思い切りがないあの夜に   作:ptagoon

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火星に住むつもりかい?

 目は口ほどに物を言うって諺、聞いたことがあるか?

 

 妖怪の山の中腹。その河原でいつの日かと同じように腰を下ろした星熊勇儀は、その大きな口をぽっかりと開き豪快に笑った。長い金色の髪は逆立ち、手入れなんてしていないのに綺麗に煌めいている。額から伸びる大きな赤い角が、曇り空を切り裂くようだった。

 

「あれは本当なんだ。いいか。そいつの目を見ればな、大体何を考えているのか分かるんだよ。鬼が嘘を見抜くのはそういうことだ」

「だったらよ」とただですら悪い目つきを半分ほど閉じた天邪鬼は「私が今何考えてんのか当ててみろよ」

「おいおい。私を舐めるなよ」と勇儀は胸を張る。川辺であぐらを掻いて座り、天邪鬼へ人差し指を突き出した。ただそれだけだというのに、天邪鬼は怯え、一歩後ずさる。「お前は今、こう考えているだろ」

「何だよ」

「面倒な鬼に絡まれてしまったなって」

「それは」と天邪鬼は彼女らしい嘲笑を浮かべる。「顔を見なくても分かるだろ。お前と話す奴は全員そう思ってるっての」

「まあな」

「分かってんなら絡んでくるなよ」

 

 それは確かに正論だった。が、勇儀はガハハと豪快な笑い声をあげるだけで、反論もしなければ言い訳もしない。きっと疑っていないのだろう。自らのその理論が破綻しているなんて、微塵も思っていない。

 

 妖怪の山の標高は高い。そのせいかもう夕暮れだというのに既に周囲は薄暗く、どことなく不穏な雰囲気が漂っている。

 

 だが、勇儀がいるだけで、この場は否応なしにも明るくなっていた。朗らかで暑苦しく、そして豪快な彼女らしい空気だ。一人だけ宴会の席にでもいるかのようなテンションであるせいで、その場自体を酒の席へと変えてしまっているような、そんな気さえする。

 

「いいじゃないか。せっかくこの私が特技を披露しているんだから。楽しめよ」

「随分とみみっちい特技だな」はっと天邪鬼は鼻で笑う。「人の顔色を疑うなんて鬼らしくないんじゃねえのか? それこそ、鴉天狗がやることだろうが」

「あいつらは別にやりたくてやってる訳じゃない」

 

 勇儀はどこから取り出したのか、大きな赤色の杯に注がれた酒を一息に飲み干し、喉に詰まった息を吐いた。

 

「あれは、私たち鬼に怒られないようにと、気を使っているだけだろ」

「分かってんなら。いや、何でもねえよ」

「もはや何も言うまいってか?」

「いや」と天邪鬼は首を振る。「別に鴉天狗がお前らに怒られようが、私の知ったことじゃねえしな」

「冷たい奴だな」

「まあな。幻想郷のかき氷の名は伊達じゃないぜ」

「甘い奴ってことか?」

 

 誰も聞いたことがないような呼び名を誇った天邪鬼は、その場から逃げ出したいだろうにその場に腰を落とした。以前、針妙丸関連で勇儀に話しかけていた時とは違い、今回は本当に用はないのだろう。というより、用があるのは勇儀の方だ。

 

「でもなあ。お前がなんちゃって読心術に興味があるなんてなあ」

 

 鬼の前だというのに、天邪鬼は堂々としていた。彼女からすれば、全ての妖怪が自分より強いわけで、鬼も他の妖怪も大差ないのかもしれない。

 

「似合わねえよ。あれか? 誰かから影響でも受けたのか?」

 

 その口ぶりには嘲りが含まれていた。あの鬼が。星熊勇儀が誰かの影響を受けるはずがない。そう思っているのだろう。が、勇儀はなんてこともないように「よく分かったな」と頷いた。普段であれば、「鬼である私が誰かの真似なんてするはずないだろう」と一蹴するはずなのだが、恥じるでもなく、呆れるでもなく平然と頷いた。「その通りだよ」

 

 天邪鬼は一瞬呆然としていたが、すぐに「へえ」と相槌をうった。額に浮かんだ汗を拭いながら「初恋でもしたのか」と調子に乗ったことを言う。

 

