愛讐越界特異点カムラン(https://syosetu.org/novel/286202/)に
登場する復讐者が魔術師だった頃の物語。

こちらから見て、あとから本編もありだと思います。

1 / 1
煙草の幽霊とあわてんぼうの魔法使い

 これは復讐者がまだ魔術師だった頃のお話。

 

彼の名前が消える前、カルデアに訪れる前の物語。

 

彼が家族や友人に話した浪漫溢れるあるクリスマスの出来事。

 

 

 カルデアの食堂でダ・ヴィンチと次の特異点攻略の作戦を試案し合っている。

 

今日はもう2時間も話し合いが続き、互いに小休止を取ろうと提案し別れた後、

 

男は一人、食堂の席で疲労に潰されていた。

 

少し目をつむって頭を上げると、白衣の内ポケットに何かあるのを思い出した。

 

昨日、マイルームで礼装や魔術書を探っていた時にたまたま見つけた預かり物だった。

 

オレンジ色のパッケージに煙龍と漢字が印字されており、文字の下には太極図と円が惑星の様に重なって書かれている。

 

「兄さん?」

 

煙草を持ち上げてぼーっと眺めているとマシュが食堂に入って声をかけてきたようだ。

 

「すまない、気が抜けていた。食事をしに来たのか?」

 

「はい。ダ・ヴィンチちゃんに済ませておくようにと。

 

兄さんの方は……、煙草、吸ってたんですね? 始めて見ました。

 

それなら喫煙所が。」

 

「いや、煙草は嫌いだが預かり物でな。懐かしくてちょっと持ち歩いてただけだ。」

 

「そうですか。どなたの何ですか?」

 

「蒼崎燈子。」

 

「冠位人形師の?!」

 

マシュが驚いて持っていたコップを揺らして危うくこぼしそうになった。

 

「あぁ、ここに来る前の仕事の帰りに遭遇してな。危うく殺されかけた。」

 

「いったい、どうしたらそんな事態に……。よく生きて帰ってこられましたね。

 

さすが、兄さんと言うべきでしょうか……。」

 

「まぁちょっと込み入った事情でな。たまたま俺を殺すのが目的じゃなかったから帰ってこれただけだ。

 

気になるなら休憩がてら話してやる。」

 

「はい、是非。」

 

そう聞くと男は冷めきったカップに砂糖を大量にぶち込みクルクルと回して飲み干した。

 

 

 あれはマリスビリーに依頼を終えた後。

 

仕事を終えて宿泊してたホテルのテラスで軽く食事をしている最中だった。

 

「次の仕事は、マスター候補として呼んでた、ウィッチクラフトの殺し屋か。

 

昔、アニムスフィアの家庭教師だとか目の見えない代行者の爺さんだかを片付けたが、

 

まったく、マリスビリーは何処でこんな特殊な人材ばかり集めてるのやら。」

 

「あら? それは、貴方が言えた事じゃないじゃないではないかしら。

 

なんせ、ケイネス・エルメロイ亡き後時計塔を追われたにも関わらず、その後複数の魔術組織や大家から仕事を依頼される魔術師専門の傭兵になって、

 

まだ魔術師として研究を続けているなんて。

 

異例中の異例よ? よっぽどの世渡り上手なのかしら。フューリー・ガガーリンさん。」

 

凄く自然に向かいの席に腰かけ俺の名を呼んだ、件の人物蒼崎燈子は注文をし始めた。

 

「かの冠位人形師に知られているなんて光栄だが、何の用なんだ?

 

殺すなら止めようがないからさっさとやってくれ。」

 

「おいおい、私を通り魔か何かだと思ってるのか?

 

侵害だな。だが話が早くて助かる。

 

君の魔術刻印譲ってくれないか?」

 

 

 メガネを掛けて「じっくり考えてね」と言い、運ばれてきた料理を食べ始めた。

 

ロブスターやパスタ、スイーツ等、軽食を済ませる事がほとんどなホテルのテラスでは

 

やや場違いな量を注文して黙々と食べている。

 

「魔術刻印が欲しいって具体的になにに使うんだ?」

 

魔術刻印は各家系専門の本来必要のない臓器のようなものだ。

 

身内同士の移植でも拒否反応でまともに生きられなくなる奴までいる代物であり、

 

お尋ね者がわざわざ人前に出てきてまで欲しいものでは本来ないはずだ。

 

「何年か前に魔術刻印を集めて魔術回路の増幅器として使っていた事があるんだけど、

 

数が多くなってきてかさばるし、なにより維持費も工面しきれなくなってしまったの。」

 

「いきなりとんでもない事言い出すな。あんた。

 

まぁ、でもそれで俺の魔術刻印が必要なのか。なるほどな。」

 

「ええ、貴方の一族は時代の流れに沿って世界中色んな国家や組織に属してさまざまな魔術が一つの刻印に刻まれて上手く成立しているそうね。」

 

「あぁ、時計塔の論文に上がったわけでもないのによく知っているな。」

 

「貴方がロード・アニムスフィアと仕事をするようになってから時々、噂で聞く様になったの。武勇伝と一緒にね。冬木の聖杯戦争に出たり、大活躍だったみたいじゃない。」

 

「そんな噂を頼りに本人までわざわざ会いに来るなんてマメだな。」

 

「ふふ、暇なだけよ。他になにか聞きたい事はある?」

 

会話をしながらも黙々と目の前の皿を上品に空にし続ける。

 

「いや、そういう事ならいくつか条件を呑んでくれれば刻印の内容を開示する。

 

刻印そのものはやれないが構造から術式、体質までまるまる何かに写して貰って構わない。

 

うちのはそこらの魔術師の偶然出来た本人達もチンプンカンプンな代物と違ってすべて体系化されて論理的に組み込まれているからな。他人のアンタでも見れば似たようなものは造れるだろう。」

 

「ホントに? それはありがたいわ。」

 

「あぁ、なにより元々は広く知れ渡るように創られた神秘の一部だ。人に伝えやすいから普通の魔術刻印みたいに面倒なセーフティはない。まぁ構造上作れないだけなんだが。

 

