ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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邪魅の花 〜宴の準備〜 四

 

 

 オレたちの前には参考書の山、模擬テスト、それから4つの紙コップが置かれている。今日も長谷部と三宅、オレが参加する、中禅寺による勉強会が喫茶パレットで開かれている。

 

 堀北と櫛田の神社の密会では、中禅寺は結局出てこなかった。本殿での探し物とやらも気になるが、聞いたところで素直に教えてもらえるとも限らない。櫛田も含めて、暫くは様子を見ることにしておこう。最も今頃、櫛田は龍園に接触してあれやこれやと要求している頃だろうな。

 

 『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』とはニーチェの言葉だが、邪なモノに近づく人間は、本質がどうであれ邪なモノに染まっていくのかもしれない。つまりこれが櫛田に掛けられた呪であり――

 

 

「うわぁ……今日も容赦無いわねえ、ナッツー。」

 

「無駄口叩いていないで、やるぞ、長谷部。折角部活が休みなのに何時間も勉強なんてしたくないからな。」

 

「みやっち、熱血系?――じゃあ私はその前におかわりでも貰ってこようかしら。」

 

 長谷部が立ち上がろうとしたとき、テーブルの脚に躓いて紙コップを落としてしまう。コロコロと転がるカップは通路に居たある男子生徒の足元で止まった。

 

 長谷部が「ごめん」と声を掛けようとすると、ぐしゃりとその男子生徒はカップを踏み潰した。抗議の声を上げようと顔を上げた長谷部が押し黙る。いつの間にか和やかな喫茶店の喧騒も鳴りを潜め、全ての生徒()がこちらの様子を伺っている。この男が現れたのも、オレが邪なモノに思いを馳せてしまったがためなのだろうか。

 

「龍園……」

 

 誰のものか、その人物の名を呟く声が聞こえる。

 

「随分と楽しそうじゃないか。こんなところで仲良くお勉強か、綾小路、中禅寺。贈り物は届いたか?」

 

 あのメールのことか。体育祭の後、保険として送っておいた真鍋らが軽井沢を虐めているシーンの動画付きメール。

 オレは極めて普段通りの無表情で、中禅寺は目を瞑って眉を顰めている。

 

「ふん――どうだ、ひより。なにか気づいたことはあるか?」

 

 龍園の目的はオレと中禅寺の反応を探ることか。大方、体育祭のアレコレが真鍋経由でバレたんだろうな。そして容疑者は船で軽井沢との件を見られたオレたち、と。

 

「中禅寺君は、お久しぶり、でしょうか。中々図書室で会えないから寂しかったんですよ?綾小路君は――初めまして、でしょうか。あまり印象に残らない顔なので……あ、いえ、元々人の顔を覚えるのは得意じゃないので。」

 

 中禅寺の方を見ると、絶望的な仏頂面で「ひより」と呼ばれた知り合いらしき女生徒を睨みつけている。

 オレの方は見覚えがないが、おそらくCクラスにおける龍園の懐刀的なポジションの生徒なのだろう。

 

「なんだ、ひより。中禅寺とは顔見知りだったのか。――今日のところは“挨拶”だけだ。長い付き合いになるかもしれないからな。じゃあな、また会おう。」

 

 お前達もこのカップのように踏み潰してやる、と言わんばかりにそう吐き捨て、取り巻きを連れて去って行く。

 

「シュガースティックが二本、クリームが一つ――。ごめんなさい、カップは弁償しますので。」

 

「相変わらず目聡いな、椎名さん。探偵事務所に就職したいなら、口を利いてやってもいいがね。あと、友達は選んだほうがいいと思うよ。」

 

「あら、それは素敵な提案ですね、中禅寺君。私も争い事は好きでは無いのですが――それではご機嫌よう。またお話ししましょう。」

 

 そう言うと、不思議な雰囲気を漂わせた女生徒――椎名は龍園達の後を追っていった。

 中禅寺は「パンッ」と柏手を一つ打ち、オレたち三人に発破をかける。

 

「――さて邪魔も去ったことだし、続きに取り掛かろう。一時間で終えるぞ。」

 

「――おう!」

 

「おー!」

 

 そろそろオレも動くべきときが来たのかもしれない。龍園はオレにとって――邪魔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残暑の面影がわずかに残る夕陽も、あと数十分でその姿を隠そうとしている。オレたち四人はパレットを出ると、帰る途中のコンビニでアイスを買い食いすることにした。

