思い切りがないあの夜に   作:ptagoon

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ハイセンスな贈り物

「あんた、なんでそんな馬鹿げたことしたのさ!」

 

 妖怪の山の中腹。そこで正座する小人を前に火車、火焔猫燐は憤りを露わにした。赤色の髪を二つの三つ編みにし、緑色のワンピースを着た彼女はその顔まで真っ赤にしている。元々は黒猫の姿の彼女も、今日は人間と変わらぬ姿に化けている。初めは二足で歩くことすら苦労していたというのに、今では猫の姿よりも自然ですらあった。二つの猫耳がせめてもの面影としてあるくらいだ。

 

「一人で妖怪の山に行くなんて危ないでしょ」

「だって仕方ないじゃん!」

 

 何も仕方なくないというのに、針妙丸は声を荒らげる。

 

「ここに格好良い鬼がいるって聞いたんだもん!」

 

 火焔猫燐。皆からはお燐と呼ばれている彼女は、元々は地底の妖怪であった。地底の主。管理者である古明地姉妹のペットであった彼女は、地底でもそこそこ楽しそうに暮らしていた。が、例の異変。地底から怨霊が吹き出した地霊殿の異変以降は博麗神社で暮らしている。針妙丸も天邪鬼の下剋上に巻き込まれた後、神社で過ごしているので、今では同居人とも言えるかもしれない。

 

 そんなお燐がなぜこんな所に来たのか。それはもちろん一人で神社を出て行き、魑魅魍魎はびこる妖怪の山へと無謀にも突撃した針妙丸を心配したからでもあるだろう。が、そもそも彼女が地上に来た理由を考えれば、他の理由も想像がつく。というより、つかなければならなかった。心なしかお燐も呆れているような、同時に緊張しているような顔をしている。

 

「せめて、あたいとか霊夢とかに言いなよね」

 

 頭をがしがしと掻き、両腕で顔をごしごしと拭った彼女は大きなため息を吐く。腰からは二つに分かれた尻尾が所在なさげにぴこりと動いていた。

 

「一人でこんなところを歩いていたら、悪い奴に襲われてもおかしくないでしょうが」

「大丈夫だよ」根拠なんてないはずなのに、針妙丸はえへんと胸を張った。「私は下剋上の首謀者なんだから!」

「失敗したじゃないか」

「まだ失敗していないよ。これからが勝負さ! それに、いざとなったら萃香か霊夢が助けてくれるよ」

「それは……たしかに大丈夫っぽいけどさ」

 

 苦笑したお燐は「それでもさ」と指をピンと立てた。猫らしい鋭い爪が薄白い曇り空を切り裂いたような錯覚に襲われる。「最近、妖怪の山は何かと物騒だからさ。この前の守屋神社の会議で、神様方で緊急会議をするほどには」

「神様方?」

「守屋神社の神様の二人と、あとは地底の鬼のお二人だよ。あたいからすれば、鬼の二人も神様みたいなもんだね」

「そうなんだ!」なぜか針妙丸はニコニコと笑った。その理由をお燐は訊ねなかった。まさか彼女がその鬼に出くわしていたなんて聞けば、きっとお燐はひっくり返ってしまっただろう。そのまましばらく起き上がれないかもしれない。

 

「その会議でさ、妖怪の山で不審なことが起きているって話題になってるんだ。いつの間にか妖怪の山の奴らが悪戯に遭ってるっていうのさ」

「悪戯って?」

「後ろから殴られたり、大事な物を壊されたり、地面に埋められたり。しかも、犯人の姿すら掴めていないらしいんだって。不思議だよね」

「事件だね!」針妙丸は面白そうに声をあげる。「事件が起きたときには、げんばほぞんが大事なんだって」

「現場保存?」

「萃香が言ってたの! 証拠が残っているかもしれないからって。ミステリー小説だとそうなんだって」

「あの萃香様がミステリー小説を読んでいることの方がミステリーだよ」

「萃香は言ってたよ。現場保存するのも大変なんだって。どんな物でもすぐ壊れちゃうから」

「それは鬼の力が強すぎるからだと思うけど」

「でもお燐はそういうの得意そうとも言ってたよ」針妙丸は、自分が褒められていた訳でもないのに、心底楽しそうに言う。「あいつは凄いって」

「光栄だねえ」

「鬼が破壊の化身だとしたら、お燐はホルマリンの化身だって。自棄っぱちになって腐ってたさとりを腐り切らさせずに保管してるからってさ」

「嬉しくないねえ」

 

針妙丸は、こてんと首を傾げ「ホルマリンって何だろうね?」と柔和な笑みを浮かべていた。お燐も毒気を抜かれたのか、ふにゃりとした顔になる。「物を腐らせないようにするための薬だよ。まあ、私は塩を使うけど」