それにトウコ・アオザキにそんな話を持ち掛けられて無事に帰る方法はこれしかないからな。」

 

諦めたそぶりではなく、最適解を持ち出した平然とした口調で言う。

 

「悪名もたまには役にたつのね。

 

それで、条件というのはどんなものかしら?」

 

「金輪際、絶対に俺に敵対、および危害を加えないで欲しい。」

 

「それだけでいいの?」

 

「世界一恐ろしい魔術師から永久に襲われないことを契約する以上に高価なものを知らないんだが……。」

 

「貴方がそういうなら構わないけど、普通もっと吹っ掛けるものよ?」

 

「いや必要以上のものは受け取らない主義だ。対価と思ったものがあるなら、それ以下も以上も受け取るべきではないと思う。

 

刻印の内容を提供するための準備をする。この時間にこの座標に来てくれ。

 

悪いな。仕事終わりで疲れているんだ。手間だろうが時間を変えさせてもらうよ。」

 

「ええ、構わないわ。

 

こちらこそ、急な要件にスマートに対応してくれて助かったもの。」

 

それではといつの間にか食事を終えていた蒼崎燈子が立ち上がり店を出ていく。

 

俺はそのあともう一杯紅茶を飲んで落ち着いたあとロビーへ向かって部屋に帰る。

 

店を出る時に、テーブルに代金を置いていくとウェイターに止められ

 

「お客様、申し訳ございません。お連れの女性の代金を頂いていないのですが……。」

 

と体裁が悪いように言ってきたので

 

「すまない。そうだった。少し疲れているので連れの分を忘れてしまっていた。」

 

と追加分を手渡し事なきをお終えた。

 

一回のテラスでの食事にしてみれば結構な金額だったが命の代金には安すぎる。

 

そんなことを思いながらベッドに辿り着き短い眠りについた。

 

 

 「ごめんなさい。少し道に迷ってしまって。」

 

森の中を上品に歩いてきた人形師が笑みを浮かべてそう言った。

 

「いや、そちらが先について面倒があっても困る。

 

遅れて来てくれて助かった。」

 

「随分と紳士ね。

 

自分で言うのもなんだけど普通ご飯代奢らされて、

 

取引に遅刻してきて見え見えの嘘で誤魔化そうとしたら怒ると思うのけど、

 

もしかしてそんなに私が怖い?」

 

「いや、怖いが、女性と待ち合わせて待っているのも、食事を奢るのも男として当然の事だ。

 

それで怒る気にはなれない。女性蔑視だと言われるかもしれないが古い人間なのでね。」

 

「ふっ、そんな事に腹を立てるほど若く見られているなら光栄ね。

 

貴方、少し気に入ったわ。」

 

それは良かったと展開していた工房へ招こうとしたら突然、

 

外部の結界が破られた気配と爆発音がした。

 

「……。ここの結界かなりのものよね?」

 

「あぁアンタしか入ってこないから君主や六源でも1時間は入ってこられない様にしてある。」

 

「じゃあ、あいつしかいないな。

 

悪いわね、また面倒に巻き込んでしまったみたい。」

 

「って事は、おい、嘘だろ……。」

 

「ええ、ミス・ブルーのご到着よ。」

 

 

 急いでミス・アオザキを工房へ入れ、ミス・ブルー蒼崎青子の居る地点から工房の外の

 

全てを霧で満たして木々の位置をシャッフル。地形を歩きにくくどこへ向かえばいいのか

 

分からなくした。

 

「驚いた。ホントにどこでもすぐに工房化出来るのね。

 

もう完璧に異界化出来るなんて。」

 

「あぁ、先祖代々運が無くてな。

 

組する国家や組織がみんなつぶれたり分裂したりしてきた、生存戦略ってやつだ。

 

まぁ多少相性はあるから選ばせてもらったが。ここら一帯はもう工房とその庭だ。」

 

「大したものだ。私もしょっちゅう引っ越しを迫られるから見習いたいものだ。」

 

「刻印に刻まれているからお好きにどうぞ。

 

幽霊も配置し終えたし、これなら魔法使いでもすぐには来れないだろう。

 

さっさと済ませて逃げさせてもらう。」

 

「あぁ、すまない。そうするとしよう。」

 

ズドーンと大地が嘶いた。

 

工房のすぐ隣の林が青い光の束に根差した大地ごと消し炭にされた。

 

「御宅の家系はだいだい波動砲の研究でもしていたのか?」

 

「頭が痛い。まったく品性のない妹ですまないね。」

 

 

 フューリー達が目撃したビームの発射地点。

 

自らが作った出来立ての補正された道を歩いて青子が言う。

 

「ったく、どうなってるのよこの森。

 

さっきまでこんなん無かったでしょ。

 

思いっきりぶっ放しても霧も全然晴れないし。

 

面倒ったらありゃしない。」

 

いつものように問題事を片付けに出向いたらとんでもなく頑丈な結界に道を阻まれ、

 

解除する間に標的に逃げられると察した彼女は一気に火力を叩きこんで結界に穴を空けて侵入した。

 

「やっぱり、少し時間をかけてでもすり抜けて入るべきだったかー。

 

まさかこんな速攻で異界化されるなんて、冗談じゃないわよー。

 

こんなのもう有珠の魔術のパチモンレベルじゃない。」

 

そういうと左右の動きに歩きながら目をやった。

 

左右にそれぞれ使い魔を放って応戦してくる気か。

 

そんな事を思っていると両翼から一斉に弾丸の掃射を受けた青子。

 

鳴りやまぬ銃声に耳を塞ぎながらガードし続けて歩く。

 

左右の兵士たちの指揮官が無線のような音を立てて他の隊へ連絡する。

 

「配置20から本部へ。侵入者を捕捉。手順通り火器での足止めに成功。」

 

「本部了解。こちらも手順通り迫撃でトドメを指す。先ほどの侵入者の砲撃により

 

配置5、7、11、13、17は消し飛んだ。増援の数が少ないので無理はしないように。」

 

「配置20了解。」

 

指揮官のハンドシグナルをみて兵士の幽霊がマーカーを投げた。

 

マーカーの着地と同時に迫撃による爆音が轟く。

 

周囲は霧に煙が合わさり幽霊達やその主でなければ全く状況がつかめない。

 

つかないが、彼女にそんな事は関係ない。

 

霧と煙に閉じ込められた魔法使いはそれでもなお眩く光る閃光を発してキレている。

 

「だぁ……! もう。

 

なんで幽霊がガッチガチの近代戦仕掛けてくるのよ?

