私が芳村…店長とともにここを経営し始めて数年。
なんだかんだ客も仕事も仲間も増え、それなりに広いコミュニティが出来上がっていた。
一般の客も何人か来ており、それなりに繁盛しているだろう。
私の趣味は、そんな客たちの観察をすることになっていた。
「ふむ。気弱そうだが真面目。好きな人がいる。趣味は小説を読むこと。好きな食べ物は…ハンバーグ、と言ったところか。実に普通の人らしい。」
「ドクター…何やってるんですか。」
「なに、コーヒーを挽きながら、初来店からそう時間は経っていないのにすでに常連となりかけているそこの学生2名を観察しているだけだ。ほら、彼らがいつも頼んでいるコーヒー。持っていってやりたまえよ。」
「…注文渡してないのになんでわかるんですか。」
「観察だよ、トーカ君。観察眼というものは大事だ、鍛えておきたまえ。」
「…そうしておきます。」
そう言って今日のウェイトレス担当のトーカ君は、コーヒーを持っていった。
彼女もずいぶん馴染んだものだ、入ってきたばかりの頃はかなり私を警戒していたというのに。
…おや、あの学生君、私の完璧な注文に驚いているな。
…ん? トーカ君が何か囁いたな。彼もこちらを見ている。
気弱そうな彼に手を軽く振ってやると、彼は顔を赤くしながら目を背ける。
…ふむ、私のような女に恋心を抱くとは。全く、若いとはいいものだな。
彼のウブな反応に笑いつつ、いつも通り豆を挽く作業に戻ると、またもう一人客が来店する。
「…おや、リゼくん。昨日はだいぶ暴れたらしいじゃないか。」
「こんにちは、ドクター。いつものお願いしても?」
「わかった。…警告しておくが、あまり面倒ごとを起こさないでくれよ? ことによっては私が君を殺さなければならない。」
「あら、怖いですね。気をつけておきます。」
私の警告に、リゼは笑いながら返す。
全く、面倒な女め。後始末する羽目になるこちらのみにもなって欲しいものだ。
少し不満を覚えつつ、カウンター席に座る彼女の持ち物に目を落とす。
..ふむ?
「高槻作品か。珍しいものを読むね。」
「そうですか? 私、それなりに本は読みますよ?」
「私の君に対する印象は狙いの男によって好きなものを変える女狐だ。違うかい?」
「…ふふ、そうかもしれませんね。」
この女、やはりすでに狙いをつけているな。
ざっと辺りを見回す…と。
先ほどの学生の彼が、リゼと同じ本を読みつつも、彼女のことを横目で見ていた。
「なるほど、彼が狙いか。」
「…」
「図星か。…構わんが、店の近くでことを大きくするなよ。芋のようにまとめて掘り起こされたら叶わんのでな。」
「…わかっていますよ。」
彼女は飲み終わったカップをテーブルに置くと、代金を置き、本をしまって店を出ていった。
「ごちそうさまでした。」
「…ああ。」
それに釣られるように、学生の彼も立ち上がり、荷物を持って出ていった。
…おや、代金を忘れているね。
「そこの学生君。相方の彼の代金も。」
「あっ!? あー…くっそ…金木め…」
金髪の彼を呼び止め、黒髪の子の分も払っていってもらう。
懐が痛むように財布を抱えている彼を見て、思わず笑ってしまう。
「ど、どしたんすか…?」
「いや、なに。甘酸っぱい青春に飲まれてしまった君が面白くてねぇ。」
「あー…何も楽しくねえっすよ…」
「あっはっは! 君にとってはそうだろうねぇ! …ま、君にもいい出会いがあるように祈っておこう。」
そう言ってやると、金髪の彼は覚悟を決めたようにして、私に顔を近づけながら行った。
「…店員さんが、俺の出会いでも…いいっすよ?」
「…ぷっ」
思わずその場で爆笑してしまった。
周りの視線が痛い。特にトーカ君の。
「ちょっ…俺は本気ですからね!?」
「いや…失礼…、何しろ私はもう26とかそこらだからねえ…まさか学生に告白されるとは…」
「…えっ、嘘でしょ?」
「本当だとも。ほら、お友達に置いていかれる前に帰りなさい。お釣り。」
「あっ…あざす。」
お釣りをもらった金髪少年は、そのまま帰っていった。
入れ替わるようにトーカ君がやってくる。
「…何笑ってんすか。」
「いや、若いっていいなと思ってねぇ。」
「はぁ?」
「しかし高槻作品か。久しぶりに読んでみるとするか。」
「…?」
