きざはし、と読んでください。
面霊気の階 序
▼面霊気
鳥山石燕『百器徒然袋』
聖徳太子の時、秦の川勝あまたの仮面を製せしよし。
かく生けるがごとくなるは、川勝のたくめる仮面にやあらんと、夢心におもひぬ。
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嗚呼、また私を嘲笑う声が聴こえる。探るような視線、光を映さない瞳、猫を撫でるような声、薄気味悪い夜に浮かぶ三日月のような口――。
誰もが仮面を被って生きている。
女は女であるだけで罪深い。何故なら優秀な雄を囲うために他の雌を蹴落とさなければならないからだ。女にとって女が敵であることなど15年も生きていれば必然的に学ぶ。
男は男であるだけで罪深い。何故なら優秀ではない雌をも囲い、自らの装飾物とするからだ。男は女の味方をするようなことを言うが、実際は自身に害が及ぼうとすれば簡単に切り捨てる。装飾物の替えはきくから。
優秀――優秀とは何?テストの点数が良いこと?運動神経が良いこと?外見が良いこと?お金を持ってること?悪知恵が働くこと?
それとも罪を自覚すること?
ならテストの点数は悪く、運動も出来ない、容姿も然程良くなく、金も持っていない、小賢しくもない私はクズじゃなかったら何?
罪を自覚した上で罪を重ねる私は愚か者じゃなかったら何?
――答えは疾うに出ている。寄生虫だ。学校という狭い
害虫はいずれ駆除される運命にある。だけど今の私はその時を少しでも少しでも先延ばしにすることしか出来ない。先延ばしにした時間で何をすることも出来ないのに。
どうして私はこんなにも愚かなのか。
どうしてこの世には救いが無いのか。
どうして私が虐められなければならないのか。
どうして―――――
どうして――――
どうして―――
「この世には不思議なことなど一つも無いんだよ――――。」
また
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蜃気楼に包まれた無人島試験を終えたオレ達は、束の間のバカンスを再開している。プールで遊ぶ者、デッキでデートするカップル、無人島の疲れからか惰眠を貪る者、図書室で学校には無い本を見つけ珍しくウキウキと自室に引き籠もる書痴、遊ぶ相手が居らず彷徨うオレ。最後の二つは何方がマシかと言えば、100人中99人は前者だというのだろうな。残りの1人たるオレは胸を張って後者だと言おう。
オレは何より普通が欲しかった。自由が欲しかった。だが普通と言うには余りにもこの学校は特殊すぎた。自由と言うには余りにもこの学校は放任すぎた。クラス対抗?Sシステム?憑き物落とし?本来なら関わり合いたくないモノでしかない。
特に何だ、憑き物落としって。『一生分の教育を終えた』と嘯くホワイトルームでは終ぞ学ばなかったぞ。
それ程までに忌避するのにも拘らず、あの男の言葉が耳に残る。
――清隆、よく覚えておけ。力を持っていながらそれを使わないのは、愚か者のすることだ。
――全ての自分以外の人間は道具でしか無い。過程は関係無い。どんな犠牲を払おうと構わない。この世は勝つことが全てだ。最後に自分が勝ってさえいれば、それで良い。
今のところそれが間違いだとオレは否定できない。寧ろ肯定感さえ抱いている。
だがこれも中禅寺の言う“
例えば中禅寺に勝つためには何が必要か。武力では無い。知力でも無い。そういった俗なものに左右される人物ではない。アイツ自身のフィールドで負けを認めさせること。果たしてオレに出来るだろうか。
そもそも勝つとは何だろうか。誰よりも優秀な頭脳を持ち、誰よりも優秀な身体能力を持ち、誰よりも見目が良く、誰よりも金を持ち、誰よりも知恵を持つ。それが人生において勝つことなのか。それは絶対的に他者を必要とする価値基準であり、孤独を目指すその思想とは相容れないのでは無いか。
唯、普通でありたい。しかし一般人の仮面を被り、一般人を模倣しようとしている時点で、既にそれは普通足り得るのだろうか。
――いかんな、思考がスパイラルしてきている。
そんな時、奇妙なチャイムと共に船内放送が流れる。
「全校生徒の皆さんにお知らせします――。」