 

神秘はどこ行った神秘は! いや、こんな芸当一般の魔術師からしたら神秘以外の何物でもないけど。」

 

閃光の中心から前へと突き進む青色が叫ぶ。

 

左右の舞台にはお返し!と言わんばかりの青い弾幕をお見舞いする。

 

部隊は沈黙して動きがない。そのまま青子は工房を探して歩いていく。

 

実は結界内に埋め尽くされている霧は光と照応して敵の魔術から魔力を霧散させていき

 

減退させる効果があるのだが青子にはなんのその。これぞ第五魔法の賜物だろうか。

 

その後も、ビームでこじ開けた道を進みつつ、同じように接敵掃射迫撃を繰り返され、

 

その度に青い弾幕でお返ししていく青子。

 

「いい加減にしろー! 煙浴び過ぎて気持ち悪くなってきたわよ。

 

さっさと終わらせてお風呂入りたいわ。

 

だいたい、こんだけ攻撃仕掛けてくるって事は方向、合ってるのよね?

 

空間を繋げられてぐるぐる回ってるだけだったらここの魔術師100万回ぶん殴るわよ?」

 

ごほっごほっごほっと無理に煙の中で叫んでむせる。

 

「だいたい、どんだけ居るのよ! 幽霊の兵隊達。

 

いったいどこの戦地の残留思念かき集めたらこんな事になるのよ。

 

何軍よ、いつの時代よ、悪趣味ったらありゃしないわ!」

 

怒りに任せてずかずか直進していく後ろから煙を切って槍が伸びてきた。

 

「ハハッ、お嬢ちゃん。それは違う。俺たちは戦地で故郷を思って死んでいった兵士でも、

 

侵攻してくる敵国から祖国を守るために無残に散っていった戦士でもない。」

 

軽く躱して髪の間を通過していく穂先を見ながら耳を傾ける。

 

「俺たちは坊ちゃんのお家に代々仕える、戦いが好きで好きで仕方ない戦士たちが、

 

いつまでも戦いたくて集った幽霊が溜まりに溜まった混成軍だ!」

 

その言葉に合わせて左右からも複数の槍が伸びて来て彼女を突きあげようとする。

 

低く姿勢を落として、左から伸びる穂先をビームでへし折り、腰を落としながら

 

延ばして左足で幽霊を蹴りつけ勢いのまま回転し槍を差し向けられた時は前方であった方向に飛ぶ。飛びながら槍持ち達への銃撃も忘れない。

 

「なにその史上最悪の軍隊?! 酔狂の極みね。」

 

幽霊の戦士たちは槍が躱されるやいなや、霧に溶け込んで青子の

 

銃撃を回避。目の前の魔法使いの着地地点に先回りして足を突きさすように

 

槍を向ける。突き出されて一点にまとまった槍の穂先にジャンプし撃ち返そう

 

する青子。

 

その首を槍を折られた幽霊が空中から剣を振るって青子の首を落とさんとする。

 

「あっぶな、性根は最悪だけどやっぱ何百年も好きで戦ってるだけあって、

 

他の魔術師の手下とは質が違うわね。貴方たち。」

 

槍の穂先の束に立ってシールドを張っている青子がこぼす。

 

ガゴンっとシールドから音がして後方へ飛ばされる。

 

シールドで守られたが顔の位置ドンピシャにやたらと太い矢が当たって

 

割れはしないものの威力が凄まじくシールド事宙にボールの様に飛んで行っている。

 

いつの間にか槍持ちの戦士たちが消えて目の前には騎兵の集団が槍を向けて

 

突き進んでくる。これ以上押されると不味いと思い、シールドを解いてビームで

 

騎兵の頭上を弧を描いて飛んでいき騎兵に青光の雨を降らせる。

 

一人二人には被弾して射貫かれはしたがそのまま避けた騎兵同様に空間に溶け込んで

 

逃げていった。

 

その間も矢で狙われ続けて空中でシールドを出してジグザクに飛んで避けようと

 

したがどんどん地上に追いやられた。

 

着地すると今度は素手や短剣の戦士達に四方八方から飛び掛かられ散弾にした

 

ビームで塵じりにしたが、すり抜けてきた戦士に組み伏せられ

 

ムカついて頭を吹き飛ばしたところでさっきの騎兵隊が戻ってきた。

 

槍を上から振り下ろされたり馬に踏まれそうになったりしながら、

 

ギリギリで耐えてどんどん後方へ押し上げられていく。

 

ダメージと呼べるものはいっさい負っていないがまったく自由に動けない。

 

騎兵の濁流にもみくちゃにされながらもシールドで防いで強化した両拳で

 

無理やり地面や馬たちを押しのけて立ち上がっていく。

 

馬に拳を突き立てて無理やり立っていたところで騎兵たちが消えて

 

バランスが崩れて倒れそうになる。

 

その隙をついて身体がまるまる隠れるほどの大盾を持った戦士たちがお互いの盾を

 

隣り合わせて隙間なく整列して青子に突進して押していく。

 

盾の後ろは上手く見えないが次々と戦士が増えていき押していく数がどんどん増えていって

 

押し返せそうにない。どれだけ踏み込んで留まろうとしてもまるで意味をなさない。

 

「おい嬢ちゃん、どこの誰だか俺たちは知らねぇがなぁ。

 

うちの坊ちゃんと御家には戦場で永劫に戦わせて貰わせてもらってる大恩があるんだ。

 

ここは境界記録帯(ゴーストライナー)に成れねぇ俺たちの最後の戦場。それを坊ちゃん殺して奪おうってんなら

 

