上手く演じていられているだろうか。
1年と経たずに全く変わってしまった。昨夏は犯した罪に
――いや、何も変わってなんていない。龍園君には無人島でも客船の上でも手玉にとられ、加えて船上試験においては綾小路君や中禅寺君に行動を許してもらえなかった。周囲の信頼に応えられているかと聞かれると、残念ながらそんなことは無い。未だ勝利の二文字は、私の手の中にあった試しはない。
そう、私は優秀なんかじゃない。
堀北会長にはもしかしたら、そうした私の仮面の下を覗かれていたのかもしれない。生徒会に入って全校生徒が幸せな学校生活を送る手助けをする――という仮面の下には、どこまでもエゴイスティックに自らの贖罪を求める愚かな女しかいないのだから。南雲副会長にその過去を明かしたのも、唯々赦されたかっただけ。誰かに、救って欲しかっただけ。
そして、救われないのなら、救ってくれる誰かを見つけるまで演じきるか、私が私自身を救わなければならない――。
「帆波ちゃん、聞いてよ!また出たのよ、アイス泥棒!」
――先週もこんな話を聞いた気がするなあ。ウェーブのかかった茶髪で童顔のこの教師、聞くところによると恋人を取っ替え引っ替えするだけでなく一部生徒にもモテているそうだけど、長続きしない原因は恋人と本人、どちらにあるかは明白だろうと恋愛経験の無い私でも想像がつく。誰か救ってあげて欲しい――出来れば私より先に。
「は、はあ――。」
「こりゃあもう泥棒なんかじゃないわ。妖怪よ、妖怪。妖怪ネコババよ!」
「“ネコババ”というと、何処かで落とした記憶はあるのでしょうか――?」
「――無いわ。でも、ほら見て、このレシート!ちゃんとバニラアイスを買ったのに、家で気づいたら無かったのよ!まるで佐枝ちゃんみたいに性格の悪い妖怪の仕業ね!」
猫型のポーチに入ったブランド物のお財布からレシートを取り出しながら、『ぷんぷん!』という感じで星之宮先生が力説する。
「あれ、そんなポーチ、お持ちでしたっけ?」
「話を逸らさないでよ、もう!――誰かに貰ったけど、誰からかは忘れたわ。」
「――星之宮先生も疲れていらっしゃるんですね。是非贈り主を思い出してあげて下さい。それじゃあ私は後ろで睨んで居る茶柱先生が怖いので、この辺で――。」
「へぁっ!?佐枝ちゃん居たの――?」
私は「ゴッ」という響き渡るファイルの音、或いは星之宮先生の頭蓋が奏でる音をBGMに職員室を後にする。若干先生の扱いが
生徒会の溜まった仕事は先週で一段落している。生徒会室へ戻って荷物を片付けたら帰ろうか等と考えていたところ、職員室を出てすぐに2-Aの朝比奈なずな先輩に呼び止められた。先輩は南雲副会長と同じクラスで、偶に生徒会関連の行事を手伝わされているから、私とも仲良くしてもらっている関係性だ。
「帆波ちゃん、忙しいところごめん。ちょっと相談したいことがあるんだけど――。」
「わかりました。ここでは何なので、生徒会室でお話を聞きましょう。」
縁起の悪い職員室周辺からは早々に立ち去ろう。会話の寒暖差で風邪でも引きかねない。
生徒会室の重い扉を開くと、都合良く誰も居なかった。
「朝比奈先輩、お茶でよろしいですか?」
「ありがとう、帆波ちゃん。――それで早速本題なんだけど、帆波ちゃんは武内君のこと、何か知らないかな?」
持ってきたお茶に口を付けつつ、朝比奈先輩がそう切り出す。
「武内さん?――もしかして自主退学されたっていう2年生の。」
「そう、その人。2-Dだからクラスが違うんだけど、特別試験を切っ掛けに交流があって、同じ猫好きでもあったから仲が良かったの。でも誰に何も言わずに辞めちゃって・・・。Dクラスの人たちも寝耳に水だったって。」
