アビドス高校で、とある日の昼下がりのお話。

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想いは譲れない

大人なんて信用しない。あの日、あの時からそれだけは、絶対に揺るぐことがないと思っていた。

大人は汚いんだ。上手い言葉で私達を騙して利用して、そして……。

だから、だから。二度と大人なんて信じるもんか。私達の学校は、私達で守る。後輩たちも、みんな。私が守るんだ。大人なんか大嫌いだ。

 

そう、思ってきたのに。

 

「……シノ。……ホシノ?」

「んぇ……?」

 

ぼんやりと、私を呼ぶ声がして。意識が浮上した。寝心地の良いダウンマットとぬくぬくとした毛布を手放すのが惜しくて、顔だけを出してぐるりと辺りを見回す。そうすると、優しく私を見つめている人と目が合った。

 

「おはよう。そろそろ起きてみない?もうお昼寝を始めてから2時間くらい経っちゃったからね」

 

安心する声。私の大好きな声が、心地いい。できれば、この声を聴きながらもう少しお昼寝していたいんだけどな。

 

「うへ……先生、私はまだまだ眠れるよ。あと3時間くらいは余裕かなぁ」

「合計5時間はもうお昼寝とは呼ばないよ。そろそろ起きないと、またセリカが怒って探しに来ちゃうかも」

 

時計は14時を指している。うへ。それは困っちゃうな。仕方ない、まだまだ寝足りないけど皆のところに顔を出さなくちゃ。よいしょ、とお昼寝グッズの誘惑をなんとか振り切って起き上がると先生がまた少し笑った。

 

「ホシノ、髪。凄いことになってるよ」

「髪?……あー」

 

この部屋に鏡は無い。持ってもいなかったけど、触ってみると見事にぼさぼさになっている。ふと見ると、先生がソファに腰掛けて鞄を開けていた。

 

「櫛、持ってるよ。少し整えたほうがいいんじゃないかな」

「へぇ~。ちょっと意外。先生櫛とか持ち歩いてるんだ?」

「まぁ、その……持っているというか、持たされたというか」

 

なんだか歯切れが悪い。持たされた、ということは他の女の子に……かな。

先生は大人気だ。対策委員会の皆からは勿論、便利屋68や百鬼夜行の皆。ゲヘナの風紀委員会の空崎ヒナまでもが先生とは親密な間柄だと聞いたことがある。

 

「……」

 

なんだかちょっぴり、複雑な気持ちになった。先生が人気者なのは嬉しい。先生は大人だけど信じられて、優しくて。あったかくて。お日様みたいだ。私が独り占めしていいような人じゃないけれど。……そうなんだけど。

 

「ホシノ?」

 

黙ってしまった私に、先生が首を傾げた。そんな先生の座っているソファまで歩いていくと、私は思い切ってその膝の上に腰を下ろす。

 

「おじさんをお昼寝から引っ張り出した先生にはー、このぼさぼさの髪を整える義務があると思うな~?」

 

ええ、と困惑したようなその声を無視して、ぽすっと後頭部を先生に預けた。ぐいぐいと体重を押し付けるようにすると。

 

「もう、仕方ないな。わかったよ」

 

困ったように、でも優しく。その大きな手が私の髪に触れた。そのままそっと撫でるように髪に沿って先生の手が動き、櫛を通していく。あったかい。本当にこのままもう一眠りできそう。

 

「ホシノ、寝落ちしちゃダメだよ?」

「うへ……やっぱりダメ?」

 

どうやら見透かされていたみたい。でもいっか、とも思う。先生の体温を、私を撫でる優しい手を。息遣いを、もう暫く起きたまま感じていたいから。

 

やがて、櫛でぼさぼさだった私の髪を整え終わると先生は櫛を下ろした。

 

「さ、終わったよ」

「うへ、ありがとう先生。サラサラだ~」

 

髪を触ると、いつも通り……あれ。いつもより触り心地が良いかもしれない。

 

「先生、もしかして髪を梳くの上手なの?」

 

そう聞くと、先生は瞬きをしてから笑って。

 

