纂所教授
ヤン・ウェンリーがシトレ派、その領袖、シドニー・シトレ元帥の庇護下にあり、同派のプリンス的存在だったという、ホーウッド元中将の証言を検証する前に、そのシトレ派、その対立派閥だったロボス派の実態について、同中将ほか、当時の同盟軍をよく知る人物の証言、また当時の公文書等に基づく先行研究に基づき、簡単に概説しておきたい。
まず、ヤンも属したと見られるシトレ派は、かのアムリッツァ星域会戦時の統合作戦本部長、シドニー・シトレ元帥を領袖とするグループである。
同派に属する有力な軍人は、同会戦時の総参謀長ドワイト・グリーンヒル、マル・アデッタ星域会戦で同盟軍を率いたアレクサンドル・ビュコックとチュン・ウー・チェン、アムリッツァ星域会戦で戦死したウランフやボロディン、またヤンの幕僚を務めたキャゼルヌ、ムライ、パトリチェフ、フィッシャーなど。そして、同派との関係が深かった政治家として、最後の最高評議会議長ジョアン・レベロ、その友人で、人的資源委員長を務めたホワン・ルイなどが存在する。
同派の軍人達は、政治と軍事は対等であるべき、という思想の持ち主だった。シビリアンコントロールを否定するものではないが、国防は政府と軍隊とが対等の立場で協議し、和戦の可否を含めて検討、決定すべきと考えていた。
ただ、彼らの中にも温度差はあり、派閥領袖のシトレ、その御曹司的存在のヤンは、軍事力の存在は否定しないが、その行使には慎重であるべきで、勝算の無い戦争はすべきではないとの立場だった。
一方、政治が誤った方向に進もうとしている時は、武力行使をしてでも、軍事がそれを正すべきだと考える軍人も多く、彼らの中心人物はドワイト・グリーンヒルだった。彼が後年、腐敗した同盟政府を打倒し、対帝国戦争の完遂を掲げる救国軍事会議の議長に推されたのは決して偶然ではない。
また、グリーンヒルはシトレ派の要人でありつつも、敵対派閥・ロボス派とも円滑な関係を維持し、同派領袖のラザール・ロボス元帥の下で、しばしば総参謀長を務めている。「当時の高級軍人の中で、最も政治的な軍人」とは、ホーウッド元中将の評価である。
彼らは総じて軍人特有の潔癖さを持ち、理想主義的な傾向が強かった。現実主義の名の下、政治家と取引、妥協する事を嫌い、彼らと交際する事さえ敬遠する者も少なくなかった。ヤンはその中の最右翼で、同派領袖シトレ、その腹心的存在だったキャゼルヌから、しばしば苦言を呈されている。
彼らシトレ派に対抗した、もう1つの派閥が、アムリッツァ星域会戦時、同盟軍総司令官を務めた、当時の宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥を領袖とするロボス派だ。
同派に属する有力軍人は、バーラトの和約時の統合作戦本部長ドーソン、同盟最後の同本部長ロックウェル、アムリッツァ星域会戦時の作戦参謀で、敗戦の戦犯と見なされているフォークや、開祖ラインハルト陛下との艦隊戦で敗死したホーランド、またアスターテ星域会戦でラインハルト陛下に敗れたパエッタ、パストーレ、ムーアらがいる。
また、同派に接近していた政治家は、バーラトの和約時の最高評議会議長ヨブ・トリューニヒト、同盟政界で彼の派閥に属しており、国防委員長を務めたネグロポンティやアイランズ達が代表的な人物だ。
同派の軍人達は、シトレ派とは異なり、シビリアンコントロールの原則を墨守、軍事は政治にあらゆる面で従属すべきであると主張した。彼らからすれば、シトレ派の軍人達は、自由惑星同盟という国家の中に、同盟軍というもう一つの国家、即ち「国家内国家」を作る事を目指す、民主国家の軍人にあるまじき事を目指す危険分子だった。実際、彼らの中から、クーデター勢力・救国軍事会議が生まれた事を考えると、後世からの視点ではあるが、ロボス派の懸念は決して杞憂ではなかったと言えるだろう。
彼らの主張は、戦時下である事を理由に、軍隊の独走を恐れる政治家や政府官僚、また軍隊が政権を掌握すれば、国家社会主義の名の下、私有財産を没収されるのではと恐れた企業経営者から支持された。
だが同時に、彼ら同派の軍人は、政治家らと結び、利権漁りや猟官運動に精を出す者も少なくなく、公人たる者、清廉さが必要と考える政治家は、彼らロボス派の主張を心中では是としながらも、金と権力を貪る姿勢に我慢ならず、主張には賛同できないが、清廉さに惹かれて、シトレ派と誼を結ぶ者もいた。
その典型がジョアン・レベロだった。彼は同派幹部で、最後の宇宙艦隊司令長官ビュコック元帥と親しく、シトレ派とは比較的、良好な関係を維持していたが、その主張には決して賛同していなかった。これもミンツ氏の著作にあるが、氏はレベロがヤンを評して、第二のルドルフになるのではとの懸念を表明していた事に対し、ヤンという人物を全く理解していなかった証左だと論難しているが、ヤンとグリーンヒルが同派閥に属していた事を念頭に置くなら、レベロの懸念はむしろ当然と言えよう。