「バンドマンの彼氏でもできたか」

「顔色を窺うバンドマンなんていないだろう」

「探せばいるんじゃねえか? 火星とかによ」

「火星にバンドマンがいたら驚きだな。今度探させてみるさ」

「誰にだよ」

「気に入っている部下」

「災難だな、その部下は」

「好きな子ほど悪戯したいだろ?」

 

 天邪鬼は肩をすくめる。結局、誰の影響を受けて顔色を窺うようになったのか聞き出せなかったことに気づいていないのか、脳天気な顔をしていた。元々考えるつもりもなかったのだろう。が、すぐにはっとした。はっとし、何故か気まずそうな顔になる。言って良いのか迷ったのだろう。が、天邪鬼は己の口の悪さに誇りを思っているのか、無謀にも「古明地か」と答えを口にした。「古明地さとりの影響か? お前も心を読みたくなったのかよ」

 

 勇儀が押し黙る。その場でわざとらしく欠伸をし、頬を掻いた。らしくない。豪快で豪胆な彼女が間を嫌い、答えを先延ばしにすることなど本来であればあり得ない。が、今の彼女は絵に描いたような口ごもり方をしていた。

 

「いや、違うだろうさ」

 

 小一時間考えた彼女は、結局そう答えた。嘘を吐かない鬼にとって、この回答は重い物だった。

 

「きっとその妹の方だ」

「妹? 古明地さとりに妹なんていたのか」

「いたんだよ。今はさとりが地霊殿の主。まあ、地底のボスをしているが、昔は妹の方が地霊殿の主をしていたんだぞ」

 

 勇儀は懐かしそうに、同時に忌々しそうに言う。古明地さとりの妹、古明地こいし。さとりと同じさとり妖怪。つまり人の心を読む妖怪であり、そして嫌われ者であった。そう。あった、のだ。今は違う。皆に嫌われ、心を読む己に絶望したのか。それとも他に何か理由があったのか。理由は最早分からないが、古明地こいしは自らの心を読むための第三の目を閉じ、どこかへと消えてしまった。以前起きた地霊殿異変のあたりから、未だに彼女の消息は掴めていない。生きているのか、死んでいるのかすら分からなかった。

 

「もしかして、あの無意識がうんたらとか言う曰く付きの妖怪のことか」

 

 分からないはずなのに、天邪鬼は平然と。さも知り合いかのようにあっさりと重要なことを言った。さすがの勇儀も驚きを隠せていない。目を見開き、天邪鬼に詰め寄っていた。その丸太のように太い腕で天邪鬼の肩を掴み「おい」と顔を寄せる。端から見れば恐ろしい鬼が弱小妖怪に制裁を下しているにしか見えなかったが、表情に余裕がないのは勇儀の方だった。

 

「お前、古明地と会ったことあるのかよ」

「な、何だよいきなり」

「答えてくれ」

 

 あまりの変貌ぶりに天邪鬼もさすがに戸惑っていた。戸惑いすぎて、素直に「会ってねえよ」と返事をしている。彼女が一言目で正直にまともな答えを返したのを初めて見たかもしれない。

 

「ただ、聞いたんだ」

「聞いた? 誰から、何を」

「鴉からだ。しかも、鴉は守屋神社の神様から聞いたらしいから、又聞きだよ」

 

 鴉。つまり射命丸のことだ。天邪鬼にとって、大抵の情報源はそこからだろう。勇儀もようやく冷静さを取り戻したようで、「ああ」と浮ついた声を出し、天邪鬼から手を離した。

 

「守屋神社に一回来たんだってよ。見慣れない妖怪が。ペットがどうこうとか言ってたらしいぜ」

 

 勇儀は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。その表情からはどんな感情が渦巻いているかは読み取れない。顔色からでは窺いきれない。が、おそらく後悔と疑念の混ざった、複雑な感情を抱いているのだろう。地霊殿異変。あれは要するに、守屋神社の連中が地底の妖怪。お空と呼ばれる古明地姉妹のペットにちょっかいをかけたために起きた事件だった。今では丸く収まり、解決しているが、一歩間違えれば誰かが何かを起こしてもおかしくなかっただろう。それこそ、主人である古明地姉妹が怒っていてもおかしくなかった。

 

「でもよ、そいつ何か変だったらしいんだぜ」

 そんな裏事情を一切知らない天邪鬼は、お気楽で、それでいてお喋りだった。言わなくていいことをべらべらと話す。「どこか浮ついているというか、ふわふわしているというか」

