ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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夏休みオリジナル
五徳猫の氷 一


 

 

【五徳猫】

鳥山石燕『百器徒然袋』

 

七とくの舞をふたつわすれて

五徳の官者と言ひしためしもあれば

この猫もいかなることをか忘れけんと

夢の中におもひぬ

 

 

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 ちりんゝ――と、風鈴の音が躍る。耳で涼を感じるとは(いえど)も、音というのはつまりは空気の振動でもあり、鼓膜の振動でもあり、脳へ伝わる只の電気信号だ。(しか)(なが)ら私たち日本人のDNAには梅干を見ると唾液が出てしまうように、風鈴の音を聞くと涼やかに感じるという反射が刻み込まれているのかもしれない。

 但し、近年の暑さは尋常では無く、風鈴さえ焼け石に水、焼けアスファルトに打ち水程度の効果しか無い――らしい。私たちが物心ついたころから東京の夏と言えばこのように蒸し暑く、時折“ゲリラ”豪雨なる物騒な異常気象に襲われていたのだから、夏なんてこんなもの、としか知らないしね。

 

「帆波ちゃん、大変なの!泥棒よ、泥棒!」

 

「は、はぁ――。」

 

 夏休みとは言え私たち生徒会の仕事に休みはない。一学期中に片付かなかった生徒間の様々なトラブルの解決や、二学期に控えた体育祭の準備・計画、クラブ活動費用の監査など、三年生の堀北会長、橘書記、二年生の南雲副会長、桐山さんも登校していて、ほぼフルメンバーが仕事をしている。夏休みの前半は三学年とも特別試験だったようだし、その間に溜まった仕事もある。皆、パソコンの画面や書類とにらめっこして、堀北会長は橘書記が仕分けした書類に判子を押すマシーンと化している。

 私は一年生で一番下っ端なので、こうして職員室のコピー機を借りて必要書類を印刷したりPDFにしたりするんだけど、運悪く担任の星之宮先生に捕まってしまった。悪い先生では無いんだけど、忙しいときに絡まれると溜息の一ダースでも出ちゃうかな、思わず風鈴に現実逃避してしまう程度には。

 

「はぁ。何を盗まれたんですか?」

 

「私のハーゲンダッツ・・・。うぇぇぇん。」

 

 まるでお子様のように泣き真似をしている。

 

「酔っぱらって記憶が曖昧な時に食べちゃったんじゃないですか?高々350PP程度じゃないですか。買いなおしましょう?」

 

「そんなことないもん!コンビニのレシートにはちゃんと記載されてるし、おうちで食べた跡も無いし――いだっ!!」

 

 後ろからつかつかと歩いてきた茶柱先生が、持っていたファイルで「バシン」と星之宮先生の頭を叩いた。あれは音だけじゃなくて本当に痛い叩き方だ。

 

「星之宮、一之瀬が困っているぞ。お前と違って忙しいのだから訳の分からないことで時間を取ってやるな。」

 

「何よ、佐枝ちゃん!私だって忙しいですぅ!」

 

「じゃあ早く仕事をしろ。」

 

「はあい。じゃあ帆波ちゃん、またねぇ。」

 

 ――はぁ、コピーを取るだけなのに何故か疲れてしまった。

 生徒会室に戻るとめいめい休憩していて、桐山さんと南雲さんが会話をしている。私は席に戻ってお茶を飲みながらぼーっと二人の会話を聞いていた。窓から見える中庭ではカップルが雑談しており、野良猫と思しき猫が我が物顔で闊歩している。

 

「――そう言えばDクラスの武内、自主退学したんだって?どうせお前が何か仕掛けたんだろう、南雲。」

 

「いや、知らねぇな。しらばっくれてるんじゃなくて、本当に知らねぇ。あいつは確かボクシングか何かで全国でもいい所まで行っていたんじゃなかったか。」

 

「そうだ。強面でいかつい風貌だったくせに朝比奈が仲良かったみたいでな。相談も無かったと少々ショックを受けているようだ。お前のクラスだろう、慰めてやったらどうだ。」

 

「ハッ、この学校に退学者なんて付きものだ。イチイチ同情したり慰めたりしてやれるかよ。なぁ、帆波?」

 

「え、え、えっと――私はその、武内さんという方も存じ上げないですし・・・。」

 

