「…はっ!?」
いけないいけない。まだ薬を全部作り終わっていないのに寝るわけにはいかない。
時計を見ると、いつの間にか真夜中になっていた。…随分集中していたようだ、こんな時間なら眠くもなる。
「仕方ない、コーヒーでも飲むか…」
部屋を出て、下の店に向かう。
やはりこの時間だから当然だが、店員も含めて誰もいないようだ。
「いたら困るし当然だがねぇ。…おや?」
大通りに面するように設置されている窓が開いている。
…どうやら泥棒ではなさそうだ。
少し開いた窓のところに置いてあったのは、一つの薔薇と、すでに封を切られた手紙だった。
「なになに…? 下記の場所でディナーを? …先に女性を…」
ふむ。月山君、どうやら金木君と親しいらしい女性を使って彼を誘い出したようだ。
なかなか頭が回るようだね、ただのグルメバカではないようだ。
封を切っているあたり金木君はもうこれを読んだらしい。
…少々まずいかもね。彼のことだから間違いなくこの地図の場所に向かうだろうが…
「月山君は案外強い。彼ではまだ無理だろうねぇ…」
…仕方がないか。
手紙を懐にしまい、店のドアを開ける。
「おや、血が。…匂い的にはニシキ君かな?」
彼も巻き込まれたようだね。かわいそうに。
まあどうでもいいか、とりあえず地図の場所に行くとしようか。
仮面を顔につけ、屋根上へと飛び移りつつ、急ぎ目で地図の場所…教会へと向かう。
♢
「…鍵がかかってるじゃないか。面倒臭い…ねっ!」
用意周到に鍵がかけられていたので、思いっきり蹴って破壊する。
その衝撃で大きめのこの教会の扉も吹き飛び、いくつかの長椅子を巻き込んで教会の端の方で止まる。
そして中央では、月山君とニシキ君が殴り合いをしていた。
「ふむ? …てっきり金木君と月山君が殴り合っているものだと思ったんだが…どういう状況だい?」
入口の方にいた金木君とトーカ君に質問する。…なんでトーカ君までいるのかな。
「ニシキさんの大事な人が、僕のせいで…」
「ああなるほど、だいたいわかった。つまり月山君の勘違いというわけか。」
彼はそういうところあるからね。やっぱり所詮はグルメバカか。
これ以上暴れ回られると鳩が来る。その前にさっさと沈めるとしようか。
「…君たちはちょっと待ってなさい。あのグルメバカにお灸を据えてくる。」
「は、はい…」
「…おや。よく見ると二人とも傷が深いね。…ほら、血液。とりあえず飲んどきなさい。」
「ありがとう…ございます。」
二人分の血液が入った小瓶を渡しておく。
…本当は殴り合いでお互い負傷しているであろう金木君と月山君に渡すために持ってきたんだけどね。
…それより今はあっちだな。
「…あー、二人とも? 一旦殴り合いはそこまでにしないかい?」
…一応声をかけてみるが、応答はなく、相変わらず殴り合っている。
面倒くさいなぁ。
「はぁ…じゃ、さっさと止めるとしようかねぇ。」
私の赫子を出し、跳躍して一気に二人に近づく。
「なっ!? ドクター!? なぜここにっ!?」
「金木君宛の手紙を読んで。彼がそのまま持って行ってなくて助かったよ。」
「がっ!?」
殴り合い…というか一方的にニシキ君を殴っていた月山君の甲赫の付け根に向かって赫子を刺す。
「…ふふふ、ドクター、忘れたのかい? 僕の赫子は甲赫だ、君の尾赫が通ると思ったのかい?」
「…何か勘違いをしているようだね。私は君の甲赫じゃない、その付け根を狙ったんだ。」
「…それはどういう…っ、赫子が!?」
そう。私の赫子は毒液を刺すことに特化した物。今彼の赫子の付け根に、麻痺毒を撃ち込んだ。
赫子というのは肉体の一部、つまり筋肉のような物でできていると考えられる。その付け根を麻痺させるとどうなるか。
