ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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「――そうだ。騙されているのは騙している方だ。」

(京極夏彦『塗仏の宴』)





邪魅の花 〜宴の準備〜 三

 

 

 

 その日、オレは教室で堀北と別れると、その足で晴明稲荷神社へ向かった。

 家主は今日も着流しを身に纏い、不機嫌を極めたような仏頂面で器用にもぺらり、ぺらりと片手で本を捲りながら(五徳)を撫でている。

 こいつの私服、全て和服なのだろうかという場違いな疑問が浮かんでしまったが、本題を切り出す。

 

「中禅寺、頼みがある。」

 

「真面目な話か。」

 

「ああ。堀北と櫛田から――過去の因縁を祓って欲しい。」

 

「過去の因縁?」

 

「ああ。堀北と櫛田は同じ中学の出身だったが、そこで何らかの事件が発生した。事件の中心に居たのは櫛田だ。生徒数が多くて違うクラスだったから、堀北も詳細までは知らないらしい。」

 

 オレはそこまでを一息で説明すると、自分の湯呑を取り出して冷蔵庫からお茶を注ぎ、口を潤しつつ続きを話す。

 

「――だが、その事件については、櫛田にとっては何よりも明かされたくない事実だそうだ。何としても堀北を退学させたいと考えているほどに。そして、堀北と櫛田はお互いの進退を賭けて勝負することになりそうだ。」

 

「そこにボクが入って何の意味があるのだね。話を聞く限り、その当事者二人で解決出来そうなものだと思うのだけど。」

 

「ああ。だから今から堀北と櫛田の間で話し合いが行われる。堀北にはオレの端末と通話を繋げたままにしておくように言っておいた。」

 

「ふむ。」

 

「中禅寺、頼む。あいつらが前に進めるようになるためにも――憑き物落としをしてやって欲しいんだ。」

 

「誰から何を?」

 

「お前自身の目で見極めてくれ。」

 

「今、使うのは耳だけどね。報酬は?」

 

「今回のペーパーシャッフルの完全な勝利を。――そして、櫛田桔梗の生殺与奪の自由を。」

 

「それは別にいいかなぁ。――いや、待てよ。ふむ――」

 

 茶化しながらも真面目には考えているようだ。だが言ってはみたものの櫛田の生殺与奪、此奴にとって興味を引くものだろうか。真逆、身体を要求するなんて無いだろうし。

 

「とりあえず、その過去の事件の詳細を知ってからだな。だが綾小路君、キミは――」

 

 おっと堀北から電話がかかってきた。どうやらあちらは準備が整ったらしい。

 

「すまない、中禅寺。話の続きはこれが終わってからにしよう。」

 

 オレは通話ボタンを押すと、スピーカーに切り替え、こちらの音声をミュートにしてちゃぶ台の上に置く。若干衣擦れの音が入っているのと音がこもっているのが気になるが、まあ許容範囲だろう。手元では密かにボイスレコーダーを回している。

 

『――あなたは、同じ中学の出身であり、あなたの過去を知る私を退学させたいと思っている。そうよね?』

 

 よしよし、無事に勝負までは持っていけそうだ。堀北生徒会長も約束を果たしてくれているようだ。

 堀北は既に覚悟してからこの場に臨んでいる。フラフラと堀北を貶めることしか考えていない蝙蝠女には、今回の勝負を呑ませて、退路を断つ必要がある。

 だが堀北よ、その条件は少し甘すぎやしないか。

 

 そうこう考えているうちにも二人の会話は終わりを迎えようとしている。

 

『――どうせそのポケットにしまってある携帯を通話にしているんでしょ?直接会って話をしない?』

 

 オレはミュートを解除し、二人に告げる。

 

「わかった。19時、晴明稲荷神社で待ってる。」

 

 通話を切り、中禅寺と向かい合う。彼女達が来るまで一時間ほどある。ボイスレコーダーを設置するには十分な時間だ。

 

「堀北さんは、兄貴に協力させたのか?」

 