いつも笑顔が素敵な先輩からは想像がつかないほど落ち込んでいる。何とか力になってあげたいけれど――。
「帆波ちゃん、無理は言わないから、もし一年生で武内君のことを知っている人が居たら教えてくれないかな?退学の取り消しなんてできないけど、せめて納得したくって。」
「わかりました。どこまでお力になれるかはわかりませんが、一年生に会ったら聞き込みしてみます。」
「ありがとう、帆波ちゃん!」
「どこか、目撃情報を聞けそうな人やところに心当たりはありますか?」
「――武内君、どうやら彼女が居たらしいんだけど、学内でそれらしき目撃情報も無いし、変わった様子の同級生も居ないの。だから他学年の子で知ってる人が居たらと思ったんだ。後は一通り学内の心当たりある場所は見て聞いて回ったんだけど――やっぱり猫が集まるようなスポットかな。」
居たはずの恋人、そして猫――あのコンビニ、また行ってみようかな。何か手がかりがあるかもしれない。
「わかりました。」
まずはその線で調べてみよう。善は急げとも言うし、余り時間を掛けすぎても証拠、証人の記憶は薄くなるしね。
幸いなことに執務机に戻ると南雲副会長からのプレゼントらしき武内先輩に関する書類が置いてあった。どうやら朝比奈先輩から頼まれるこの展開は読んでいたらしい。秘密を知られていることもあり多少苦手意識はあるけど、こういう気配りというか、如才無さは流石の一言ね。
生徒会役員はある程度こうした個人情報も入手できるようになっているけど、当然のことながら私が入手できる情報と副会長が入手できる情報には差がある。とは言っても、先程朝比奈先輩からもらった情報以外に見るべきところは――出身中学と部活に関する部分だ。
出身中学は珍しく関西ね。この学校は全国から人を集めているにも関わらず、何故か標準語以外を余り聞かない。国立のくせに『東京』と名が付いているからだろうか。それとも私が知らないだけで多数の関西人が――?
いや、無いわね。だとしたらもっと出身地でコミュニティを作ってもいいはず。にも関わらずそれが無いということは、ある程度出身地が偏っているからに違いない。確かに高校進学で全寮制の、外部との接触が出来ない学校に上京するよりは、地元の進学校などに進ませる方が遥かに安心で確実だろう。特に女の子なら尚の事そういった傾向にあると思う。
一方の部活。この学校には様々な部活はあるものの、ボクシング部という存在は無いから、必然的に登録上は帰宅部ということになる。だけど設備は整ってるし、外部からトレーナーを招くことは可能。もしかしたらその外部者と付き合う――なんてことは無いか。当然のことながら男性だろうし、女性なんてマネージャーくらいしか居ないだろう。マネージャー・・・もしかすると星之宮先生は何かを知っている?
――あり得る話ね。ボクシングなんて怪我の絶えないスポーツである以上、保健医の活躍の余地は十分にあるかもしれない――けど、とりあえずタンコブを作った担任のことは後にしておこう。
さてさて先ずは猫、ネコよね。朝比奈先輩には悪いけど、猫は好きだからちょっとテンション上がるなあ。人工島という立地から余り野良は多くないけど、モールとか繁華街にいけば居ないこともない。ほとんどが《猫》見知った顔だけど。
とりあえず例のコンビニの方に行けば見つかるかなあ。
「にゃあ。」
やっぱり居た。
「にゃあ。」
先日のコンビニでも出会った三毛猫だ。神崎君に見つかった苦い思い出の猫だ。「ミケちゃん(仮称)、何か知らないかなあ?」と『心の中で』問い掛ける。私は反省を活かすことのできる女なのだ。
――ん?