 

「うーん!妨害にも負けず頑張った後のアイスは美味しいねえ。」

 

「何というか、中禅寺もアイスを食べるんだな。意外だ。」

 

「キミ達はボクをなんだと思ってるんだね。」

 

「世捨て人を気取った偏屈。」

 

「――綾小路くん、後で覚えておけ。」

 

「でもわかる気がするー!ナッツーはアイスっていうより、わらび餅?」

 

「コンビニは高いからねえ。余程のことが無ければスーパーかドラッグストアで買うし。」

 

「主婦か。」

 

 三宅の中禅寺へのツッコミに長谷部が思わず吹き出す。

 

「――ふふ♪悪くないよね、こういう関係も。」

 

「どうした長谷部?」

 

「何て言うか、この四人でいると落ち着くのよねえ。――私、あまりグループで行動するのって好きじゃなかったの。特に男子がいる環境だと。でもみやっちも、きよぽんも、ナッツーも、肩肘張らずに話すことができるっていうか、思いの外、居心地良いっていうか。」

 

「そうだな。俺も部活以外で誰かと一緒に居ることは少なかったが、勉強会だけじゃなくってこのグループで遊びに行くっていうのも悪くない。中禅寺はどうだ?」

 

 三宅が問いかけると、頭をポリポリと掻きながら中禅寺が答える。

 

「まあ、そうだな。だが遊びに行くと言ってもボクはとんとそうしたことに疎いから――。」

 

「じゃあ、今度テストが終わったら映画でも観に行きましょ♪」

 

「お、それはいいな。」

 

「ふむ、まあ、それくらいなら。」

 

「きよぽんは?」

 

「誰がきよぽんだ。でも、確かにこの面子は一緒に居て楽だな。」

 

 堀北みたいにグサグサと言葉の棘の刺さる奴もいないし。

 

「でしょでしょ?じゃあお互いを下の名前で呼びあおっか!さあ、ナッツー!今こそ他人行儀を卒業するときじゃ!」

 

「何なんだ、キミのそのテンションは。――はぁ。波瑠加、明人、清隆。これで良いか?」

 

「おう、よろしくな、夏目。」

 

「それじゃあこの四人で新しいグループを作るってことに「あのー!」」

 

 良い感じでまとまりかけたところ、ピンクのおさげが息を切らせながら飛び出してくる。言わずもがな、佐倉である。先程からこちらの様子を伺っているのは見えていた。

 

「あのー!私も、綾小路君達のグループに入れて下さい!」

 

 佐倉が()()達のグループに――ああ、やはりストーカー事件の時に懐かれたか。無人島でも夏休みも一緒に行動することがあったし、仕方がない。

 そんなことを考えていると、明人と波瑠加が佐倉に真意を質す。

 

「佐倉さんが?勉強会なら、堀北のグループに居たほうが――」

 

「そうじゃなくて、純粋に綾小路君達のグループに入れて欲しいの。――私なんかダメ、かな。」

 

 その言葉を聞いた波瑠加と夏目がお互いに目を合わせるとニヤリと笑い、ちらりとオレを見遣りながら波瑠加はため息を吐きつつ答える。

 

「悪いけど、佐倉さん。私、このままだと納得出来ないわ。」

 

「ひぅ……」

 

「――このグループに入りたいなら、皆を下の名前かあだ名で呼び合うこと。」

 

「えぇっ!?じゃ、じゃあ――波瑠加ちゃん、明人くん、夏目くん、それに……き、きよ、ぴよ、清、隆、くん。」

 

 佐倉は怖ず怖ずと、オレたちの名前を呼んでいく。それを聞いた波瑠加はにんまりと笑っている。明人と夏目は何かこそこそと話している。

 

「うん、合格♪――ほら、きよぽんも呼んでみ?」

 

「誰がきよぽんだ。よろしくな、愛里。」

 

 

 

 

 

「……なあ、夏目。俺たちは何を見せられているんだ?」

 

「波瑠加もいい性格をしているが、あや……清隆はその内背中を刺されると思う。ボクは助けないがね。」

 

 

 

 

 

 ――おい、聞こえているぞ。

 

 

 

 まあいいか。これはこれとして、堀北に保険をかけておくとしよう。勝てなくちゃ、意味が無いからな。

 

 

 

 

 

 

 ――ん、軽井沢からメール?

