ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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五徳猫の氷 四

 

 

 中禅寺君は昨日の榎木津さんによる突撃の後、私に一旦帰って生徒会の仕事を片付けるように言い、次に来るときは――翌日の今日だけど――夕方(逢魔が時)に再訪するよう指示した。

 

 幸いなことに、昨日、榎木津さんは神社を出て直ぐに理事会メンバーに合流したそうだけど、校長先生も有栖ちゃんのお父さん理事長も後で見た感じでは疲労困憊といった顔だったのが印象深い。――きっとあの調子で何かやらかしたんだろうな。打ち合わせや監査の中身は知らないけど、何となく想像はつく。

 

 過去を視ることの出来る人――恐ろしいけど、悲しくもある。その人の過去を視ながら関係を深めるだなんて、私には出来ないもの。

 

 そう言えば何故か有栖ちゃんからも労いのメッセージが届いたんだけど、榎木津さんは有栖ちゃんに一体何をしたんだろう?また今度、遊びに行くときに労い合おうかな。

 

「お待ちしてましたよ、一之瀬さん。」

 

 そんなことを考えていると、本殿の方から中禅寺君が姿を現した。いつもとは服装からして雰囲気が違う。漆黒の着流し。手には手甲。黒足袋に黒下駄。鼻緒だけが赤い。魔除けの五芒星(晴明桔梗)を染め抜いた真っ白な羽織を手にした、黒衣の男。

 いつもの鋭い目付きも何倍にも増して禍々しい、或いは逆に一種の神聖さを持つようにさえ見える。ジリジリと照らす西日が、その光と陰をより際立たせている。

 

 綾小路君はというと、脇に控えていつもの無表情を顔に貼り付けている。心持ち、楽しそうに見えるのは気のせいかしら。

 

「こんにちはでいいのかな、中禅寺君。その格好は?」

 

「まあ、ボクの正装といったところだ。ボクはこの神社の宮司をしているけど、副業として『憑き物落とし』をすることもあるんだ。」

 

「憑き物落とし――」

 

「そう。人は様々な呪いを受けて生きているんだ。簡単に言えば、そうした呪いを解きほぐしてその人本来のあるがままに戻すこと。これが憑き物落としだ。」

 

「呪い、ね――。榎木津さんは、私に『化け猫が憑いて居るから祓って』と中禅寺君に言っていたけど、具体的に私はどういうことをすればいいのかな?」

 

「そうだね――先ずはキミから“鍛冶が媼(かじがばば)”の猫を祓うとしよう。」

 

「鍛冶が媼の『猫』――?」

 

「こんな話だ。ある時旅人が山中で野宿をしようとすると、山猫の集団に襲われた。旅人が反撃として持っていた刀で群れのリーダーを切りつけたところ、群れは逃げるように去っていった。その後、旅人が血痕を辿って行ったところ、麓の村の鍛冶屋で店主の母を食い殺した上で、その(おうな)に成り代わっている化け猫を発見し、成敗した、というのが大まかなストーリーだ。」

 

「その話は何の関係が――?」

 

「だから、その武内という生徒が鍛冶が媼の猫だというんだ。」

 

 武内さんが、猫?

 一体何のことだろうと思っていると、何やら納得した様子の綾小路君が何枚かの紙を取り出す。

 

「なるほど、それで中禅寺はオレにこれを調べさせたのか。」

 

「ちょっと見せてもらえるかな?」

 

 南雲副会長に頂いた資料だ。――いや、違う。それよりかなり詳細に書かれている。両親は健在、双子の弟もボクシングをやっていて、入学前は――生活部?ボクシングとはかけ離れているじゃない!入学前の評価にもそのようなことは一切書かれていない。

 

「双子――まさか!?」

 

「入れ替わったんじゃないか、多分。この学校の生徒が敷地外に出るときは必ず教師が同行して監視を受ける。外部と連絡を取り合うなんて出来ないから、試合の時だけ入れ替わるのも難しい。故に入学のときには既に入れ替わっていたと考えるのが自然だろう。」

 

「でも、どうしてそんなことを・・・」

 

「ボクも調べてみて知ったのだが、ボクシングを真面目にやろうとすると意外と金がかかる。ちゃんとした設備、トレーナー、スパーリング相手――才能ある選手ならまだしも、それで奨学金をもらえる高校はごく僅かだし、もちろん生活費だってかかる。そういう意味ではこの学校は最適だと考えたんじゃあないか。なあ綾小路君?」

 

「よくわからないが、オレもそう思うぞ。」

 

「綾小路君はどうやってこれを?」

 

「正規のルートだと買えなさそうだからな、堀北先輩にお願いしたんだ。」

 

「堀北会長に!?――なるほどねえ。」

 