「あー……櫛を持たされてからはなんだか事あるごとに『髪を梳いて』って子が来るんだ。自分で梳いた方が絶対に好きなように出来ると思うんだけど」

 

やっぱり先生はにぶちんだ。女の子が髪を梳いて、なんて軽い気持ちで頼むわけなんかないのに。私も含めて、だけど。

そう思うと、やっぱり私は先生にとって特別ではなくて、あくまでも大事な生徒のひとりなんだ。

嬉しいけど、ちょっぴり。やっぱりちょっとだけ悔しい気がする。だから、私は。

 

「そっかそっか。あ、そうだ先生。ご褒美をあげなきゃね」

「いいよ、そんなの。ご褒美をもらうようなことしたわけじゃないし」

 

そう首を振る先生に、問答無用で向き直る。ちょうど私が先生の膝の上に座って、そのまま見つめ合う姿勢になった。

 

「ホシノ?」

 

ぱち、と瞬きをする先生の頬に。ちゅっ、と口づけをした。

 

「はい、ご褒美」

 

目をまんまるにする先生に、にへっと笑って。……あ~、自分でやっといてだけど。やっぱり恥ずかしいよこれ!

恥ずかしさと、目の前に先生の顔があることでどんどん頬が赤くなってくる。目の前に、先生。先生の、唇がある。

そこに、私は吸い寄せられて――

 

「ホシノ先輩。先生。何してるの?」

「「!?」」

 

突如後ろから聞こえた声に、思わず飛び跳ねて向き直る。そこには、空のような青いマフラーに特徴的な耳の後輩……砂狼シロコちゃんが立っていた。

 

「シ、シロコちゃん!?いっ、いつからいたの!?」

「このぼさぼさの髪を整える義務があると思うな、のところからだけど」

「結構前からいたんだね、シロコ……」

 

か、顔から火が出そう……顔が熱いよ~!

 

「ん。ホシノ先輩を探してた。セリカがそろそろ怒って飛び出しそうだったから、代わりに……」

 

そう言って、何故かシロコちゃんは先生の横にぴったりと座り。先生の肩に頭を預けて寄りかかるような姿勢になった。え、どうして?

 

「ん、先生。対策委員会の皆は一心同体と言ってもいい存在。ホシノ先輩の髪を梳いたのなら、次は私の髪を整えるべき」

「えっ」

 

そう言ってすりすりと先生の腕に頬ずりをするシロコちゃん。……も、もしかしてだけど。シロコちゃんもそういうことなの!?

 

「ちょ、ちょーっと待ったシロコちゃん。ほら、セリカちゃんがおじさんのこと探してるんでしょ?今からシロコちゃんの髪を先生に整えてもらってたらまた時間がかかっちゃわないかな?」

「ホシノ先輩、先に戻っていてもいい。先生は私が責任持って連れて戻るから」

 

全く譲る気配がない!やっぱり、絶対にそういうことだ!

 

「先生、はやく。それとも、私も先生の膝の上に乗った方が良い?」

「ちょっ、待って待って!座ろうとしないで!私の首に腕を回さな……うわ力強い!」

「シ、シロコちゃん!待ってってば~~!」

 

三人でバタバタしていると、更にガタンと戸を開けてきたのは。

 

「先輩も先生も全然戻ってこないじゃない!何して……あー!」

「あら~、仲良しさんですね☆」

「せ、先生……一体何を……?」

 

あぁ、もう。先生に想いを伝えるどころじゃなくなっちゃったなぁ。

結局皆で先生を揉みくちゃにして、時間も遅くなっちゃったから皆でご飯を食べに行って、また先生を取り合ったりして。そうして一日を終えて、解散した。

 

自分のベッドに入って、天井にある薄っすらと光るお魚のシールを見ると。また脳裏によぎったのは大好きな人の顔。

 

「……うへ」

 

今日は伝えられなかったけど。いつか、必ず。

また少し火照った顔を冷ますように手のひらを当てて。小さな決意を固めた私は、宝石のような今日の思い出を抱きしめて。眠りについたのだった。

 


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