俺たちは全員でアンタを止めて可能ならぶっ殺す!」

 

盾を通してその後ろから聞こえる声は一団となった戦士たち全ての総意というように

 

一糸乱れぬ動きを合わせ強大な力となって一人の魔法使いの腕力ではどうにもならない

 

流れとなっている。

 

「まったく、優秀な戦士達だこと。ちょっと見直しちゃうわね。

 

貴方たちは放っておいて早く工房へ行ってガガーリンをぶっ飛ばさないといけないんだけどなー、私。」

 

何故が延々と同じ方向に押され続けながら青子が必死に抵抗し続ける。

 

「工房だって? んなもん、槍持ち達が接敵する時にはとっくに通り過ぎてたっての。

 

残念だったな嬢ちゃん。方向違いだ。」

 

「んな?!」

 

それを聞くと急に体が浮いた気がした。

 

「じゃあな、嬢ちゃん。

 

ここは俺たちの楽園(ヴァルハラ)なんだ。壊れるわきゃいかねーっての。

 

無理な仕事押し付けられたと思って諦めて帰るんだなぁ!」

 

瞬間、

 

ぴゅうううううううううううううううううううううううううううううう。

 

っと空の上。眼前には何十メートルも離れた場所に森を切り崩したような崖。

 

身体の下には日が暮れたとはいえ、まだ人々が日々の暮らしを務めるにぎやかな街の風景が。

 

結界の出口まで押し出され最悪のところから出されたのだ。

 

「にゃにィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?!!!」

 

世にも珍しい魔法使いの落下死。

 

あぁ無常、可憐な美女は重力にとらわれ建物を巻き込んで木っ端みじん……

 

にはならなかった。

 

砕けたのは落ちた民家の屋根とその下の二階の床のみ。

 

青子は建物に入った瞬間にクッションになるように最小限目立たないようにビームを

 

撃って落下の衝撃を押し殺した。

 

「っうう、いたたー。ふふふ。

 

ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……。」

 

ひどく頭を打ったのか、神妙な顔をして声高に笑い声を上げる蒼崎女史。

 

否、彼女のこれは通常運転。

 

赤髪の狼が自分に歯向かう猟師を本気でぶっ飛ばすと決めた時の彼女の恐怖の一面。

 

「久々に滾ってきたわー。

 

Mr,ガガーリン、報復。楽しみに待っていて下さいね?」

 

いきなり家に落ちてきた女性が急に怖い顔して笑い出し、訳も分からず

 

泣きそうになっている住人の女の子とその家族に暗示をかけて世は事もなし

 

となるように青子は外へ出て森へと向かう。

 

 

 場面はフューリーと燈子のいる工房へ。

 

魔術刻印の写しは幽霊たちの健闘によりとっくに終わり。

 

と言うよりは、思いのほか青子が苦戦している様を燈子さんが

 

嬉々として観戦し始めて逃げずに留まっていたところ、

 

観戦中の暇つぶしにと写した魔術刻印の内容について話していたら盛り上がり

 

現在にいたる。

 

普段、専門としている魔術について話すことが出来ない魔術師が自身の魔術のすべてについて

 

話し合えるというのは異例でそれ故、知的好奇心がくすぐられたのは仕方ない

 

……と思うしかない。街へ落下してから森へ戻ってくる青子をよそにまだ話は尽きない。

 

「その魔眼、貴方の家系の魔術と非常に親和性が高いと思うのだけど、どうして運用に組み込まれていないの?」

 

「あぁ、これは研究の産物じゃなくて生まれつきたまたま備わってたものなんだ。

 

でも、魔眼と身体で魔術回路の構成がちょっと食い違っててね。

 

負荷がかかるからほとんど使ってない。」

 

「治そうとは思わなかったの? せっかく備わっているのに使わないのはもったいないわ。」

 

「うちで魔眼持ちは俺が初めてでね。その手の知り合いもいないし、幸い浸食はしていないし、計算機としては使えるからまぁいいかなと。」

 

「なるほど。

 

ねぇ? 魔術刻印を写させてもらったお礼に私が調整してあげましょうか?」

 

「それはありがたいが、そんなことまで出来るのか?」

 

「この眼、私も魔眼持ちなんだけど貴方ほど強力じゃないから加工して使ってるの。

 

お望みならただ正常につなげるじゃなくて同じように改良してあげられるわよ?」

 

「おぉ、是非頼む。

 

刻印の件は契約が済んでるから、金銭で対価を払うよ。言い値でいい。」

 

「ホントに?! 実は手持ちに困っていて非常に助かるんだがホントにいいの?」

 

しとやかな話し方から打って変わって急に砕けた口調になった。

 

よほど困っているらしい。どうでもいいが。

 

「あぁ、そっちの方がこっちも気が楽だ。

 

……、なんなら前金で払おうか? 今小切手書くぞ?」

 

「本当に? いやぁ、ありがとう……!!

 

ごほん。すまない、少し取り乱した。

 

いや、その、非常にありがたい申し出だが口約束で前払いというのはさすがに……。」

 

「先に払っておかないと、この後うまく合流できなかった場合、ミス・アオザキが

 

面倒になって施術をキャンセルする可能性もある。俺として先に払って施術する義務感を持ってもらいたい。そのための前払いだ君の懐に同情した訳では無いよ。」

 

「なるほど……、最もだ。いかにも私がやりかねない。

 

よし、そういう事なら、ありがたく今、小切手を受け取ろう。」

 

手で指定された金額をすぐに書いて小切手を渡した。

 

「よし、あとはこの後の合流地点だが……。」

 

ドンっと工房の扉が吹き飛んでフューリーのすぐ後ろに幽霊の戦士が激突した。

 

扉にもトラップは仕掛けていたが罠ごと吹き飛ばされたようだ。

 

「すまねぇ、坊ちゃん。一回は追いだしたんだがあの嬢ちゃんめちゃくちゃしつこくて……。」

 

「構わない。むしろあれ相手によくここまで戦ってくれた。ありが──」

 

「人を民家に突き落としといて女性と逢瀬の約束とはずいぶん余裕じゃない。

 

ってあれ? なんで姉貴がここに居んのよ?」

 

「は? 目的は私じゃないのか? 