私の姿を見てどこかへ歩いていくものの、まるで付いて来いと言わんばかりにこちらを振り返りつつ歩いて行く。何だかアニメみたいね。
案内されて辿り着いた先は――人工島の外れ。周囲には人通りも無く、神社しかない。真逆ここが例の神社だろうか。辺りを見廻してみると『晴明稲荷神社』と書かれた看板がある。確かに生徒会の予算枠で見たことのある文字列だ。
手入された境内を歩くと数分で見終えてしまったが、ミケちゃん(仮称)はと見ると、社務所の裏手で毛づくろいを始めている。
私は少しばかり勇気を出して、恐らく彼が居るであろう社務所の扉をノックしつつ開ける。
「お邪魔しまぁす・・・。」
恐る恐る中を覗き込んでみると、まるで艦隊を全滅させたばかりの海軍司令官のような仏頂面で何かしらの本を捲っている男の子――中禅寺君が居た。
「こんにちは・・・?」
声を掛けてみるが、彼はチラリとこちらを一瞥し、再び読書の姿勢に戻る。社務所の中をぐるりと見廻すと、窓口から外が見え、中は本や巻物っぽい何かに支配されている。ちゃぶ台とその周りに座布団がいくつかあるので、ここで来客の応対もしているのだろう。
「挨拶くらい返せないかなあ?」
「こんにちは、一之瀬さん。さようなら。お帰りは後ろの扉からどうぞ。」
「――前から思ってたんだけど、中禅寺君は私のこと嫌いだよね?」
「そんなことはないよ。橘先輩にも似たような応対をしているし。――ただ面倒事の匂いがしたから早く帰ってほしいだけだ。嫌うほどキミのことはよく知らない。」
橘先輩にもこんな感じなのか、この無愛想男は。しかし敏感というか何というか。確かに嫌われるほど何かをした記憶はないけど、かと言ってこれ程の塩対応をされる所以もない。而して当に私がこの神社に辿り着いたことによって縁が出来てしまったわけで――。
「船上試験であれだけ私を貶めようとしたのに?」
「酷い言い掛かりだ、キミを貶めようだなんてこれっぽっちも考えていなかったよ。キミは優待者であった軽井沢さんを怪しんでいるようだったからね、
「それにしてはキツすぎる言い方だったと思うな。私は生徒会の人間で、この神社の予算を差配出来るのよ?ちょっと位は機嫌を取ろうとか、思わないのか、にゃ?」
「さあね。キミが此処に来たのは生徒会の人間として?それとも個人として?どちらかによって対応は決まるかな。」
「――個人よ。探し人がいるの。二年生の武内さんっていうボクシングをしている猫好きな人を知っている?最近、自主退学をしてしまったみたいなんだけど、その人の情報を集めているの。」
「――残念ながらお役には立てないようだ。ではこれで。」
取り付く島もないとは当にこの事だし、話の取っ掛かりすら無い。ふと机の上を見ると、招き猫のキーホルダーが見える。その横の絵巻には――冠を被った猫?また此処でも猫なのか。
「ああ、それは昨日、軽井沢さん達が来たときに忘れていったものだよ。全く、五徳猫じゃあるまいし態々忘れることもなかろうにな。人に貰った物だと言っていたのに。」
「五徳猫?」
「その絵巻は鳥山石燕という江戸時代の絵師が描いた妖怪図鑑のようなものだ。そこに描いてあるだろう?『ふたつわすれて〜』と。」
「へえ、こんなのもあるのね。猫の妖怪が五徳を被るなんて可愛いじゃない。」
「違う、逆だ。
「どういうこと?」
「五徳というのはキミも知っての通り、分類するなら調理器具だ。だが、嘗ての五徳には呪術的な意味もあってね。キミも丑の刻参りは知っているだろう?白の袴に五徳を逆さに被って、その脚に蝋燭を立てるのが丑の刻参りの《正装》だ。この絵巻は『百器』と名の付く通り、道具にまつわる妖怪を集めたものなんだ。」
「で、何らかの理由で猫になった、と。」
「そうだ。実際、牛が五徳を冠った絵もあるし、こう見えて室町時代から存在する由緒正しい妖怪なのだよ。」
妖怪に由緒正しいというのが有るのかどうか判らないが、この暫定妖怪博士が言うのだからそうなのだろう。この得体の知れぬ男子と妖怪、何となく違和感の無い組み合わせだ。
「ところで裏手に居る猫はこの神社で飼っているの?」
「違う。ボクが来て暫くしたら何時の間にか住み着いていたんだ。引き取ってくれてもいいぞ?」
「非常に魅力的な提案だけど、寮や生徒会室で猫は飼えないにゃー。」
私がそう返答すると、器用に片眉を上げて胡乱げな視線を投げかけてくる。
――その時、社務所の扉が徐ろに開かれた。
「綾小路君――?」
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何時ものようにガチャリと少し建付けの悪い社務所の扉を開けると、珍しいことに一之瀬が居た。オレを見ると驚いた表情をしているが、オレから言わせれば一之瀬と中禅寺ほど違和感のある組み合わせも無いだろう。方やクラスの人気者で生徒会役員の日向者、方や日陰者の代名詞とも言える自称神主だ。