メールを送るから必ず見ろ、か。一般的に、特に伝達したい情報かつ実行してもらいたいことは、3つの方法で伝達・依頼すべきだと言われている。即ち電話、メール、対面。この学校が如何に特別試験に重きを置いているかが分かる放送である。この姿勢を是非普段から茶柱にも見習って欲しい。
緊急を知らせる着信音を伴ってメールが届く。18時00分迄に504号室に来い、か。――集合時間まで友達の居ないオレはどうやって過ごせばいいのだろうな。
多少の不安とともに時間を潰すことにした。
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不安だ。不安でしかない。
周囲に居た表面上の友人達は全て異なる集合時間であった。主たる寄生先である表面上の恋人も異なる集合時間であった。表面上の友人、表面上の恋人、偽りの仮面を被った私にはとても良く似合っている。
――序に言えば家族でさえ表面上のものでしかなかった。いや、表面上さえ取繕えていなかった。私が傷ついたとき、側にいるのは私自身しか居なかった。娘が傷だらけで、ランドセルさえ傷だらけで帰ってきているのに、何故見て見ぬ振りが出来るのか。
答えは簡単。興味がなかったから、愛されていなかったから。それを裏付けるかのように、自分で見つけてきたこの頭の可笑しい学校へ入るとき、誰も何も言わなかった。3年間
でも、それで良い。それが良い。体を売ることはこの傷がある限り難しいだろうが、それでも卒業さえ出来れば何とかなる。
――何とかなるはずだ。
――何とかなって欲しい。
――何とかなるだろうか。
そのようなことを考えていたら、集合時間を少しばかり過ぎてしまった。十分以上では無いからペナルティの対象にはならないだろう。例えなったとしてもカーストトップの彼氏が何とかする。そういう契約だ。
「げ、最悪。何で綾小路君たちがいるわけ?」
思わず口に出てしまった。いや、この場合、口に出すことで幾分かの不安を薄めたいという欲求があったかもしれない。真逆このメンバーで特別試験に挑むというのか。
女子の胸囲ランキングの首謀者の一人で、ござるござると煩い変態キモオタク。気に食わない堀北と行動を共にする表情筋が死んだ男。余り関わることは無いが無人島ではそれなりに役に立っていた、前世と今世は葬儀屋に間違いない陰気を極めたような男。
――何ともならないかもしれない。
不安だ。不安でしかない。
「遅刻だぞ、早く席に座りなさい。」
「はーい。」
何だったか、この教師は。担当科目すら覚えていないが、確かAクラスの担任だった筈だ。お利口さんクラスに相応しい堅物だと思う。
隣席に腰掛ける
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【基本ルール】
・この試験では『十二支』を擬えた12グループで行い、夫々のグループには各クラス3〜4人ずつを配置する。
・このグループは『卯』グループである。
・各グループに優待者を一人ずつ設定している。
・優待者を当てるために1日1時間のミーティングを2回設ける。
・試験期間は4日間。3日目は完全自由日とする。
・ミーティング中は部屋を出ることは出来ないが、何をするかは参加者の自由。
・優待者に解答権は無い。
・優待者の指名については最終的に次の4つの結果に分かれる。
【結果1】
試験期間終了後、グループ内で優待者のクラス以外が全て正解していた場合、全員が50万PPを取得。
優待者とその同じクラスの生徒は倍の100万PPを取得。
【結果2】
1を目指した場合においてグループ内で優待者のクラス以外の誰かが一人でも不正解であった場合は優待者のみ50万PPを取得。
【結果3】
優待者以外の者が試験期間中に解答をメールで送信し、正解だった場合、正解した生徒は50万PPを取得、その所属クラスは50CPを取得。
当てられた優待者は所属クラスの50CPを引く。
なお、正答した時点でそのグループは試験終了。
【結果4】
優待者以外の者が試験期間中に解答をメールで送信し、不正解だった場合、不正解だった生徒の所属クラスから50CPを引く。
優待者は50万PPを得るとともに所属するクラスは50CPを取得。
なお、誤答した時点でそのグループは試験終了。