「止めてやれよ、南雲。今年の一年生は俺達の代とは違って最初の特別試験を終えても退学者を出さないくらい優秀なのさ。さあ、一之瀬さんも戻ってきたし、仕事を再開しよう。今日中には帰るぞ。」

 

「はい。そう言えば副会長、財界人の方の学校見学についてなのですが、随行員に変更があったそうで――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふぅ。疲れた。

 時刻は20時を少し回ったところだ。先輩方はまだ残っていたけど、「女子の帰りを遅くさせるわけにいかない」と早めに切り上げさせてくれた。さすがに今から自炊するのも面倒だから、今日はコンビニでサラダとおにぎりでも買って帰ろうと思う。

 

「では橘先輩、私はコンビニで買い物をしてから帰りますので。」

 

「わかった。じゃあね、帆波ちゃん。」

 

 この時間ともなると、人通りもまばらだ。各学年ともAクラスやBクラスならいざ知らず、CクラスやDクラスは夜遅くまで遊んでいるような軍資金も乏しい。必然的に帰りも早くなるというものだ。特にコンビニはスーパーに比べて少し割高な商品もあるので、私たちや先生方のように手間をかけずにエネルギーだけ補給する、という人たちくらいしか使わないのだろう。

 そんなことを考えていると、レジの前に和風の装いで、まるで腹を痛めた病人のように険しい目つきをした男子がいた。Dクラスの中禅寺君だ。

 

「あの、えっと――こんばんは。」

 

 彼はチラリと此方を見ると、興味を失ったかのように目線を手元の端末に移した。私はこの男子が苦手だ。主に龍園君とは違った方面で。

 

「店員がいないようだ。大方、お手洗いにでも行っているのだろう。」

 

 レジに目を移してみると、確かに店員がいない。この時間は確か若い男性だったと思うが、店内にも姿が見えないから品出しをしているわけでも無いようだ。レジの台には両手で「使用不可」と書いたボードを持った招き猫が鎮座している。

 

「そうなんだ。中禅寺君は、よくコンビニを使うの?」

 

「毎日とは言わないが、毎週は使う、という程度だ。」

 

「今日はどこかへ行っていたの?」

 

「生徒会から委託されている神社の整備だ。」

 

 そういえば彼はそういうことをしていたなと聞いてから気付いた。当り障りのない答えが終わると無言が場を支配する。――気まずい。特に先日の船上試験の時には手酷く非難されたこともある。きっと彼は私のことを好いては居ないのだろう、ということは何となくわかる。

 神社か、行ったこと無いな。今度、行ってみようかしら。生徒会役員として予算の執行状況を監督しないといけないしね――等と考えていると、間も無く店員がやってきた。

 

「大変お待たせ致しました。申し訳ありません。お先にお待ちのお客様、どうぞ。」

 

中禅寺君はまたまた例の目つきでチラリとこちらに目礼をし、先に会計を済ませる。どうやら少しは気遣いの出来る男子のようだ。――というか、サラダチキン、栄養ドリンクと野菜ジュース、カロリーバーしか買っていない。ボディビルダーか、不健康の極みかどちらかのようなラインナップだ。

 

「では、お先に。」

 

 そう私に声を掛けて出ていく。私も会計が終わって追いかければ追いつくだろうが、そこまで親しい間柄でもない。桔梗ちゃんのように全員と友達になりたい、とは少し思っているけど、あれだけ言われた後に仲良くしに行くのも違うような気がする。またいずれ、対峙することもあるだろうしね。

 ――はあ、疲れた。

 

 コンビニから外に出るとゴミ箱の脇に野良猫が居る。嗚呼、癒される。野良猫のように自由に生きていけたらなぁ。でも厳しい世界だしなぁ。

 

「にゃあ。」

 

 か、か、可愛い。思わず構ってしまう。

 

「にゃあ。」

「にゃにゃ!にゃあ。」

 

 野良猫にエサをあげるのはまずいよね。でも何かないかな――「一之瀬、何をしているんだ?」

 

「にゃっ!?――いつから居たの、神崎君?」

 

「一之瀬がコンビニから出てきてから『にゃにゃ!にゃあ。』と鳴いて、辺りをキョロキョロと見まわしたところまで、かな。」

 

「全部じゃない!すぐに忘れて!!」

 

「いいんだ、一之瀬。お前も疲れているんだな。いつも苦労を掛けて済まない。」

 

「やめて!違うの!素で謝らないで!うわぁぁぁん!」

 

 それもこれも、あれもどれも、中禅寺君のせいに違いない。そうだ、あの疫病神――!