「ああ。今回、アイツは真正面から櫛田にぶつかって白黒付けようとしている。さっきの話の続きだが、オレとしては無闇矢鱈に堀北やオレを攻撃するようなことを櫛田に控えさせられれば、それで良い。だが、そうならないようなら退学させるのも一つの選択肢だとも思っている。」

 

「彼女は――化けたな。」

 

 中禅寺は酷く驚いたような、或いは羨ましそうな、それでいて寂しそうな声音でぼそりと呟いた。

 

 オレは何故かその姿が深く印象に残った。果たしてこの偏屈者はどのような人生を歩んできたのだろうか。頭も切れるし、弁も立つ。家族仲も悪くないようだし、榎木津のような幼馴染というか、悪友もいる。一方で決して自ら主役になろうとせず、唯、其処に在る。

 

 まるで自分自身は舞台の脇役に過ぎないと主張するかのように。

 

「すまないが、境内を貸してもらうぞ。お前が立ち会うかどうかは自由にしてくれ。どのみち何かしらの手段で録音か録画する予定だ。」

 

「ああ、出るべきだと思えば出るし、そうでないなら本殿に引き籠もっているよ。」

 

「本殿に?社務所じゃないのか?」

 

「うん。少し調べたいことがあるんだ。」

 

「そう言うなら仕方がない。」

 

「くれぐれも過去の事件の詳細は聞いておいてくれ。櫛田さんの行動原理は――何となく想像はつくが、念の為だ。きっとボクは、勝負の結果まで大人しくしておくほうが良いと思ってる。それではよろしく頼むぞ。」

 

 確かに。今の堀北の心境を考えれば、オレも含めて余計な横槍は入れないほうが良いだろう。では、賽銭箱の辺りにボイスレコーダーを仕掛けるか。裏側だとアイツらも気づくまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかりと日が暮れた神社の境内。名残惜しむかのように西の空を照らしていた夕陽も水平線の下に潜ってしまった。

 オレはポケットに手を入れ、石畳の上に立ち鳥居の方を見ると、屋外のくせに何故か無機質な空間に、似つかわしいような、似つかわしくないような二人が姿を現した。

 

「――お待たせしたかな、綾小路君?」

 

「いや、今来たところだ。」

 

「ふふっ♪何だかカップルみたいだね?」

 

「そうだな。普通の男子なら顔を赤くして喜ぶ場面だろうな。」

 

「じゃあその普通じゃない綾小路君にお願いがあるんだけど――私達の勝負、綾小路君も乗らない?私は綾小路君にも退学して欲しいの♪」

 

 ジト目をしてこちらを睨んでいた――いや、いつものことか――堀北が、慌てて間に入る。

 

「待って!私達の賭けに綾小路君は関係無いわ!」

 

「いや、そうでもない。オレは良いぞ。もちろん、堀北の勝つ方に賭ける。」

 

「ちょっと!」

 

「綾小路君も乗ってくれるんだ――へへっ♪嬉しいな♪」

 

「だが条件がある。お前の中学時代の事件、その詳細を教えてもらいたい。」

 

 そう言うと、櫛田は少しハッとした顔でこちらを見上げた。コイツの被った仮面の下、あの顔を晒させる必要がある。舞台はお前達の為だけにあるのではないのだ。

 

「私は彼女の過去に興味はないわ!」

 

 堀北が抗議の声を上げるが、一瞥をくれ、丁重に無視する。

 

「お前には無いかもしれないが、オレにはある。オレは理由も分からず退学にさせられそうになっているんだぞ?――どうだ、櫛田。それともお前は、オレが知らない、聞いていないと言えば許してくれるのか?」

 

「そんなに知りたいんだ。――ねぇ、綾小路君。他人には無い、自分だけの価値を感じる瞬間って、最高に気持ち良くならない?」

 

 オレの言葉に櫛田はゆっくりと仮面を外し、本殿の柱に背を預け、少しばかり演技臭い身振り表情で話し始めた。

 

「小学校の時、勉強で、かけっこで、一番をとって『すごい』『かっこいい』『可愛い』――そうやって賞賛されたときが何よりも幸せを感じる瞬間だったの。褒められたい、誰よりも目立ちたい――承認欲求っていうのかな?私はそれが他の人よりずっと強くて、依存しているんだと思う。けど――」

