「ハッハッハッ!見ろ、京極堂!魍魎の尻尾がこんなところに逃げ果せているゾ!――おい、バカ柳の息子!お前は親に似てバカだからこんな阿呆の小路の腰巾着しか出来ずに若白髪で老けているのだ!やい、このバカ!こんな阿呆と付き合っていると、子々孫々バカになるぞ!」
「何故――何故お前がホワイトルームを知っている?」
「――この世には不思議なことなど何一つ無いと言っているだろう、綾小路君。」
思わずオレは中禅寺の胸倉を掴み、万力の如き力で首元をぎりぎりと締め上げるが、冷静な声で対処される。オレが手を離すと服を払い、息を整えつつも一切の動揺を見せずに話を続ける。
「あの男は軽々と外に情報を漏らすほど愚かな人間では無い筈だ。」
「――そうか、だがそれは稼働してからの話であって、稼働する前の話はそこまででもない。少し昔話をしよう。」
ふう、と一息入れる。果たしてオレのものだったか、中禅寺のものだったか。
「第二次世界大戦中、神奈川県登戸に帝国陸軍第十二特別研究施設というのがあった。其処では生物兵器や精神操作等非人道的なモノも含めて様々な研究が為されていたのだが、その中に一つ、明らかに異常なモノがあった。――『不死』に至る研究だ。この研究施設は戦後閉鎖されたが、研究員の一人である美馬坂幸四郎博士が『不死』に至る研究を引継ぎ、相模湖に美馬坂近代医学研究所を設立した。外壁は黒く塗られ、出入り口以外は窓すらない立方体――“匣”と呼ばれたらしいが、最終的には“匣”を巡る猟奇事件の発覚を機に閉鎖された。」
箱、匣、ハコ。何かを閉じ込めておくものだ。ホワイトルームではオレたちが閉じ込められていたが、その匣には一体何が――。
「余り“匣”に興味を持つな、魍魎に囚われるぞ。――さて、その研究施設の残党が高度経済成長期を経て新たな研究テーマを引っ提げ、埼玉県のとある廃工場跡に新たな“匣”を設立した。『人工的に天才を作り出す施設』――そう“白い部屋”だ。」
魍魎、また妖怪か。しかしホワイトルーム設立までにそのような経緯があったとは。親父もそこまではオレに説明したことは無かった。
「その中で何が行われていたのか、お前は知っているのか。」
「少なくともボク自身はその施設を見た事も無いし、その中身がどうだったのか詳細は知らない。だが幼年期の少年少女を集め、世俗から隔離し徹底した教育を行い、文武あらゆる分野に精通した人間をつくる、という思想であったということまでは知っている。ゆえにキミ自身のことは知らず、今日この瞬間まで確証は無かったし、どうして此処にいるのかも知らない。」
「そうか。自らの言動で白状したようなものだが、お前の想像する通り、オレはその施設に於いて幼少期から徹底した教育を叩きこまれてきた。この学校に来たのは、細かい経緯を四捨五入すれば、父親に強制された、そうした環境が嫌になり逃げてきたんだ。」
「細かい事情には興味がないし、この際は関係が無い。だが一方でボクの祖父の話をしよう。祖父は一時期“匣”の前身たる帝国陸軍第十二特別研究施設に居たそうだ。そして美馬坂近代医学研究所が閉鎖されるに至った原因である猟奇事件、通称“魍魎の匣事件”を解決に導いたと記録されている。祖父自身が何か残したわけでは無く、祖父と親交のあった関口巽という小説家がそういう手記を残しているのを見つけたのだがね。」
関口巽。聞いたことが無い作家だな。学校に戻ったら調べてみるか。中禅寺の祖父ということだから解決というか、誰かに取り憑いた魍魎という妖怪を“落とし”たのだろうな。――もしかすると今日読んでいたのはそれか?