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このメンバーでクラス混合の特別試験?内容以前の問題だ。ましてや私は狙われている立場だ。無人島五日目の下着泥棒は伊吹の仕業だと暫定的に解決され、いつの間にか私の手元に“モノ”は戻ってきている。今更「あった」なんて言い出せないから黙っているけど。でもこのDクラスの男子或いは女子が犯行に及んだ可能性は否定されていない。しかも犯人がいると思しきCクラスとも合同となるとは。Cクラスはあの面倒であった須藤の暴力事件でもDクラスに絡んできた奴らだ。この試験でもタダで終われるとは到底思えない。
仮にその場合、自分は未だ危険に晒されている事になるが、コイツらが私を守るなんてことは無いだろうし、守る能力なんて少しも期待出来ない。
「全然ルールとか理解できないんですけどー?」
「小生もわからんでござるよ…。」
「…………。」
「…………。」
とりあえず声を上げてみたが、やはりコイツらは使えないということがハッキリした。キモオタクは情けない声を上げているし、無表情と葬儀屋は心の中で般若心経でも唱えているのだろう、盆暗共め。
「説明は終わり?じゃあ私は帰るわ。」
まずやらなければならないことは明らかだ。契約の相手方に対し「私を守るべし」という義務を履行させなくては。
はて、彼は未だ試験の説明を受けていないけど接触しても大丈夫なのかしら――?
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「――それで、貴方のグループは大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、不安しか湧かない組み合わせだ。正直、山内や池の方がコントロール出来る分、良かった。軽井沢は
昨日の説明の後、一応の打開策は考えた。この試験ではシンキング能力、つまり「誰が」「どの結果を」望んでいるかを正確に理解し、「自身が」望む結果に導かなければならない。
オレの望みとは何だろうか。とりあえずはDクラスをAクラスに上げるための実力、そして環境作りだ。堀北があの兄のように成りたいとするのであれば、クラス内をまとめ、時には堀北と対峙できるカウンターパートナー、これが必要になる。平田は調整役でしかなく、堀北に反対するということは難しいだろう。高円寺・中禅寺の“寺コンビ”も問題外、櫛田は堀北への反感からその内スパイとして行動し出すだろう。
そういう意味では消去法になるが、堀北と同性の軽井沢、もしくは拗らせていない方の一匹狼である長谷部などが適任だろう。実力を隠していると思しき人間もチラホラ居るが、この四ヶ月の流れから不自然ではない候補者と言えばこの二人だ。
八時になった。学校からのメールが送られてくる。そして、拗らせている方の一匹狼が話しかけてくる。
「貴方は優待者に選ばれたの?」
「いや。」
オレは画面を見せながら返事をする。
「同じ文章ね。」
「お互い、選べる手段が減るな。」
「貴方は今回の特別試験、どう見る?」
「優待者をどう扱うかにもよるな。一応、勝ちにつながる手段は考えているが……。手伝いは要るか?」
「さすがね。でも手伝いは要らないわ。参考までに聞くけど、貴方が今回の試験で最も警戒して「いい天気だな、鈴音。」」
Cクラスの龍園達だ。無人島から帰ってきた日以来の接触だが、またしてもこの男は特別試験で煙に巻いていくのだろうか。
「どうだ、優待者には選ばれたか?――葛城も、一之瀬も、その実力の底は知れた。俺の敵じゃない。後はお前達Dクラスだ。どんなお友達が助けてくれるんだろうなあ、鈴音。」
堀北に対し挑発を入れ、同時に探りを入れ、牽制すら入れる。この男、盤外戦術をやらせれば学年でもトップを争うだろうな。
「生憎と私には友達は居ないわ。強いて言うなら、そこの死んだ目をした綾小路君くらいね。」
「ふん、コイツは金魚の糞が精一杯だろう?じゃあな、鈴音。」
堀北は闘志を燃やし、戦う姿勢が出来ている。これならオレの計画には支障出ないだろう。上手くいってもよし、いかなくてもよし、堀北には何れにしても良い経験になるだろう。
堀北には言わないが、俺が警戒していること。
それはオレの仮面が外れそうな予感がして不安しか湧かないことなのだ。
タイトルに面霊気を使いたかったので、百器徒然袋 〜雨〜での高円寺君のくだりを「しょうけら」に修正しています。