ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ   作:桜霧島

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蜃気楼の理 結

 

 

「――さて、説明してもらうぞ。」

 

「そうね、仲間内で隠し事なんてさせないから。」

 

「一体何時からボクは仲間に入れられたのかね。謹んで辞退するよ。」

 

 あれから無事に堀北をリタイアさせ、無人島試験の結果、225CPを手に入れたオレたちは例の豪華客船に戻って来た。過程はともかく、結果としてはオレの想定通りだ。

 堀北は自室へ引籠うとする中禅寺の首根っこを抑え、まるで躾の悪い猫を連れ出すかのように人気の無いデッキに運んできた。死神が飼う地獄の猫でももう少し可愛げがあるだろう。

 

 6日目の夜、コイツが意味深に言っていたのは『蜃気楼』だったか。これの説明をしてもらわなければ座りが悪くて仕方が無い。

 蜃気楼というのは、簡単に言ってしまえば大気と海水面の気温差により光が屈折することで、海上に船や都市が浮かんで見えたりすることだ。ちなみに春先のシーズンが蜃気楼の季節だ。

 海に囲まれた孤島だからさもあらんという気もするが、まさかこんな真夏の南の島で蜃気楼が出現することはないから、何かを隠喩しているに違いない。

 

「今回の試験で腑に落ちないことが多いとキミたちは言っているが、あくまでそれはキミたちから見た視点であって、ボクや第三者、或いは先生方からしてみればそれほど難しい話は全くと言っていいほど無い。綾小路君、ボクは言ったね。先ず疑問に思うべき所は何か、と。わかったかね?」

 

「池が見たという火の玉、平田の体調不良、伊吹が仕掛けた下着泥棒騒動、オレがメインで知りたいのはこの辺りなのだが、そういうことでは無いのだろう?堀北は何かわかるか?」

 

「そうね・・・。私はむしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というところが気になるわ。」

 

 どういうことだ?

 

「ふむ、この点ではやはり堀北さんの方が理解しやすいようだね。いいかい、綾小路君。“普通の”男子高校生であれば先ず疑問に思うのは『なぜ池と軽井沢がトイレ云々で喧嘩したか』ということだ。」

 

「単に節約するかしないか、男女共用を許せるかということじゃないのか?」

 

「全く違うね。いいかい、女子には男子とは全く違った苦悩があるのだ。お手洗いは単に大便や小便を垂れ流すところではない、と言えば鈍いキミにもわかるだろう?」

 

「――ああ、生理か。」

 

「――キミ、悪いことは言わないから、もう少しデリカシーというものを学んだほうが良いよ。少なくとも女子の居る前ではね。そう思わないか、堀北さん。」

 

「話の発端は中禅寺君だけど、その点は同意ね。」

 

「しかし、その事がなんの関係がある?」

 

「あのねえ、余り大きな声で言うことじゃないが、女子の()()は大体一週間くらい続く。つまり月の四分の一、今回の試験では単純計算で五名前後の女子がリタイアするリスクを常に我々は負っていたのだよ。生理用品は無料で支給する?ハッキリ言って何の足しにもならないね。一般社会においても女子というのは自分の肌や()()に合う形質の品を探すことに苦労しているのだ。」

 

「中禅寺君がそういう配慮を出来るのが少し意外だわ。」

 

「姉がいるからな。――で、そういう意味でこの試験は女子に対して非常に配慮が薄いということは間違いない。しかも我々の学年には女性教員が二人も居るにもかかわらず、だ。堀北さんの言う通り、学校側に真面目に試験させる気があるのか非常に疑わしいものだ。」

 

「実際、辛そうな子は居たわ。」

 

「だからボクの関心は『如何に女子の脱落者を出さないか』というところだった。声の大きいグループには篠原さんに、余り大きくないグループには長谷部さんにお願いして、辛そうな子が居たら遠慮なくリタイアさせてあげてほしい、出来ればそうならないように目を配ってあげてほしい、とね。一匹狼という名のボッチである堀北さんはボクが目を配っていた。」

 

「二人共しばくわよ。」

 

 堀北は驚いたような、嬉しいような、恥ずかしいような、怒っているような表情をしている。何だその顔は、オレとつるんでいた4か月で見たことがないぞ。

 

「――なるほど。それで長谷部や佐倉と打ち解けていたのか。下着泥棒騒動のときも不思議だった。『平田か中禅寺なら信用できる』というのは須藤の件があったにしても余りにもアンバランスだと。そういう絡繰があったのだな。」

 

「そういうことだ。実際、Cクラスは上手くやったと思うし、女子を脱落させないためにCクラスから物資の融通を受けたAクラス、女子が名実共にリーダーのBクラスでは余り問題にはならないことだがね。」

 

