――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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第二十話 別れの切符

 最近、神ノ山さんの様子が、何か変だ。

 いつも通り美人だし、特に何か変わったというわけじゃない。でも、その笑顔はどこか儚げで、まるで笑っているのに泣いているような印象を受ける。交換日記の内容も以前のように生き生きとした文章ではなく、どこか淡々と綴られているようだ。

「どうしたの、何か元気なさそうだけど」

「え? ううん、全然そんなことないよ」

 僕が気になって聞いてみても、彼女はさらりとそう返すだけ。決してよそよそしいわけじゃないけど、どこか僕と、そしてクラスのみんなともあまり親密に関わらなくなっている、そんな気がしていた。

 そしてクラスのみんなも、どこか神ノ山さんに対して距離が出来ているような気がする。彼女と話している人が、ふと何か違和感を感じているように離れていく。

 

 まるで神ノ山さんと、僕を含むクラスのみんなが、少しづつ剥がれていくかのように。

 

 

「やっぱさー、スキンシップ足りてないんじゃない?」

「キスもまだなんでしょ、せめて抱きしめるくらいしなきゃダメじゃん」

 休み時間、神ノ山さんが教室を出た後(多分トイレ)、彼女と親しい川奈さんや三木さんに相談してみたがやっぱロクな答えが返ってこない、そんな事をして彼女に悲鳴でもあげられたら全てがおしまいじゃないか。

「でもさー、確かにここんとこ、トキちゃん暗いよね」

「ねー、お弁当もご無沙汰でしょ?」

 確かにそうだ。先月までよく作って来てくれたお弁当の差し入れも、もうぱったり途絶えた。元々善意で作って来てくれていたんだし、それが彼女の負担になるなら欲しがるわけにはいかない。だけど不思議なのは彼女がそれに関して何も言わない事だ。勉強が遅れ気味だから、とか、レパートリーが尽きたから、とか、作らない理由なんかいくらでも言えるるのに、彼女は何も言わないのだ。

 

「このままだと浮気は確実ね」

 眼鏡を光らせて会話に入って来たのは宮本さんだ。え、そうなの? と反応した僕に、彼女はさらに言葉を紡ぐ。

「いい天野君、女子って言うのはどこかで好きな人に求められたい、って思うものなのよ。心も体もね」

「か、体っ!?」

 そんな話を振られて思わず頬が熱を持つ。そりゃ僕も男だし、そういうコトを想像しなかったわけじゃない、でも神ノ山さんは僕を、真面目に生きて来た僕を受け入れてくれたんだ。だから僕はその期待に応えるために真面目に生きて行かなきゃいけないんだ、と思っていたのに・・・・・・違うの?

「貴方がどう思うかじゃなくて、トキさんがどう思っているのか、どうしてほしいのかを考えなくちゃ駄目」

 宮本さんにぴしゃりと断言されると、周囲は「流石小説家(ものかき)」「伊達に彼氏持ちじゃないね」などと感心してうんうん頷き、まばらな拍手まで起こる。

 

「で、でも、神ノ山さんの気持ちって言っても・・・・・・」

 続きに何を言おうかと言葉を詰まらせた時点で、教室中が「はぁ~」と言うため息に包まれる。

「お前なぁ、未だに苗字呼びかよ!」

「どんだけ距離感保ってんの、むこうはとっくに未来君呼びなんでしょ!」

「やーれやれ、そりゃ疎遠にもなるわ、トキちゃんかわいそー」

 なんか一斉に非難が飛んでくる。ええ? やっぱ名前呼びの方が良かったのかな・・・・・・でも、僕はどちらかと言うと、彼女の苗字「神ノ山」のほうがどこか特別感があって気に入っていた。出会ったときからどこか他の人には無い魅力を纏ったように見える印象があって、その感じは彼女の苗字にぴたりハマっていたから。

 

「ホント、ちょっとは積極的になった方がいいわよ」

「いーからいーから、襲っちゃえ襲っちゃえ」

 とんでもない事を提案する三木さん達に周囲の女子はきゃぁきゃぁ色めき立ち、男子は男子で「頑張れよ」とか肩を組んで檄を飛ばして来る。ええ、本当にそうしたほうが、いいの?

 

「不純異性行為は禁止だ!」

 背後から野太い声が響く。たむろしていた生徒たちは一斉に蜘蛛の子を散らすように散り、ばたばたと自分の席や教室の外に退避していく・・・・・・担任であり生活指導の岩城先生が腕組みして仁王立ちしてるのだから無理もないが。

 

「天野、放課後職員室に来い、いいな」

「あ、はいっ!」

 あーあ、こんな騒ぎになっちゃったからお説教かな、でも僕はやましい事はしてないんだし、何も困る事はない。

 背を向けて教室を出て行く先生を見送ると、三木さん達が両手を合わせて「ごめーん」と苦笑いをしている、なんだかなぁ。まぁ幸いと言うべきか神ノ山・・・・・・登紀さんには聞かれなかったし、それだけは良かった。うん、やっぱ清く明るい交際を心がけないと。

 

 

「で、神ノ山とは、どこまで進んでいるんだ?」

 放課後、岩城先生の所に行くとそのまま応接室に通され、開口一番渋い顔でそう聞かれる。やっぱあんな騒ぎになって先生も警戒しているのだろうか。

「どこまでって、毎日交換日記して、登下校を一緒に歩いて・・・・・・それ以上は何も」

 僕の返しに、そうか、と答えて息をつく先生。そして、続いて発した言葉は、僕の想像の遥か斜め上のものだった!