 

 今日の夜に晴明稲荷神社(あそこ)で会いたい、か。

 

 何の用件だろうか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――あたしはバカだから、彼が何を考えているのかわからない。でも、だからと言って理解することを放棄したわけじゃない。

 

 あの時、あたしを『守る』と力強く宣言してくれた彼。

 

 船上試験の時に救けられて以来、彼にはそこそこコキ使われてきた。プールの時の盗撮未遂、体育祭のオーダー決めでの一悶着、どちらもあまり状況を理解出来ないまま巻き込まれた感はある。

 

 その結果はどうか?――クラスは体育祭を無事に切り抜け、次の特別試験に向けて団結した様子を見せている。あたしの立場も少しずつではあるけど、平田君の腰巾着というだけじゃなくて堀北さん、クラスのリーダーにも意見できる人間という立ち位置に変わり始めている。Cクラスから因縁を付けられることも無くなった。

 つまり、彼の言う事を聞くことにより、あたしにとってはメリットしか生まれていない。

 

 相変わらず無表情だし、世間ずれ*1しているところもある。でも逆にそれがあたしにとって新鮮というか――その、ね?

 そう言えば招き猫の時に成り行きでけやきモールを一緒に回った際、キラキラとした目で100均の店内を見る彼に少しときめいてしまったのは内緒だ。

 

 だけど、彼のことで知っていることは未だ少ない。

 

 容姿は整っていて、暴力にも強く、船上試験の時に見せたように頭の回転も早く、勉強も出来る?らしい。何故か試験ではぱっとしない点数ばかりだけど。

 

 確かに入学から夏休みを経て、彼から受ける印象は無機質なものから徐々に変わっていった。

 

 中禅寺君は彼についてこう言っていた。曰く『感情というものが理解出来ない欠陥品』だと。時折電話で話したり、あの神社で勉強を教わったり、今後の動き方を打ち合わせしたり――そんな中で、彼はあたしや中禅寺君からアレコレ言われながら「へえ」とか「ほう」とか相槌を打ちつつ、興味深げに話を聞いている。

 あたしは、あたし達は、彼から欠け陥ちた部分を埋めることが出来ているのだろうか。

 

 そんな彼は意外と言えば意外なことに、結構モテる。体育祭の後に佐藤さんが彼と付き合うと言い出したことには心底驚いた。止めたい気持ちもあったが、表面上平田君との交際を続けているあたしが引き止めるのも変な話だから黙って応援している風を装っている。

 

 堀北さんとも入学当初からつるんでいる姿を見るし、佐倉さんは視線で彼を追う回数が尋常じゃなく多い。招き猫の一件以来、長谷部さんとも仲が良いようだ。他にも一之瀬さんや櫛田さんなど、彼を特別視しているような感じを受ける女子もいる。

 

 

 

 

 

 ――果たして、あたしがパートナーになって良いのだろうか。

 

 いま名前が思い浮かんだ女子達は、容姿、学力、いずれにしても実力者だと言わざるを得ない。あたしが綾小路君の隣に立ったところで、彼女らと比べられると見劣りするに決まっている。

 

 

 

 

 

 ――怖い。

 

 

 

 彼から役立たずとして見棄てられるのが怖い。

 

 彼があたしに何の感情も抱かなくなることが怖い。

 

 自分がまた虐めのターゲットになることくらい、彼に忘れ去られることが怖い。

 

 

 

 そんなことをつらつら考えていたら、居ても立っても居られなくなって、つい会いたいとメールを送ってしまった。

 

 先日、あたしは彼のために誕生日プレゼントを買ってきた。そして今日は彼の誕生日のはずだ。

 忘れ去られないための卑屈な策略と思われるかもしれない。でもこの大きな不安と感謝が同居した気持ちをぶつけたいという欲求が優った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、待たせたか?」

 

「ううん、あたしも今、来たところ。ごめんね、呼び出しちゃったりして。」

 

「大丈夫だ。勉強会が終われば基本的にはヒマだからな。外だと冷えるし、中に入ろう。()()に社務所の鍵を借りている。」

 

「そう――なら遠慮なく。」

 