 

てっきりとうとうお前の方から私を殺しに来たんだと思ったんだが。」

 

「そんなに暇じゃあないっての。そこのフューリー・ガガーリンって奴がやらかしてくれたおかげでこっちはあちこち追っかけて大変だっつうの!!」

 

「おいおい、流石に魔法使い様から恨みを買うような事をしでかした覚えはないぞ。」

 

「はぁあ? 貴方何言って、ってちょっと待った。私もしかして、ちょっと早く来過ぎた?

 

だから南極に言ってもなにも無かったってこと?」

 

「……。」

 

南極と聞いて少し思うところがあったが、そこに燈子が割って入る。

 

「お前、まだそんな無駄なあがきを続けているのか? まったく。

 

過去に起きてしまった事はどういじくりまわしてもどうにもならない事だ。

 

いい加減、別のアプローチを考えたほうが良いんじゃないか?」

 

「お生憎様、こっちは順調ですよーだ。

 

アンタには関係なんだからすっこんでなさいよ。そしたら今回は見逃してあげる。」

 

「見逃す? 随分な言いぐさじゃないか。青子。

 

悪いが、関係はあるんだ。彼からは仕事を請け負って報酬も既に受け取っている。

 

目の前で殺されてしまっては、私の立つ瀬がないのでね。」

 

空に文字を刻んで青子に放った。アンサズの炎が稲妻の如く駆けていく。

 

それをなんなく防ぐ青子。

 

「大見え切って口だけとは珍しいわね。

 

鞄もないアンタが私に勝てると思ってるの?」

 

「私を見くびるなよ。」

 

先ほど書いたルーンは囮。本命はとっくに床や壁に刻み終えている大量のルーンによる一斉砲火。フューリーとの話し合いがこじれた時のために仕掛けていたものだ。

 

工房内に貼られたルーンには気づいていたので砲火と同時に燈子の肩に手をのせ床に溶け込んで、工房内から逃げる二人。地面を潜って進めば反撃のビームにも当たらない。

 

ところが、太陽と見まごう程の炎の中を突っ切って来る青子、結界が歪むように手あたり次第撃ちまくって慌てて木の陰に出てそのまま走る。

 

「あんな面倒な事されたのに逃がすとか思ってる?」

 

真横にすぐにかっ飛んできた青子。

 

礼装に改造してある片手持ちのサブマシンガンで応戦するが避けられて腕を掴まれた。

 

2発同じ軌道で飛ぶように細工してある、一発で対物級の威力の弾丸の雨をニンジャの様に森の木々で弾みをつけて避け切ったのだ。阿保か。

 

多くの戦闘術において銃弾は受けることが前提でいかに当たっても問題ない部位に弾を持っていくかを模索されているが、この相手はそもそも人間の動きではない。獣様に中空を駆けて避ける。そもそもなぜプロレス技じみた動きなのか。

 

腕を折られそうになったのでナイフで目を狙うが、彼女の魔術の何かに阻まれて、刃が宙で止まる。

 

「だいたいなんでそんなに戻って来るのが早いんだ!

 

お前、自分が落ちてきた隠ぺい工作してないだろ。」

 

腕を壊されまいと必死に抵抗しながら疑問を叫ぶ。

 

「馬鹿ね、ちゃんと落ちた家の人達には見間違いと思うように暗示を掛けてきたわよ。

 

でも、街中に夜空から華麗な美女が降ってきた事がニュースになるのを防いだり、噂とすり替えるのは法政科のお役所仕事でしょ?

 

人にはそれぞれ役割があるんだからそれに任せればいいのよ。」

 

「お前、社会経験ないだろ……。」

 

呆れた物言いに素で返してしまった。

 

結界が歪んで消える事が出来ず、放った幽霊の隊も背後からでも大量のビームで砲撃してくる青子を止めることは出来ずいよいよ腕を諦める決断をしたその時。

 

燈子がフューリーの背中に指で何かを書いて青子のサブミッションから抜け出せた。ルーン魔術で意識出来ない様にしているのか腕にかみつく猛獣が獲物に集中し過ぎているのか燈子の行動は阻害されずになんなく終わる。

 

フューリーはルーンを習得していないのでなにを書いたかは不明だが、一説によるとオーディンの18のルーンのうちの一つに手足の拘束を解くものがあるらしい。そもそも背中に書かれたので見る事も出来ない。

 

窮地を逃れ大急ぎて転がり逃げる。逃げる時、手りゅう弾と簡易結界を置いて

 

青子が追撃出来ない様にする。

 

この設置物も、発動すれば、結界内に対象と閉じ込めた状態で手りゅう弾が爆発し、爆発を耐えても中の酸素が無くなり昏倒する。彼の家伝の魔術は肉体と精神、魂の均衡を調整する事に費やされた降霊術で儀式のために昏倒、酩酊を促す効果の物がいくつかありそれを戦闘に使用(悪用して)いる。

 

転がり続け木の後ろに隠れたところで反撃のための礼装(ライフル)を取り出す。

 

取り付けるための銃剣を出して相手を見る。

 

予想通り、設置物は意味をなさず二人の淑女は龍虎相搏つの画をつくりだしている。

 

「ガガーリン君、貴方先に逃げていて。ここは私がなんとかするわ。

 

貴方の魔術と青子の魔法、相性最悪だもの。」

 

「みたいだな。正直これ以上は勘弁してほしいからホントに行ってしまうぞ。」

 

「えぇ、そうして頂戴。私一人の方が都合がいいわ。」

 

了解と返して歪みが修正され始めたところから逃げようとする。

 

すると青子が容赦なく燈子の胸を青い光線で撃ちぬいた。

 

「ちょっと、気を抜き過ぎじゃないかしら。

 

映画じゃないんだから仲間を逃がして自分だけ戦うとか出来ると思ってる?」

 

「ッ……。」

 

撃ち抜かれて声を漏らす燈子。苦悩の顔の姉を前にしても止まるどころかますます凶暴性を

 

発揮する魔法使い。

 

「だいたい、私と戦うときは眼鏡外しなさいよ。上品ぶってて気持ち悪いわ。」

 

「私がどう振る舞おうとお前には関係のない事だろ青子。

 

それに、私は気を抜いたんじゃない。お前に撃たせるためにあえて無防備に振る舞っていたにすぎないんだよ。」

 

彼女の胸の穴からは生々しい画はいっさいなくそれどころかなにも無い虚空になっている。

 

虚空を覗くと二つの光が見えた気がする。なにか自分のしでかしてしまった事を後悔して

 

狂い悶えるようなそんな恐怖の瞳のようなものがそこにはあった。

 

「! なんでそれがそんなところに入ってるのよ? 