「ここからは想像になるが、恐らく祖父は自らが忌み嫌う“魍魎”の残党が未だ活動していることを何らかの形で知ったのだろう。そして平成初期には既に建設計画が本格稼働していたこの学校に、ねじ込む形で晴明稲荷神社を分祀したのだと思う。おそらく、建設計画に携わった榎木津財閥の横やりが入ったはずだし、実際あの社務所にもそれを仄めかす書類が残されていた。時期からして“白い部屋”は稼働してから二十年程と推測されるが、この学校の創立と前後しているから、何らかの関係があるものとボクは推測する。」
「この学校の理事長は“匣”の関係者なのだろうか。」
「理事長がどのような人物なのか、ボクも深くは知らない。年齢的には少なくとも直接的な“匣”の関係者では無いと思うが――結局のところは“美馬坂近代医学研究所”も“白い部屋”も“高度育成高校”も、祖父が忌み嫌う
謎が謎を呼び――いや、不思議なことなど何一つないのだったな。続きを聞こう。
「ボクが見るキミの話をしよう。キミは酷く不均衡な人間であった。何故か凡人の仮面を被っているが、肉体はオリンピックに出場するアスリートのように鍛えられているし、真面目に授業を受け理解力が劣っているように見えないにもかかわらず、入試や小テストでは50点ぴったりという謎の点数を取り、かと思えば堀北さんを誘導し佐倉や須藤を救う、あるいは先日の無人島試験のように堀北さんを体調不良に追い込むために一欠片も配慮の無い行動をする等、行動に一貫性が見られない。」
「そう言われれば立つ瀬も無いが、その時はそうするのが良いと思ったんだ。」
「ああ、だろうよ。そうした一貫性の無さも一つの見解を足せばその疑問も解決する。――『此奴は初めて人間社会というものを知った怪物なのだ』と。乳飲み子がベビーカーに載せられて初めて外の景色を見た時のように、幼子が初めて幼稚園の“おともだち”と触れ合うように、綾小路清隆という青年は今生まれた『0歳児』なのだと。」
「オレはこの学校に入ったときから仮面を被り続けてきた。いつかバレるとしても、それまでは普通の高校生でいられるように。」
「そう、仮面――。人間は多面性を持つ生き物だ。十五年も人間をやっていれば大体の人間はそのことに気づく、そして悩むのだ。『果たしてどちらが本当の自分なのか』と。本当は裏も表もそんなものは無いのに。人は仮面と共に成長するものなのだ。」
そんなものなのか。人を操る、心を折る、壊す。何れもあの部屋で学んできたことだが、人の心の成長というのは終ぞ学ぶ機会を得ることが出来なかった。オレは優秀であることを望まれ、強制されたし、それに応えることで周囲の同年代が一人、また一人と消えて行ったからだ。
「猿田彦の外見的に大きな特徴は、やはり鼻だ。猿田彦を表す仮面は、一般人の思い描く天
――オレはオレで居られるのだろうか。
――オレはオレで居て良いのだろうか。
「晴明稲荷神社は狐と、始まりの地への導きの神であり試練の神である猿田彦が居る。狐が、新たな歴史を始めるための神社。――そう、あの『晴明稲荷神社』はキミのためにある神社だ。魍魎の呪を祓い、優秀な者も、そうでは無い者も、等しく猿田彦の導きによって『始まりに繋がる正しい道を進むため』に造られた神社だ。」
全てに原因があり、結果があると中禅寺は言う。オレもそれには同意見だ。だが此処からは此処が始まりとなる。
「綾小路君、キミはどうありたい。」
「オレは、オレ自身を葬ることが出来る人間、オレの存在を否定できる人間を探している、のだと思う。」
「そうではない。キミは、生きている。“匣”に囚われた人間から自由になれるのだ。ボクの祖父は、あの神社を通してこの学校に“自由”という呪をかけたのだ。キミは、キミ自身を否定しなくて良いのだ。」
「だがオレは、人間としての感情に欠けている。お前が、堀北が、クラスメイトが、何を喜び、何に怒り、何に哀しみ、何を楽しむかが、わからない。オレは何を楽しめば良いのかわからないんだ。」
「では何故先ほどボクに無意味な乱暴を働こうとした。その感情は“恐怖”だ。人は、知らないものを恐れる。キミは、人から理解されるということを知らなかったのだ。そして今、初めて知った。――そう、知ること。キミが楽しむことが出来るのは、キミ自身が知ることなのだ。そのために望むなら、好きなだけ仮面を被るといい。いずれ仮面が本人の顔になり替わるなど私の知る世界では当たり前のようにある話だ。だが、そうしないという選択肢もある。それはキミの自由だ。」
「――オレはどうしたらいいだろうか。」
「差し当たり、救いを望むクラスメイトが自らの仮面を外されようとして立ち往生している。彼女と共に歩む道もあるだろう。」
「軽井沢か。そうだな、そういう選択肢もあるだろう。」
「『凡人の仮面を被った怪物』と『優秀の仮面を被った凡人』、とても良くお似合いだとも思う。少なくとも、堀北さんや一之瀬さんよりは遥かにキミの人間性を高めることになるだろう。――だから学びなさい。陳腐な言い回しだが『学ぶことに終わりはない』。最後に勝者たるに過程は関係ない。キミが死ぬ瞬間、学び損ねたモノは無かったか、それだけが重要だ。」
そうか。最後に勝っていればいい。最後とは何時だ。勝つとは何だ。全ては始まって、終わる瞬間に決まるのか。
――中禅寺は言うべきことは全て言った、といった感じで疲労困憊している。全部が全部を解ったという訳では無いが、オレのために、文字通り言葉を尽くして、縁を尽くして憑き物を落とそうとしてくれたのだということは解った。
「すまんな。だいぶ心配をかけたようだ。」
「謝意はいずれ形のあるもので受け取るよ。キミのせいで首が痛い。それに喉が渇いたから、もう帰る。」
「最後に一つ聞かせてくれ。どうして中禅寺はここまでオレの世話を焼いてくれるんだ?」
「そりゃあ、ゆ……知人が困っていたら助けなけりゃあ、ボクが化物になってしまうでは無いか。」
どうやら俺は友人に仮面ごと祓われてしまったらしい。1億じゃあ利かない、とんでもない恩だな。いずれ取り立てられぬよう、まずは仮面を被った凡人をオレ自身の手で祓いに行くか。
――しかし、オレの周りには素顔の奴が中々いないな。
何が言いたいかわからんって人の為に。
アニメ版2期のOPとEDがあるでしょ?歌詞と演出ごと纏めて「しゃらくせぇ!」って中禅寺君が祓ったということです。