2026/03/11 ちょっと入れたい話があったので改稿しました
ブエナ村にも春が来た。今年の冬は随分と長かった。この世界に生まれてからラノアでも中央大陸でも雪に煩わされていたこともあってか、あまり雪は好きではない。ともあれ、長い長い冬が明けたのだ。
「ルディ!ちゃんと走り込みやっとけよ!」
「はい、父様!」
ブエナ村では毎年春になると、とある祭りが開催されるのだ。パン祭りでも紅白巫女の例大祭でもない。花祭りだ。愛し合う恋人や友人が花を贈りあい、愛や友情を確かめ合うというなんとも俺のような日陰者の肩身が狭くなりそうなイベントだ。まあ、遅めに来たクリスマスと言ってもらっても過言ではない。
父さんが朝早くから見回りに行ったのは、春祭りの空気で浮ついた輩が調子に乗って森に入った挙句ケガをして帰ってくることがよくあるからだ。まったく以てけしからん輩だ。
「ルディ…おはようございます…あふ…」
「師匠!おはようございます!」
ただ、こうして春先になると寝ぼけ眼のロキシーの出現率も上がる。今だけピックアップ率上昇といった感じだ。にしても師匠は可愛らしいあくびをしておられる。信仰心の高まりを感じるな。
「リーリャさん、パウロさんはもう行ってしまわれましたか?」
「はい、旦那様はもう巡回に向かわれましたね」
「では私も早く行かねばなりませんね、はむ…」
ロキシーは早々に朝食を済ませると、洗面所に掛けこんでいった。今日はロキシーも家にいない日だ。そう、浮かれポンチどものせいである。ロキシーは水聖級の肩書こそ有名だが、治癒魔術の使い手でもあるのだ。去年までは俺が独占できていたが、今年からはロキシーも引っ張り出されるらしい。今日は一日中、村の役場で怪我人の治療をしに行くから夜まで帰れないとのことだった。保健室のロキシー先生である。実にうらやまけしからん。
「それじゃあルディ、行ってきますね」
「悪い狼には気を付けてくださいね、師匠!」
「こんなちんちくりんはアシッドウルフも狙いませんよ、ルディ」
なんてことを言いつつ、ロキシーは役場に向かっていった。
その後はやることもないのでパウロに言われていた走り込みをする。最近は体力も付いてきたのか、庭を三十分ノンストップで駆け回っても元気だ。まるでマグロだな。親が親なので、いくら出世したところでマグロになる未来はないが。
「ルディ、ねえルディ!ちょっとこっちに来てもらえる?」
「はい、母様。どうされました?」
ゼニス母さんにちょいちょいと手招きされたので整理運動をしながら歩いていくと、そこには3つ植木鉢があった。植えてあるのは赤・青・黄色の花だ。なんだろうか、ポ〇モントレーナーにでもなれというのだろうか。6年は早いのではなかろうか、まだ4歳だし。
「ルディはロキシーさんといつも仲良くしてるじゃない?」
「ええ、師匠とはとても仲良くさせて頂いています」
言うまでもない。何せ未来の奥さんだし、師匠がどう思おうと俺にとっては大恩人だ。
「今日は花祭りだし、ちょっとロキシーさんにお花とか贈ってみない?」
「母様、それでその鉢植えを?」
ずいずいっと身を寄せ、俺の頭を撫でながら母さんは問いかける。
「そうよ。それで、ルディはどれがいいかしら?…いえ、違うわね。ロキシーさんに贈るならどのお花がいい?」
「ふむ…」
ロキシーといえば青、青といえばロキシーだ。故にこの青い花を贈るのもアリだが、あまりにも安直すぎるだろう。もうすこし捻った方がいいんだろうか。いやでも、この薔薇みたいな赤い花はあまりにも直球すぎて逆に引かれそうな気がする。かといってこの黄色の花は……。
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「ふふっ…見てリーリャ、ルディったら本当に真剣な顔してる」
「ええ、しかしあまりからかうのもよくありませんよ、奥様」
「冗談よ!もう!」
ロキシーさんが来てからもうすぐ2年が経つ。子供の成長というのは思ったよりも早くて、あんなにちっちゃかったルディはあっという間に大きくなった。