「綾小路君――?」
「珍しい組み合わせだな、一之瀬。何かあったのか?」
オレは流しに向かい、慣れてしまった手付きで二人分のお茶を準備しながら一之瀬の話を聞く姿勢を取る。視界の端で中禅寺はやや諦めたような顔付きでいつもの場所に鎮座しながら読書をしている。
「綾小路君こそ、普段は余り会わないと思っていたら、こんなところに入り浸っているのね。」
「ああ、オレ達は友達だからな。」
「キミと友達になった覚えはないのだよ、綾小路君。」
「――と、妖怪博士は言っておりますが?あ、お茶ありがとう。」
「こいつはツンデレなんだ。目付きの悪さとか、堀北と似ているだろう?」
そう返答すると一之瀬はやや苦笑いを浮かべ、冷蔵庫から用意した麦茶をゴクゴクと飲む。
『妖怪博士』と一之瀬が言っているということは、オレが来る前に何らかの遣り取り――ああ、昨日の絵巻が机の上にあるな。きっと五徳猫のことか何かを話していたのだろう。オレは自分で用意した自分のお茶に口を付けながら一之瀬と会話を続ける。
「で、一之瀬はどうして此処に居るんだ?」
「んー簡単に言えば人探し、かにゃ?」
人差し指を顎先に当てつつ、多少の
一之瀬の話では突然学校を辞めてしまった先輩が気になるということだが、生憎とオレもよく知らなさそうな人だ。その旨を告げると一之瀬は少し悲しそうな顔をして、話題を転換する。
「綾小路君はどうして此処へ?」
「ああ、今度Dクラスでプールに行くから中禅寺もどうかと思って誘いに来たんだ。こいつ、メッセージは基本的に既読スルーだからな。」
「友達にもそんな感じなんだ・・・。」
「《知人》からの誘いは有り難いが、生憎ボクは泳ぐのが好きでないし、皆で楽しんで来てくれ。あと、端末の操作は素直に苦手なんだ。」
「泳げないんだ!色々と意外かも?」
「好きではないと言っただけで、泳げないとは言っていない。」
いつもより35%程、不機嫌さ増しの仏頂面で答える。
「こいつ、泳げないことがバレるのが嫌で、水泳の授業の出席の殆どを買ったんだ。」
「へえ。」
「――もういい。さあ二人共、要件が済んだのなら湯呑を片付けてさっさと帰り給え。あと綾小路君、軽井沢さんに会うのならそこのキーホルダーを持って行ってくれ給え。まったく、こんなものがあるから余計な人が集まってくるんだ。」
恥かしいのか怒っているのか何なのか、中禅寺はやや強引に会話を打ち切り、オレたちに退出を促す。
「はいはい。お茶ご馳走さまでした。」
「じゃあな。」
いつの間にか夕方になっている帰り道。毎度の事ながらあの神社は時間の進み方が可怪しいと思う。
「ねえ、綾小路君。――中禅寺君っていつもあんな感じなの?」
「まあ、そうだな。授業中は居るのか居ないのか曖昧になるほど気配が無いし、こないだの特別試験でも『とある事情』が無ければ黙って終わってた、と思う。」
「――『とある事情』って?」
「すまないが一之瀬には教えられない。――ただ口数は少ないし、口を開けば偏屈の塊だし、目付きも地獄の門番のように悪いが、仲間想いなところもあるし、実際、何人かの男女は奴の事を好ましく思っている、と思うぞ。」
「綾小路君はどうなの?」
「――その何人かの内の一人だな。」
人間は知らないもの、理解出来ないものを怖がるという。『知りたい』という欲求は裏を返せばその対象のことを恐れているということに他ならない。言い換えると、『理解出来ない』という事は、つまり『識る』という『攻撃』の対象になり得るのだ。
要するに、一之瀬は中禅寺に対してある意味での恐怖を感じており、そして彼女は恐怖に立ち向かうことのできる女性であるということをこの問答は示している。
「――そうなんだ。ねえ、中禅寺君と仲良くなるにはどうしたら良いと思う?」
「あまり干渉しすぎないこと。後は隠し事をしないこと。本音で話せば本音で返してくれる、と思うぞ。」
「そうなんだ――。ねえ、そう言えばプールに行くんでしょ?私達Bクラスも行く予定だから、会ったら遊ぼうね!」
一之瀬は少し考える素振りを見せるが、最終的にはやや強引にテンションを何時もの調子へ戻したようだ。
「ああ、わかった。じゃあな。」
「ばいばーい♪」
オレは一之瀬と寮の入口で別れ、手元に残った例のキーホルダーを見遣ると、「余計な人を招かないといいなあ」と他人事のように思った。
〜夏目くんの秘密①〜
実はカナヅチ。
更新遅くなりすみません。体調崩して少しばかり入院していました。
間隔が空きすぎるのが嫌なので投稿しますが、文章も荒いので、誤字脱字、変な表現があればご指摘くださると助かります。
皆様もお体ご自愛ください。