ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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【提灯火】

田舎などに提灯火とて畦道に火のもゆる事あり

名にしおふ夜の殿の下部のもてる提灯にや

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』




一学期中間テスト
提灯火の呪 上


 

 

 ――嗚呼、嗚呼、何処に往くのですか。私を置いて何処に、何処に。

 

 

 ――遠いのか、近いのか。近いのか、遠いのか。私には判らない。判らない。

 

 

 ――唯、光の在る方へ。 

 

 

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 オレはそいつを認識するとき、酷く曖昧な感情に蝕まれる。――果たして居るのか、存在として在るのか、何時から居たのか――

 

 観察した結果によると、「居る」ことには間違いないが、このような人間は今まで居た処(ホワイトルーム)には居なかった。

 

 まるで友人の葬式に行ったばかりかのような仏頂面で、授業中も常に本を読み、授業が終わると何時の間にか居なくなっている。

 

 隣人はコミュニケーションを遮断するし、何を考えているのかわからない。さらに向こう側のその人物は、居るのか居ないのかすら曖昧だ。ついでに言えば性別も曖昧だ。名前すら男とも取れるし、女とも取れる。

 これが高校生の普通なのだろうか。

 

 

 ▼

 

 

 なぜそうなったのかはわからない。偶然だった気もするし、必然だった気もする。

 

「こんな神社がこの島にあったのか……」

 

 4月も終わりのある休日。ふらりと散策していたオレは偶然、おそらく偶然だと思われるが、人工島の片隅でその神社に出くわした。

 一般的な神社に比べれば小規模と見られるが、鳥居があり、本殿があり、社務所もある。賽銭箱もあるのは、現金を扱わないこの島における様式美だろうか。名前はと見渡すと、看板に『晴明稲荷神社』と書いてある。祭神は「安倍晴明命」「猿田彦大神」と書かれている。やはり安倍晴明ゆかりの神社なのだろうか。この人工島で?

 

 とりあえずはと境内を歩くが、そのようにこじんまりとした作りであるため、3分ほどで見終えてしまった。

 誰が管理しているのかと、ふと社務所の方を見てみるとエアコンの室外機が回っている。はてさてどのような爺/婆がいるのかと表の窓口から覗いてみると、そこにはオレが存在を疑って已まないクラスメイトが居て驚いた。

 

 都合良く鍵の掛かっていない裏手のドアを開け、中に顔を出す。

 

 

「君はこれで不法侵入者となった」

 

 男にしては高い、女にしては低い声が俺に向けられる。その間、手元の古書から目を外すことはない。

 

「悪い。オレは1−Dの綾小路、綾小路清隆だ」

「識っている」

「ここで何をしている?」

 

 返答はない。幾ばくかの間が空いた後、口が開かれた。

 

「綾小路家。キミが本家なのか分家なのかは識らないが、元は華族。子爵家だ。・・・…嗚呼、五月蝿い外の人間の事を思い出してしまった。非常に不愉快だ」 

 

 謎の理論で以て嫌われてしまったようだ。だが疑問はまだある。なぜ此処に居るのか、何故このような状況になっているのか。

 

 そいつの周りには(うずたか)く本が重なっている。ちょうど社務所入口から彼が座るちゃぶ台まで、ちゃぶ台から窓口までが開いており、その他は本だ。よく倒れないものだと俺は奇妙な感想を抱いてしまった。

 

 ぺらり、ぺらりと本を捲る音が部屋を支配する。

 

「ええと……「中禅寺だ。」中禅寺は何故ここに居るんだ?」

「何故というのは非常に曖昧な質問だ。時系列のことを指すのか、場所のことを指すのか、或いは行為のことを指すのか。逆に問うが、何故キミは此処に? 明確な理由が答えられないのであれば、それはボクも同じことである」

 

 どうしてか、堀北と話しているような、高円寺と話しているような、或いは自分自身と話しているような気さえする。

 

「話すことが無いのであれば、お帰りはキミの背中だ。心配御無用、寝泊りはキミと同じく寮でしている」

 

 まるで寝泊り以外はここにいるかのような言い回しに気を留めながら戸を開け帰路に就くと、何時の間にか日も暮れ始めている。可怪しい。俺は昼食後、直に此処へ辿り着いたハズだ。

 

 あの神社では時間の進み方すら曖昧になってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 5月1日。Sシステムの説明にクラス中が阿鼻叫喚している中、俺は隣人とさらにその隣の隣人に目線を向けた。堀北は驚いたような、憤慨したような表情を浮かべているが、内心はともかく取り乱したりはしていない。中禅寺はまるで今日の夕食の献立を考えているかのように平然としており、クラスの様子に興味がないようだ。

 平田が放課後に話し合いをクラスメイトに求めているが、おそらく中禅寺は帰るだろう。

 

 終礼のチャイムが鳴ると、矢張りというか、中禅寺は荷物をまとめ出ていくところだ。

 

「中禅寺くん、キミも話し合いに参加して欲しいのだけど、どうかな?」

 

 俺は今日、一等に驚いたかもしれない。平田は中禅寺のことを正しく認識できる人間なのだ。だがそんな彼も分が悪い。ちらりと平田を一瞥すると、教室の後ろの戸を開け出ていこうとする。

 

「ちょっと! 平田君がこう言ってるんだからアンタも参加しなさいよ!」

 