最近はロキシーさんから背丈が越されたら師匠って呼んでくれなくなるかも、なんて相談も受けたりもした。きっとルディはそんなこと気にしないと思うんだけど、本当に心配性なのね。
「本当に、パウロにそっくり」
「……」
真剣な時のパウロの顔にそっくりだ。女癖も酒癖も悪いし、すぐ調子に乗るけど、いざとなると急に真剣な顔して女の子をコロっと落としちゃう。
「本当に、悪い所だけ似るんだから」
リーリャから突然ハンカチで目元を拭かれる。
「…奥様、こちらを」
なんだか涙もろくなっちゃったみたい。おばあちゃんになるには気が早いのだけれど。
「子離れ、できるかしら」
「お気になさらずとも、まだ先の話です」
「そうね…」
ルディがいつか家に女の子を連れてきた時に、私はなんて言うんだろうか。パウロは「流石は俺の息子だ、手を出すのが早いな」なんて言いそうだから、私はお父様みたいに「うちのルディは渡しません!」なんて言っちゃうんだろうか。でもパウロの子だし、きっと連れてきた女の子がミリス教徒じゃなかったら一人じゃ済まないんじゃないかしら。
「心配ね…」
「…奥様の仰りたいことはよく分かります」
できることならリーリャもルディに言い含めてほしい所はあるけれど、きっとルディとその女の子(達?)が納得したなら、私から言えることはなさそうね。あの子は頑固だし。
「母様、これにします!」
「あら、それにするの?」
自信満々な顔でルディが植木鉢を掲げた。どれもロキシーさんに贈るにはいい花だと思ったけれど、ルディが選んだのは青い花だった。ルディはあれでいて結構素直な子よね。
「はい、これにします」
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「やっと終わりですか…」
パウロさんたちの尽力もあってか花祭り中の怪我人はさほど来ませんでした。お陰で魔力は有り余っていますが、一日中座りっぱなしだったので背中が固まってしまいました。
暇といえば暇ですが、時おり村の子供にちょっかいを掛けられて、親御さんが謝りに来たりしましたし、遊びに来た子もいたので、気が散らない程度に遊んであげたりもしましたので、ずっと動いていなかった訳ではありません。
「ロキシー先生、巡回終わったから帰るぞー」
「はい、パウロさん。今行きますね」
パウロさんに声を掛けられたので、壁に立てかけた杖を引っ掴み立ち上がると、子供たちが寂しそうな声で話しかけてきました。
「えー、ロキシー先生もう帰っちゃうの?」
「もうちょっと遊んでよー!」
「はいはい、また今度遊んであげますよ」
役場の外に出ると、ちらほらと花束を二人で持った男女が見えます。大方花祭りでできたカップルでしょう。ああいった急造カップルは得てしてすぐに別れるのです、私は知っています。
「はあ…」
「どうしたんだ、ってああ…」
パウロさんがやけに哀れなものを見る目をしていました。なんですか、何が言いたいんですか。私だって、私だっていつかは男らしくてキリっとした背の高い、でも子供らしい表情をする青年と…
「…先生!ロキシー先生!」
「っと、ちょっと気が抜けてました…すみません…」
あのままパウロさんに声を掛けられていなければ畑に頭から突っ込むところだった。ふと、パウロさんの方を見るとサラークの枝を握っていました。多分ゼニスさんに贈る花でしょう。
「いやあ、行商人が村のはずれに来ててな」
「別に聞いてないですよ。はぁ…」
いつまで私は独り身なんでしょうか…。いくらミグルド族の寿命が200年とはいえ、もうすぐ4X歳です。ミグルド族の村の同世代の子達はみんな結婚してたりするんでしょうか、するんでしょうね…。
「師匠!お帰りなさい!」
パウロさんの家に着くと真っ先にルディが駆け寄ってきた。きっとルディがアドルディア族だったら尻尾をぶんぶんと振り回していたことでしょう。
「はいルディ、ただいま戻りました」
「おいおいルディ、ロキシー先生よりも先にオレにただいまじゃないのか?」
