ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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文車妖妃の宴 二

 

 

 

 誰も来ないはずの応接室のドアがノックされ、不審な顔をした坂柳理事長により扉が開かれると、そこには坂柳有栖と、この世の全ての不幸をまとめて三回ほど経験したかのような仏頂面をした中禅寺夏目が普段着――黒の着流し姿――で立っていた。

 

 落ちゆく夕日に照らされた応接室。間もなく太陽が完全に顔を隠そうとしている。逢魔が時と呼ばれる時間だ。

 誘われるかのように魑魅の類が集まってきている。誘ったのは時間か、場所か―――それとも人の形をしたナニカか。

 

「有栖―――どうしてここに? それから君は……。」

 

 銀色の髪を揺らしながら、年齢に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべる坂柳娘。外見は幼気な美少女だが……。

 オレはくわしいんだ。この学校に碌な美少女などいないと知っているんだ。

 

「お父様、何やらお客人がいらしていた様子。残念ながら間に合いませんでしたが、島の外から来た父子が会うことが出来て、島の中にいる父娘が会えない道理は無いでしょう?」

 

 それは、まぁ、そうだが、あの男と会いたがるなんて父娘揃って何を考えているのか。

 

「―――あぁ、ご紹介が遅くなりました。こちらは『お友達』の中禅寺夏目君です。」

 

「生憎とキミと友達になったつもりは無いのだがね。」

 

「あら、私とあの御方は幼い頃からの旧知の仲。つまり貴方とも私はお友達ということですわ。」

 

「それは他人と言うんだ。」

 

 夏目は心底不満げにしているが、意外と相性の良さそうな二人だ。だが、この二人と会話する前に確認しなければならない。

 

「坂柳はどこまで知っているんだ?」

 

「―――それは僕から答えよう、清隆君。有栖がまだ小学生だった頃、出資者の紹介で彼女を連れてホワイトルームを見学したことがある。ガラス越しではあったが、その時に君を見ているんだ。つまり、君が生まれ育った環境について僕たちはそれなりに知っているんだよ。」

 

「そういうことです。序でに先取りして答えておきますと、私は体育祭で貴方を見つけ、歓喜に震えました。そして、今日は貴方とお話(宣戦布告)したかったからここへ来ました。まあ、多少ドラマティックな出会いを演出したかったきらいはありますが。」

 

 やはり碌な女ではなかった。理事長も心なしか草臥れた顔をしている。娘の手綱くらい握っておけ。製造者責任だ。

 

「あの時、ホワイトルームで貴方を見かけたとき、綾小路君はチェスに興じておられましたが、まるでロボットのように、AIのように、無表情で最善手を打ち続けていた姿が印象的でした。そしてその実力に少しばかり嫉妬したものです。」

 

「ちなみにドラマティックな出会いに、何で夏目を連れてきたんだ?」

 

 この場で一番の異物は何かと言えば、僅差で夏目の方がオレより上回るだろう。図書室にいた形跡は無かったし、多分今日も神社(あそこ)で五徳*1か長谷部波瑠加*2か一之瀬帆波*3を脇に侍らせ丁重に無視しつつ、茶を啜りながら、ぺらりぺらりと本を捲って書痴の書痴たるところを発揮していたのであろう。

 それでも此処に居るということは、坂柳が口八丁手八丁で連れ出したか、何らか意図があって坂柳に着いてきたということだ。

 

 そんなことを考えていると、坂柳理事長が口を開いた。

 

「――中禅寺君だったね。私も榎木津氏には、まあ、何というか、世話になっている。学生生活は楽しめているかい?」

 

「まあ、そこそこといったところです。ところで理事長、ボクもお聞きしたいことがあるのですが。」

 

「何だい?」

 

「堂島静軒という名に聞き覚えは?」

 

「知っているよ。ただ、知っているだけで実際にお会いしたことはないけどね。多分、綾小路先生もその筈だよ。直江先生は―――わからないね。」

 

「そうですか……。父や榎木津氏からは何か聞いていますか?」

 

「非常に抽象的な質問だが、そうだね、キミに関して言えば『自由にして欲しい』と聞いているよ。そのためにあの神社の管理を任せたわけだしね。堂島静軒氏のことであれば、恐らく君が知っている以上の事情は知らない。既に亡くなってかなり経つそうだしね。」

 

「―――わかりました。ボクからは以上です。」

 

 おい、もう終わりかよ。帰ろうとする雰囲気を出しているが、これじゃあ結局何のために来たのかわからないじゃないか。

 それに堂島静軒? 直江先生? 直江ってあの国会議員のか……?

