午前中の勉強会を終えると、オレと堀北はロビーで待ち合わせた。
止めておくべきだったか寸前まで迷ったが、口に出したが最後、意外と好奇心旺盛な癖にぶつくさと文句ばかり言う堀北を連れてオレは二度目の晴明稲荷神社へと足を向けることとなった。
「ちょっと、どこまで連れて行こうというの」
「頼りたい人物が居るであろうところだ。もう少しだ」
例の鳥居が見える所まで来ると、境内に人影が見える。やはり堀北に土下座してでも止めておくべきだったと強くオレは後悔した。
「おや、堀北ガールにナンセンスボーイではないか。」
ナンセンスボーイとは何だろうか。非常に気になるが、コイツのペースで会話を進めたくない。
「あぁ、高円寺か。お前こそどうしたんだ? 神頼みでもしに来たのか」
「んん〜実にナンセンスだよ、ボーイ。いや、神が頼みに来るという意味ではその通りさ。その場合、『神頼みされに来た』が正しいだろう。
相変わらず支離滅裂な奴だ。半目でジロリとオレ達を見回したあと、何がわかったのか「なるほど、なるほど」と呟き、アデュー、と悠然と去っていった。
「まさか彼が会わせたかった人物では無いでしょうね?」
「当たり前だ。この先の人生でアイツに会いたいと思うことなんか無い」
「でも、この敷地にこんな神社があったのね・・・…。まるで気が付かなかったわ」
「オレもだ。先月、道すがら偶々ここへ辿り着いたんだ」
「で、その人物はどこにいるの?」
「そこの社務所だ」
コンコンと裏手のドアをノックし、返事が無いことを確認してドアを開ける。果たして目的の人物はそこに居た。相変わらずこちらのことを見ることもなく、葬式を三軒ばかり梯子したかのように不景気な仏頂面で座布団に腰掛け、湯呑の茶を啜り、古書を捲っている。
「ドアをノックしたら返事があるまで開けないという一般常識を知らないのか、キミは」
「すまないと思うが、中禅寺に用があったんだ」
「生憎だがボクには無い。後ろの愛想無しを連れて早く帰りなさい。ボクは今しがたまで狂人の相手をさせられていて頗る機嫌が悪いんだ」
嗚呼、もう、そう云うことを言うから困るのだ。折角此処まで連れて来たのに、堀北が速やかに踵を返そうとしているではないか。
「二人とも待ってくれ。堀北、黙ってても良いから、頼むからここに居てくれ。中禅寺、率直に言うが―――オレ達はAクラスを目指している。だがこのクラスは見ての通りの集団だ。一筋縄ではいかない。だから中禅寺にも協力して欲しい」
「無理だ。ボクは教師でもなければ金に困ってる訳でも無い。人にモノを教えるなど出来ないし、此処を卒業すれば実家の神社を継ぐことになっているからAクラス入りに何らのメリットも感じない。ましてやキミ達に協力するとなると、面倒事の臭いしかしない」
にべもない、とはこのことだ。だが面倒事の部分については全面的に同意だ。オレはただ、平凡な学生生活を送りたかっただけなのだが、今の状況のような面倒事に巻き込まれている。いや、この場合自ら巻き込まれに行った訳だから自業自得か。
「もういいわ、綾小路君。中禅寺くんがここにいることには驚いたけど、こんなにやる気の無い人、クラスの足を引っ張らないだけで十分よ。早く帰って明日の勉強会の準備でもしましょう」
その時、一瞬ではあるが中禅寺の視線が堀北に向いた。ここが瀬戸際だ、と何となくオレは感じた。
「何か一分野でもいい、中禅寺が出来ることは無いか」
「何かと言われてもボクは唯の宮司、キミ達に判り易く言えばこの神社の神主だ。副業で“憑き物落とし”をすることはあるがね」
「“憑き物落とし”とは何だ。」
こういう宗教的な部分についてはホワイトルームのカリキュラムには無かった。恐らく無駄なモノとして省かれたのだろう。仏教、キリスト教等の一般的な宗派については知識として持っているが、神道のように民俗的な分野がある宗教は疎い。
「平たく言うと、お祓いのようなものだ。今でも悪いことが続くと『お祓いに行け』と言うだろう。昔の人、と言ってもたかだか150年ほど前ではあるが、そういう悪いことが続くと『妖(あやかし)に取り憑かれた』と言ったんだ」
なるほど、やはりこの曖昧な男は妖怪の類と友達であったらしい。オレは奇妙な納得感を感じつつも、先を促す。
「では、中禅寺は『誰か』の『何か』を祓うことが出来るのだな」
「依頼があれば考えるが、お勧めはしない。」
「何故?」
「その人の人格や過去まで言霊として祓ってしまう可能性があるからだ。最悪、廃人になるケースまでは実家で見たことがある。科学を有難がる連中は“プラセボ効果”だの何だのと理由をつけたがるが、そのような生易しいものではない。そうだな、キミを祓えと言われたら1億積まれても嫌だね」
「お前はオレのことを知っているのか」
「知らん。知りたくもない。ボクはキミと違って本物の“事なかれ主義者”なのだ。―――何だ、クラスのことを何も聞いていないわけが無かろう。席が近いのだからキミとその愛想無しの会話ぐらい聞こえている」
少しばかり殺気を込めて睨むが柳に風、軽く受け流されてしまう。矢張りコイツ、只者ではない。或いは、この程度の殺気には慣れているのだろう。
「では、堀北はどうだ」
