ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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五徳猫の氷 三

 

 

 

 

 本日の天候は曇。朝からどんよりとした雲が広がっていて、午前中に控えた財閥の御歴々による学校見学会への影響が懸念される――いや、既にアクシデントは起きてしまっている。

 

 高度育成高校は教育基本法に基づき設置された国の《学術研究機関》だ、少なくとも名目上は。故に定期的に広報と監査を兼ねたこのような会が組まれており、主に生徒が学校に居ないこうした時期を見計らって行われている。

 

 そんな中、集合時間になっても監査員の一名が現れない。案内役を仰せつかった学校の理事の一人である校長、それからアシスタント役の生徒会メンバーも、幸先の悪さにこの空のような暗雲が心の中に立ち込めている。

 

「―― 一之瀬、悪いが島の入り口で遅れていらっしゃる方を出迎えてもらえるか。俺たちは他の方々を先ず校内へお連れする。」

 

 堀北会長の指示に「わかりました」と短く返答し、私以外の一行はぞろぞろと校内に向かっていく。この後は坂柳理事長――有栖ちゃんのお父さん――を中心とした理事会のメンバーとの打ち合わせ及び監査、校内見学の流れだ。

 

 ああ、みんなで行ったプール、楽しかったなあ。あの日くらい晴れていたら、もう少し気も楽になるかもしれないのに。

 Dクラスとの交流も出来たし――やっぱり綾小路君って何か隠している気がするのよね。目立たないように隠れてたけど、堀北さんや軽井沢さんは彼のことどう思ってるのかな?中禅寺君はやっぱり来ていなかったけど。

 

 ――船上試験での中禅寺君との遣り取りを思い出す。

 

『この学校は自分のクラスの40人を幸せにして他のクラス120人を不幸にするための学校だし、それが早いか遅いか、不幸の量が多いか少ないかだけの問題だ。』

 

 認めたくは、無い。

 

 私はBクラスのみんなが好き。だけど他のクラスの人たちの幸せを犠牲にしてまでAクラスに上がりたいのかと言われると――自信がない。でもAクラスを諦めるのも間違っている気がする。もちろん私だって、Bクラスの皆にだって叶えたい進路はあるけど、果たしてそれってAクラスで卒業しないと出来ないものなの――?というか、こんな選択を強いるこの学校って本当に何なの?

 

 Bクラスのリーダー、品行方正であり一年生唯一の生徒会役員。肩書は立派だけど、きっと皆は本当の私を知ると幻滅するに違いない――等とマイナス思考が首を擡げてくる。きっとこの空のせいね。

 

 現実逃避をしながら徒然と考えていると、前方からスタスタと歩いてくる背の高い金髪の男性が現れた。二十歳前後だろうか、おそらくこの人だろう。

 

「こんにちは、あの、今日の学校見学会にお越しの――」

 

「――ん?おおっ!にゃんこじゃないか!にゃんこだ!」

 

「にゃっ!?」

 

 遅れてきたもう一人こと――榎木津様からいきなり大声で「にゃんこだ!」と叫ばれ大いに驚く。

 ――え、私ってそんなに猫っぽいのかな?

 

 榎木津様は薄く半目になりじろりと私の頭の先から下まで見渡すと、ぼそりと「うーん、反省しているからいいか」と呟いた。――反省?

 

「んー・・・よし、にゃんこ女、ぼくの下僕にしてやろう!此処に神社があるはずだ。案内しろッ!」

 

「じ、神社ですか、榎木津様?」

 

 あと、下僕ぅっ!?

 

「そうだ!()()目つきの悪い男がいるところだ!」

 

 ここの神社で、目つきの悪い男――どうやら中禅寺君のことを知っているらしい。

 

「しかし学校見学会と理事会が――」

 

「そんな退屈なものはどうだっていい!どうせ阿呆と馬鹿しかいないからな!」

 

 困り果てる私であったが、此方の言うことを聞いてくれそうに無いので、「わかりました」と返答しつつ、生徒会チャットで事の経緯を報告し、既読が付いたところで例の神社へお連れすることにした。

 

 徒歩で移動する間にもあちらこちらへフラフラとするから気が気でない。でもこの学校の出資者一族で政財界に顔の利く人だから、何か私にはわからない力があるんだろう。

 

「はっはっは!悩んでも仕方がないぞ、にゃんこ女!ぼくは神だからな!不思議なことなど何一つないのだ!」

 

 こうやって先回りして私に回答を突きつけてくる。本当にわからない人だ。でも上辺だけを見ると絵本の中の王子様がそのまま出てきたような、貴公子、というのに相応しい容貌だ。中身は――奇天烈という他ない。

 高円寺君といい、お金持ちの人って皆、こんな自由人なんだろうか?