 

そんなもん前は……」

 

冷や汗をかく妹に姉は講義する。

 

「あのなー。お前の様に、完成されたものを持たない私たちは、

 

日々、進歩して今までにないものを常に築き上げなければいけないのだよ。

 

もっともこの機構は数年前から取り入れているので、今回はお前の不勉強がアダになっただけだがね。」

 

それを聞いた魔術師の傭兵が続ける。

 

「あぁ、そういう事か。

 

そんなの情報収集を怠らなければもはや誰でも知っているレベルの事なのに浮世離れもいい事ばかりじゃないらしいなー。

 

そういう事ならこちらにもまだ手があるという物だ。

 

あぁ、ありがとう。君の失点に救われたよ。ミス・ブルー。」

 

そう言って彼は刻印を起動させる。

 

「ミス・アオザキ、魔術を共有した君には是非時間の許す限り見ていて欲しい。

 

我が家の魔術は、肉体、精神、魂の流体的な運用調整を旨とするもの。

 

どこか一要素を都合よく強化しても他が崩れてしまえば意味を失う。そうならないように、

 

どこかを変えても他も順応するようにコントロールをする。

 

当然、これは大宇宙(マクロコスモス)小宇宙(ミクロコスモス)の関係で大源(マナ)や霊脈にも当てはめることが出来る。平たく言えば俺の魔術は持続可能な霊的エネルギーの運用を得意としている。

 

だからここの幽霊たちはいつまでも存在を留めていられるし、この工房も多少の誤差はあれ世界中どこの霊脈でも十全に機能するようになっている。」

 

「あのー、その話後にして貰えるー?

 

ちょっとー、こっちは触手が凄い事になっててー、講釈は聞いてられないかなー?」

 

「いや無駄な抵抗をしないように君も聴いた方がいい。

 

何故なら、お前はその触手を何とかした後ミス・アオザキの身体ごと空間の繋がりを破壊すれば今の状況から抜け出せると思っている。

 

だがそれは大きな間違いだ。」

 

「へ?」

 

「いや、まったく引っ越しの為に工房を持ち歩いていた事も、契約の為にそれを展開していたことも実に幸運だった。

 

ミス・アオザキの身体で固定している空間と俺の工房を繋げて霊脈に固定(セット)した。

 

その身体を破壊したとしても霊脈からの供給で空間は維持し続ける。

 

機能を果たすまでその術式は消えはしない。」

 

「はははははは、最高だな君は!」

 

「それを消すには霊脈ごと破壊でもすることだな。

 

もっともこの霊地は他の大家名家も使用しているものだからここいらの霊脈を管理している魔術師の仕掛けを一つずつ破壊して霊脈を安定化させる仕組みを止めてからでないと消えないが。」

 

「もちろん、そんな事している間に触手に引きずり込まれるぞ。青子。」

 

「ですよねー! あー、ちょっと、むり、かも、これ。」

 

茨のような触手に巻き付かれて必死に逃げ出そうと青い光をばら撒いている魔法使い。

 

長居をしてあの光の巻き添えになるのはごめんなので今度こそ自分の結界から逃げ出す。

 

「それでは、ミス・アオザキ。

 

合流方法はさっきの通りに!」

 

「えぇ、諸々ホントに助かったわ。

 

まさかこんな面白おかしい事になるとは思ってもみなかった。それではまた。」

 

胸に空いた穴から触手が蠢いているのに、律儀に仰け反って笑顔でこちらに手を振る燈子。

 

それを横目に確認しながら空間に溶け込んで結界の外にでる。

 

一先ず、魔法使いによる襲撃事件は幕を閉じる。

 

 

 それから2週間と少し。

 

あのあとホテルを引き払って別の街に拠点を変え、ようやく先週、展開していた工房の回収が出来た。

 

あのあと大きな抵抗は無かったようで、ほとんど無事だったがミス・アオザキの私物がまるまる残っているのには驚いた。とりあえず、全て回収しておいたがその中には彼女のスマートフォンも含まれていたのでホントに合流地点にくるか不安になった。

 

今いるのは、前回泊まっていたホテルの近くのカフェテラス。

 

ホテルの向かいにもカフェはあるが、そちらは追跡者が居た場合の監視位置になるので、そことカフェどちらも見渡せる店のテラスにした。

 

クリスマス当日なので人混みもそれなりにある。

 

今回は指定の時間通りに来れたようだ。

 

「2週間ぶりね。ガガーリン君。」

 

久々の彼女は大きなふかふかのコサック帽にそれに合わせたようなふわふわのコートを纏っていた。この時期ならさほど珍しくないが傍から見たら顔や体の特徴が見えずらい。

 

今回は大きな旅行鞄を持っている。

 

「ずいぶん変装慣れしているな。」

 

「もう十何年もお尋ねものだからね。慣れれば楽しい物よ?」

 

「楽しめているなら何よりだ。それでは施術の為の場所を用意しているから行こう。

 

君の私物もそこに保管してある。」

 

「あら、回収しておいてくれたの?

