かけがえのない人。そういった人が自分にはいた。
それまで孤独だった世界に突然差し込んできた、〝光〟とも形容できるような存在。
そんな存在に出会ってしまえば、別れを恐れるのは当然のことで。
自分が光を追いかけるのを諦めようとして、諦めきれずにまた求めようとする。
時々、そんな情景が頭の中を走ることがある。
彼女と一緒にいる時間が楽しければ楽しいほど、より鮮明に。
彼女と一緒にいられない未来へ進むことも、彼女と出会う前の過去へ戻ることも恐ろしくて。ただこの瞬間が続いて欲しいと、そう思ったことは何度だってある。
だけど、そうやって立ち止まろうとする度に、彼女は自分の手を掴んでしまう。掴まれて、光の中へと引っ張っていく。
一緒にいる時間はとてもキラキラしていて、彼女といる時間にドキドキしている自分もいて。
そうやって胸に残った熱の名残を、一人ぼっちで感じる瞬間がとても嫌なんだ。
彼女と出会う前の自分は、生きながらにして死んでいるようなものだった、と思う。
毎秒変わる世界の景色は灰色で、まともに向き合おうともしなかったことを覚えている。そして彼女と出会って、そんな世界が色づき出したこともまた、頭に強く残っていた。
朝に挨拶をしたり。
机を囲んでご飯を食べたり。
授業中にこっそり会話したり。
友人と一緒に馬鹿なことをしたり。
青春と言えるような、そんな毎日を過ごせる日が来るなんて。道行く人たちの足音や話し声が、まるでノイズのように思えた日々からは想像もつかないことだった。
――想像もつかなかったから。だからこそ偶に、不安になってしまうのだろう。
そんな日々へと連れてきてくれた彼女は今、自分のことをどう思っているのだろうか。
そう考えると、頭にモヤがかかったような感覚に陥ってしまって、その場に蹲ってしまいそうになる。彼女と目が合うだけで、途端に不安を感じてしまう時もあった。
例えばそれは下校の時間の、偶々別れの挨拶がいつもと違った日に。
「ばいばい」
帰りの電車がやってきた音と一緒に、彼女の言ったその言葉。何気ない別れの挨拶一つだけで、たまらなく不安になってしまう。そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
なんで「また明日」じゃなかったのか、なんて。そんな事を聞いても彼女は困ってしまう。
だからこうやって、自分の中で留めておこう。それだけで、この毎日は続いていくのだから。
彼女と自分は、音楽を通じて縁を結んだ。
より正確には一本のギターをきっかけに。ロマンティックに言うならば
音楽で結ばれた縁は、音楽を通して保っていくもので。彼女と自分はバンド活動というものをやることになった。
ビートルズのようなロックスター達に、憧れた事がないと言えば嘘になる。だけど憧れは憧れにすぎなくて、なれると思ったことなんて一度もなかった。
「
だけど一本の赤いギターが、そんな考えを百八十度変えてしまった。
そうやって世界を変えてしまった彼女が、自分にとってなにか凄い存在のように思えて。ついつい彼女の凄さに甘えてしまうこともあった。
よく言えば信頼、悪く言えば依存。
そんな自分を顧みて、彼女と違ってなんと格好のつかない人間なんだろうと、自虐したこともあった。
ロックスターを目指すのなら、そんな
彼女と一緒にいて恥ずかしくない、格好いい人間にならなければ。
そうして自分を諌めていないと、いつまでも彼女に甘えてしまいそうになってしまうんだ。
***
バンド活動を始めて、かなりの時間が経った。
メンバーも5人に増えて、バンド名もPoppin’Partyに変わって。ライブの経験もかなり増えた。
運命的だったあの春の出会いはもう過去の出来事になっていた。
「かすみん」
「有咲ちゃん」
一人は家の手伝い、一人は舎弟と遊ぶ約束、一人は修行。他のメンバーは皆、何かしらの用事があってここにはいない。
冬の空の下。ここには香澄と有咲の二人しかいなかった。
「空にご執心のようだけど、星でも見てたの?」
「うん。今夜は結構見えるなぁって」
そう言って、香澄は再び空を見上げた。釣られるように、有咲も星達に顔を向ける。
冬のように空気が乾燥している季節は水蒸気が少ないため、星が見えやすくなると。どこかで聞いたそんなことを有咲は思い出した。そしてそれが本当のことであると、香澄の顔を見て確信していた。
白い息を吐きながら空を眺める。二人の頭上では、満天の星が輝いていた。
「星を見ていると、なんか不思議な気分になってくるわね」
空を見ながら、有咲がそう言った。
今自分たちの目に届いている星達の輝きが、実際は数年、数百年前のものであるように。
星達を見ていると、昨日の事のように思い出せることが、まるで何年も前の出来事であったかのような気がするというのが有咲の考えだった。
「ちょっとわかるかも」
オリオン座をなぞりながら、香澄がそう答えた。
「あんまり上ばかり見てたら転ぶわよ」
「前は見てるよ」
「ちゃんと下も見なさい」
下にも星があるかもしれないから。そう言わずとも、二人は顔を見合わせて笑った。
あの春の日から時間が経っても未だ変わることのない、そんな二人の
だけどいつか。
こうやって、二人で笑うことができなくなってしまう時が。
『下にも星はある』ということを忘れてしまう時が。
そんな時が突然やってきてしまうかもしれないと、ふと考えてしまうことがある。
そしてその度に、胸が痛くなってしまうのだ。
「かすみん、今日は寒いね」
「え?」
冬の夜の冷たい風が、二人の髪を揺らす。
寒暖差で赤くなった頬を、見つめて数秒。頭を振って、有咲が息を吐いた。
「有咲ちゃん?」
「……それだけ! なんでもなーい」
「えぇ!?」
そう言って歩き出した有咲を、慌てて追いかけるように香澄も走り出した。
薄く積もった雪には、
ありがとうございました。