 

 

 

 

 

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「ぜったい左よ!」

 

「いや、右じゃないか。」

 

「右じゃないかしら?」

 

「左だろう?」

 

「キミたち、暑いから早く出て行ってくれないか?」

 

 中禅寺は珍しく本を脇に置きつつも辟易とした表情をしており、その手には軽井沢が持ってきた――“招き猫”のキーホルダーを持っている。

 オレ達がこの晴明稲荷神社に来たのは、偶々と言えば偶々なのだが、いつものように友達もおらずやることが無いオレが買い物に出ようとしたところ、同じく買い物に出ようとしていた軽井沢と寮のロビーで出会った。

 

「見て、綾小路君!このキーホルダー、平田君に貰ったんだけど可愛くない?」

 

「招き猫、か。少しでも金運が良くなると良いな。」

 

「開運招福、私にも運が回ってくるに違いないわ!」

 

「でも軽井沢、この招き猫の手、変じゃないか?」

 

「――何が変だっての?」

 

「だって()()を挙げているじゃないか。普通、挙げているのは()()だろう?」

 

「は?左手に決まってるじゃない、見てわからないの?――ははーん。さてはプレゼントを貰える私に嫉妬して変な言いがかりをつけているんでしょう?」

 

「いや、そうじゃない。けやきモールに雑貨屋があるだろう?あそこのレジに飾ってあったのは右手を挙げていたはずだ。左手には小判を持っていたと思う。」

 

「えー?見間違いなんじゃないの?」

 

「そこまで言うならちょっと見に行こうじゃないか。ついでに意見を聞いてみたい奴もいる。」

 

「いいわよ!」

 

 

 

 

「――で、キミたちはデートしつつ此処へ来た、と。」

 

「デートじゃないわ!綾小路君に連れ回されただけよ!」

 

 中禅寺はまるで亜細亜が全部沈没してしまったかのような仏頂面で軽井沢から話を聞いている。傍らには通い妻のように甲斐甲斐しく中禅寺の世話を焼く長谷部がいる。なんだこの組み合わせは。

 

「でも珍しい組み合わせねぇ。」

 

「偶々会ったんだ。長谷部こそ、どうしてここにいるんだ。」

 

「ナッツーとはぼっち仲間だからねぇ。みやっちも来ているわよ。居心地が良いのよね。――あ、綾小路君はこの湯吞でよかったかしら。」

 

 中禅寺のお茶のお代わりを入れながら長谷部が答える。そう言えば最近、この社務所が片付いてきたなと思っていたのだが、もしかすると、というか確実に、長谷部が片付けているのだろう。此奴め、軽井沢に教わったからオレもこれは知っている。“おうちデート”というやつだ。“おうち”かどうかは分からないが。前に『本に触ったら殺す(意訳)』と言っていた癖に、長谷部には触らせているのか。

 

「三宅君には秋分の式典を手伝ってもらうことになっている。晴明神社でも一般的な稲荷神社でも秋分の日は五穀豊穣を祝う日になっているからね。弓道部の彼に()()()()()()()()のだよ。」

 

 長谷部の件を考えていたからか、心なしか中禅寺の顔がドヤ顔に見える。――これが怒り、憤りという感情か。

 そんな話をしていると、三宅がやってきた。

 

「お、今日は人数が多いな。中禅寺、弓と矢は問題なさそうだ。後は式典前に一度試射をすれば大丈夫だぞ。」

 

「ああ、三宅君ありがとう。お茶でも飲んでいきたまえ。長谷部さん、宜しく。」

 

「はいはーい。みやっちも座って待っててねぇ。」

 

「――で、あたしは左手だって言うんだけど、綾小路君は右手だって言うし、確かに右手を挙げてる招き猫もいるの。でも私のキーホルダーの猫は左手だし、中禅寺君なら何か知ってるかもしれないって綾小路君が言うから、一緒に来たの。」

 

 それで冒頭のやり取りだ。

 軽井沢は何となく居心地が悪いようで、借りてきた猫のように部屋の隅に縮こまって自分のお茶を飲んでいる。ちなみにコップは先程の雑貨屋で買ってきたものだ。

 

「中禅寺、それで本題なのだが――招き猫って何だ。アレも妖怪なのか?」

 

