ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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明けましておめでとうございました。


蜃気楼の理 承

 

 

 無人島三日目。よく言われているのが三のつく月日は気をつけるべきだということだ。つまり三年目、三ヶ月目、そして三日目だ。

 細かいトラブルはありながらも平田や櫛田が奔走して収め、他の探索班が果樹園のようなものや野菜畑を見つけることができたので、食糧供給にも目処が立ちつつある。

 保護したCクラスの伊吹も最低限ではあるものの協力する姿勢を見せているが、信頼を勝ち取るには至らないのであろう、事在るごとに須藤などが胡乱げな視線を投げ掛けている。だが、そもそもアイツらは根本的に間違っている。スパイ――オレは確信しているが――は一度懐に潜り込まれたら、変に排除したり疑うのではなく、寝返らせるか偽の情報を渡すのが一番だ。とりあえず、伊吹を懐柔しつつ、あそこに何を隠しているかを確認するのが先決だろう。

 

 それから昨日から気になっていた長谷部や王美雨、佐倉と中禅寺の関係だが、昨日俺が堀北と偵察に行っている間、佐倉が男子とシャワールームの使い方で少し揉めたらしい。内容としては何方が先に使うかといった些細なものだが、それを解決したのが中禅寺で、それを見ていた長谷部と王美雨がお礼を言いに行っていたということだと佐倉から聞いた。

 ちなみに長谷部は中禅寺を名前が『夏目』だからか『ナッツ』と呼んでいる。なお“nuts”は『タマ』とか『気狂い』とかの隠語だと教えてやると、長谷部はどう反応するのだろうか。本人はそういう意味を知ってか知らずかとても嫌がっているから、先日の狐扱いの感謝を込めて後で笑ってやろう。

 

 

 

 

 ――ん? 何か違和感がある。

 

 

 

 

 女子の中では中禅寺式ビニールクッション――正確にはBクラスも作っていたが――が流行っているようで、野宿がメインの男子もチラホラと持っている奴もいる。

 また、中禅寺に関して驚いたのは家事も卒なくこなすことだ。本人曰く「掃除洗濯料理も出来ない奴がこの全寮制高校で生きていけるのかね」とのことだが、一般的な高校生は川魚を捌いてムニエルにしたり、採ってきた果実を使ってソースを作ったり出来ないと思うぞ。

 そんな中禅寺は昨日から男女問わずモテモテで、非常に鬱陶しそうな顔をしている。堀北なんかは「良い気味だわ」と言っているが、全く同感である。目立ちたく無ければ言われたことだけをやっていれば良いのだ。

 逆に須藤や山内なんかは中禅寺に反感を高めているが、日頃からモラルの低い人間とそうでない人間の差であると気付けない限り、『モテる側の人間』には成れないだろう。

 

 そしてその夜、皆が寝静まった頃を見計らい、オレは伊吹の手荷物を物色した。やはり見立ては間違っていなかったようだ。だが警戒していた『三日目』も無事に過ぎ、伊吹の思惑もある程度掴めたので、万事順調だろう。

 

 

 

 

 4日目の朝。顔を洗おうと川へ来てみると、驚いたことに顔を青くし、目元に大きな隈を付けた平田がいた。

 

「平田、どうしたんだ?読書を邪魔された中禅寺より酷い顔をしているぞ」

「あ、ああ、綾小路くんか。昨日は何故か寝付けなくてね」

「あまり無理をしないほうがいい。こんな環境下だし、クラスメイトの仲裁だけでもストレスがかかる。話くらいなら聞くが?」

「ありがとう、大丈夫だよ。……もし駄目そうなら相談するよ」

 

 オレは何となく嫌な予感がした。昨日の夜までは万事順調のハズだった。三日目まではある意味想定内の展開だが、平田の体調不良は完全に想定外だ。Dクラスの男女が形だけでも組織として成り立っているのは平田と櫛田のおかげだ。そんな彼がリタイアすることになると、オレの計画にも支障が出る。見たところ、風邪やケガ等では無さそうだが、一体何があったのだろうか。