「お前の語彙力の方がふわふわしている」

「無邪気な子供みたいにも、気の触れた年寄りにも見えたって言ってたぜ。ふわふわしているってのは、鴉の受け売りだ」

「軽い女ということか」

「どっちかというと薄い女だろうぜ」天邪鬼は片頬をつり上げる。

「それは……幸が薄いってことか?」

「まあ、幸も薄そうだったらしいが」と天邪鬼は見たことがないと言った割にはやけに細かいことを言う。「存在感の方が薄かったらしいぞ」

「存在感ねえ」勇儀は自らの指で両方の眉をぐりぐりと押し込み、頬を下げた。「それ、本当か?」

「だから私に聞くなって」

 

 勇儀もその話は知っているだろうに、その口ぶりは疑わしげだった。天邪鬼は妙につっかかる勇儀に違和感を覚えているようだったが、特に気にした様子もなく「射命丸曰く、本当に存在感が薄かったらしいぜ」と地味に責任を転嫁する。「なんつっても、気づいた時には姿を消していたらしいからな。幽霊みたいだったってよ。そこにいたはずなのに、何故かいない。皆から認識されない力か何かを持ってるんだってよ。それが無意識を操る能力だっけか」

「無意識を操るってどういうことなんだろうな」

「分からねえけど、嫌われる才能よりマシだろ」

 どこか自嘲気味に、そして同時に誇らしげに天邪鬼は笑った。「私の唯一の取り柄だ」

 

 勇儀は一気に怪訝な顔になる。いつもはどんな事にも真っ直ぐで、良い意味でも悪い意味でも全てをなぎ倒すような会話術を披露するというのに、いつになく真面目な顔だった。右頬を右手で覆い、その大きな瞳を半分ほど閉じ、地面へと伏せた。

 

「お前より嫌われる才能がある奴、地底にいたぞ」

「何の冗談だよ」

「古明地だよ」

「それは、どっちの」

「どっちも」と勇儀は苦笑し、「特に妹の方が」と付け加えた。「だから信じられないんだよな。あいつの存在感が薄いだなんて何かの冗談だろう。昔のあいつの存在感は凄かったぞ。悪い意味で」

「でも、お前はそんな奴の影響を受けて、顔色を窺うようになったんだろ?」

 天邪鬼は意地悪そうに言う。「心を読みたくなって」

「別に、心を読みたかったんじゃない」

 

 そんな悪趣味なことに興味はない、と勇儀は吐き捨てる。たしかにその通りだ。相手の心を読む。それがいかに陰湿で恐ろしいことか、嫌というほど知っていた。凶悪な能力だ。それこそ、嫌われ者しかいない地底の中でも群を抜いて嫌われているだけはある。

 

「ただ、気持ちが分かるかと思ったんだよ」

 

 勇儀は深くは語らなかった。語るまでもないということなのか、それとも単に言いたくなかったのか。もしかすると、彼女自身理由なんて分かっていないのかもしれない。天邪鬼も一瞬口を開きかけたが慌てて口を閉じた。言いたいことは分かる。そもそも、顔色を見て相手の考えることを察するなんてことは、心を読むとは言わないのではないか。そんなことをしても、さとり妖怪の苦悩なんて分かるはずがないのではないか。さとり妖怪の立場にたってみれば、そんなことで私たちの苦悩が分かるものか、と怒るかもしれない。そもそも勇儀の鋼より堅く図太い精神であれば苦悩することすらないのではないか。そう言いたいに違いない。

 

 が、勇儀の表情は想像よりも真面目で、そして悲痛だった。いったい何が彼女をそこまで追い込むのか。鬼の四天王。酸いも甘いも、友情も裏切りも、栄光も挫折も繰り返してきた彼女がどうしてそんな顔をするのか。分からない。誰も分かるはずがなかった。

 

「なあ、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

 唐突に勇儀が言ったのは、しばらく無言が続いた時だった。この重苦しい空気のせいで、心なしか川の水ですら流れるのをやめ、空同様曇り始めているのではないか、と危惧していたところ、「あやややや」と聞き覚えのある声がその川から聞こえてきた。

 