 クラスのうるさい女子の代表格である篠原が中禅寺を咎めるが、彼の――未だに彼でいいのかわからないが――表情は一寸たりとも揺るがない。

 オレは安心感を得た。平田と二人なら見間違い、勘違いである可能性はあるが、三人目の認識者を得たことにより、中禅寺の存在はここに確定された。

 そのような得もしれぬ安堵感をしり目に、意外にも中禅寺は反論するようだ。

 

「話し合いとは? 話すことなど何も無いのだよ、篠原さん、平田君。何の権利があって私の自由行動を掣肘するのか。現時点でポイントの増やし方は不明。授業態度の改善? それこそボクには関係の無いことだ。キミ達のように私語をしたこともなければ授業中に端末を弄っていたことも無い。序でに言えば、忘れ物をしたことも無い」

 

 正論だ。だがクラスメイト達は正論を言われ逆上するというよりも、「こんなやつ、このクラスに居たのか」と認識する割合の方が多く見える。落ち着いて視てみれば、中性的な顔立ち、目つきの悪さが全てを台無しにしているものの、イケメンといって差し支えないだろう。本当に男であれば、だが。

 

「アンタだって授業中に本を読んでいるじゃない! それに、水泳の授業だってずっと欠席でしょ! それで減点されていないって、なんでわかるのよ!」

 

 篠原を見直した。この正体不明のクラスメイトが何をやっているかを認識出来るばかりではなく、食って掛かることも出来るのだ、と。妖怪の類と口論なんて、事なかれ主義がどうこうという以前に絶対やりたくない。

 

「君は本当に愚かだな。『この学校において買えないものは無い』と聞いていないのか。水泳の授業の出席くらい買えるに決まっているだろう。ボクがそんな阿呆に思われるのは頗る心外だ。それに本に関して言えば、『授業に関係のない書籍』が罰則の対象だ。ボクが数学の時間にフェルマーの論文を読んでいようが、世界史の時間に『我が闘争』を読んでいようが、クラスポイントへの影響は無い。―――ではこれにて」

 

 話し始めた瞬間の強烈な存在感に皆、呆気にとられたようだ。話し終えても止めようとする者はいない。静かな口調ではあったが、あの生徒会長にも引けを取らない存在感であった。あれほど長く話すことも出来るんだなと、Sシステムの本質に気付いていたこと以上に、オレは驚いた。

 いや、高円寺だけはニヤニヤとまるで演劇を愉しむかのように嗤っている。中禅寺が出ていくと同時にアイツも外へ出ていった。堀北や須藤も同様に出ていく。

 平田の困難はまだ収まりそうに無い。だがこの空気の中、何とか話し合いを成立させようとしているところがいじらしいというか、さすがだ。

 

 

 

 

 

 茶柱先生の恫喝と堀北の要請に従う形でオレはAクラスになるべく行動させられることになった。甚だしく不本意ではあるが、そのためには先ず鼻っ柱の高いこの分からず屋を教育しなければならない。助かるのは学力と頭の回転、運動能力は悪くないことだ。面倒臭いのはこういった輩は失敗しないと学ばない傾向にあり、きっとそのフォローを俺が押し付けられるからだ。

 

 まずは目先に迫ってきつつある中間テスト、これを利用する他ない。Dクラスは勉強会を行う流れになったので何とかオレは堀北を説得し、櫛田の協力を得て池、山内、須藤の三バカを勉強会の席に着かせることができたが、予想通りというか何というか、分からず屋がやらかした。

 

 

 ▼

 

 

 思い掛けず櫛田の弱みを握ったので暫定的に手駒にすることが出来たが、心を折るまではいかなかったので、きっと反撃の機会を狙っているのだろう。

 だが、足りない。平田は常識的或いは良識的な範囲でしか動けない。須藤は身体能力はさておき知能面で足りない。高円寺はコントロール出来ない。さてさてDクラスで戦力計算になるやつは他に居ないかと考えると、あの曖昧な奴が居たことを思い出した。確か小テストの点数は悪くなかった筈だ。運動しているところは見たことがない。

 ……だがアレこそコントロール出来るものなのだろうか。

 

 そんなことを考えていた時、堀北兄妹の喧嘩に出会した。速やかに気配を消し、聴覚に集中し何を話しているのかを探る。

 なるほど、つまり堀北鈴音の心の根幹はあの兄に対する憧れを中心に劣等感などその他諸々ということか。ではタイミングを見計らい横槍を入れ、折れかけたところを救うのが部分最適解だ。

 

 

 

 ▼

 

 

 兄妹喧嘩を収め、暫くするとどうやら堀北も落ち着いたようだ。生徒会長という面倒な人種に目を付けられてしまったことは痛恨の極みであるものの、有用な人材とコネクションを繋ぐことができたこと、堀北に聞く耳を持たせることが出来たことで差し引きは少々マイナスで済むだろう。

 堀北には根気強く説明し保留ではあるが須藤をはじめ三バカを救うことに一応の意義があることを認識した。だが未だに生徒会長の妄執に囚われた侭である。また上位を目指すための駒も不足している。

 

 その時のオレは少々疲れていたのだろう。いや、魔が差したという意味では“憑れていた”のであろう。後にその時の発言を後悔することもあるが、その時は名案だと思ったのだ。

 

「堀北、週末は空いているか。勉強会が無いとき、少し時間が欲しい。 ――頼ってみたい人材が居るんだ」

 

 

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