「――そうか、だから下着泥棒騒動の時に伊吹犯人説が女子から出なかったのか。」

 

「その通りだ。キミも気付いた通り『同じ苦労をともにする女子である伊吹が下着を盗む筈がない』と女子は考えたのだ。一枚無くなるだけで、死活問題になるからな。」

 

「中禅寺君に解説されるのは納得行かないけど、概ねその通りよ。あの時、男子は女子に叩き起こされたけど、私達は軽井沢さんのグループに起こされた。つまり彼女は『誰よりも最初に起きて下着を確認する必要があった』ということね。これ以上は無粋だから話さないけど、彼女は単に下着を盗まれたという生理的嫌悪感以上のものを抱えていたはずよ。」

 

「なるほど。それで篠原が強硬に男子に詰め寄ったという訳か。中禅寺に“お願い”されていたこともあってな。」

 

「で、ここからはボク――そして平田君だけが知る事情がある。さて綾小路君、キミはスパイとしてDクラスに潜入したとしよう。一番効率良く組織を崩壊させようとすれば、誰を狙う?」

 

「平田だろう。」

 

「そうだ、そして彼は狙われた。何故か女性の下着がカバンの中に入っていたのだからね。」

 

「そんな――!」

 

「一寸待て、中禅寺。それは何時のことだ?五日目の騒動のときは、お前のカバンに入っていただろう?」

 

「平田君のは三日目のことだ。青い顔をして『どうしよう』と彼が相談してきたよ。だからボクはそれを返すことにした。女子のキャンプの近くに捨て置けば風で飛んだか洗濯物を回収するときに落としたと思われるだろうし、夜中にこそこそとな。誰かに見られているとは思わなかったが、池ならまあ、大丈夫だろう。」

 

 オレが何も無いと安心しきっていた『三日目』にそんなことが起きていたのか。平田の体調不良は“火の玉を見た”ということでは無く“中禅寺が処理した場面を池に見られたかもしれない”という恐怖感によるものだったか。

 

「まさか2回目も同じ手段を採るとは考えなかったから、被害に遭った女子には申し訳ないと思うが・・・今のところ誰も被害にあったと主張する素振りが見られない。まあ、問題無いだろう。」

 

「そう言えば軽井沢のパンツはどうしたんだ?」

 

「キミがどういう返答を期待しているのか知らんが、昨日の夜、長谷部さんに頼んでこっそり戻しておいたよ。」

 

「――変態。」

 

 堀北と中禅寺がオレをジト目で見る。止めろ、そんな趣味は無い。話を進めよう。

 

「手荷物検査のとき、平田に何か言っていたようだったが?」

 

「ああ、『また処理しておく』と言ったのだよ。あまりいい顔はされなかったがね。ちなみにアレは本来、池のカバンに入れられていたものだよ。ボクのカバンに入れられていたことにしたほうが何かと良さそうだったからな。」

 

 そうだったのか。中禅寺を犯人にするのは無理があると思ったが、伊吹にとっても想定外のものだったんだな。

 

「――そういうことで我々Dクラスは『男女間の温度差による誤解』を常に抱えながら、『伊吹さんによって齎された幻』を道標に進んでいたのだよ。まあ、伊吹さん自身も幻惑されていたから、放火魔こと綾小路君の悪巧みと堀北さんの名演技でスパッと祓ってやったがね。これで綾小路君の疑問も全て解決出来たろう?」

 

 なるほど、そういう意味での蜃気楼か。それと、オレを放火魔扱いするんじゃない。ただの小火だ。

 

「――もしかして山内くんのアレは?」

 

「大方そこのサイコパスがけしかけたんだろう?伊吹さんが盗み出しやすい状況を作るために。」

 

 ガンッ!

 

「たうわっ!」

 

 コイツ、全力で脛を蹴りやがった!いくらホワイトルームでもそこは鍛えられないんだぞ!

 

「次に同じようなことをすれば実力行使に出るわ。」

 

「既に出た後に言うことじゃないだろ!」

 

 オレは抗議するが堀北は何処吹く風だ。中禅寺には口で『しばく』などと言うのにオレとの扱いに差がある。解せぬ。

 

「それで、AクラスとCクラスのリーダーはどうしてわかったの?」

 

「Aクラスはオレと佐倉が偵察に出た時、葛城と共に居た戸塚弥彦という生徒が、Cクラスは龍園が残っていることを確信した時点で龍園だと判断したまでだ。」

 

「――そう。結局、私は今回の試験で何も成果を残せ無か・・・「鈴音ぇ。こんな所で密談か?」」

 

 龍園と伊吹、山田アルベルトか。

 

「よくも嵌めてくれたなぁ、鈴音ぇ。まさかリーダーを交代する策に気付くとはな。だがお前はお利口ちゃんだから一人の力でそんなことに気付けないだろう?――本当は誰が仕組んだんだ、言ってみろよ。真逆この神主モドキとボンクラがお前の参謀と言うわけか?」