「基本的には全て証拠は無く、憶測に過ぎない。学校の先生なんかに聞いたって教えてくれないだろう。何故なら認めた瞬間に替え玉受験に騙されましたと言っているようなもんだからね。」

 

「学校側はどうやって気づいたんだろう。ボクシングを通じて接しているうちに星之宮先生が気づいた、ということはあるかもしれないけど。」

 

「うん、ボクもその線だと思う。そもそも教員と言えど、この学校から外出するのは非常に難しい。――だけど保健医なら別だ。学会や外部の専門医とのやり取り等、比較的自由に外出することができる。また、担当科目を持たないから、日中も時間を確保しやすい。」

 

「ああ、内偵者でもあるのか。」

 

 事実かどうかは分からない。あくまで中禅寺君と綾小路君の推測の域は出ていないけど、強く否定できる要素も無い。

 

「これは、朝比奈先輩には報告出来ないね。」

 

「そうだね。合ってても間違ってても、キミも先輩も幸せにならない。」

 

「りょーかい。――少し締まりは悪いけど、これにて一件落着で良いのかな?」

 

 私がそう言うと、中禅寺君は少し困ったような顔をして呟いた。

 

「いや、まあこれで終いにしても良いのだが――」

 

「どうしたんだ、中禅寺。珍しく歯切れが悪いじゃないか。」

 

「一之瀬さん、あの五徳猫――星之宮先生は余り信用し過ぎ無い方が良い。」

 

「信用し過ぎ無い方が良いって――」

 

「どういうことだ?」

 

 悩んだ様子の中禅寺君に私と綾小路君が尋ねる。

 

「もしかしたら優しく相談にのってくれるかもしれないし、アドバイスをくれることもあるだろう。だけど彼女らは『次がある』人達なんだ。星之宮先生だけじゃない、この学校の担任連中は自分のクラスを勝たせてあげたいという気持ちは確かにあるのだろう。だけど所詮は『自分の査定に響くから』とか『プライドに影響するから』とか、その程度のコミットメントでしかないんだ。――そしてそれはキミも同じだ、綾小路君。先生から見て良い子であり続ける必要は無いし、時には利用し、利用される関係の方が、ボクは健全だと思う。」

 

「どうした急に。」

 

「キミらは隠したいことが多そうだからね、ボクなりのアドバイスさ。」

 

「言いたいことはわかるけど、賛成は出来ない、かな。」

 

「うん、まあそれで良い。“五徳”というのは“仁義礼智信”の五つで成り立っている。でも五つでは足りない。“忠孝悌”の三つが忘れられているからね。」

 

「南総里見八犬伝でも出てくるあれだな。」

 

「“忠孝悌”――つまり家族や友人、仲間を想う心だ。」

 

「意外と中禅寺君はロマンチストなのね。」

 

「茶化すんじゃないよ。――一之瀬さん、榎さんの漏らした言葉から何となく想像はつくが、もしキミが間違えたり、困ったり、或いは立ち直れなくなったとき、頼れるのは先生じゃない。仲間であり友人なんだ。だから大事にしたまえ。」

 

「言われるまでもないわね。――でも、ありがとう。それじゃあ中禅寺君も友人にカウントして良いのか、にゃ?」

 

 私がそう言うと、その目付きの悪い男は目線を彷徨わせ、人差し指でぽりぽりと頬をかいた。その様子はまるで猫が顔を洗うような仕草に見えた。

 

 

 

 

「しても良いが、調査にかかった(PP)は取るぞ。」

 

 

 

 

 ――台無しだよ!

 

 

 

 

 

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 長い一日が終わった。もう夜も22時に近くなっている。帰りにコンビニに寄って明日の朝のパンを買っていこう。

 

 この何日か関わっていた中禅寺君は思ったより怖くなかったし、優しかった。朝比奈先輩には少し申し訳ないけど、私としてはある意味での心の(つか)えがとれ、憑き物が落ちたような気分だ。

 でも何か忘れているような――ああ、星之宮先生のアイス泥棒騒動だ。どうでも良すぎて忘れていたけど、職員寮の中で泥棒なんて発生し得ないし、きっと――。

 

「おや、一之瀬さん、今帰りかい?」

 

「中禅寺君――そうだよ。君は神社からの帰りかな?随分と遅くまで居たんだね。」

 

 バッタリ出会ってしまった。夕方に別れたばかりなので何となく気まずい。

 

「昼間に出来なかった事が沢山あったからね。」

 

「にゃはは――。それは申し訳ないにゃ。」

 

「夜ももう遅い、寮まで送って行こう。」

 

「ありがとう。でも、コンビニに寄って行くから。」

 