全くもって何を言っているのかわからないという顔をしているトーカ君を置いて、私はバックヤードの入っていく。
確かロッカーに何か入っていたな。
♢
数日後の夜。私はトーカ君と、喰場の確認をしていた。
ここ20区は数日前の事件のせいで鳩が多くなってきていた。なので見回りの頻度を上げていたのだ。問題を起こされないようにね。
しかしここ何日かは特に問題は起きていない。
「…ふむ。ここも問題なさそうだ。次に向かうとしようか。」
「了解。」
トーカ君を連れ、ビルからビルを飛び移りながら移動する。すると。
「…」
「何かあった?」
「次の狩場だ。殴り合いの音。喰種同士か。」
「チッ、面倒な。」
「止めに行くとしよう。あそこは鳩の巡回ルートに近い。」
私たちは急いで狩場に向かうことにした。
♢
上から路地裏を見下ろすと、どうやらニシキくんが弱い喰種に絡んでいるらしかった。
彼、結構怒りっぽいところがあるからね。仲裁に入ったほうが良さそうだ。
「…だから殺す。俺の喰場を荒らした罰だ。」
「いつからここは君の食い場になったんだい。ニシキ君。」
「…チッ」
錦君に声をかけながら、路地裏に着地する。
ふむ、やはりなかなか身長があるな。体術だけで止めるのは面倒くさそうだ。
「なんでよりにもよっててめえが来るんだよ…面倒くせえな。」
「見回りでね。鳩を呼び寄せる餌になっては困るよ? ニシキくん。」
「あいっ変わらずビビリだなぁ婆さん? 歳食ってビビってんのか? 鳩がそんくらいでよってくるわけねえだろ。バカじゃねえの?」
「鳥というものは基本的に目がいいものだ。案外すぐによってくるものだよ。」
はぁ…と、ニシキ君はため息を吐き、被害者の彼を投げ捨てて言葉を続ける。
「鳩鳩鳩っていっつもビビりやがって…んなもん殺して黙らせりゃあいいだけだろうがよ…」
「それができるなら苦労はしないね。やれるならぜひやってみたまえ。君程度でできるならばね。」
「いっつもいっつも邪魔しやがって…いい加減どっか行ってくれよ…なぁ!」
そう言いながら、彼は赫子を出す。
…ふむ、やり合うきか。
「おや。それは困ると言ったのだがね。警告しよう。君の右足を吹き飛ばされたくなかったらその赫子をしまってくれたまえ。」
「ビビってんじゃねえぞクソババア!」
叫びながら、ニシキ君は無策に突撃してくる。
全く、単調だ。
「警告はした。では君の右足とはさよならしてもらおう。まあ我々は喰種だ。お別れは2、3日で済むだろうさ。」
私は一瞬で尾赫を出し、最速で彼の右足を吹き飛ばす。
「がっ!?」
「予告通りだ。次はその頭を吹き飛ばす。喰種でも頭を吹き飛ばされてはどうしようもないだろう?」
「…チッ!」
ニシキはそのまま、路地裏の闇へと消えていってしまった。
「…さて。大丈夫かね、黒髪君。」
「あ…う…うぐう…っ!」
「ふむ、片目だけか。リゼと一緒にいて生きているあたり…リゼの体でも移植されてしまったパターンかね? 不幸だったね。」
黒髪の少年はしゃがんでいた私の足首を掴みながら言う
「助けて…ください…っ!僕は…人間なんだ…! なのにそれを…食べたくて、仕方がなくて…っ!」
「…無理だね。」
「なっ…」
「喰種を人に戻す手段はない。なってしまった以上諦めたまえよ。郷に入っては郷に従え、と言う言葉もあるだろう?」
「でも…っ!」
こう言う抵抗は人から喰種に変わってしまった人にはよくあるものだ。
だが、現実は受け入れるしかない。変えようがないのだからね。
しかしどうしたものか。無理やり食べさせようにも筋力じゃ勝てないだろうし、赫子では怪我をさせてしまう。どうしたものか。
そう考えていると、ずっと後ろで黙っていたトーカ君が言った。
「…バッカじゃないの」
「…えっ」
「さっさと諦めたらいいのに。」
「…おや。」
「食べる勇気がないならさぁ…」
そう言いながらトーカは死体の一部を剥ぎ取り、そして。
「私が…手伝ってやるよ…っ!」
少年の口に突っ込んだ。
うーむ、少しやりすぎなような気がするのだがね。
それを飲み込んでしまった少年は、すぐに吐き出そうとする。
しかしそれが出てくるはずもなく。
吐き出そうとしながら、少年は言う。
「なんでこんなことすんだよ…僕は人間なんだ…お前ら化け物とは…違うんだ…っ!」
おや。それは彼女の地雷なのでは?