「さすがに勇儀様にはバレますか」

「お前だって、バレていると分かっていたくせに。まったく、いつからそんな図々しくなったのやら」

「元々だろ」と天邪鬼は突然川の中から現れた水浸しになった射命丸にも驚かず、むしろ呆れながら言った。「こいつはそういう奴だ。見て分かるだろ。毛深いから、心臓にも毛が生えてんだよ」

「失礼な。私は毛深くないですよ」

「背中から凄え毛が生えてんじゃねえかよ」

「これは翼です。毛じゃありません」

 

 さすがの射命丸もその目を鋭くする。自慢の翼を馬鹿にされ、かっとなったのだろう。が、すぐに彼女らしい飄々とした顔に戻る。薄ら寒い微笑みは能面のように固定的で、微動だにしていなかった。

 

 射命丸がここで待ち構えていたのは随分と前からであった。近頃自分の休憩スペースであるこの広場を占領されていることを恨んでいるのだろうか。川の中で身を隠し、当たりを窺っていたのだ。

 

 彼女の黒い髪はすっかり濡れ、それは翼も同様であった。が、それでも彼女の機動力は失われていないようで、俊敏な動きで天邪鬼の頭を小突いた彼女は「だから貴方は駄目なんですよ」と酷く曖昧な罵倒をするだけだった。「もっと頑張りましょう」

「何をだ」

「新聞を作ること、とか」

「興味ねえよ」

 

 射命丸にいつもと違うところはなかった。いつも通り飄々としていて、いつも通り傲慢で、いつも通り思慮深い。が、妙だ。だからこそと言った方が良いかもしれない。

 

 鬼。それは圧倒的な強者で、誰もが憧れ、畏敬し、そして怖れる妖怪だ。こと、妖怪の山ではそれが顕著だった。今では河童や天狗が幅をきかせている妖怪の山だったが、元々は。それこそ鬼が地底に行くまでは、他ならぬ鬼という種族が妖怪の山のヒエラルキー。その頂点に立っていた。まあ、頂点に立っていたといっても、政治的な力を用いたという訳ではもちろんなく、その圧倒的な武力によるものだった。

 

 こんな逸話がある。あれは確か、ちょうど勇儀が地底に行く一ヶ月前だったはずだ。

 

 たまたま広場で宴会をしていた勇儀達が鬼同士で喧嘩をしようとしたところ──鬼にとって喧嘩とは仲違いのためではなく、コミュニケーションのためなのだが、とにかく。少年漫画のように拳で友情を通わせようとしていたところ、射命丸が突然現れた。後から知ったことだが、鴉天狗内の賭けに負けて行かされたのらしいが、とにかく。突如現れた彼女は、いきなりその場で土下座を敢行し「どうか、喧嘩はやめてください」と嘆願したのだ。

 

 その時の勇儀も今と同じく、義に厚く、人情もろかったため「何だ。お前は良い奴だなあ」と早合点して射命丸の肩を叩き「友人で喧嘩をするのはよくない。そう思って止めてくれたんだろ? 良い奴だな、お前」と嬉しそうにはにかんだ。

「安心しろよ。この喧嘩はそういうのじゃない。ただ殴り合っているだけだ」

「いえ、そうではなく」と射命丸はおそるおそる言った。「被害が」

「被害?」

「いえ。鬼の方が喧嘩をすると辺りの建物が消し飛ぶので、どうかお止めください」

 

 結局鬼は喧嘩を止めることなく、案の定まわりの建物は崩壊したのだが、射命丸はその時から若干妖怪の山での発言力を高めた。要するに、鬼とは言うことを聞かない災害のようなものであり、それに少しでも抵抗するだけで尊敬されるのだ。逆らえないパワハラ上司、とは妖怪の賢者の総評だ。

 

 つまり、鬼とは、妖怪の山では逆らってはいけない横暴な存在であり、例え鬼が悪いことをしたところで、注意できるものはいない。もし鬼の企みを暴いたり、鬼を成敗できた物は、この妖怪の山では間違いなく好意的に見られるだろう。それこそ、博麗の巫女のように。

 

 だから、射命丸が勇儀の前で平然としているのは、正直言って異常事態だった。いつもの彼女であれば「いやあ、勇儀さんはいつも麗しいですね。向日葵より明るいというか、むしろ太陽そのものというか」と胡麻を擦り、「近くにいるだけで目が眩むというか、汗が出るというか」と若干の棘を刺しつつ「よ、なんちゃって太陽。なんちゃってサニー」と最終的には胡麻をすり続けるのだが、今は普段通り、いつもの通りに話している。いったい彼女に何があったのか。