 

 承認欲求、か。マズローの五段階欲求説だな。現代では凡そ否定されている説だが、心理学においては初歩の初歩、有名な学説から広まった言葉だ。

 

 櫛田の独白は続いている。

 

「――私は私の限界を知っている。もう、勉強やスポーツじゃ誰かの一番になれない。私はみんなに見てもらえない。」

 

 オレには歩みを止めた、止まってしまった人間のことはわからない。あそこ(ホワイトルーム)では何人もの同輩達が歩みを止め、或いは歩みが止まったと判断され、最後はオレを除いて皆居なくなってしまった。

 

「――だから、人がやらないこと、やりたがらないことを率先してやった。でも一度手に入れた人気を手放すことは出来なくて――苦痛で――怖くて――」

 

 だが誰かの何かの一番になりたいという欲求――櫛田はやや過度ではあるが、理解は出来る。それはあの男(父親)が唯一愛して止まないものだったからだ。あの男の、自分の血縁も、何もかも犠牲にしても自らの野心――『俺が一番だ』『俺を尊敬しろ』『俺を見ろ』――そんな欲求を他者に押し付ける才能を持った人間。

 言うなれば櫛田は齢15にしてそんな邪なモノに魅入られてしまったのだ。

 

「そんな時、私の心を支えてくれたのはインターネットのブログだった。私だけが知るクラスメイトの秘密――それを曝け出したとき、これまでになく溜飲が下がったの。」

 

 これまでオレは櫛田のことについて判断することを保留していた。彼女が裏の顔を持っていようと、オレのことを脅そうと、クラスにとって有用な人物であることは間違い無かったし、実際彼女が居なければこれまでの定期テストや特別試験で大敗を喫していた、退学者を出していた可能性は高い。

 

「――でもある時、クラスメイトがそのブログを見つけてしまったの。いくら匿名と言っても、関係者が見たらすぐに特定できるもの。――そしてクラスメイトは私を攻撃した。私は彼ら彼女らに尽くしてきたのに、彼ら彼女らは私を攻撃してきたの。だから私は皆に秘密をぶち撒けた。」

 

 処分しようと考えたこともある。実際、この話し合い、勝負においてオレたちを害しようとするのなら、処分することも一つの選択肢として検討している。しかし、果たしてそれがたった一つの冴えたやり方なのだろうか。

 

「すると皆は私じゃなくてお互いを攻撃し始めたの。その時私はこう思った。――他人の秘密って、矛にも盾にもなるのね。」

 

 そう思ったからこそ中禅寺に頼ることを決めた。そしてそれは正解だったと思う。

 

「その後、クラスは無事に崩壊。でも仕方ないよね!だって皆が私に刃を向けたんだもの♪――それが事件の真相。」

 

 ――櫛田は、救われるべき人間なんだ。

 

「Dクラスの全員の秘密は知らない。でも、数人を破滅させるだけの秘密は持っているよ♪」

 

「あなたは……そこまでして……」

 

 堀北が愕然とする一方、櫛田は恍惚とした表情で自身の演技に酔いしれている。

 

「私の生きがいだもの!誰よりも注目され尊敬されることが何よりも好き!私にだけ打ち明けられる秘密を知ったとき!想像を超えた何かが自分に押し寄せてくる!」

 

 承認欲求の怪物、か。

 

「忘れないでね、綾小路君、堀北さん。私が勝ったら自主退学するって。つまらない過去かもしれないけど、これが私のすべて。――じゃあね、二人とも。」

 

「櫛田、一つだけいいか?」

 

「なぁに、綾小路君?」

 

「お前は間違っていない。間違っていないが、間違えてしまったんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

「あまり邪なことをすると――死ぬよ。」

 

 





〜夏目君のヒミツ②〜

照れ隠しの言葉は「謝意はいずれ形のあるもので。」
何かの小説に影響されたようだ。




一週間の残業ウィークを終えて読むヒトオスVtuberの話は脳に染み渡るぜ。
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