「塩?」

「ご主人様からもらった塩なんだよ。なんか、特別なんだとさ」

 へえー、と針妙丸は頷いたが、実際に懐から塩を取り出そうとしたお燐を見て、慌てて

「それよりさ」と話を変えた。聞く耳を持っていない。いったい誰の影響を受けたのやら。

 

「お燐は私がここに来たって、よく知ってたね」

「え」

「私、誰にも言ってなかったのに」

 

 あー、と気まずそうに頬を掻いたお燐は「実はさ」とてへへと苦笑した。

 

「たまたまなんだよね」

「たまたま?」

「ちょっと地底に寄って行こうと思ってさ。その途中で、たまたまあんたを見つけたのさ」

「へー」

 

 先ほどと同じように相槌を打った針妙丸だったが、先ほどとは違いその目は輝いていた。正座も忘れ、その小さな体を精いっぱい伸ばした彼女は「地底ってどんなところなの?」とお燐に縋りついた。好奇心は猫をも殺す、という諺があるが、針妙丸がお燐に纏わりつくその姿はその体現図とでも言えるかもしれない。

 

「私も行ってみたい!」

「いや」とお燐は苦々しい顔になる。「行かない方がいいよ」

「え? どうして。だってお燐がいた場所なんでしょ?」

「そんなに良い所じゃないからさ」

 

 昔を思い出しているのだろう。お燐はどこか遠い目になった。良い所じゃない、とは言っているものの、その目は穏やかだ。

 

「地底ってのはさ、嫌われた妖怪の隔離所だったんだ」

「かくりじょ?」

「昔、妖怪の賢者がさ。地上にいられないほど嫌われた妖怪を地底に封印したんだよ。封印というか隔離かもしれないけど。とにかく。地底の妖怪は地上に行っちゃだめですよ、って約束をしてたの。だからさ、地底は嫌われ者たちの巣窟だったんだ」

「私の友達も嫌われているけど、地底に行ってないよ?」

「時代じゃないかな」現に地底も今は割と自由だし、とお燐は自らを指さす。たしかに、お燐がこうして地上で堂々と過ごしていることこそが、地底の『封印』が解けたことの証明なのだろう。まあ、封印なるものが何なのか。そもそも本当にあったかは怪しいところだが。

 

「でもさ」針妙丸は無邪気な顔を強張らせ、むむむと唸る。「そんな、嫌われている妖怪が一杯だったらさ、地底は大変なことになるんじゃないの? それこそ約束を破って地上に行っちゃったりとか」

「鋭い」とお燐は小さな生徒を褒める。「その通りさ。でも、それを抑えていたのがご主人様なんだよ」

 お燐は自慢げに腕を組み、胸を張る。「凄いでしょ」

 

「凄い!」針妙丸は素直だった。その小さな頬を赤らめ、その場でぴょんぴょんと跳ねる。「お燐のご主人様は凄い人だったんだね!」

「そうだとも」と頷いたお燐は「そうだったかな?」と急に不安げな顔になった。そして最終的には「そうじゃなかったかも」となぜか落ち込んだ顔になる。

「そうじゃないの?」

「ご主人様はさ。さとり妖怪だったんだよ。さとり妖怪って知ってる?」

「知らない」

「人の心を読む妖怪さ」

 

 人の心を読む。それは読心術とは違った。そんな柔なものではない。もっと残酷で悪辣で、救いようもない能力だ。相手が今何を考えているか。何を思っているか。何を隠したがっているか。それを強制的に暴いてしまう能力。妖怪や人間からすればたまったものではないだろう。生きとし生けるもの、誰だって秘密を持っている。それを暴かれていい気分がするはずがない。その能力のせいか、地底の主。地霊殿の主は嫌われていた。

 

 いや、嫌われていたのは能力のせいではなく、性格のせいかもしれない。

 

「まあ、それで嫌われてたんだけどさ。だから、さとり様なんかは今でも地上に来ないんだよ。怖がってるわけではないんだけど、さとり妖怪の評判をもっと落としかねないって。まあ、元々活発な方ではないんだけどね」

「そうなんだ」

 

 針妙丸は悲しそうな顔で俯く。素直だ。きっと彼女は純粋なのだろう。誰かの不幸を悲しみ、幸福を喜ぶ。子供よりも潔白で、大人よりも強い。

 

「何とかしてあげたいね」針妙丸は心から思っているのだろう。同情とは違ったため息を吐いた。「何かいいアイデアないかな?」

「アイデア?」

「その人が、地上でも怖がられずに外で楽しく過ごせる方法」

 