 

「私にそんな参謀は居ないし、必要無いわ。あと、馴れ馴れしく名前を呼ばないで頂戴。」

 

「まあ、そうだろうな。お前にはそいつらみたいに死んだ目をした男達を手下にするのが関の山だ。」

 

 中禅寺を見ると葬式を百軒ばかり梯子したような極めつけの仏頂面をしている。わかるぞ。

 

「用件がないならそこの負け犬を連れて帰ってくれるかしら。不愉快なの。」

 

「負け犬ってアタシのこと!?いいじゃない、決着つけてやるわよ!」

 

「ふん、挑発に乗るな伊吹。じゃあな、鈴音。潰して無様な泣き面を晒させてやるよ。」

 

 

 

 

 龍園達は去っていった。負け惜しみとも宣戦布告とも言える内容だが、あれだけ骨折り損のくたびれ儲けをしたのに強気な発言ができる精神性は見事だろう。

 

「そう言えば『蜃気楼』についての話をしていなかったな。」

 

 重苦しくなった雰囲気の中、思い出したかのように中禅寺が呟く。

 

「――江戸時代に画かれた鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』で蜃気楼は『海底に潜む“()()”が気を吐いて作り出す海上楼閣』という説明をしている。竜宮城伝説や蓬莱山伝説の基になった現象だな。」

 

 オレと堀北は黙って中禅寺の話を聞く。

 

「差し詰め、龍園某は貝のように森の中に潜み、策略を巡らせてAクラスやDクラスに幻想を見せ、混乱させた。実際、ボクや綾小路君が動かなければCクラスの一人勝ちになっただろう。一方で“蜃”は“ミズチ”とも読む。――ミズチとは“龍”だ。『本草綱目』やそれを元にして画かれた『和漢三才図会』では蛟竜が気を吐き楼閣を成すとされている。まさに“龍”が策謀して引っ掻き回した今回の試験にぴったりだとは思わないかね?」

 

「――なるほど、そういうことね。蜃気楼のように浮き上がったモノだけでなく、起こっている現象を一つ一つ紐解いていけば、結局はハマグリなり龍なり、原因に突き当たる、というわけね。」

 

「そういうことだ。不思議なことなど何一つ無い。だが堀北さん、気を付け給え。」

 

「何かしら?」

 

「今回、ほとんど蜃からの影響を受けずに試験を終えたクラスがある。」

 

「――Bクラスね。でも彼女達はCクラスにリーダーを当てられ、実質負けのようなものじゃないの?」

 

「だからこそ、だ。そんな中、一人勝ちしたDクラスに対して思うところは出てくるだろう。今後も同じように同盟を組めるかは不透明な状況になった。且つ、折り込み済みのダメージはそこまで痛くないものだ。個人の平均的な能力はDクラスの上位互換、ある意味ではAクラスよりも困難な相手になるだろう。」

 

 中禅寺は冷静に指摘するが、その通りだ。一之瀬を中心に団結出来るクラスであり、純粋に勝利を目指して実力勝負に持ち込まれると厄介な相手だ。搦手に弱いということは、搦手が無ければ勝つことは難しいということだ。蜃気楼なり自分の土俵に誘い込むなり――。

 

「――ん、そう言えば中禅寺。昨日の夜、堀北には狐の住まう森から云々と言っていたが、何か意味はあるのか?」

 

「“狐の森”は“蜃気楼”を指す言葉なのだよ。今回の狐対ミズチの勝負は狐の勝ち、というところだな。」

 

 

 

 オレは中禅寺から勝利判定を得て漸く安心できた。この男の言葉一つで精神を左右されるほど、オレは弱くないつもりなんだけどな――。

 

 

 

 

 






ということで無人島編も御仕舞です。

女子への配慮云々の件はずっと思ってたことでしたが、健全な男子中高生がメイン読者の原作やアニメでは、トイレや下着泥棒の時に軽井沢や篠原、佐藤がなぜあれだけ嫌悪感を剥き出しで男子を詰ったのか説明が足りないように感じたので、付け加えてみました。女性のそういうのに触れるのはタブーになっているので、もしかしたら原作やアニメでは大部分が意図的に外されたのかもしれません。
社会的に死にたくなかったら、間違っても5月1日に池が茶柱先生を茶化したようにネタにしちゃいけないゾ☆

あと初期小路君のノリが割と好きなので、「“憑き物落とし”と出会った結果、幾分機械化の進行が遅くなっている」と捉えていただければ幸いです。

それでは船上試験編でお会いしましょう。

次の妖怪は何にしようかなぁ。
思いつかなかったらいっそダイスロールに…

感想等お待ちしております。
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