BOCCHI THE ROCK!   作:豊饒 ゆう

4 / 5
原作「ぼっち・ざ・ろっく!」5巻のネタバレあります。


第四章 街談巷説-Satan of the Night Aria-

第五節/アリア

 

 

 下北沢の伊地知姉妹────。

 粗暴で不器用な姉、星歌はSTARRY(ライブハウス)の経営者。

 堅実で小器用な妹、虹夏は青春真盛りの女子高生。

 二人は干支一周、都合十二年分の歳の差姉妹であった。

 今でこそ関係性は良好であり、世に言うところの「仲良し姉妹」ではあるものの。あくまでそれは姉妹の精神性(、、、、、、)心の成長(、、、、)に伴う相互理解を得て初めて成り立った間柄。

 三十路を間近の星歌は言うに及ばず。

 直に十七歳を迎える虹夏もまた経験を積み(、、、、、)、物事の道理や分別を弁えて当然の時分にあるからこその姉妹関係だ。

 

 ゆえに八年前────。

 十二年の時を隔てて世に生を受けた、伊地知姉妹の関係性は『最悪』と言っても過言ではなかった。

 当時の星歌は二十一歳。大学へ通いつつも音楽(バンド)に傾倒していた、音楽こそ『私のすべて』と豪語するギタリスト。

 対する虹夏は齢九つ。大人に甘えたくて堪らず、甘やかされることを当然にした、遊びたい盛りの小学校三年生。

 酒を嗜む二十一歳と飯事(ままごと)を嗜む九歳児。双方の望む価値観で相手を観れば、それは異世界を覗き観るに等しく。

 歳の差姉妹が歳相応の喜楽を互いに求め合えば、最終的な着地点なぞ火を見るよりも明らかであろう。

 

『お姉ちゃん遊ぼう!』

『んーギターの練習中だから後でなー』

『わかった!』

 

『お姉ちゃん遊んで!』

『無理。バンドの飲み会で二日酔い……気持ちワリィ』

『二日……? うん……、わかった。バンド……』

 

『お姉ちゃん今日は遊べる?』

『これからバンドの打ち合わせだから今度な』

『またバンド……』

 

『お姉ちゃんゲームしよ!』

『これ終わったらな』

『また……バンド?』

『おう! 新曲だぞ~』

『ふ~ん、バンドばっかり……ずるい』

『ん? なんか言った?』

『別に』

 

『お姉ちゃん公園一緒に行こうよっ!』

『これからスタジオで練習あるから無理』

『じゃあ虹夏も行く!』

『じゃあって……私はバンドの練習に行くの。だから無理』

『バンド……なんで! 虹夏も一緒に行きたい!』

『ダメ』

『お姉ちゃんのケチ! もう知らない! バンドバカ!』

 

『お母さん、今日ライブだから夕飯いらない!』

『えっ……お姉ちゃん今日は一緒にアニメ観るって約束したじゃん! なんで今日もバンドなの! 行かないでよ!』

『知らん』

『じゃあ少しだけ! ちょっとだけだよ! ほらこれ!』

『今出ないと間に合わないんだよ。じゃ、いってきま~す』

『おねっ、わあああああんっお姉ちゃんのバカ────ッ』

 

 夢を追うのに必死な姉と、姉と遊びたくて必死な妹。

 二人の間に理解が芽生えることはなく、伊地知家の姉妹関係は日増しに悪化の一途を辿り続けていた。

 そんな日々の中で、母親は星歌に言ったのだ────。

 

『親を鬱陶しく思うのは仕方ない────』

『でも虹夏は泣かせちゃだめ────』

『星歌が夢に一生懸命なのは良い。お母さんたちも応援してる。でも虹夏に寂しい思いをさせちゃだめだよ────』

『お母さんたちはいつか先にいなくなるから────』

『その時に二人で支え合って生きていける、仲のいい姉妹に、世界で一番の仲良し姉妹でいてほしいの────』

『お母さんからのお願いはそれだけよ。星歌────』

 