やはりその言葉に怒ったのか、彼女は少年を無理やり起こし、パンチを顔に浴びせ、また押し倒す。
押し倒された彼についた傷は、当然喰種としての能力で一瞬で治ってしまう。
…ふむ。半喰種でも再生能力は同じか。興味深い。
「私が化け物なら、お前はなんなんだよ。」
「お願いします…っ! 教えてください…! 僕はどうしたらいいんですか…! あの日から全部が最悪なんです! 」
「…最悪、か。私だって教えて欲しいよ。」
そう言うとトーカ君は少年を殴るのをやめ、死体の方に向かって行く。
「…ねえ、ケーキってどんな味なの。吐くほどまずいからわからないんだけどさ。あれ、人間は美味しそうに食べるじゃない。」
彼女は死体のそばにしゃがみ込みながら言葉を続ける。
…何をする気なのかなんとなくわかってしまったな。割と悪趣味だ。
「平和な生活はどうだった? CCGや喰種に怯える必要のない日々は。」
言いながら彼女は死体の首を引きちぎり、持ち上げる。
…うわぁ。言葉が出ないね。
「全部が最悪? …ふざけんなよ。だったら私は生まれた時から最悪ってわけ?...なああんた。教えろよ…っ!」
そう言って彼女は、生首を少年に向かって投げた。
もちろん人間だった少年がそれに耐えられるわけもなく。
彼は思いっきり叫びながらそれを退けてしまう。
「…僕は…僕は! 人間なんだ!」
「…っ!」
そう叫ぶ少年の頭をトーカ君は再び掴み、そして思いっきり投げ飛ばす。
吹き飛ばした少年を壁に押し付けつつ、再びトーカ君は話す。
「…確かにあんたは喰種じゃない。でも人間でもない。…半端者のあんたの居場所なんて…もうないんだよ!」
まるでヤクザだねぇ。全く、怖いったらありゃしない。
…しかし確かに、彼の匂いは人間でも喰種でもない。綺麗に混ざったような匂いだ。どうしてこうなったんだろうか、興味深いね。
「僕は…僕は…っ!」
「そんなに人間でいたいなら一度限界まで飢えてみたら?...言っとくけど、喰種の飢えはマジで地獄だから。」
まあ、確かにそうだ。あれは私も二度と経験したくないね。
…おや。この匂いは。
「店長かい?」
「…流石の嗅覚だね、ドクター。」
「はは、君とは長年一緒だからね。気づかないはずがないだろう?」
「それもそうだね。…トーカちゃん。そのぐらいにしてあげなさい。彼も苦しんでいるんだから。」
「…チッ」
流石のトーカ君も店長は怖いのか、すぐに足を離す。
「…苦しかっただろうね。ついてきなさい。」
そう言って店長は、少年を案内するように路地裏の外へと歩いていく。
「店長!? なんで…!」
「トーカちゃん。…喰種同士助け合うのが私たちの方針だよ。」
一瞬だが、彼によって殺気が走る。
やはり恐ろしいな、彼のは。昔と変わりない。
「ドクターも。一度店に戻ってきてくれ。報告は後で。」
「コーヒーかい? 任せてくれたまえ。」
「ありがとう。…では、行くとしよう。」
そう言って、私たちは店長を先頭に、少年を連れて帰路についた。
…後で彼を診せてもらえないか、店長に聞いてみるとしよう。
ちなみにドクターと呼ばれていますが、本名がわからないためCCGに追われていた時のあだ名を名前がわりに呼んでいます。当時のマスクがペスト医師のそれだったことが由来です。