 それがどれだけ難しいことか、お燐は分かっているはずだった。そもそも、さとりは生来の引きこもりであり、昔は今より幾分か活発だったとはいえ、それでも自ら進んで地底から出ようだなんて、思いもしなかっただろう。そんな妖怪を外に出すなんて、それこそ妹で釣るか住処を爆破するくらいしか思いつかない。

「ねえ」と針妙丸が妙に神妙な顔つきになったのはその時だ。らしくもないほどに真面目だった。「その、さとりさんだっけ。もしかして怖い顔してたりする?」

「え?」

「私の友達もさ、怖い顔な人がいるんだよ。そのせいで指名手配もされてて」

「多分それは顔が怖いせいじゃないよ」

 お燐は申し訳なさそうに言う。「正邪のことでしょ」

「そう! 目が鋭いんだ」

 

 見た目。たしかに大事だ。特に妖怪にとっては大きな意味を持つ。どんなに凶暴で残忍な妖怪だとしても、見た目がかわいらしい小動物のようであれば、まず嫌われない。逆に見た目が恐ろしい奴は、たとえ真面目で優しかったとしても怖がられ、拒絶される。人間がペットの大型犬に襲われる事件が絶えないのはそういうことなのかもしれない。

 

「なるほど。まあ、一理あるかもね」お燐は猫らしい鋭い目を細くし、赤い三つ編みをピンと指ではじく。

 

「あたいも格好いいものとか可愛い物に目がないからね。そういう物を見ると、たしかに大事にしないとって思うよ」

「壊したくないなって思うよ。何なら持って帰りたいくらいにさ」

「猫は色々な物を拾ってくるもんね」針妙丸はくすくすと笑う。「なんでなの?」

「そりゃ、お土産に決まっているさ」

 

 お燐はにししと鋭い歯をむき出しにして笑う。

 

「宝物を見つけたらご主人様にあげたくなるでしょ」

 

 まあ、ご主人様は行方不明なんだけど、と割とのっぴきならないことを言った彼女は、一瞬浮かべた暗い顔を慌てて振った。本人にしては誤魔化したつもりなのだろうが、かえって悲痛に、そして痛々しく見えた。

 

「猫の習性ってのはさ、抗えないのさ」

「そうなんだ」針妙丸はさっきのお燐の不安げな顔を吹き飛ばすためか、いつもより明るい声を出した。「他には猫の習性って、何かあるの?」

「そうだねえ」とお燐は唸る。「私は撫でられるのが好きだからね。お気に入りの櫛を誰かが持っているのを見ちゃったら、その人の方へ突っ込んじゃうんだ」

「へえ」

「昔、その勢いが強すぎて勇儀さんを吹き飛ばしたこともあったよ」

「それは」とさすがに針妙丸も顔を引きつらせていた。「凄いね」

「勇儀さんにも言われたよ。凄いタックルだったって。世界とれるかもってね」

「世界かー」

「世界をとったら、さとりさんって妖怪も外に出てくれるかな」

 厳しいかな、とお燐は笑う。「さとり様は、怖がられたくないみたいだし」

「だったら、さとりさんの見た目を可愛くしちゃえばいいんじゃないかな」

 針妙丸はにぱっと輝かしい笑みを浮かべた。「そうすれば怖がられないかも」

 

 無邪気で純粋な針妙丸らしい単純な発想だったが、だからこそわかりやすく、効果があるように思える。お燐は頷き「それはありだ」と先ほどまでの暗い顔はどこへやら、途端に華やかな顔になる。「大ありだよ」

 

「じゃあせっかくだから何あげるか考えようよ」

「あたい、こう見えてもセンスはあるからね」

 うーんと首を捻ったお燐は「とりあえず、生首のペンダントをつけるのはどうだい?」と一周回ったセンスを早速披露する。

「え」

「どうしたのさ。そんなきょとんとして。ああ。違うよ。本当の生首じゃないよ。本物の生首は重いでしょ。私が言っているのは小さい模型の」

「分かってるって!」

 針妙丸は慌てて声を出す。「そうじゃなくても趣味悪いよ。お燐のスプラッターな趣味じゃなくて、もっと可愛い物の方がいいって」

「可愛い物って?」

「小槌とか。後は琵琶とか人魚とか」

「渋いねえ」

 

 いったい何が渋いのかはさっぱり分からないが、お燐は首を振る。心なしか渋い顔をしているようにも見えた。「もっとインパクトがないと」

「インパクトかー」

 針妙丸は口元に指を伸ばしながら言う。「だったらお燐みたいに猫の真似をしてみたらどうかな?」

「猫の真似?」

「そう! 猫耳のカチューシャ。この前、正邪がつけててめちゃくちゃ可愛かったの」

「個人的には、あの天邪鬼にどうやって猫耳をつけさせたか非常に気になるんだけど」

「似合わないって言ったら付けてくれたよ?」

「あの人も分かりやすいね」

 