 

助かるわ。」

 

にこやかに返して場所を移動する。

 

テラスの机の上には紅茶代と暇つぶしに読んでいた地域新聞が置かれている。

 

一面には、酔っ払い女。2週間早くサンタに扮装か? クリスマスシーズンの珍事件真相はつかめず。と書かれ、ぼやけた写真で赤い髪なのか帽子なのかよくわからない女性が夜空から落下しているように見える画像が拡大されて載っている。

 

 

 場所と時間が変わり、フューリーが用意した隠れ家。既に魔眼の施術は完了している。

 

郊外の使われていない避暑用の屋敷を借りて簡単に工房化した。

 

自分の工房を使わないのは結界の感覚を覚えられて追跡して来る事を避けるためと、魔法使い襲撃事件で多少霊地に影響が出てしまい近隣の魔術師から釘を刺されたからだ。

 

「問題ないはずだが、視界、魔術回路との接続に違和感はないかな?」

 

「あぁ、問題ない。寧ろ、今まであった違和感がなくなったよ。」

 

「それは良かった。いやぁ、前金を貰っていたから肩の荷が下りたよ。」

 

一仕事終えた後の一服を流れる手つきで済ませる燈子。

 

「あ、すまない。吸って良かったかな?」

 

「良くはないが、火をつけてしまったものは仕方ない。」

 

「ホントに申し訳ない。すぐに消したいところだがちょっと訳ありでね。

 

ホント、これ一本だけだから許してほしい。」

 

「それは構わない。珍しい煙草だな?」

 

「もう何年も前に廃盤になってしまった好物でね。今持っている物が切れたら二度と手に入らない。」

 

二週間ぶりの喫煙を満喫する燈子とそれを待つフューリー。

 

そこに再び轟く爆発音。

 

「「はぁああああ。」」

 

ため息のタイミングが合う。

 

「ゆっくり煙草も吸えんのか。」

 

隣に座っている彼女の煙草がみるみるうちに灰になっていく。

 

それと同時にフューリーは結界を5重に自分たちの部屋だけに張った。

 

「戦術的には逃げた方が正しいが、あれ相手に追いかけっこなんてする気になれない。」

 

「同感だ。」

 

ドンドンっと部屋のドアをけ破ろうとするが無理だと分かると壁ごと薙ぎ払った青子。

 

「あらあら、随分と仲のよろしい事で。

 

いいの? こんな結界5分もあればぶち抜けるわよ?」

 

「5分もあれば煙草が吸い終わる。

 

ガガーリン君、試したい事があるの。

 

私に任せてくれないかしら?」

 

「お任せするよ。逃走経路は出来てるからご自由に。」

 

ミス・アオザキが踵からルーンを床一面に広げ始めた。

 

仕掛けがあるならそれまで持たせよう。結界の維持に魔術回路の全てを回す。

 

本当はこの結界もくぐればくぐるほど魂と肉体の繋がりを不安定にさせて降霊や、

 

幽体離脱させやすくする物だが、分かってか勘が鋭いのかパンチではなく高出力の

 

ビームで一枚一枚徐々に割っていっている。

 

これだけ大出力の魔力砲なのだから、普通飽和している魔力を引き抜いて結界の維持に回せるが、飽和している魔力がまったくない。魔力コントロールだけぐんを抜いて上手いのか。

 

「もう、いいわ。時間稼ぎありがとう。

 

そこから動かないでね。」

 

「了解。」

 

今撃たれている魔力砲が消えるのに合わせて結界を解く。

 

「意外と硬かったわね?

 

まぁ、あと一発で終わりだけど。」

 

「こりないなぁ青子。」

 

いつの間にかフューリーの手の甲に刻まれていたルーンが発動する。

 

魔術刻印が勝手に起動したからおそらく人を操るルーンだろう。

 

更に魔眼と接続を開始し先ほど取り付けた機能が動き出す。

 

カシャカシャと音がして魔眼の中で術式が万華鏡のように反射し合って増幅する。

 

出力に見合うように虹彩に造られたシャッターが開いていく。

 

出力された魔術式は既に超高密度な情報量に達していたがそこから更に

 

ミス・アオザキが仕掛けていたルーンが起動していく。

 

床や壁に張り巡らされたルーンにより空気のレンズが展開されていき、

 

光の反射も本来拡散されていくがまっすぐに蒼崎青子の瞳へと流れ込んでいく。

 

還畏(かいい)の魔眼。

 

魔眼蒐集列車の連中なら、そう名付けるだろう。

 

君の眼は見たものの根源的な恐怖を呼び覚ます。実に良い魔眼だ。」

 

魔眼の光は青子を捉えて離さない。彼女へ向けられたそれは最早、最上級の魔術的映像作品。

 

見た本人の関心がどうであれ見てしまったが最後

 

上映が終わるまで身動き一つ取ることは出来ない。

 

「な……、うぅ……、あああああああああ」

 

 

 魔眼を見て、しまった……、とも思えない。

 

彼女は既に恐怖の虜。自分がどうなっているかも分からない。

 

ただ、後ろからの気配に恐怖する。

 

子供の頃から徐々に近づいてきたそれは今も私の背中を狙って離れない。

 

赤い頭巾の中には何があるのか分からない。

 

捕まったら最後どうなるのか分からない。

 

でも、捕まってはいけない。捕まった時が自分の最後だと本能が理解して

 

大きな大きな警告の鐘の音を全身に響き渡らせる。

 

それが毎回うるさくて、怖くて汗が止まらなくなる。

 

狼の私は赤ずきんに捕まって殺される。

 

殺される。殺される。もうそこまで手が伸びている。

 

もう助からない。逃げられない。

 

ガシッと死の手が私の肩を掴んだ。もうおしまいだ。

 

赤ずきんが私の肩を引き寄せる。もうおしまいだ。

 

私の顔を覗き込んで顔を近づけて来る。もうおしまいだ。

 

赤い頭巾の中の世界が流れ込んでくる。もう帰ってこられない。

 

赤ずきんの声が脳に響く。

 

「こんにち は」

 

ザザ、ザザ、ノイズが走る。

 

世界は暗転し時々青や赤の線が画面の端から

 

点滅しては消えていく。

 

だんだんそれも無くなっていく。

 

なにもない。なにもない。なにもない。

 

ただそこにはなにもないが──────

 

 

 もうそこにはなにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」

 