 そんなことを考えている間に晴明稲荷神社に着いてしまった。

 

「おっ!あそこだな。」

 

 バアン!と音を立てて社務所のドアを蹴破る勢いで開ける。

 

 ――あちゃあ。

 

 

 

 

 

 

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「――で、結局キミが持っているということか。」

 

「ああ、プールの時に軽井沢に返そうと思ったんだけどな、色々とバタバタして忙しかったし、軽井沢も『あたしはお金が貯まる右手を上げた猫が良いの!』と言い出してな。平田も苦笑いしてたよ。」

 

「ふうん。」

 

 オレは右手でクルクルと招き猫のキーホルダーをあやしながら、持ってきたわらび餅をパクリと口に放り入れる。

 ――うん、やはり夏に飲むお茶に合わせるのはこういった水菓子だな。お茶請けには厳しい中禅寺も文句の一つもなく――正確には「とっとと帰れ」という文句はあったが――座っている。

 

「中禅寺もプールに来れば良かったのに。」

 

「盗撮犯と、盗撮犯の片棒を担ぐ奴と一緒はねぇ――」

 

「いや、だからオレは軽井沢を使って阻止させたと言っているだろう。何でそんな解釈をするんだ。」

 

 まったく、偏屈な奴だ――などと感想を抱いていると、何か外からドタドタと音が聞こえる。

 誰か来たのかと扉の方を見遣ると、バアン!と勢いよく扉が蹴破られた。ガタが来始めていた扉を壊さない、絶妙の力加減に、オレは警戒よりも先に感心を覚える。

 

 

 

 

 

「はーはっはっは!おい、京極堂!来てやったぞ!」

 

 

 

 

 

 入ってきたのは――見たことのない男だ。そいつはオレに構うことなく中禅寺に向かって話しかけ始める。

 

「げぇ!え、エノさん・・・何で此処に――」

 

「――ん?どうやらぼくがいない間に豪華客船やらキャンプやら楽しんでいたらしいな!実にけしからん!」

 

 中禅寺が唖然としている姿なんて初めてだ。目を見開いてポカンと口を開けている。闖入者に思わず身構えてしまったが、この『エノさん』という騒がしい版の高円寺のような男は一体――。

 

「ん?――なんだオマエ、真っ白じゃないか!そうか、阿呆の小路の息子か!随分と京極堂に可愛がられているみたいじゃないか!よし、オマエもぼくの下僕にしてやろう!」

 

 エノさんという男は半目になってオレを頭から爪先まで視ながら、あの人とあの部屋を思い出させるような発言をする。

 ――オレの過去を識っているのか?こんな男に心当たりは無いが。

 未だ少し茫然としている中禅寺に説明を促す。

 

「中禅寺、この男は誰だ?」

 

「此奴は榎木津財閥の跡取り息子で、ボクの――知人だ。今年から大学生の筈だが、此処にいるということは榎木津財閥がらみの仕事で来たのだろう。」

 

 中禅寺が説明しているが、情報量が多すぎて入ってこない。榎木津財閥の跡取り?なんでこいつはオレのことを、あの男(親父)のことを知っているんだ?あと京極堂って何だ?

 

「京極堂と阿呆の小路の息子、オマエ達もにゃんこじゃないか。この学校はキャンプとにゃんこが流行っているのか!遊んでばかりで実に羨ましい!ぼくもこの学校に入りたかったぞッ!バカ柳が邪魔をしてきたからといって面倒くさがるべきでは無かったな!」

 

「にゃんこならこの社務所の裏手に居るから、一寸遊んで来い。その間にボクがエノさんのことを説明しておくから。」

 

 榎木津という男は「にゃんこ♪にゃんこ♪」とご機嫌にしながら社務所を出ていく。

 ――今さら気づいたが、一之瀬も来ていたのか。

 

「中禅寺君、榎木津様とは知り合いなの?」

 

「あんなのに“様”なんて付けなくても宜しい。祖父の代からの腐れ縁なんだ。」

 

「オレとあの男(親父)のことも知っているようだったが――。」

 

「アレはね、人の過去を視れるんだ。先代の榎木津財閥会長、つまりアレの祖父だが、それの特異体質を遺伝したらしい。親御さんを知っているのはきっと榎木津財閥のパーティか何かで会っていたのだろう。」

 

「過去を、視れる?」

 

 一之瀬が不思議そうに尋ねる。

 

「ああ。例え辛いのだが――何というか、その人が持つ空気、というのがあるだろう。機嫌が良いから何か良い事があったんだろうとか、落ち込んでいるから何か悪い事があったんだろう、とか。アレはその“何か”を詳細に、具体的に捉えることが出来ると思ってくれ。それこそキミたちが見た光景殆どそのままが奴には視える。しかし思考などは読み取れないから、あくまでその人の目に映ったものが、アレの目にも視える、と認識すれば良い。」

 

「なるほど、それでにゃんこ――。」

 

 一之瀬は不思議そうにしていたものの、中禅寺の説明を聞いてある程度納得したようだ。

 

