評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」   作:旧王朝史編纂所教授

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第5節 トリューニヒトは支持されていなかった?~エドワーズ女史が明かした真実

 ミンツ氏の著作によれば、このアスターテからアムリッツァ星域会戦に至る同盟社会は、恰もトリューニヒトら主戦派政治家の天下だった印象を受けるが、実態は異なっていた。

 当時発刊されていた電子新聞等には、主戦派と反戦派の主張が、おおよそ6対4の比率で掲載されている。これは同盟のマスコミ界の慣行なのだそうが、政治関係のニュースを発表する時は、その政治団体(政党など)の規模に応じて、掲載するスペースや、報道される時間などが案分されていた。

 この事を念頭に置くなら、末期の同盟社会は、必ずしも主戦派独走の状態では無かったと言えるだろう。さらに、傍証と言えるのが、代表的な主戦派政治家トリューニヒトを衆人環視の前で強烈に批判したと言われるジェシカ・エドワーズが代議員に当選した事実。主戦派が世論を支配していたならば、反戦派の候補、しかも主戦派の代表格たるトリューニヒトを非難、侮辱した反戦派女性に支持が集まるとは思えないのだ。

 

 なお、かのエドワーズ女史が同盟政界に登場する機縁ともなった、アスターテ星域会戦の戦没者慰霊祭の席上、反帝国演説を行う国防委員長トリューニヒトを衆人環視の前で批判した、とのエピソードだが、筆者はこの挿話の実在性を強く疑う者である。

 

 ミンツ氏の著作によれば、慰霊祭にはトリューニヒトのほか、当時の最高評議会議長ロイヤル・サンフォード、また統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥も出席している。筆者は同盟の国家式典の実態には明るくないのだが、こと帝国の常識で言えば、国家主催の式典が挙行されている最中、例えうら若き女性であっても、列席者が濫りに席を離れ、主催者側の政府要人、それも国家元首や閣僚級政治家の前まで、制止される事無く歩いていけるなど、万が一にもあり得ない。会場内の各所に佇む警備兵からテロリストと見なされ、即時の拘束は当然、不穏な動きを見せれば射殺さえあり得る。

 

 たとえ同盟が自由で平等な民主国家であったとしても、テロリストや犯罪者によって、政府要人に危害が加えられないよう、十分な警護が付けられるのは、政体を問わず、国家組織の常識ではないのだろうか。

 

 そして、これもミンツ氏の著作にあるが、約6万人の参列者は、トリューニヒトの反帝国演説に呼応し、氏の表現を借りるなら「理性もどこかへ吹き飛んだ」程に熱狂し、「座席から立ち上がり、奥歯までむき出してトリューニヒトに唱和」している。その時、列席していたヤンは独り席を立たず、トリューニヒトの演説に賛意を示さなかった事を隣席の男性軍人から咎められ、怒声を浴びせられた、と云う。

 

 この記述通りであるならば、ほぼ全ての列席者はこの時、極度の興奮状態にあったと言わざるを得ない。その時、彼らの熱狂の対象であるトリューニヒトを衆人環視の前で痛烈に批判し、卑劣漢と罵る女性が突如として出現したら、彼らは冷静に彼女の言葉を聞き続けられるだろうか。筆者には、次の瞬間、激高した集団の手で引き摺り倒され、殴る蹴るの暴行を受けるエドワーズの姿しか思い浮かばないのだが。

 

 しかし、エドワーズは集団に暴行される事もなく、ヤンに連れられて、二人とも静かに会場を後にしたと書かれている。あくまで私見だが、この箇所はヤンの紳士ぶりと冷静さ、さらにヤンと個人的な交友関係があったエドワーズの勇気と健気さを称揚するため、ミンツ氏が意図的に曲筆、もしくは慰霊祭があったとの史実だけに基づき、創作したのではないだろうか。氏にはこの記述の史料的根拠を是非、開示して頂きたく思う。

 

 なお、筆者の見解を付け加えるならば、この疑問に対する合理的な解釈は、いくつか想定され得る。国家元首が出席した式典であれば、当然、当時のメディアや公文書にも記載があるはずであり、事実、本慰霊祭の開催は、新聞報道や公式記録から確認できる。

 

 よって、慰霊祭自体は史実だとすると、以下の見解が成り立つ。

 

 ① エドワーズとトリューニヒト、ヤンの言動全てが創作である。

 

 ② エドワーズの言動はあったが、会場内でのヤジ程度に過ぎず、式典の進行に影響を与えなかった。或いは、トリューニヒトに話しかける前に、警備兵によって即座に連行され、列席者を刺激するに至らなかった。

 

 ③ トリューニヒトの演説が列席者を熱狂させた、との記述が誤り、過大評価だった。この演説は列席者を興奮させてなどおらず、エドワーズがトリューニヒトを面罵しても、むしろ内心で賛意を示す者が多かった。故に、エドワーズ、そしてヤンも、列席者から罵倒、暴行される事無く、静かに退出できた。

 また、警備兵も立場上、エドワーズを拘束せざるを得なかったが、国防委員長トリューニヒトから指示されるまで動かなかったのは、彼らの多くもトリューニヒトの演説に反感を抱いており、それは職業的責任感を上回る大きさだった。

 

 この場合、①は前述した通り、ミンツ氏の史観に基づく曲筆ないし創作である可能性が高く、②は最も常識的な解釈だろう。

 そして、③は主戦派政治家トリューニヒトの政治的影響力とは、ミンツ氏が強調するほど圧倒的なものではなかった可能性を示唆する。実際、氏の著作の一節に「彼(トリューニヒト)を知る者の半数は雄弁家とたたえ、残る半数は詭弁家として忌み嫌う」ともある。前述した通り、当時の同盟社会では、主戦派と反戦派の主張がほぼ拮抗していたと思われるので、あくまで個人的には、③の解釈が最も妥当性を有するのではないか、と感じている。ミンツ氏、そして当該時代を専攻する研究者諸氏の批判と見解を期待するや切である。

 

 当時の同盟社会は、上述のように、主戦派と反戦派の勢力がほぼ拮抗しており、その時、軍部内で、自派主導による帝国との和平を目指すシトレ派が台頭、対立派閥のロボス派を圧倒した結果、シトレ派は議会内の野党勢力、反戦派とも結び、その影響力を政界や官界、言論界にも広げていった。

 そして、同派領袖シトレが構想、同派プリンスのヤンが実行したイゼルローン要塞の無血攻略は、まさにシトレ派の完全勝利に思えた。しかし、事態は急転する。言わずと知れた、帝国領侵攻作戦の実施、後世、アムリッツァ星域会戦と呼称される一連の戦役が勃発してしまう。以下、節を改めて、アムリッツァ星域会戦へと至る流れと、シトレ・ロボス両派が如何に関与していったのか、概説してみたい。

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