 

「射命丸はまた新聞のネタ探しか?」そんな射命丸に対し、勇儀もいつも通り朗らかに話しかける。まあ、彼女は胡麻を擦られるのは嫌うタイプなので、問題はないだろう。「いいネタは見つかったか?」

「使えないネタばっかですよ。ここに来たら面白いネタが取れると聞いたんですが」

「誰から」

「早苗さんです」

「多分、それガセだぞ」

 

 てっきり怒ると思ったのだが、射命丸は「やっぱそうですよねえ」とどこか納得がいったかのように頷いた。「彼女はネタ探しに向いてないですから」

「いっそのことお前がネタ作ったらどうだ」天邪鬼は面倒そうに言う。「とりあえずそこの鬼でも殴ったらどうだ。一面は飾れるぞ」

「私を殺すつもりですか」

「おい射命丸。それはどういう意味だ」

 

 がはは、と勇儀は豪快な笑い声をあげる。「私の心の広さを舐めるなよ。殴られたくらいじゃ殺したりはしない」

「半殺しにはするじゃないですか」

「死ななければいいだろう」

「そういう問題じゃないですよ」射命丸はげんなりとする。「それに、勇儀様を殴ったりなんかしたら、殴った私の手が砕けます。あと心も」

「いいじゃねえか。心、砕けてみろよ。お似合いだぞ」天野邪が嫌みに笑う。

「馬鹿にしていますね?」

「当たり前だろ。私を誰だと思ってるんだ」

「指名手配犯」

「天邪鬼だ」

 

 いっそのこと、指名手配犯のインタビュー記事でも作りましょうか、と射命丸は冗談めかす。が、焦ったのは天邪鬼だった。彼女にとって、指名手配はそれほどまでに気に病んでいる事実らしく「いや、それは駄目だ」と即座に否定した。

 

「そうだ。鬼を殴るのが嫌だったら、早苗とやらを殴ればいいだろ。そして記事にしろ」

「なんで早苗さんを殴らないといけないんですか」

「ここだけの話、早苗を殴るとファの音が出るらしいぞ」

「出ませんよ」

「試したことあるのかよ。暴力的だな」

 

 お前も私のこと言えないなあ、と勇儀は笑う。一緒にしないでくださいよ、と射命丸の顔には出ていたが、彼女の口から実際に出たのは「光栄です」という絶対に思っていないだろう言葉だった。

 

「いいか鴉。どうせお前のことだから、早苗とやらをただ叩いただけなんだろ」

「ただ叩くだけってなんですか」

「あれだ。一回水洗いした後、天日干しした後に叩くとファの音が出るんだぜ」

「嘘だ」と勇儀が険しい顔になる。「もう顔色見なくても分かる」

「おい嘘じゃねえぞ。可能性はある。まだ試してねえんだからな。なんだ。お前は逆に試したことあんのかよ。ねえなら文句言うな」

「あなた、よく勇儀様にそんな啖呵切れますね」

「幻想郷のかき氷だからな」

「何ですかそれ」

 

 冷や汗をかく射命丸とは対極的に、勇儀は嬉しそうに笑っていた。その余裕綽々な態度が気に入らなかったのか。それとも単に自分のインタビュー記事以外の候補を増やして欲しかったのか、天邪鬼は「だったらよ」と勇儀を指さす。「お前も何か面白いネタ考えろよ」と眉をひそめた。

「いいぜ。というか、私が新聞のネタを考えること自体が特ダネになるんじゃないのか?」

「勇儀様も萃香様と同じことを言うんだな」

「くっそ不本意だな、それ」

 

 だったら何か意見を出せよ、と面倒そうに言う天邪鬼の前で、勇儀は首を捻った。彼女が迷う姿そのものが記事になりそうだったが、気づいた様子はない。

 

「そうだな。だったら」

「だったら探せばいいんじゃないか?」

「探すって何をですか」

「決まってるだろ」勇儀は得意げに笑い、射命丸のことをじっと見つめた。

「火星にいるバンドマンだよ」

 

なんですかそれー、と射命丸が笑う。その乾いた笑いが、薄白い景色をゆらゆらと揺らした。それでもまだ世界は曇ったままだった。

 


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