「実に非科学的だな。そうするとあの榎木津というのはオレを知っていたというわけじゃなくて、オレが見た景色、オレが見たあの男を知っているということか。」

 

「そういうことだ。あとは唯我独尊、傍若無人、思考パターンは高円寺のそれと同じようなものと思って――いや、もっと酷い。ボクも幼少の頃から、やれキャンプへ行くぞとアレと二人きりで無人島に行かされたり、道場破りに付き添わされたりと、苦労してきたのだ。ようやく離れたと思ったのだが――。」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で中禅寺が言う。

 

「“京極堂”と呼ばれていたが?」

 

「ボクの実家が営んでいた古書店の屋号だ。元々は宮司もしていた祖父の店だったのだが、祖父が隠居して父が受け継がず放置されていたのを、中学校に入ったばかりのボクが受け継いだ。まあ、趣味のようなものだがね。」

 

 再び「バン!」と扉が開いて榎木津が入ってくる。

 

「はー楽しかった。あの螽斯(キリギリス)親父め、ロクな仕事しか押し付けてこないと思ったが、にゃんこと遊ばせてくれるとは思わなかった。」

 

 螽斯親父とはこれまた意味が分からない。イソップ寓話のアリとキリギリスだろうか?

 

「今日は理事会か?」

 

「そのとぉりだ!ぼくはこの後、バカ柳の娘で遊んでから帰るが、京極堂、君はそこの“オロカ万引きにゃんこ女”に取り憑いた猫を祓ってやれ。」

 

「ちょ、ちょっと榎木津様!何を――!」

 

 バカ柳の娘――理事長の坂柳氏の娘か。確かAクラスに在籍しているらしいが、直接の面識は未だ無い。

 それにしても、一之瀬がオロカ、万引き、にゃんこ女――?疑問が次々と湧き上がるが、中禅寺と榎木津は話を進めている。

 

「厭だよ面倒臭い。」

 

「昔から言っているだろう、オマエが面倒臭がらなければ周りの人間はその分幸せになれるんだ。どうせその【()()()()()()】が何かしたんだろう?」

 

「然しだね――」

 

「然しも案山子もあるかい。ぼくはね、忙しいんだ。阿呆の小路とか、バカ柳とか、月なんとかとか、神崎とか、天沢とか、木瓜茄子(ボケナス)共はこの島の外で僕が遊んでおいてやるから。ぼくも嫌々だけど爺様達のやり残しだからな、やらないと座りが悪い。――それもこれも、あの螽斯親父がサボるからこんなことになるんだッ!」

 

「わかったよ、エノさん。」

 

「じゃあ、また来る。」

 

「そんな頻繁に学外の人が来れるような所じゃないはずだけどね。――じゃあ、元気で。姉さんにも宜しく。」

 

「わかった。――おい、オロカにゃんこ女、話は聞いていたな?ぼくは勝手に帰るから、オマエはこいつに祓ってもらえッ!」

 

「え、あ、はい――。」

 

 榎木津という男は嵐が過ぎ去るように去って行き――残されたオレ達三人は示し合わせたかのように深い溜息をついた。

 

 

 

「――文字通り災難だったね、一之瀬さん。大方、生徒会役員としてアレの案内を仰せつかったものの、言うことを聞かずに此処に突撃してきた、というところだろう?」

 

「――そうだよ。ねえ、中禅寺君、綾小路君、榎木津様が言っていたことなんだけど――」

 

「気にすることはない。言いたかったら言えば良いし、言いたくなければ、それで良い。」

 

 一之瀬は“万引き”という単語に顔色を変えたように見えた。実際、今でも顔を青くして動揺を抑えきれていない。彼女は品行方正、才色兼備、頭の回転も早く、リーダーシップも取れる優秀な人間だ。そんな彼女がAクラスではなくBクラスに配属されたのは何か理由があるのかと疑っていたが、恐らく()()()()()()なんだろう。

 此処で問い詰めたり弱みを握ったりするのではなく、あくまで本人の自由意志に委ねるのが、何というか中禅寺らしいと思った。

 

「――うん。ありがとう。」

 

「それより、もう一つの方を片付けるとしようか。」

 

「もう一つの方って?」

 

「探しているのだろう、武内という人のことを。」

 

「え、どうして――こないだは知らないって言ってたのに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「不思議なことなど何一つ無いのだよ、一之瀬さん――。」

 

 

 

 

 

 

 








〜裏設定〜

榎木津真一郎 18歳 東京大学文科一類 入学
知力:真面目にやれば有栖ちゃんくらい
武力:真面目にやれば高円寺くらい
特技:人の過去を視ること
許嫁:中禅寺君の姉(幼馴染で同級生)
職業:神、名探偵、学生


あくまで二次創作だからね、榎木津礼二郎のそれは後天的だから遺伝しないとか突っこまないでね。



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