 さとり様もそう言えば付けてくれるかな、と無謀なことを言ったお燐は、それでもうーんと首を捻った。

 

「まだパンチが足りないかな」

「人の見た目にパンチを求めちゃ駄目じゃない?」

「そんなことないさ。さとり様は性格にパンチ力があるからね。見た目で誤魔化すためには必要なのさ。シャコくらいパンチ力が必要だよ」

「シャコってパンチ力あるの?」

「ああ。海のボクサーらしいよ。幻想郷には海がないからよく分からないけど」

 それこそ、とお燐は楽しげに言う。「目玉のアクセサリーとか、内臓を模した服とか着たらいいんじゃないかな? 可愛いし」

 

 可愛くないよー、と針妙丸が言ったのと、後方から聞き覚えのある声が聞こえてきたのは同時だった。「まったく」とあきれた声を出すその主は、この妖怪の山で祭られている神の一人。八坂神奈子だ。

 

「あなたが針妙丸だね?」

「私は針妙丸だけど、どうかしたの?」

「頼まれたんだよ。小人が一人で妖怪の山をほっつき歩いているから、家まで送り届けてほしいってね」

 

 それから先の神奈子は容赦なかった。針妙丸がなにやら言おうとしていたが、口を開かせる間もなく引っ捕らえ、どこかに連れ去っていく。お燐には目もくれなかった。一瞬だけお燐は警戒心を露わにし、奪われた友人を取り返そうと鋭い爪を伸ばすも、神奈子が保護者のような笑みを浮かべ、しかも博麗神社の方角を飛んでいったのを見て、強ばった顔を解いた。「まったく」と呆れてすらいる。いったい誰が神奈子に頼んだのかは知らないけど、これで安心だ。

 

「よし!」

 

 威勢のよいかけ声をあげたお燐は、その場をぐるりと見渡し、息を大きく吸った。かと思えば、山頂とは逆方向に足を進め始める。下山をしているのか。地底への入り口である縦穴に行こうとしているのか。いや、下山するのであれば飛べばいいし、地底の入り口はもう少し西だ。ではなぜ徒歩で進んでいるのか。地面に用があるからとしか思えない。

 

「お、あったあった」

 

 声を弾ませた彼女は、中腹の広場から外れた坂へと出ていた。稜線からかなり外れ、舗装も整備もされていないせいで草木が生い茂っている藪の中だ。人間も妖怪も滅多に入り込まない影になった箇所だ。が、日の光が丁度良く入るのか、虫すら湧いていなかった。自然のベッドとでも言うべきだろうか。柔らかい草が立ち並ぶだけだ。

 

「いやあ、やっぱり地上はいいね」

 

 その、天然のベッドに置かれた無数の物を見た彼女は、その内一つを手に取り、背負った。妖怪だ。が、息のない妖怪だ。どうやら老衰だったようで、かなりの年月を生き抜いたせいで、身体全体が皺だらけになっている。が、それでも腐ってはいない。なぜか。防腐処理がしてあるからだ。そして、それは他の死体も同じだった。草のベットの上に寝かせられた成仏待ちの死体は、そのどれもが新鮮で、傷が付かないよう処置されている。幸せ者だな、と思った。

 

「やっぱり、猫としてはお土産をご主人にお持ちしないとね」

 

 あの憎らしく汚らわしくも、どこか放っておけない古明地は、このお土産を貰ってもっちっとも喜ばないだろう。それどころか情けなく悲鳴をあげてしまうだろう。が、なんだかんだペットからのプレゼントを捨てる訳にもいかず、しぶしぶ部屋の近く、人目につきずらい所に置いておく姿が目に浮かぶ。それが叶えば良いな、と本当に思った。

 

「私のお気に入りの死体、喜んでくれるかな」

 

 仲直りのプレゼントだ、とお燐は長らく会っていない主人のことを思い出しているのか、猫らしく目を細める。「我ながら綺麗な死体だね」と喜んでいた。

 

「まあ、伊達にホルマリンの化身やってる訳じゃないか」

 

 お燐の小さな呟きは、自らの悪趣味を自覚していないというのに、どこか悲しげだった。この趣味のせいで彼女は今でも地底がお似合いな妖怪だというのに、まったく気づいていない。

そんな彼女のどこか自嘲気味な笑いが、薄白い景色をゆらゆらと揺らす。それでもまだ世界は曇ったままだった。

 

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