BOCCHI THE ROCK!   作:豊饒 ゆう

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第一章 狷介孤高-Lonely Girl-

序節/孤独の

 

 

 このゆびとまれと声が響いた。

 幼稚園の保育室。

 かくれんぼを望む園児の仲間を集う呼びかけであった。

 

わたしなんかがあのゆびにとまっていいのかな……?

 

 この日、後藤ひとりは生まれて初めて葛藤を覚えた。

 遊びたい欲求。無意味な他者への配慮。初対面の相手に漠然と抱いた不安。他者から見た自身の存在価値。

 幼心に理解はなくとも本能的に己の中へ葛藤を得たのだ。

 

「ひとりちゃん、こっちで先生と遊びましょう?」

 

 気づけばひとりは保育士に手を引かれていた。

 幼さゆえに解けない問題を考えている合間に。

 指先に集った園児たちは何処かへと立ち去り、幼くして葛藤を抱いた少女は指先を掴む機会を失ってしまったのだ。

 他の園児が園児同士で戯れている中。

 いつもひとりは『孤独(ひとりぼっち)』で、幼稚園での話し相手や遊び相手は『責任者(せんせい)』だけとなっていった。

 

 あの日に見た、あの指先────。

 

 あれこそがひとりの分岐点であったのかもしれない。

 一度だけだ。

 たった一度だけ、躓いてしまった引込思案の子ども。

 悪事を働いた訳でもない小さな少女はしかし、人間社会という巨大な山を転がり落ちてしまう。

 下へ、下へと。

 どこまでも、止まることなく。

 少女は孤独に(ひとり)転がり続けて、落ちていった。

 

 あの日に見た、あの指先────、

 あれはひとりにとっては山頂で────、

 二度と辿り着けぬ場所だったのかもしれない────。

 

 小学校へ入っても、ひとりは孤独(ひとりぼっち)のままであった。

 休み時間は寝たフリを、時たまに読書をして。

 昼休みは図書室へ、人が多ければ誰もいない場所へ。

 体育教師の「二人組みを作れ」という呪言には、呪い返し『体育教師と二人組』で事なきを得ていた。

 遠足は担任教師と二人で仲良くお弁当の日だ。

 課外授業における宿泊関連行事は記録から抹消しておく。

 

 これでいい────と、ひとりは思っていた。

 誰にも迷惑をかけず、静かにひっそりと生きてゆく。

 山もなければ谷もなく、退屈ではあれども平穏無事。

 仲良く笑い合う同級生を見て、羨む気持ちが「まったくない」と言えば嘘になってはしまうものの。家族以外とのコミュニケーションをほぼ断って生きてきたひとりに、今更「私も仲間に入れて」と交じる度胸などあるはずもない。

 

 我が世は事もなく平穏に────。

 

 後藤ひとりは孤独の(ヒトリ・)後藤(ゴトウ)として。

 名は体を表すという言葉を胸に、孤独に(ひとり)惨めに生きて逝くのであろうと覚悟していた。

 後藤ひとり、小学校6年生の冬。

 直に中学へ上がろうという、直前までは。

 

《あんたの席、ないから》

 

 目にしたのは、耳にしたのは、偶然であった。

 ひとりが学校から帰宅した後のことだ。

 一昔前のテレビドラマの一挙再放送。

 専門チャンネルでやっていたそれは、前々からひとりの母親が趣味で観ていたものの一つ。特に趣味を持たないひとりもまた、母親とともによく観るチャンネルであった。

 そのチャンネルがいじめを題材にした物語を映しだす。

 過激にして過酷にして残酷な内容だ。

 呆然と、愕然と、ひとりは観続けてしまう。

 横に座る母親の「酷いわ」「怖い」という途中の感想が、忘我していたひとりにはどこか遠くに聞こえていた。

 

《おめーの席ねぇからぁー!》

 

 この日、ひとりは人生最大の窮地へ立つ。

 ドラマの主人公には親友がいた。

 絶交されたとしても、一度はしっかりと親友がいたのだ。

 たとえその後に絶望して、孤独(ひとりぼっち)になっても仲間ができた。

 ドラマの主人公はコミュニケーション能力にも問題ない。

 ちゃんと笑えて、会話もできて、勇気もあった。

 

《あんたは許せない。けど、いじめはもっと許せないから》

 