 姉妹の不仲、不幸なすれ違いを見かねた母親の言葉だ。

 愛ゆえに、我が娘たちを想う母親の願いと言葉に。

 星歌は応えなかった。

 流して、凌いだ。

 手遅れだと、星歌は思っていた。

 星歌を通して音楽活動全般を嫌うようになった虹夏。

 嫌うがゆえに『バンドよりも自分を』と騒ぐ虹夏に辟易し、家出も同然に友人宅で外泊生活を送っていた星歌。

 戻らぬ星歌に不満を溜めてゆく虹夏────。

 戻れば虹夏の鬱憤相手に苛立つ星歌────。

 悪循環、不幸のスパイラルが其処にはあった。

 手遅れだと、星歌は思っていたのだ。

 母親の死ぬ、その時までは────。

 

『やだやだ! もう学校にもどこにもいかない!』

 

 伊地知姉妹の関係性が変わったのは、不運にも玉突き事故の巻き添えで亡くなった母親の葬儀よりひと月後のことだ。

 音楽へ打ち込むことで母親の死から目を逸らしていた星歌には、幼くして独り残された虹夏にまでは気を回せず。

 星歌の無意識からなる現実逃避は、父親の電話でようやく虹夏の存在を思い出すまで続けられていた。

 

『ずっと家にいる! 何もしたくない!』

 

 母親の葬儀後、星歌は一歩として家へ近寄らず。

 葬儀の数日後には、父親も仕事で家を空けていた。

 虹夏は独りで在ったのだ。

 灯り(はは)の消えた家に、独り取り残され続けていた。

 現実逃避の手段を持ち得た星歌とは異なり、幼い虹夏には心へ空いた穴を埋める手立てがなかったのだ。

 必然、虹夏は母親の死を見つめ続けるほかなく。

 必死に宥める父親の前で、泣き崩れている虹夏を目にした星歌は、それでも現実から目を背けようと(、、、、、、、)してしまった。

 学校へ行くように、準備するように(、、、、、、、)、星歌は言ったのだ。

 虹夏の身支度を、毎朝のように虹夏の髪を結っていた(、、、、、、、)存在を、知りつつも目を逸らしていた(、、、、、、、、)ために口にしてしまった。

 

『結べないもん……、もうお母さんいないもん────!』

『────────、ああ……、そうか。もうどこにも』

 

 その日、母親の死後ひと月ののち────。

 星歌は、虹夏の言葉でようやく母親の死を実感したのだ。

 滔々と涙を零して星歌は悔いた。

 幼い虹夏を独り残して逃げたことを。

 母親に何も恩を返せていないことを。

 

『二人で支え合って生きていける、仲のいい姉妹に、世界で一番の仲良し姉妹でいてほしいの────』

『お母さんからのお願いはそれだけよ。星歌────』

 

 ゆえに星歌はその日、胸に誓った。

 母親の言葉を、ただ一つの願いを叶えようと誓ったのだ。

 

『うん。約束。絶対守るよ。任せて、母さん────』

 

 星歌は手始めに、慣れない虹夏の髪を結んだ。

 でき映えは、文句を垂れた虹夏が物語っていた。

 次にできることを考えた時、星歌に選択肢はなく。目的地を知ってゴネる虹夏の手を引いたままライブへ向かった。

 

 其処で、其の場所で────。

 星歌は生涯の夢を見つけたのだ────。

 

 ステージに立つ星歌へ、泣きながらも弾けんばかりの笑顔を魅せた虹夏(ゆめ)を────この先も見ていたいという夢を。

 

 ゆえに────。

 

「虹夏……、ああ、クソっ────」

 

 彼岸の母親へも届くほどに輝ける場所であれ────。

 そんな想いから作り上げられたライブハウス『STARRY』のステージ上で、大好きなはずのドラムを叩かされている(、、、、、、、)虹夏を横目(、、)に星歌は唇を噛み締めていた。

 

「気づけなかった、誰が思うんだよ……、『横浜の柳桜』が、『魔王』が、『夜の魔王のアリア』が……、実在する都市伝説で、しかもウチに来るなんて……冗談はよしてくれよ」

 