 いつの間にか中禅寺くんのこと、名前呼びになっている。いつかあたしも――等と考えながら、場所を移す。

 彼がいつもの湯呑にお茶を淹れるのを座って眺める。

 

「それで、今日はどうしたんだ?急ぎの用なら電話でも良かったんだぞ。」

 

 彼はちゃぶ台に湯呑を二つ置き、あたしの隣に座りながら、壁に背を預け、立て膝の姿勢を取る。

 

「ううん、これを渡したくて。」

 

「これは――」

 

 バッグからプレゼントを取り出し、彼に渡す。中身は文房具店で購入した少し良いボールペンだ。

 

「お誕生日、おめでとう。あまり高いものじゃないけど、使ってくれると、嬉しい、な――?」

 

 彼は壁から背を離し不思議そうにプレゼントを受け取ると、中を開けてしげしげとボールペンを見る。

 

「――すまん、人からこういったものを貰うことが初めてだから、どういった反応をすればいいのか。」

 

「そこは『すまん』じゃなくて、『ありがとう』よ。――いい?あんたのために、誰かが何かをしてくれた、何かをくれたときは、『ありがとう』って言っておけば大抵何とかなるのよ。」

 

「そうか。――ありがとう、()。」

 

「たぅわ!!」

 

 不意打ちすぎるでしょ!誰よ、いきなり名前呼びさせるなんて仕込んだの!どうせ中禅寺くんか長谷部さんの仕業でしょっ!

 

「ど、どう、どういたしまして、き、()()。これはアレよ、干支試験で守ってくれたお礼も込みなんだから……。」

 

「――そうか。ところで、恵の誕生日はいつなんだ?」

 

「あたしは三月。お返し、期待してるから。」

 

「ああ。良いプレゼントを贈るためには、クラスポイントを少しでも増やさなきゃな。」

 

「そうね。今度の試験、勝てそ?何かあたしがやることはある?」

 

「いや、恐らく問題無いだろう。やって欲しいこと――まあ、無いことは無いが、まずは勉強会を頑張ってくれ。」

 

「うへえ……。」

 

「ところで、恵。最近は真鍋たちに絡まれたりはしていないか?」

 

「心配してくれているの?今のところ、そういったことは無いわ。」

 

「お前を守るのも契約のうちだからな。」

 

「へぇ……。そうやって佐藤さんにも粉掛けてるんでしょ。」

 

 少しジト目で彼を睨んでみる。

 

「そんなことはない。彼女からは『友達から始めてくれ』と言われたが、そこから先に進む予定は無い。」

 

「怪しいわね。どうせえっちなことでも企んでるんじゃないの?」

 

「どうしてそうなるんだ。恵こそ、平田とはいつまで恋人ごっこを続けるつもりなんだ?」

 

「少なくとも、クラスの中での安全が担保されるまでよ。――なに?嫉妬してくれちゃったりして?」

 

「嫉妬――がどういう感情かわからないが、恵がオレの見えないところで何をしているかは気になるな。」

 

「そう――ありがと。そっち詰めていい?」

 

 人一人分空けていたスペースを無視して彼の横に座る。体温が直接感じられる距離だ。

 

「清隆、温かいね。」

 

「恵は少し冷たいな。」

 

「――ねえ、ほっぺた触っていい?」

 

「オレの頬を触っても景品は出ないぞ。」

 

「ふふ♪清隆自身が景品なのよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰にもこの景品(清隆)は渡さないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼に相応しい実力者に、私もなる。

 

 

 

*1
誤用






すみません。公私共にバタバタしていて遅くなりました。
宴の準備はあと2、3話で終わると思います。


補足)
軽井沢→綾小路:気になる男子。でも原作とは違って綾小路脱マシーン化計画が進んでいるので、お互いの関係もほんのり甘めに。ちなみに今回の綾小路による「保険」も、軽井沢が櫛田にジュースを引っ掛けることなく綾小路が自分で対応した、というかする予定。

俺たちのきよぽんはあんな卑しいメスにやらん!(戒め)

番外編、誰に取り憑かれて欲しいですか?

  • 堀北鈴音
  • 櫛田桔梗
  • 軽井沢恵
  • 長谷部波瑠加
  • 佐倉愛里
  • 坂柳有栖
  • 神室真澄
  • 一之瀬帆波
  • 伊吹澪
  • 椎名ひより
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