パウロさんがそういうとルディはチッチッチッと舌を鳴らして指を振り、自慢げな顔で
「師匠は師匠なので、父様は後です!」
と言いました。どういうことでしょうか。ルディが私のことを師匠というときはいつも妙な目をします。いえ、別にスケベな目をしているとかではなく、何かを誤魔化すような目をしています。
「なんだよそりゃ」
「はいはい、パウロもおかえりなさい…はい」
「オレからも…オレの事を分かってくれるのはゼニスだけだ…」
ゼニスさんとパウロさんは花を交換すると、ひしっと抱き合いました。ゼニスさんがやたらと嬉しそうな顔をしていますが、これはアレですね。やっぱりゼニスさんは結構パウロさんが弱っているところが好きというか、そういうところありますよね。
「それじゃあ、晩御飯にしましょうか。
今日は私が腕を振るって作った手料理よ!勿論リーリャもね!」
今日の晩御飯は薄紫色の花が散りばめられていて、ゼニスさんも行事食とか作るんですね、やっぱりこの村の人なんだなと思いました。
「師匠、…その、今ってお時間よろしいですか?」
「ルディ、どうかしましたか?」
髪を解いて、お風呂に入って、あとは寝ようかなと思っていた時にルディが私の部屋に訪れてきました。ルディは後ろ手に何かを隠し持っているようで、緊張した面持ちでこちらを見ていました。
「もうすぐ寝るところでしたが、大丈夫ですよ」
「すみません、お邪魔をしてしまいましたか…いえ、ありがとうございます」
ルディはどこか申し訳なさそうな表情で部屋に入ってきました。
ルディには魔術の才能があります。気も使えますし、敬語だって使えます。しかし、5歳児どころか魔術師として一人でやっていけるだけの能力を持っているのにも関わらず、いつもどこか自信なさげなのはなぜでしょう。
「それでルディ、何か用事でもありましたか?」
「はい、これをロキシー師匠に贈りたいな、と思いまして…」
ルディは白磁の花瓶に生けられた青いイカロシアの花をおずおずと手渡してきました。
「その、師匠のことは尊敬してて、花を贈りたいなと思いまして。いえ、この花は母様から頂いたものなので、自分の手で育てたものだとか、自分の手で取ってきたものじゃないので…その、えっと…」
「いえ、ルディが私に贈りたいと思ったのでしょう?」
花が生けられた花瓶をよく見てみると、ルディがよく魔術の練習で作っていた人形と同じ作り方で花瓶が作られていて、色や模様を見るに相当な時間を掛けて作ったものに見えました。
「ルディの気持ちはちゃんと伝わっていますよ、ありがとうございます」
「…師匠ーっ!」
「うわっ…っと」
ルディは私の言った言葉に目をぱちくりとさせて固まり、一息置いてから目を潤ませて抱き着いてきました。ルディも人にものを贈るのは初めてだったに違いありません。きっと私にどう思われるか心配だったんでしょうね。
「ちょっと待ってくださいね」
花を貰った以上はお返しをしなくてはいけません。といっても丁度良いものなんて無いと思いつつも鞄をごそごそと漁ると、ラノア魔法大学に通っていた頃に拾ったフリーズフリンジドを栞にしたものが出てきました。私のお気に入りではありますが、きっとルディなら大切に使ってくれるでしょう。
「はい、お返しです。生花じゃなくて申し訳ないのですが…」
「…師匠には貰いっぱなしですね」
そんなことはありません。ルディは自分の無詠唱魔術の感覚を言葉に落とし込んで説明してくれたり、どこで教わったかも知らない魔術を教えてくれました。今はまだものにはできていませんが、いつかきっと私も使ってみせましょう、私はルディの師匠ですから。
「お互い様ですよ、ルディ」
今はルディのことだけを見ていましょう。
新米師匠に過ぎない私は、ルディがいつか私の手を離れるその日まで教え導くことだけで精一杯なのですから。
いつか大きくなって、こんな小さな師匠のことを覚えていたら、そして手紙の一つでも出してくれたら、それがあなたの師匠にとっての大きな幸せです。
イカロシアの花は捏造設定ですが、実は実在する花を元ネタにしてたり。