 当惑していると、同じく起きてきたのだろう、池と須藤が騒ぎながら顔を洗っている。

 

「俺、本当に見たんだって!」

「そんなわけあるか、池。どうせ寝ぼけていただけだ」

「本当なんだって! 信じてくれよ! 森の中を走る“火の玉”を見たんだって!」

 

 平田の躯がびくりと震える。

 

「じゃ、じゃあ今日も一日頑張ろう、綾小路くん」

 

 そそくさとその場を離れる平田。“火の玉”という単語に反応したようだったが、何だったのだろう。

 何かの書物に書いてあったが、“火の玉”とは動物などの死骸から発生するリンが空気中にガス光となって現れたり、蛍などの昆虫の見間違いという説が一般的らしい。このような半人工島で大型の生物の死骸は考えづらいし、プラズマが発生したりすることは無いだろうから、大方、川にいた蛍が飛んでいるのを池は見間違えたのだろう。だとすれば平田もか?果たして二人同時にそのような見間違いをするのだろうか?

 

 簡単な朝食を摂った後、何もないときは焚き火の前が定位置となっている中禅寺に見解を聞くことにした。

 

「池が“火の玉”を見たと言っているが、なにか知っているか?」

「知らぬ」

 

 聞き方が良くなかったようだ。

 

「“火の玉”という妖怪はいるのか?」

 

「居ないことはないが、殆どが別のなまえで呼ばれているな。古来、墓場などで目撃されてきたものは“鬼火”“狐火”“人魂”などと呼ばれることがあり、多くはリン光や蛍などの見間違いだろう。一方、海上で見られるものを“不知火”とも呼ばれることもあるが、これは漁火の蜃気楼という説が濃厚だ。つまり池が見たと騒いでいるのは人工的な篝火か、懐中電灯の光なのだろうよ」

 

 聞き方を変えるだけで何百倍も話すようになった。

 

「なるほど。中禅寺と見解が一致したことで安心した」

「そんなことよりキミ、もう少し働き給え。男子でまともに働いているのは池とボクくらいじゃあないか」

「平田だって働いているだろう」

「彼が働いている? 冗談も休み休みにし給え。アレは動かされていると言うんだ。それに彼を合わせたとしても男子20人のうち15%にしかならないじゃあないか」

「前向きに善処する」

 

 中禅寺はガックリと肩を落とした。

 結局、その日の活動も三日目と同じく食糧探索班と拠点班に別れることになったが、オレは佐倉と探索に行った。何だかんだ、孤高を気取っている鼻っ柱の高い分からず屋よりも佐倉といる時間のほうが長い気がする。

 

 夜、焚き火の前でCクラスが離脱したことについて皆が話している。中禅寺はオレ達とは別の焚き火の前で何やら伊吹と話しているようだ。傍らには佐倉と長谷部がいる。ハーレムとはやるじゃないか。

 

「アンタも私のことスパイだと思ってるんでしょう。いつも睨んでくるし」

「目付きは生来のものだ、私の両親に謝り給え。ボク個人は特に君に対して何か思う処はない。自由にし給え」

「え? あー、その、ごめんなさい?」

 

 伊吹の形ばかりの謝罪に中禅寺は極め付きの仏頂面を更に深めている。長谷部は腹を抱えて笑いを堪えている。いや、堪えられていない。佐倉は苦笑いを浮かべている。かく言うオレも思わず笑いそうになる。

 

 

 

 

 ―――笑う? このオレが?