 

「ふふっ。中禅寺君は、お友達が退学するんじゃないかと心配して此方にいらしたんですよ? 貴方と貴方のお父様のことをお話したら一撃でした。」

 

「一撃。」

 

 一撃ってなんだよ。坂柳は蠱惑的な笑みを浮かべ、やや挑発的な視線を夏目に送るが、オレからの投げかけも含めて夏目は完全にスルーするつもりのようだ。

 

「そろそろ時間だ。この辺で僕は失礼するよ。中禅寺君、ああ、清隆君も。僕はこの学校の責任者として、ルールを遵守して、あくまでルールの中で生徒を守る。いいね? 有栖も、あまり無茶するんじゃないよ。」

 

 なるほど。今回は助けてあげたが、あくまで決められたルールに従ってというわけか。この先、あの手この手で狙われることも多くなるんだろうな。

 

「わかりました。本日はありがとうございました。」

 

 とりあえず、色々と思惑はあるんだろうが、今日のところは礼を言っておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂柳理事長は応接室から出て行った。本来ならオレたちも辞するべきなのだろうが―――さて、どこから話したものか。

 

「坂柳は何かオレに聞きたいこと、話したいことがあるのか?」

 

「改まって問い掛けられると照れますね。」

 

 いったいコイツは何を言っているんだ。

 

「―――作られた天才、紛い物の天才、そんな貴方を打ち倒すために私はこの学校へ来たと言っても過言ではありません。私は、私であるために、貴方の存在を否定しなければならないのです。」

 

「楽しみにしてもらっているところ悪いが、オレはこの学校で目立つつもりは無い。一之瀬や龍園、うちのクラスなら堀北や平田を相手にしてくれ。高円寺でもいいぞ。オレは、兎にも角にも、平平凡凡な高校生活を送りたいだけなんだ。」

 

「いいえ。貴方はこの先、目立たなければならない状況に追い込まれます。それは私がどうこうという話ではなく、それが必然だからです。そして、彼ら彼女らでは役者不足というもの。」

 

 大した自信だが話を聞けと言いたい。オレはただ高校生らしい青春を送りたいんだ。

 ……そうだ、恋人の一人でも出来ればこんな訳の分からない連中に絡まれなくてもいいのでは……?

 などと考えながら、強引にでも話を元に戻す、というか進める。

 

「坂柳が何と言おうと、オレは凡人で在りたいんだ。―――で、先程は話が流れてしまったが、夏目の目的は達成されたのか?」

 

「そこそこといったところだ。だが、やはりホワイトルームとこの学校、同じようで違う。違うようで同じ。まさに表裏といった印象だな。」

 

「それがわかると何か良いことがあるのか?」

 

「あのねえ、綾小路くん。自分がどんな学校に入学してしまったのかを正確に知ることは、この学校において何よりも大事だよ。」

 

 そうかもしれないが、何となく今までの夏目の行動原理から外れている気がしてならない。いや、オレの身が心配で駆けつけてくれたというのなら、それに越したことはないのだが。

 

「まあ、キミが理事長に守られてこの学校に残っているということを鑑みれば、キミの父親と理事長は、少なくとも方法としては考え方が異なる、というところは理解できるだろう?」

 

「そうだな。」

 

「こないだ、船上試験の折に話した通り、この学校もホワイトルームも大本は同じ実験施設だ。だが、ホワイトルームは少数精鋭にしか出来なかったところ、この学校は多くの実験素材を所有している玉石混淆スタイル、つまりこの学校のほうが選択肢の幅が広いんだ。綾小路くんの父親は強制での教育を重視し、坂柳理事長は生徒自身の自発的な行動を重視している。研究母数の多寡が、運営方針の違いを生んでいるのだろうね。」

 

「だが、目指すところは同じ『勝者』なのだろう? その方針の違いが何かオレたちに影響するのか?」

 