 

「もう少し、積極的に行ってもいいんだぞ」

「え・・・・・・ええええっ!?」

 思わず声を上げ目を丸くして驚く。まさか生活指導の先生に男女交際の進展を後押しされるなんて。

「先生まで、何を言ってるんですか」

「まぁ、立場上はそうなんだがな」

 ここで僕は初めて先生が渋い顔をしているのが、僕に向けられているせいでは無い事に気付いた。

 

「なぁ天野、最近神ノ山が、なんというか、こう・・・・・・消えてしまいそうだと、思ったことは、無いか?」

「!」

 言葉を返せずに息を飲み込む。そうだ、確かにこのところの彼女はどこか儚げだった。まるでクラスから、世間から、いや世界からすらその存在が剥がれ落ちていくような印象さえあった。

 

「実はな、先生は最近、神ノ山の事が記憶から飛ぶことが良くあるんだ」

 その言葉に愕然として固まる。何だって? それって、もしかして・・・・・・

「お前も、覚えがあるのか」

 そうだ、あの阿波踊りの日以降、何度か自分は神ノ山さんのことを一瞬忘れる事があった。単に意識から外しただけじゃなく、まるで彼女の事など無かったような錯覚を起こすことが、確かにある。

 

「ここ数日、クラスの連中から同じ相談を受けたよ。神ノ山がふと知らない人に見えたとか、彼女は最初からこのクラスに居ましたか、とかな。妙な話だが先生自身も、そんな風に感じ始めているんだ」

 生徒を忘れるなんて教師失格だな、と嘆いて言葉を切る。そんな先生からは自身の不甲斐なさを嘆くようなニュアンスがあった。

 

「だからな天野、お前に神ノ山を繋ぎ止めて欲しい、なんて思うんだよ。変な話だがな」

 

 

「先生に呼び出しなんて珍しいね、どしたん?」

 校門の前で待っていてくれた神ノ山さんにそう問われる。でもまさか君の事で相談を受けていたなんて言う訳にもいかない、ちょっとねと言葉を濁して、いつものように並んで下校する。

「ね、ねぇ、神ノ山さん」

「何? なんや改まって、カオ赤いよ」

 ころころした笑顔を見せる彼女に、どきっとする、緊張が走る。でも、ここで頑張らないと!

 

「と、登紀さん! って、呼んで、いい?」

「あ、よーやくそう呼んでくれるんや、ええよー、嬉しいわ」

 なんか、いともあっさり承諾された。ようやくってことは彼女も待っててくれていたんだ、良かった。

「じゃ、じゃあ・・・・・・帰ろっか」

 そう言ってすっ、と手を差し出す。下校中に手を繋ぐなんて恥ずかしいけど、それで彼女と繋がっていられるなら、繋ぎ止められるのなら、いや、僕自体がそうしたいんだから。

 

 きゅっ、と手が握られる。少しひんやりしたその手を僕はしっかりと握って歩く。ああ、いつ以来だろう、こうして彼女と手を繋いで歩くのは・・・・・・

 

 そこに、登紀さんがいる。握る手だけが、それを僕に教えてくれる。

 僕は、いつもより強く手を握ったまま、別れる時まで僕の熱を伝えていた、彼女の手を少しでも暖かくしたかった。

「じゃあ、また明日、未来君」

「うん、登紀さん」

 名残を惜しみつつ別れた。その笑顔はいつものように綺麗で、そしてやっぱりどこか儚げだった。

 

      ◇           ◇           ◇    

 

「もう・・・・・・使わな、しょうがないわなぁ」

 帰宅した登紀は、自分の手の平を見つめながら、記憶だけ(・・)に残る熱を感じながら、そう吐き出した。目線を移した先にあるのは、部屋の壁にかけられた、どこにでもあるような無機質な掛け時計。

「未来君・・・・・・ありがとう。私に熱をくれて」

 手の平にキスをして、それをそのまま左腕に、心臓にあてがう。その手は相変わらずひんやりとしていて、彼に貰ったはずの熱は最初から無かったかのようだった。

 そう、私の時遡の呪いは、1秒ごとに1秒前の体に戻るんやから、数十分前の彼の熱を私の体が覚えている訳はないんや。

 心の中にある『想い』だけが、彼の熱を感じられる。

 別れの時が迫っている。せめてこの心の熱だけでも抱いて行きたい。その思い出を反芻するだけで、私は死の瞬間まできっと満たされた気分でいられるだろう。

 

 生け贄になる、その時まで。

 

      ◇           ◇           ◇    

 

「おーい、いたいた、天野ーっ!」

 家まであと200mの所で後方から声をかけられた。見れば本田君と渡辺君がこっちに自転車を飛ばして来ている。景気よくブレーキ音を響かせて目の前に止まると、息を弾ませたままの渡辺君が僕に二枚の紙きれを差し出す。

「今日は悪かったな、無責任にはやし立てて先生に呼び出し喰らったりしてさ」

「お詫びと言っちゃなんだが、コレ手に入れて来たぜ。上手くやれよ」

 そう言われて差し出されたチケットを受け取る。そこには色鮮やかな写真と共にこう書かれていた。

 

 ”2022・11/8 あすかむらんどLUNAR ECLIPS特別イベント。442年ぶりの天体ショーと一足早いイルミネーション!”

 

 本田も、渡辺も、そして未来も知らない。その二枚の入場券が、神ノ山登紀(かみのやま とき)との別れのチケットになる事を。

 


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