「ボクも寄っていくよ。明日の朝ご飯とかも買いたいしね。」

 

 慣れてみれば地獄のような目つきをしている以外は、意外と紳士的だ。そう言えばコンビニで出会ったあの日も、今思い返してみれば余程紳士的だったのかもしれない。

 

 私たちは他愛もない話をしながらコンビニの前まで来たけど――何か見慣れたオブジェクトがコンビニの前に鎮座している。

 

「星之宮先生!」

 

「むにゃ~?ほにゃみちゃんじゃな~い・・・ほにゃみちゃんが3人と、隣に居るのは・・・スヤァ。」

 

 うっ――お酒臭い。こんな日も変わらぬうちにこれ程までに酔いつぶれるなんて、一体誰とどれだけ飲んだのか。手に持ったコンビニの袋にはカップ麺とポカリとヘパリーゼ(二日酔の薬)とアイスが二つ――ダメだ、庇いきれないかもしれない。

 

「先生ダメですよ、こんなところで寝ちゃあ!中禅寺君、ちょっと手伝って!」

 

 彼を見ると、苦虫を百匹ほど纏めて嚙み潰したような顔をしている。 

 

「一之瀬さん、彼女もいい大人なんだから放っておかないか?甘やかすと良くない。」

 

「ダメだよ、風邪ひいちゃうかもしれないじゃない。」

 

「反省しない大人にはいい薬だと思うんだけどねぇ。」

 

「ほら、そっちの肩と、荷物を持ってくれる?先生の部屋は知ってるから。」

 

「むにゃあ~。」

 

 中禅寺君は渋々中の渋々と言った感じで手伝ってくれた。15分ほど歩いて職員寮まで辿り着くと、タイミング良く(あるいは悪く)茶柱先生が帰宅してきた所だった。

 

「中禅寺と一之瀬、どうして――いや、本当にすまない。範を示すべき大人がこの様子では――私が代わって謝罪しよう。星之宮(このバカ)は預かるから、帰っていいぞ。」

 

「わかりました。それでは後のことは宜しくお願いします。」

 

 私たちは踵を返し職員寮を後にする。

 

「んー疲れた!ありがとうね、中禅寺君。」

 

 彼の手を見ると、アイスを二つ持っている。――まさか。

 

「もしかして、星之宮先生の?」

 

「いや、誰のものかわからないが、気づいたらボクの手の中にあったんだ。」

 

「そうか、じゃあ仕方ないね。」

 

「ああ、仕方ない。ちなみにだけど、一之瀬さんはバニラとストロベリーならどちらが好きかな?」

 

「私はストロベリーかなあ。」

 

「ではこちらをどうぞ。」

 

 私たちは寮の前のベンチに並んで座り、べたべたとした温い潮風を受けながら口の中だけでも涼を取る。疲れ果てた体に甘味が染み込む。本当に今日一日、長かった。

 

「まるで五徳猫だな。」

 

 パクリとアイスを口に運びながら中禅寺君が話し出す。

 

「どういうところが?」

 

「五徳猫は七つの徳のうち、二つの徳を忘れた猫だが――星之宮先生は二つどころか四つも五つも忘れてそうだ。」

 

「にゃはは――。」

 

 これから先、星之宮先生に頼らなければならない特別試験もあるだろうけど――本当ね。

 茶柱先生みたいに連絡事項とか忘れられると困るんだけど。

 

「――でもまあ、星之宮先生が多くのことを忘れてくれたおかげで、こうして『二つの得』もあったことだし、今日のところは水に流してやるとしよう。」

 

 私たちは顔を見合わせ、笑いあった。

 

「そう言えば、あの神社に住み着いた猫。中禅寺君が面倒みてるんでしょ。」

 

「どうしてそう思ったんだね?」

 

「コンビニで買ってるサラダチキンのゴミ、社務所のゴミ箱に入ってたもの。前回行ったときも、その前に行ったときも。」

 

「Bクラスのリーダー様は憑かれやすい癖に変なところに目敏いな。」

 

「言い方!――ねえ、予算増額するから飼ってくれない?」

 

「いいよ。実家でも飼っていたし。」

 

「へえ!じゃあ、なんて名前がいいかなあ。ミケちゃんとかどうかな?」

 

「一之瀬さんにネーミングセンスが無いとは初めて知ったよ。」

 

「なんでよ!じゃあ中禅寺君も何か案を出してよ。」

 

「そうだね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “五徳”にしようか。」

 

 

 






くぅ〜疲!

中禅寺君は最初に言いました。『五徳猫はダジャレである』と。

中禅寺君が星之宮先生を介抱するのは三度目です。つまり前二回にあたる『二つの徳』を忘れてしまった星之宮先生のことを五徳猫と言ったんですねえ。


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