評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」 作:旧王朝史編纂所教授
シトレ派のプリンス的存在として、順調に出世してきたヤンが、エル・ファシルに続き、再び同盟社会の英雄、ヒーローとなったのは、言わずと知れた第7次イゼルローン要塞攻防戦での無血陥落、そしてそれに先立つ、アスターテ星域会戦での同盟軍惨敗を阻止した事の立役者になったから、である。
ミンツ氏の著作では、上記2つの戦闘で勝利したのは、ただヤン・ウェンリー1人だけである、とも言いたげな記述になっているが、ホーウッド元中将らの証言に基づく限りで、同盟軍全体に視野を広げるならば、勝利したのはシトレ派だった。
まず、帝国暦487(796)年に行われたアスターテ星域会戦。帝国側視点では、開祖ラインハルト陛下が同盟軍の三個艦隊を相手取り、ほぼ完勝を収め、元帥杖と宇宙艦隊副司令長官の地位を手に入れて、後年、帝国最大の権力者となるための基盤を確立した重要な戦いだが、同盟側視点に立つならば、ロボス派の凋落が明らかになり、シトレ派の優位が確立した戦いでもあった。
帝国軍迎撃の任に当たったパエッタ・ムーア・パストーレの三提督は、前述の通り、ロボス派の有力メンバーだった。この時、国防委員長の地位にあったトリューニヒトは、ロボス派に近い自身の立場強化、また同盟軍内の派閥均衡を策して、軍令に対する軍政の相対的な優位を保つため、これまで帝国軍に勝利してきたシトレ派の諸提督を退け、敢えてロボス派の提督のみを起用。また、同盟軍勝利を確実にするため、自身の職権を最大限に使用、帝国軍の二倍近い、三個艦隊の動員を実現させた。
つまり、同星域会戦は、国防との戦略目的だけではなく、第4次ティアマト星域会戦まで失点続きだったロボス派の失地回復、との側面も強かったのだ。
それを具体的に証明する史料は、現時点では発見されてはいないが、同会戦では、シトレ派のプリンス的存在のヤンが、ロボス派のパエッタ中将の麾下につけられ、かつ露骨に冷遇されている事を考慮するならば、同盟軍勝利の暁に、上官パエッタの見識と手腕を称揚、その反面、部下ヤンの無策ぶりを喧伝する事がロボス派、及びトリューニヒトら同派政治家の目算だったのではないか、と推測される。
だが、現実はロボス派の目算通りには進まなかった。開祖ラインハルト陛下の卓越した戦術指揮能力により、同盟軍三個艦隊はほぼ壊滅、しかもその危機を救い、全軍壊滅の悲劇を防いだのが、この戦いで無策ぶりを露わにしてやりたいと目論んでいたヤンだった事は、同派にとっては、まさに二重の意味で「敗戦」だった。
ホーウッド元中将らの証言によれば、この戦いは確かに同盟軍の敗北だったが、こと同盟軍内の派閥抗争という観点でのみ言えば、シトレ派の「勝利」でもあった。
ビュコック、ウランフ、そしてヤン、優秀で実績もある将帥を政治的理由から起用せず、三個艦隊の事実上の壊滅を招いたロボス派と同派政治家は、軍内部のみならず、政界・官界、そして一般世論の激烈な批判に晒されて、その影響力を急速に低下させた。
一方、自派の諸提督を迎撃軍司令官に推薦しながら、トリューニヒトら国防族議員の反対で実現できなかった統合作戦本部長シトレは、もし彼の推薦通りに、ビュコック提督らが起用されていれば、必ず帝国軍に勝利していたはずだ、そんな世論が巻き起こり、人を見る目がある優秀な組織管理者だと、その声価はさらに上昇した。
また、アスターテの英雄として、同派プリンスであるヤンの存在を称揚する事で、シトレ派の軍人たちの優秀さをも喧伝する事ができ、彼らの起用こそが今後の国防の要である、との世論が醸成するにも至った。
そして、シトレ派はジョアン・レベロ、ホワン・ルイら、同派に近い政治家を動かし、議会内の野党勢力、ひいては反戦派とも結び、その影響力は同盟軍内のみならず、政界や官界、言論界にまで及んでいった。
同派領袖のシトレ、そして、その御曹司的存在のヤン、同派の主流派が望んでいたのは、軍部主導による銀河帝国との和平、そして相互不可侵条約の締結だった。これもホーウッド元中将の証言なのだが、「当時、ビュコック、ウランフ、そしてキャゼルヌにヤンなど、シトレ元帥に近い軍人達は、帝国との戦闘で一度、圧倒的な勝利を収め、それを交渉材料として、政府ではなく軍部、それもシトレ派が主導して、帝国との間に和平を結ぶ事を考えていた。シトレ元帥がヤンを少将に抜擢して、イゼルローン要塞攻略の指揮を取らせたのは、彼らの政略に基づく行動だったのだ。私自身は主戦派、対帝国強硬派の立場だったので、この頃からシトレ元帥のグループとは距離を置き始め、対帝国戦争の完遂を掲げるグリーンヒル大将のグループに接近していった」と云う。