「赫子が…動かない!?」
「そういうことだ。君はさっき赫子によって強さが決まると言っていたね。今の君は…どのくらいの強さかな?」
「ぬうううう、僕は、まだ諦めるわけにはいかない…そこの女を食べている金木君というトレビアンな味を食べるまで僕は….決してっ!」
月山君は諦めず、赫子が動かない状態の拳で立ち向かってくる。
赫子は動かないとはいえ変形した状態。それなりに危険だ。
しかし動かない赫子など、私にとって脅威ですらない。そのことは彼もわかっているはずだが…
…全く、その食への執着はどこからきているんだい。
「ま、無駄な足掻きというものさ。」
「が…は…」
私の赫子の先端を彼の胸に突き刺す。
私の麻痺毒は少々特殊だ。体の表面に突き刺すとそれなりに奥の方まで浸透していく。
私はそれを胸に打ち込んだ。それ即ち…
「心臓が麻痺する、というわけさ。…安心したまえ、麻痺自体は量を調整してすぐ取れるようにしてある、少なくとも死ぬことは…って、聞こえないか。」
毒を撃ち込まれた彼は、その場に倒れる。まあ流石にすぐに起きることはないだろうねぇ。
ぶっ倒れた月山君を足蹴にしつつ、余波で吹っ飛んでいた瀕死のニシキ君に近づく。
「…ふむ、こっちの方が重症だねぇ…血液分は使い切ってしまったし…仕方ない。」
赫子で私の手首を切り、血を溢れさせる。
そしてニシキ君の顎を掴んで口を無理やり開き、私の手首を彼の口に当てる。
「ほら、これしかないんだから大人しく飲みたまえ。」
喉を見ると、ちゃんと飲み込んでくれたようだ、喉が動いているのが確認できた。
…これだけ飲ませてやればいいか。
彼の口から手首を引き抜き、ハンカチで軽く拭く。
「はあ、今日は最悪だな…クソ眠い中コーヒーすら飲めず、戦闘させられ、挙げ句の果てに医療行為まで。私は医者じゃないぞ全く。面倒だからさっさと起きたまえニシキ君。」
血を飲ませたからか顔色が良くなったニシキ君の脇腹を爪先でつっつく。
「い、痛えよ…くそ、起きてるからやめろバカ医者…」
「医者じゃないと言っているだろう。全く…」
流石に痛いのかニシキ君はゆっくりと体を起こす。
そして周りを見渡す。
「…月山のやつは。」
「私の足元でぶっ倒れているとも。すぐには目覚めないだろうさ。…それよりそこの彼女をさっさと助けてあげたまえ。」
「…いいのか?」
ニシキ君が訪ねてくる。
…はぁ? ここまでお膳立てしてやってるのにまだ疑問が?
「いいも悪いもあるか、さっさと助けたまえ、面倒臭い…」
「いやだが…あいつは人間だ、あんたが喰種ってことバレても…」
「どうでもいいだろそんなもの。君と付き合ってる人間だ、周りが喰種だらけでもそんな驚かんだろう? …私は眠いんだ、さっさとうちの店員2名を連れて帰りたいんだよ。」
「…そうか。」
ニシキくんは何故だかホッとしたような顔をし、祭壇で目隠しをされている女性の方へ向かい、その目隠しをとった。
…ミッション達成だねぇ。
私は後ろの方にいるであろう店員2名の元へ向かう。
「…君たち、さっさと帰るよ全く。君たちが無事に帰ってくれないと私が店長に怒られるんだぞ?」
「えっと、でも…」
「でももだってもあるかっ! さっさと帰るぞっ!」
「す、すみません…」
何か言いたそうな金木君を黙らせつつ、さっさと教会を出て店へ戻る。
全く、少し目を覚ますために起きただけだというのにどうしてこうなったんだか…。
帰り道
カネキチ「なんであんなに怒ってるんだろう…」
トーカちゃん「あの人、眠いとすごい機嫌悪くなるんだよ。」
カネキチ「…なるほど。」
ちなみにドクターの赫子が使える毒には複数の種類があります。