 それは、まことしやかとされていた音楽界の都市伝説だ。

 曰く────。

 夜な夜な横浜の路上ライブへ乱入しては、すべての視線と魂を奪い去ってしまう、魔的な旋律を奏でる女性(にょしょう)の怪物。

 全貌は黒衣によって隠されており、俯き立ちつくす姿は柳の下の幽霊がごとく。しかし目深く被ったフードからは桜の流麗な髪が零れ落ちており、美しく幻想的でもあるという。

 ゆえに、夜闇へ咲く横浜の柳桜────。

 

 曰く────。

 柳桜(かのじょ)の圧倒的な調を耳にした演奏者たちは、そのことごとくが音を合わせることを望まざるを得ないと囁かれていた。

 そうして、音楽を志す者は生命を奪われてしまうのだと。

 魅せられて望み、自信(おと)のすべてを奪われてしまうのだと。

 惹き寄せられて、気づけば冥府(ぜつぼう)(いざな)われてしまうのだと。

 柳桜(かのじょ)はこの世ならざる冥府の底の女主人。深淵の灯、すべてを惹き寄せ引きずり込む地獄の化身なのだという。

 ゆえに、柳桜(かのじょ)は破滅をもたらす冥府の魔王────。

 

 曰く────。

 それでも魔王(かのじょ)と音を重ねることを望む者は、ともに楽器を奏でたいと願う者は、後を絶つことがないとされていた。

 魔王(かのじょ)がひとたび現れれば、其処がたとえ何処であろうとも早々に立派な冥府の舞台(ステージ)と化してしまうのだという。

 そうして運悪(うんよ)く近くにいた者は、目の前に現れた冥府への入り口(ステージ)に自らの意思で飛び込み奪われてしまうのだと。

 暗闇へ灯った妖光に惹かれて、気づけば心を、魂を、戻れぬところまで誘われて、帰れなくなってしまうのだと。

 最期にはいつだって魔王(かのじょ)が独り、冥府の舞台(ステージ)に立ちつくして魔的な旋律を奏で続けているのだという。

 ゆえに魔王(かのじょ)は、独り夜にしか現れず、黒衣の姿も相まって『夜の女王のアリア』のごとくとたとえられて。半年ほど前からはまことしやかにこう呼ばれているという────。

 

 夜の魔王のアリア────。

 

 それは『御茶ノ水の魔王(サタン)』と呼ばれていた星歌へ向け、友人が面白がって伝えた酒の席での冗談であったはずだ。

 魔王の繋がりで、誕生日に『魔王』の品名を持つ焼酎を贈る、冗談好きな友人が披露した都市伝説である。

 少なくとも星歌は耳にしてすぐに、酔っていようとも嘘デタラメであると断じていた。

 友人もおそらくは同じであろう。

 夜の魔王のアリアなぞと、長たらしくて痛々しい通り名を持つ存在がいてたまるかと。星歌は鼻で笑った記憶もある。

 だからこそ、印象には残っていたのかも知れない。

 呂律も怪しい友人の、都市伝説の中の更に不確かな情報。

 

『あ~あとねぇ~? あれよ、あれぇ! 魔王のアリアちゃんにはねぇ~? 両腕にたとぅ~が入ってるんだって~』

 

 黒尽くめのパーカーに、目深く被ったフード。スポットライトの下で俯いていた姿は幽霊のごとく。しかしてフードからは美しき桜の髪が流麗に零れ落ちていて。演奏のために捲られた両腕には、桜にギターと音符をイメージされたであろうトライバルタトゥーが存在を主張していた。

 そして、何よりも────。

 

「ああ、クソっ……ダメだろ、これは────」

 

 星歌はステージに立つ、最愛の妹である虹夏ではなく。

 後藤ひとりと名乗った少女に、少女の奏でる魔的な旋律に、心はおろか魂までをも魅入られてしまっていた。

 

 

終わり

あなたは「ぼっち・ざ・ろっく!」の……

  • 原作、アニメ共に把握。
  • 原作のみ把握。
  • アニメのみ把握。
  • 二次小説のみ把握。
  • 当作品のみ把握。
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