「『勝者』の定義が違う。ホワイトルームでは()()()()()()()()()、高度育成高校では残った者が即ち()()()()()()()という違いがあるんだ。だからボクたちは『自ら助くる者を助く』、つまり最大限の自助努力が求められていて、学校側はこの点に関して教育という言葉の定義を一般世間とは変えているようだ。」

 

 なるほど。夏目は横目に有栖を見ながらオレの疑問に続けて答えた。

 

「この学校は、矯正施設なんだ。そう思わないか、坂柳さん?」

 

「――えぇ、ある意味では仰るとおりかと。今のところ私達に課された特別試験、それらは基礎学力だけではなくチームワークや運動能力、裏工作含めた盤外戦術が試されています。逆に言えば、それらが外の世界で生きていくために足りていないと判断されている、ということ。」

 

「そうだ。優等生、例えばAクラスの人達は今まで先生やコーチの言うことをきちんと聞いて、順風満帆に生きてきた人が多いだろう。だが、世の中はそんなに甘くない。清濁併せ呑んで、かつ結果を示さなければならない。Bクラス、漫然と生きていれば、多くがそれなりの人生を歩んだだろう。」

 

 言われてみればそうかもしれない。何となく夏目の言いたいことがわかった。

 

「Cクラス、Dクラスは言わずもがな、敗者復活枠だ。光るものがあってもそのままでは社会の役に立たない。まあ、そういう意味ではAクラスに配属されようとDクラスに配属されようと、『社会の役に立たないと判断されて矯正施設送り』という観点でみれば、等しく価値が無い議論だろうよ。」

 

 オレと坂柳は夏目の話を黙って聞く。饒舌な彼というのは、珍しくもあり、他者の介在を許さない雰囲気さえある。坂柳はほぼ初対面の筈だが、夏目のことをどうみているのだろうか。

 

「ボクはね、この学校が本気で『世界で勝てる』人間を作る気があるのか非常に疑わしいと思ってるよ。語学一つでもそうだ。何故英語でSpeakingの授業が無い? 中国語は? スペイン語は? 文理選択は何故無い? そもそも、大学受験をさせるつもりはあるのか? ―――だからボクはこれらに対する有効な回答が無い限り、この学校が優秀な進学校ではなく矯正施設だと言うんだ。そして恐らく、この矯正施設は此処だけではなく、日本全国に作られる予定だった筈だ。だから『東京都』高度育成高校なんだと考える。そんなに政府肝いりの学校を日本全国に作るか?」

 

 だが陽は没し、魔物達の時間も終りを迎える。

 

「―――まあ、ボクが幾ら考えたとしても、真実は人の数だけあるものだし、キミたちに吐き出したところで詮無きことか。ボクは帰るよ。」

 

 夏目はそこまで一気に話すと、途端に押し黙り、徐ろに応接室を辞していった。「おい」と声をかけたものの一顧だにせず、勝手に来て勝手に出て行く。まるで猫のような奴だ。

 

「―――私も友人を外に待たしていますので、先に失礼しますわ。いずれ、また。」

 

 坂柳も、その特徴的な松葉杖が軋む音を鳴らしながら去っていった。

 

 夏目と坂柳有栖が出るのを見送り、オレもまた応接室を辞す。

 出たところで茶柱佐枝が待ち構えていたが、丁重に無視する。

 すまん、本来なら色々と言いたいことはあるのだが、もうお腹いっぱいなんだ。だいたいアチラの言いたいこともわかるし、どうせ言い訳や今後のオレの動き方を確認したいということだろう。既に茶柱先生があの男と会話したという嘘はバレているし、オレを守る事もできない。

 何にこだわっているのかは知らんが、正直クラスの運営なら平田と櫛田が居れば十分になったし、戦略面なら堀北も、あと1つ2つ特別試験を乗り越えられたならオレ抜きでも戦えるようになるだろう。高円寺という飛び道具もある。

 

 オレは遅まきながらも、これから夏目や長谷部達と普通の青春を目指すし、クラス間闘争は知らぬところでやっていてくれ。

 

 だが、夏目のあの態度は気になる。焦っているような、怒っているような、諦めているような。今しばらく、観察するとしよう。

 

 

*1

*2
猫みたいな女

*3
泥棒猫(予定)






閲覧ありがとうございます。

ホワイトルームと高度育成高校って、フラスコ計画と健康的フラスコ計画にめちゃくちゃオーバーラップするんですよね。

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