 反してひとりには、一度として親友はおろか友達すらできた(ためし)がない。表情筋は永いこと使わなかったせいか機能不全を起こし、コミュニケーションを取ろうとすれば「あ、」という単音しか発せられずに終わってしまう。

 なけなしの勇気を振り絞ってようやく「あ、」の後に「はい。そうです」という蚊の鳴くような声が出せる程度だ。

 

《おめーの席ねぇからぁー!》

 

 視聴を終えたひとりの中で木霊し続けるフレーズ。

 憎たらしくも渾身の、女優の演技が蘇る。

 二階の窓から宙を舞う、罵倒を書き殴られた机。椅子も後に続き、破り千切られた教科書が最後に降り注いだ。

 

《おめーの席ねぇからぁー!》

 

 それはやがて形を変えてゆく。

 ひとりの進学先の制服を着た、顔の無い中学生が言う。

 

《ごとーの席ねぇからぁー!》

「ぴぎゃあああああああ!?」

「なに!? どうしたの!? ひとり? ひとり!?」

 

 母の心配を他所に。

 幻聴はひとりの心を苛んだ。

 

(学校怖い学校怖い学校怖い学校怖いああきっと私はごとーの席ねぇからぁーされちゃうんだああああああああどうしよそんなことされたらわたし死んじゃううううううううっ)

 

 ひとりは考えた。

 必死に考え続けた。

 どうすれば数カ月後に訪れる未来、「ごとーの席ねぇからぁー!」を回避できるのかを。

 夕食の席で。(進まぬ箸に両親から心配された)

 湯船の中で。(母が来なければのぼせて溺死していた)

 布団の中で。(顔も知らない同級生が夢に現れ「ごとーの席ねぇからぁー!」を受け奇声とともに飛び起きた結果、両親に精神科の受診を勧められてしまった)

 考えて、考えて、考え抜いた。

 小学校生活の残り僅かな月日をすべて捧げて。

 図書室で参考資料となりうる文献(漫画小説)を漁った。

 ネットでは様々な体験談を情報としてかき集めた。

 匿名掲示場で質問もしてみた。

 必死に考えたのだ。

 

 そうして────、

     後藤ひとりは────、

           辿り着いたのだ────。

 

 

第一節/孤高の

 

 

 セーラー服を汗に湿らせ、少女は必死に駆けていた。

 季節は春。

 出会いと別れの、本日は別れの日だ。

 駆け抜ける少女の視界の端々では卒業生同士の、あるいは先輩後輩による涙ながらの別れが演出されていた。

 かくいう少女の瞳もまた、涙に満ちて零れんばかりだ。

 

「はぁ、はぁ、せん、ぱい……はぁ、はぁ、どうして」

 

 息も絶え絶えに。

 駆け続ける少女は、涙ではなく愚痴を零す。

 彼女にとっても別れは悲しいものであった。

 大好きな、恋い焦がれた先輩との別れだ。

 寂しく、悲しく、圧倒的な喪失感に苛まれていた。

 

「なん、で! はぁ、はぁ、はぁ」

 

 だが、それ以上に。

 少女が悲しみを抱く理由は。

 

「あ、見つ、はぁ、はぁ、ご、後藤先輩っ!」

 

 舞い散る桜を背景に。

 桜よりも鮮やかな桜髪を風に揺らす、この世の誰よりもギターが似合うクイーン・オブ・アウトロー。孤高の天才ギタリスト、後藤ひとりが誰にも見送られず、否。

 誰一人にも見送りを許さず、別れの言葉すら受け入れずに、思い出の学び舎を去ろうとしたことに対してであった。

 

「あ? ああ…………、────なに」

 

 学校近くの桜並木。

 誰もが通る其の場所で、桜吹雪に髪を溶かすようにして、気怠げに、億劫に、後藤ひとりは言葉短く振り返った。

 いっそ病的なまでに白んだ陶器の肌。美貌を美しく彩る桜色の口唇。何があろうと動じることのない、中学時代にただの一度も動かなかったと噂の据わりこんだ双眸。長い髪をかけることで殊更に主張されている、両耳に輝くピアスの数々。今は制服に隠されてこそいるものの、両腕にはしっかりとタトゥーが刻み込まれていることを知らぬ者はいない。

 誰が言ったか孤高の魔王。魔王BOCCHIこと後藤ひとりの眼光に気圧されて、たたらを踏んだ少女が口を開く。

 

「はぁ、はぁ、ど、どうして、どうして何も言わずに行っちゃうんですか!? みんな、はぁ、BO……後藤先輩に、最後のお別れを言いたくて集まってたのに!」

 