青子の発狂が部屋に響き渡る。

 

膝から崩れ落ちて、空を見上げて、白目を剥いて泣いている。

 

時々「あぁ……、あぁ……」と嗚咽を漏らして完全に気を失っている。

 

「なんだ、ショック死するかと思ったが案外しぶといな。」

 

燈子がつぶやく。

 

「流石に高望みだろう。無力化出来れば満点だ。

 

殺しに来た魔法使いの拘束に成功するなんて私たちが初かもな。」

 

「いやぁ、どうだろう。彼らにも色々厄介な相手がいるようだし、

 

過去に何件かあったかもしれない。」

 

「まぁ、そんなものか。

 

それ、どうするんだ?」

 

「心配ない。私が預かっておくよ。

 

もう君が追われる事は無いだろう。」

 

燈子の鞄から触手が伸びて青子の身体を引きずり込んで

 

鞄の中へ収納する。

 

「このあと空港へ行くんだが君も同じなら送っていこうか?」

 

「ありがたいが、ここいらで少し路銀を稼がなきゃ飛行機に乗れないんだ。

 

遠慮しておくよ。」

 

「は? 君の資産運用に口を出す気はないが、

 

この間の報酬はもう使い切ったのか?」

 

「君の魔眼の施術を行う為の資材を調達した時に思わぬ掘り出し物を見つけてね。

 

それが結構な上物でここまでの航空券の分が残って助かったよ。」

 

「おいおい、ここまでの事をして道端で小銭稼ぎとは居たたまれないな。

 

施術の成功報酬と魔法使いから守ってもらった分でいくらか払うよ。」

 

「いやー、前金でかなり貰っているしこれ以上は流石に……。

 

友人から際限なく施しを受けるのも気が引けるし。」

 

さっきまでの威勢はどこへ消えたのか。もじもじと申し訳なさと切実な金銭的問題に

 

挟まれて葛藤している。

 

「なら、友人としてせめて旅券と数日分の食事代くらい貸させてくれ。

 

クリスマスに恩人の女性を素寒貧で放置出来んよ。

 

星の巡りが合えばまた会った時にでも返してくれ。」

 

冗談交じりに言ったら光明が差したように同意した燈子。

 

「ホン、トに、ありがとう。

 

そうだ、貸し借りと言えばこの煙草預かってくれないか?」

 

さきほどまで吸っていた煙龍の箱をポケットから取り出した。

 

「担保にか? 貴重なものらしいし無くても構わないぞ?」

 

「いや、そういう訳では無く。貴重な物だから預かっていて欲しい。

 

この前の通り身体ごと持ち物を置いてかなきゃいけない事も稀にあってね。

 

代えの利かないものは信用の出来る者に預ける事にしてるんだ。

 

まぁ預けた相手はだいたい、どこぞで野垂れ死んでしまうんだが

 

それも星の巡り合わせなんだろう。君は返してくれることを願うよ。」

 

「……、そういう事なら。

 

次に会う事があればこいつの幽霊も一緒にプレゼントするよ。」

 

「ホントに? それは次に会うのが楽しみだわ。

 

これもたまたま見つかったやつで、もうほとんど地上にないのよねー。」

 

笑顔で一本だけ抜いてポケットに戻し、箱を渡してきたのを見るに

 

彼女からしてみたらだいぶ切実な問題らしい。

 

「あぁ、期待しておいてくれ。

 

それじゃあ空港に向かう。」

 

「えぇ、そういえば貴方、次は何処へ行くの?」

 

それを聞くと開いたドアを前に振りかえってバツが悪そうにこう言った。

 

「南極だよ。とある君主に頼まれてしまってね。」

 

 

 回想は終わりカルデアへ話が戻る。

 

「てな訳だ。そう言えば此処へ来てから色々あり過ぎてまだ作ってないな。煙草の幽霊。」

 

本人は何気ない昔話のように語り終えたが、

 

マシュをはじめ周りで聞き耳を立てていた職員達は騒然としていた。

 

「私達も特異点攻略で突飛な話には事欠きませんが、また一段と凄いお話ですね……。」

 

「信じられないけど色々腑に落ちると言うか。

 

だからその魔眼、そんなに高威力だったんですね。」

 

「蒼崎姉妹って凄い美人なんだろ? お目にかかれて生きて帰れるとは羨ましい!」

 

「私達、一般の職員からしたらホントにおとぎ話ですね。まぁ此処では毎日がそうですが。」

 

ざわざわと騒いていると席を外していたダ・ヴィンチが戻ってきた。

 

「おやおや、にぎやかな事で。何を話していたんだい?」

 

「ダ・ヴィンチ司令官、それが兄さんがあの蒼崎姉妹と交戦して帰ってきた話をして……。」

 

「は? そんな面白い話があるのに君なんで何か月も黙ってたんだい!」

 

ぶうぶう言うダ・ヴィンチ。

 

「昨日たまたま、これを見つけて思い出しだけだよ。

 

そういえば、ダ・ヴィンチ、君これの幽霊って作れるか?」

 

「はあ? 何だい藪から棒に。

 

まぁ作れるんじゃないのか? 今度、暇を見て手伝うよ。」

 

「ありがとう。

 

これもう手に入らないらしくてな。」

 

「まぁ、物資の補給に貢献できるなら良いさ。

 

そこまでして増やしたいって言うなら構わないよ。」

 

ふーんと言った表情で煙草を見つめて席について紅茶を啜ったダ・ヴィンチ。

 

ん?と違和感に気付いて目を見開く。

 

「って? 君、愛煙家だったのか?! 初耳だぞ。」

 

という具合に冒頭に話題が戻って周囲と笑いつつ、

 

一人聞き逃した昔話を親友に語り聞かせた。




ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
前回からだいぶ時間が経っていますがコンテンツとして継続しておりますので
進捗等を知りたい方はTwitterアカウント(@1_5kamuran_info)ありますのでフォローよろしくお願いします。

前回からの読者の方へ
本作は次の物語の前振りとなります。次回はカルデアで彼が活躍しますのでFate好きの方は次回乞うご期待下さい!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。