評論「政治権力者ヤン・ウェンリーに関する一考察」   作:旧王朝史編纂所教授

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第6節 帝国領侵攻作戦は何故、実行されたのか?

 ミンツ氏の著作に基づく見解だが、イゼルローン要塞陥落後、同盟軍の帝国領侵攻作戦が決定した理由は、おおよそ以下の2点だ。

 

 ① ヤンをライバル視し、功名を焦るアンドリュー・フォークが私的なルートを通じて、最高評議会議長の秘書に直接、作戦計画を持ち込んだため。

 

 ② 政権の支持率低迷に悩み、「100日以内に帝国に対して画期的な軍事上の勝利を収めれば、支持率は最低でも15パーセント上昇する」というコンピュータの計測に縋り、次回の選挙での勝利を求めた最高評議会議長ロイヤル・サンフォードが、持ち込まれた作戦計画の可否を最高評議会に図った結果、同じく選挙の勝利と政治家としての名声を求める、コーネリア・ウィンザーほか各委員長の賛成多数で可決されたため。

 

 即ち、①はフォーク個人のスタンドプレー、②はサンフォード議長ほか政治家達の私欲と、帝国領侵攻作戦の理由を個人レベルの動機に求めている。しかし、それは本当だろうか?

 

 まず①だが、フォークはロボス派の若手士官の中では、士官学校首席卒業の実績もあり、大いに将来を嘱望されていた。つまり、シトレ派におけるヤン的存在だったと言える。帝国領侵攻において、彼が総司令官ロボス元帥の側近、寵臣的立場にいた事は、彼ら2人の間に、それ以前から密接な関係が存在していた事を伺わせるに足る。

 

 そのフォークが上位者ロボスの判断も無く、帝国領侵攻という一大作戦計画を個人的判断で最高評議会議長に繋がるルートへ持ち込むだろうか。組織人のルールとして、仮にそれが善意や厚意によって為されたものであっても、報告なしの自己判断、そして越権行為は許されるものではない。それは上位者の面子を潰し、プライドを傷つける事になり、ひいては自分自身の立場をも危うくしかねないからだ。常日頃からロボスと接していたフォークが、上位者の面子を潰しかねないような、危険な自己判断を行うものだろうか。

 筆者は、フォークがサンフォード議長の秘書に直接、作戦計画を持ち込んだ事は事実としても、それは派閥領袖ロボス、そして幹部のドーソンやロックウェル達の了解を得ての行為だったと考えている。或いは、政治家サイドに、作戦計画のブリーフィングを内々に行う事も命じられていたかもしれない。

 

 では、ロボス派が帝国領侵攻作戦を立案し、政治家を動かしてまで、それを実現させようとした理由は何だろうか。それはここまでの記述で自ずと明らかになる。即ち、シトレ派のヤンが実現させたイゼルローン要塞の無血陥落という、同盟軍史上、最大級の武勲に対抗しえる功績を上げる事で、自派閥の復権を画策した、これ以外にあり得ないだろう。

 

 だが、ここで疑問も生じる。イゼルローン要塞陥落という最大級の武勲を挙げ、同盟軍内でシトレ派が絶対的優位に立っている時、如何に国家元首や閣僚級政治家と結んだとは言え、影響力を減退させているロボス派が何故、巻き返しを成功させたのか?

 

 ホーウッド元中将の証言や、当時の内部文書等に基づいた先行研究に拠る限りで、それには2つの要因があったようだ。

 

 1つは、上記②への疑義と関連するのだが、まさにシトレ派が圧倒的優位を確立した、その事にこそ求められる。前述した通り、シトレ派は政治と軍事は対等であるべき、との思想の持ち主が多かった。故にロボス派は、彼らの思想はシビリアンコントロールの原則を逸脱し、軍隊を「国家内国家」にするものだと批判していたのだが、シトレ派が同盟軍を席巻した事で、彼らの主張が現実化する可能性が一気に高くなった。

 

 この時、最高評議会議長サンフォード以下、各委員長(閣僚)、そして政治家や官僚、財界人達の多くは、国家内国家との「悪夢」の影に怯えたのではないか?それは軍部独裁政権への道を拓くものだったからだ。彼らが一丸となって、ロボス派が提出した帝国領侵攻作戦に賛成した結果、流石のシトレ派も、その大勢に逆らう事は出来なかったのではないか、これが筆者の着想である。

 

 確かに、当時の同盟政府の要人達は、必ずしも人格的に優れた者ばかりではなく、直近の選挙での勝利を目論んだ者も確かにいただろう。しかし、権力が世襲される専制国家とは異なり、選挙という民意の選択を経なければ、権力者の地位に到達できず、かつ権力を行使する事もできない民主国家の政治家たちが、選挙の勝利を念頭に置いて、政治活動を行う事は絶対的な悪、腐敗堕落の象徴として、全否定されるべき事なのだろうか?

 筆者は民主共和制に明るくはないが、権力とは如何に手に入れたかではなく、それを行使して如何なる事が出来たか、その功績によって妥当性を判断されるべきだ、という強堅帝ジギスムント1世の権力観は、一面の真理ではないかと考える故に。

 

 加えて、当時の評議会議長サンフォードの為人も、帝国領侵攻作戦の可否に影響を与えたかもしれない。サンフォードは派閥抗争の結果、浮上した調整型の老政客で、万事に先例尊重主義だと、批判的に語られる事が多い人物だが、調整型という事は、各派閥のパワーバランスには人一倍、敏感だったのではないか。だとすれば、シトレ派優位の現状は、この老政客には、決して好ましい状態だとは見えなかっただろう。これもまた、ロボス派の提出した作戦計画を実行しようとした理由だったと考えられる。

 

 また、先例尊重主義とは、必然的に過去を重んじる、保守的思考を齎す。シトレ派の独走を許してしまえば、民意によって選ばれた政治家が政治を行う、民主共和国家・自由惑星同盟は、一部の特権的軍人が政治権力をも掌握する、軍部独裁国家へと変質してしまいかねないと、深刻に恐れたのではないか。

 

 彼が民主国家の理想と大義をどこまで信じていたのかは分からないが、側聞するに、帝国軍が同盟軍に大敗した、かのダゴン星域会戦時、最高評議会議長マヌエル・ジョアン・パトリシオと国防委員長コーネル・ヤングブラッドは強力な指導力を発揮、有能無比だが、とかく問題も多かったリン・パオ、ユースフ・トパロウル両元帥を統御して、かつ情報と補給の重要性を知悉する統合作戦本部長ビロライネンの提言を受け入れ、後方勤務本部の創設を許可するなど、当時の同盟は政治と軍事が二人三脚を組み、帝国という強敵を打ち破る大業を成し遂げたと云う。

 

 仮に、サンフォードがダゴン会戦当時の同盟を理想と考えていたなら、例えて言えば、リン・パオ、トパロウル、ビロライネンら軍人だけで対帝国戦略を策定、実施して、評議会議長パトリシオと国防委員長ヤングブラッドに事後承諾のみ求めるかの如き状態に、同盟政府と同盟軍が陥る事を決して容認はしたくないだろう。

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