 後藤ひとりにはガールズファンがいた。

 後藤ひとりにはガールズファンクラブがあった。

 女子中学生でありながら、校内や近隣の不良中高生たちとは一線を画したROCKな振る舞いが人気の要因だ。

 

「あ? は? …………、────無理」

 

 魔王BOCCHIは生きた伝説だ。

 入学早々教室の扉の硝子を割った派手な登場が伝説の(はじまり)

 自身の机にペンキで謎のアート。

 テスト前日に職員室を襲撃。

 自身を呼び出した上級生を背後からギターで殴打。

 下駄箱に入っていたラブレターを、お昼の放送で委員に音読させるなどなど。魔王BOCCHI伝説は数え切れず。

 そんな中で最も有名なのは当然、魔王BOCCHIが魔王BOCCHIとなった初めての文化祭ソロギターライブだ。

 別名、魔王BOCCHIのゲリラライブ事件。

 当時、奇行蛮行の多い危険人物とされていた後藤ひとりが、いつの頃からか常に持ち運び始めたギターケース。誰もが「新たな奇行だと思っていた」と口にする今は昔。

 そのケースが初めて人前で開かれたのが、今や毎年恒例と化していた文化祭・魔王BOCCHIステージであった。

 過去、軽音部の演奏で最後を締め括っていた文化祭。

 そのステージに当時一年生の後藤ひとりは颯爽と乱入。

 唖然とする周囲をいいことに、手早くギターケースを開くとアンプに接続。調律や音量調整もそこそこに、制止の言葉を振り切って後藤ひとりは右手をかき鳴らしたという。

 轟く爆音に、我に返って職務を果たさんとした関係者はまたも停止、ギターの残響の中で後藤ひとりは────。

 

『聴け』

 

 ただ一言、マイクを通してそう言って。

 ギターの旋律で、その場にいた全員の心を掴んだという。

 以降、文化祭以外にも体育祭や演奏可能な行事などでは、後藤ひとりによるソロ演奏が付き物となっていったのだ。

 入学式の新歓ライブの締め括りに。

 卒業式の卒業ライブの締め括りに。

 軽音部の定期ライブの締め括りに。

 

 そうして────、

     今日の式────、

         中学最後の公演が終わった────。

 

 少女は、そんな後藤ひとりに惚れ込んだ一人であった。

 

「っ……じゃあせめて、どこの高校に行くのか教えてください! 私、絶対に先輩と同じ高校に行きたいんです!」

 

 恋い焦がれた、愛しい相手からのつっけんどんな返答。恋する乙女にとっては辛く、残酷な反応へしかし滅気ず。

 誰もが知らないとされている、後藤ひとりの進学先を少女は長いこと探し求めていた。

 むしろ彼女の目的は、真の目的はそれだけだ。

 魔王BOCCHIガールズファンクラブの会長としてではなく、真剣に後藤ひとりに恋している乙女として。

 少女は、後藤ひとりを追いかけてきたのだ。

 

「あ? …………────」

 

 しかしそれは、その思いは。

 後藤ひとりには、魔王BOCCHIには。

 届かない────。

 

「────…………帰る」

 

 一言。

 半身向けて少女を石ころのごとく視つめていた魔王は、ギターケースを背負い直すと、振り返ることなく歩きだす。

 慌てて一歩追いかけて、少女は手を伸ばした。

 

「まっ、待って下さい! 私、ずっと先輩のことが」

「無理」

 

 にべもなく、一刀両断の言葉が飛ぶ。

 

「っ! そ、それでも」

「無理」

「せめて最後まで」

「無理」

 

 取り付く島もなく。

 声が小さいことでも有名な後藤ひとりにしては、やけに大きな返答が繰り返された。

 それが、自身の想いへ後藤ひとりの出した答えだと。

 少女は涙ながらに理解して。

 桜の渦巻く道の先へ、ギターを背負い髪を流して、堂々進む後藤ひとりをただ静かに見送った。

 

 

終わり

真面目に。作中に記号『♪、♫、♬』を使っても……

  • 平気です。(乱用OK)
  • 問題ない。(使用OK)
  • 妥協する。(適度OK)
  • 違和感が。(乱用NO)
  • イヤです。(使用NO)
  • 絶対ヤダ。(絶対NO)
  • 作者の自由(評価も変えず)
  • 作者の自由(評価は下げる)
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