「招き猫、ねぇ。猫に関する妖怪で有名なのは長く生きた山猫が化けたとされる『猫又』、猫又や化け猫の大将と言われる『猫しょう』、鳥山石燕の『百鬼徒然袋』においては『五徳猫』というのが紹介されているな。」

 

「『五徳猫』というのは?」

 

 中禅寺は「一寸待ちたまえ」と言いながらごそごそと本の山をあさりだす。俺と三宅は両脇から覗き込む。

 

「――ああ、有った、これだ。頭に“五徳”を載せているだろう?五徳というのはコンロで鍋やフライパンを支える金属製のアレだ。これは何というか、ボクは鳥山石燕の駄洒落か何かじゃないかと思っているがね。」

 

「『七とくの舞をふたつわすれて 五徳の官者と言ひしためしもあれば この猫もいかなることをか忘れけんと 夢の中におもひぬ』か。」

 

「五徳の官者というのは、かの有名な『徒然草』で『平家物語』の作者であるという記述がある信濃前司行長のことだ。『後鳥羽院の御時、信濃前司行長、稽古の誉ありけるが、楽府の御論議の番に召されて、七徳の舞を二つ忘れたりければ、五徳の冠者と異名をつきにける――』。軽井沢さん、『徒然草』の作者は?」

 

「へっ?!急に振らないでよ・・・。徒然草よね?!鴨長明だわ!」

 

「お前、茶柱先生に怒られるぞ。鴨長明は『方丈記』、『徒然草』は吉田兼好だ。」

 

「うへぇ。」

 

「――で、招き猫の発祥の地と言われているところはいくつかあるが、一番有名なのは東京都世田谷にある豪徳寺の招き猫だな。江戸時代、井伊直孝が鷹狩の帰りに豪徳寺の前を通った際、猫に招かれ寺に入ると途端に雨が降り出したことから、井伊家の菩提寺として厚く遇されるようになった。転じて人に幸運を招くということで猫が信仰されるようになったそうだ。」

 

「――すると、左手だとか右手だとかっていうのは?」と長谷部が尋ねる。

 

「『右手はお金を招き、左手は人を招く』と言われているが、特に何か理由があるわけでは無いな。」

 

「じゃあどっちでもいいってことね。」

 

「そうだな。オレたちが此処に来てわかったことは、軽井沢に勉強の時間が必要だということだ。」

 

「うへぇ。」

 

 軽井沢の中で最近流行っているのか?()()()でも()()()いるかのような鳴き声だ。

 

 ――にゃあ。

 

 ――ん?軽井沢の鳴き声では無いな。

 

 ――にゃあ。

 

「中禅寺、何か猫の鳴き声が聞こえないか?」

 

「ああ、最近、野良猫が神社に住み着いているんだ。追い払うのも気が引けるから放っておいているがね。」

 

「え!?あたし猫好きなの!見に行ってくる!」

 

 軽井沢はバタンと音を立てて出て行った。それを横目で見て放置しつつ、三宅が話を続ける。

 

「招き猫と言えば、浅草も有名だな。」

 

「そうだ。むしろボクはそちらの方が本場だと思っている。」

 

「どういうこと?」

 

 長谷部が軽井沢の居たスペースに腰を下ろしながら尋ねる。

 

「『猫』というのは『寝子』、つまり今で言う風俗店で働いている女性を指す言葉でもあるんだ。他にも狐は『来つ寝』とも表し、こちらも同様にそういった職業に就いている女性を指している。」

 

「ただのダジャレなんじゃないのか?」

 

「いや、そうした言葉遊びほど真剣に考えなければならないものは無いよ。特に言葉は『呪』となると説明しただろう?物の名前や、特に地名なんかは誰かの何かの思想が入っていると考えた方が良い。」

 

「そんなものか。」

 

「そんなものだ。事実、その浅草寺では“ほおずき市”をやっている。“ほおずき”というのは今では観葉植物として親しまれているが、昔で言えば堕胎薬だ。ほおずき市や朝顔市をやっているような所の近くには殆ど遊郭があるんだよ。朝顔の種にも似たような毒性があるしね。」

 

「浅草の近くには吉原があるからな、まあ、そういうことか。高校生がするような話では無いが。」

 

「そうだね。だからまあ、猫や狐に取り憑かれた女性っていうのは()()()()()()()()か、()()()()()()()()ということは覚えておきたまえ。」

 

 

 






若干見切り発車です。

長くなりそうなのでナンバリングは普通に数字にしています。

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