料金所の手前でくるりとクルマを半回転させ、そのまま上っていくトレノさん。何が起こってたの?渋川さんと同じくらいのスピードでコーナーのもう一段奥まで行っている気がした。事故を起こしそうな走りのはずなのに…不思議とそんな感じはしなかった。クルマと対話して、次の動きが全てわかっているような、むしろ安心感すら覚えてしまう。
「…あ、トレノさん。後ろから1台来ますよ」
「ホントだ。…あのクルマ」
「お知り合いの方ですか?」
「うん。さばさばしてていい人だよ多分頂上で会うだろうし後で紹介するよ」
左にウィンカーを出して後続車に進路を譲るトレノさん。トレノさんが追い抜かれる時に手を上げて挨拶をすると向こうの運転手の人が大層驚いていた。普段乗っている人じゃなかったからかしら。
「今の反応凄かったね。顎外れるんじゃないかってくらい大口空けてて面白かったね。…ちょっと追いかけてみようか」
「良いんですか?あちらの方はまだ走るつもりじゃないとしたら迷惑になってしまうんじゃ」
「大丈夫、あの人は挑戦されれば受ける人だよ。それにいいタイミングかも。ブーケちゃん、よく見てて。全開走行の中でも調和は生まれるから」
一方頂上
「渋川さん、トレノさんとブーケさんを送り出した理由は何ですか?」
スカイラウンジの駐車場でトレノのクルマを眺めながら休憩してると後ろからクロノが聞いてくる。その質問に振り返りながら答える。
「お前らも分かってる通り、ブーケはなんでか遠慮するんだろ?ちょうどこの時間に待ち合わせしててな、予想通りなら上りで鉢合わせてるはずだ。トレノが乗ってくれれば、今頃バトルしてるはずなんだけど」
「バトルって…レースですか?それってトレノさんに説明してあるんですか?」
「何も?なんなら待ち合わせてる奴にも何も言ってない。こういうのは打ち合わせなしのぶっつけの方が説得力が増す筈なんだ」
正直、トレノがバトルしてくれるかは賭けだけど、そこさえクリアしてしまえば確実にバトルに発展する。しかし不安なところはある。かなりペースを抑えたとはいえ、ターンパイクを6往復している。小田原パイクスピークの距離を軽く超えてるせいでタイヤが怪しい。あのタイヤでGT-Rに食いついて行くのは厳しいものがある。まぁ勝ち負けはどうでもいいか。
「少しいいかしら。さっきからトレノさんのクルマをじっと見てるけどそのクルマ、何か特別よね?どういうクルマなの?」
ラヴズからの質問は他愛のないものだった。印象に残るくらいにはガン見してたのか。
「あぁ、特別も特別だ。俺としては今でも動いてくれているだけでも感動モンなんだ」
「トレノさんのクルマって相当古い車種よね。これが渋川さんにとっては特別なのね」
「そりゃあな。俺やトレノ…ロータリーにも継承されてる群馬プライドの原点みたいなもんだからな」
「群馬プライドの?」
「ああ…近くまで来てるな。この話はまた今度だ」
スキール音が聞こえてきた。音が違う音が時間差なく聞こえるって事はもつれてるのか。あのタイヤでよくやるもんだ。少し待ってるとGT-Rに鼻づらねじ込みながら駐車場に突っ込んでくる。5人が慌てて逃げるが俺はその場に留まる。その手前にGT-R、インプの順にサイドターンして止まる。GT-Rの窓を開けさせて話しかける。
「トレノ相手に随分接戦じゃねぇか。相葉?」
「バカ言え、余裕だよ。それで、なんで呼び出したんだよ?」
「あ、もう俺の要件終わった。帰っていいぞ?」
「オレの扱い雑過ぎねぇか!?」
「お久しぶりです相葉さん。お変わりないようで。この人が相葉さん。まぁ良い人だよ。女性人気が絶望的に無いだけで」
「ど、どうも…」
「トレノちゃん、渋川から変なこと教わってねぇか?」
インプからトレノとブーケが下りてきて相葉に挨拶する。合ってるから良いじゃねぇかよ。それから無駄話を少しして時計を見ると昼時になっていた。
「まぁ呼び出しといてあれだし、なんか食いに行くか。相葉、いつもの焼肉屋行こうぜ。言いだしっぺは俺だから俺が払う」
「いや、オレが出すよ。行きつけだし。君たちも来るか?」
「いいんですか?でも私達結構食べますよ?」
アイが心配そうな顔をする。しかし相葉は自信に満ち溢れた顔をして返す。
「チッチッチッ、俺を舐めて貰っちゃ困るな。MFG上位ランカー、相葉瞬だぞ!君たちが満腹になるまで食わせてやるからな!」
その後、その焼き肉屋のシロコロの在庫が無くなった。あれうめぇんだよな。
うん、良くなってる。
榛名の同乗走行から1ヶ月。アイちゃんの走りは段々と良くなっている。特に荷重移動は目に見えてよくなり、走り終えて9割残るのが常になり始めている。そろそろ本気でデビュー戦の日程を組んだ方がよさそうだ。
「よし、どうかしら?」
「えーっと…ん?」
見た目では零れた様子はない。紙コップ片手にアイちゃんを撫でても濡れてる感じもしない。つまり。
「凄い、零れてない」
「やったわ!トレノさんに勝った!」
「いやホントに早かったよ。こんな短期間で出来るようになるとは全然思わなかったけどね」
デビュー戦を考えていたタイミングでアイちゃんが紙コップを達成できたのは大きい。今日のトレーニングが終わったら早速レースを見繕おう。