 

 

 

 

 昨日の違和感の正体が漸くわかった。あの部屋で徹底した教育、巷で言う虐待を受けて以降、あるいはあの部屋を脱出した一件以降、オレは笑ったことなど一度もない。それがあの訳の分からぬ神主モドキの一挙手一投足に興味を抱き、(あまつさ)え感情を揺さぶられようというのか。確かに思い返してみればアイツとの交流が増えて以降、何故か論理的ではない思考や行動が散見される。

 

 

 ―――他人など道具にしか過ぎない。

 

 ―――感情など無駄にしかならない。

 

 ――最後にオレが勝ってさえいれば、それでいい。

 

 

 オレもそのうち祓ってもらうか。1億は積めないが。

 

 

 

「お前、なにか知ってるんだろ! どうせスパイのくせに!」

 

「うるさい! 助けて欲しいなんて私は一言も言ってない!」

 

 そんなことを考えていると、須藤が伊吹に掴みかかろうとしている。平田は何かに『()()()()()()()()()()()』ボンヤリしている。このままでは危ない。

 

 

 ―――と思ったら須藤がコケた。

 

 

 傍には中禅寺が何食わぬ顔をして座っている。アイツめ、さては足を引っ掛けたな?

 

「てめぇッ! 中禅寺! 何しやがる!」

「キミが愚かにも女子に殴りかかろうとして転けただけではないか。自分の無能を他人で晴らすのはそこまでにしておき給え」

 

 堀北と同じようなことを言う奴だ。だがアイツの場合、場の多数派が同じことを思っているから、共感性が高いのだ。堀北も毒舌はいいからこの辺を見習って欲しい。

 

「何だと!?」

 

 須藤が中禅寺に掴みかかろうとするが、中禅寺は座ったまま須藤の手首を掴むと、ひょいとひっくり返して鎮圧してみせた。

 堀北も驚いた顔をしている。

 

「合気ね」

「ああ、かなり慣れているな」

「『文庫本より重いものは持たない』と宣言していた彼らしいと言えば彼らしい武道だけど、余り似つかわしく無いわね」

 

 その後も須藤は抵抗しようとするが、割って入った山内、池、そしてようやく再起動を果たした平田によってテントの方へ連れ出されていく。

 危ないところであった。他クラスへの暴行は失格ものだ。もしかすると中禅寺もその辺を考慮して悪者を演じたのかもしれない。

 ―――いや、悪者にはなっていないな。周囲の女子の中には須藤に軽蔑したような視線を送り、中にはヒーローを見るようにアイツにキラキラとした視線を送っている者もいる。惚れた側、惚れられた側どちらにも不幸なことになるから止めておけと言いたい。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 翌日、試験5日目。女子に叩き起こされた。どうやら軽井沢の下着が盗まれたらしい。どうせ伊吹の仕業だろうが、男子全員が手荷物検査をされることになった。オレなら池か山内の鞄に忍ばせるが――2人とも「関係無い」といった顔をしているな。須藤を見ても怠そうな表情で順番待ちをしている。誰か別のところなのか?

 しかしそれより心配なことは、平田が昨日よりも顔を青くして皆の手荷物を検分していることだ。何とかしなければ今日明日にも倒れそうだ。

 

 そして平田は次の中禅寺のカバンを覗き込み――ああ、そこにあったのか。中禅寺が平田の耳元で一言囁くと、一瞬顔を顰めたが、何事もなかったかのように次の生徒の手荷物検査をしていく。

 全員の検分が終わったところで、平田から女子に犯人らしき人は居なかったと報告するが、納得いかないのか男女の生活スペースを離すように要求された。作業にあたって女子からの要望は平田か中禅寺なら信頼しても良いということだったが、堀北によって「人畜無害そう」なオレも巻き込まれた。解せぬ。

 

「ちょっといいかしら?」

 

「どうした、堀北? 今更罪悪感でも湧いたか?」

 

「金輪際、そんなもの湧かないわ。……池君が“火の玉”を見たって騒いでいたのを覚えている?」

「ああ。でも勘違いだろうと中禅寺も言っていた」

「普段なら余りにバカバカしい話だと思うわ。―――でも、見たの」

 

 まさか、お前までそんなことを言うのか。

 

 

 

 

「私も、火の玉を見たの」

 

 

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