「ちょっと、勝手に話を進めないで。不愉快よ、綾小路君」
堀北は抗議の声を上げるが、構わず進める。
「彼女が何に憑かれているというのだね」
オレは少し考えて答える。
「―――狐、ではどうだろうか」
「――ほう。面白い」
これまでの仏頂面から一転、中禅寺は眉を上げ、禍々しい笑みを浮かべた。
当てずっぽうではあったが、この男の興味を惹くことが出来たらしい。堀北もクラスの隣人の新たな一面に驚き、話を聞く姿勢になっている。
「面白い、とは?」
「まさかこの『晴明稲荷』で狐憑きの相談をされるとは思わなかった。そういう意味で面白い。キミは安倍晴明という人物を知っているかね」
「平安時代に活躍したとされる陰陽師、ということくらいは」
「そうだ。並外れた実力を持つ陰陽師で、伝承にもよるが『狐から産まれた』と言われる事もある人物だ。また、その子孫は玉藻御前、妖孤を討ち取ったとされる狐に縁深い人物でもある。一方、稲荷は知っての通り、神の使いとして狐を祀ることの多い神社である。稲荷と名のつくこの神社で、まさかまさか神の使いに憑かれているから祓ってくれなどと言われるとは思わなんだ」
中禅寺は愉快そうに、ほとんど空になった湯呑に口を付け、続ける。
「さて、堀北さん。最近、誰かに騙されたり、裏切られたり、
これは驚いた。この話の流れからそこへ持っていくのか。堀北も驚いた表情で何とか言葉を絞り出す。
「なんで……!?」
軽くショックを受けている堀北の様子を受け流しながら、中禅寺は「一寸待っててくれ」とお茶のおかわりを準備する。もちろん、オレ達には無い。
「中禅寺くん、説明してもらえる。どうしてそのことを知っているの」
「あのねえ堀北さん、まさかとは思うがキミは“バーナム効果”というのを知らないのかね。これはほんの助言だが、キミは騙されやすい体質をしているから、その隣の自称事なかれ主義者など、周囲の人間には気をつけ給え。念の為言い添えておくと、道端の占い師が『何か悩み事があるでしょう』等というのがバーナム効果だ」
オレに関して聞き捨てならないことを言われているが、湯呑をふーふーと冷ましながら話す中禅寺は、どこか滑稽に感じる。
「それで、狐の話に戻すが、誰かを騙したり裏切ったり見限ったり、そういうものが妖怪としての狐の本質だ。狸も似たようなことをするが、本質的には別のモノだ。ただ、注意すべきなのは『
生徒会長が狐のコスプレをしているところを想像し、思わず笑いそうになったが、話の成り行きを見守る。
「それで、これがあなたの言う『憑き物落とし』なわけ?全く参考にならないわ」
「阿呆、そんなわけあるまい。これはまだキミにかけられた『
堀北は顔を赤くしたり青くしたり忙しそうにしながら話を聞いているが、中禅寺はそれまでの飄々とした姿勢から一転し、思わずオレが身構えてしまう程の殺気とも感じられる圧力を伴って、堀北に語り掛ける。
「もしキミに呪を掛けた人間に心当たりがあるのならば、それは君のことを敵として憎んでいるか、親兄弟家族として愛しく想っているかのどちらかだ。キミは憎まれ口をよく叩いているが、誰かに恨まれたりすることも多かろう。それに自覚があるからこそ呪は良く効くのだ」
―――その自覚とは何だ、鈴音。
―――お前はそこまで言わないと判らない程愚かなのか、鈴音。
―――良くやったな、鈴音。
堀北の中に先日痛めつけられかけたばかりの兄の幻影がリフレインする。
―――おい、おい!
オレは尋常な様子ではない堀北の肩を揺すって目を覚まさせる。まさかこの堀北がこんなことになるとは思わなかった。「え……あ……」と白昼夢に魘された熱病の患者のようになっている。
「とまぁ解呪はこの辺りで良いだろう。祓ってやるにも準備がいるから、今日のところはもう帰り給え。あと、無料じゃないからな。2万PPほど準備しておきなさい」
その言葉を最後に中禅寺は読書の態勢に戻ったので、オレ達は神社を辞した。
―――何時の間にか、逢魔が時になっている。
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その後も三バカの面倒を見ながら中間テストの対策を教室や図書室などで行っていたが、テスト前一週間を切る頃、図書室で須藤がCクラスからちょっかいをかけられ、Bクラスの一之瀬に仲裁されるということがあった。
「テスト範囲、変更になってるよ―――」
直ちに茶柱先生に確認に行ったが、「忘れていた」などと嘯いてやがる。あの女、ただじゃおかない。
だがそれよりも優先すべきはアイツらの赤点回避だ。今後、身体能力が重要になる場面、人数が重要になる場面が出てきたら、勝てるものも勝てない。
オレ達は放課後、三バカを櫛田に預け教室で堀北と2人で作戦会議をしていた。堀北は悩んでいる。オレには少しばかりアテはあるが、確実にそうとは判らない。ウンウンと唸っている堀北を見ていると、教室の戸がガラリと開いた。
そこには何故か制服では無く黒の着流しに黒の手甲を嵌め、髪を後ろに撫でつけた中禅寺が立っていた。コイツは今日、学校を休んでいた筈だ。
「中禅寺、どうしてここに」
「この世にはね、不思議なことなど何一つ無いのだよ、綾小路君―――」