――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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第二十一話 LUNAR ECLIPS(皆既月食)

「登紀さん、今度これ、行かない?」

 昼休み、未来君に校舎裏に呼び出されて、そのチケットを差し出しながらそう言われる。何かなと見たそれにはこう書かれていた。

”あすかむらんどLUNAR ECLIPS特別イベント。442年ぶりの天体ショーと一足早いイルミネーション”

 

「へぇー、月食かぁ、いかにもあすかむらんどなイベントやねぇ」

 なんでも春の遠足で行ったあすかむらんどで特別イベントが開催されるらしい。11月18日の夜に皆既月食が起こるのに合わせて施設名物のイルミネーションを当日のみ先行公開するそうだ。毎年年末に趣向を凝らして行われるそれは県内最大規模の光の祭典であり、例年多くの見物客を集めている。

 なんでも今回の月食は天王星食と同時に起こる非常にレアな天体ショーで、科学と学習施設のあすかむらんどがこれを大きく取り上げるイベントとして企画したそうだ。

 

「でもこのチケットよく取れたねぇ、結構競争率高かったんやない?」

 基本今回は小中学生以下は入場無料である。なので高校生以上の一般枠は参加制限が掛けられており、希望者は入場チケットを先行購入していないと入れないと書いてある。人気のイルミとレアな天体ショーとくればこれがプラチナチケットとなるのは容易に想像できる。

「あー、それは、まぁ」

 そう言って頭をかき、後ろ手でくいくい、と校舎の壁際を指す。そこに目をやると「やば!」「おい押すな」「バレバレじゃん」などのガヤと、バタバタ離れていく物音が聞こえてくる、ほんまにもう出歯亀好きやなぁみんな。

 まぁ、それにすっかり慣れてしまっとる私らも私らやけど・・・・・・

 

「じゃあ、ここでクイズ。徳島県の方言で、日本一短い会話は何でしょうか?」

 私の意地悪な質問に、未来君はチケットを差し出したまま一瞬きょとんとした顔でこちらを見る。さぁ郷土文化研究部、部長の実力を見してや。

 

 えーと、と思案した後、彼の頭にぱっ、と電球が灯るのが見えた気がした。

「じゃ、じゃあ、やー(あげる)

「うん、かー(ちょうだい)

 正解回答に笑顔で返してチケットを受け取る。うん、さっすが。

「一文字で会話が成立するなんて凄いよね」

「ほんまじゃあ、昔の人はえらいなぁ」

「え、体調悪いの?」

「そのえらい(くるしい)とちゃうって!」

 方言を交えた漫才をしながら、彼とあははと笑い合う。うんうん、こういう関係、ほんまにええわー。

 

 どうせ未来君は全部、忘れるんやから。

 いつか別れても、未来君は傷つかんですむんやから。

 

 あれから数日、私はもう開き直っていた。この呪いは若返りの他に、時計仕掛けに合わせて祈れば私のことを『なかったことに』できる力がある。

 不思議なものだ。あの時あれほど忌み嫌ったその力を私はもう受け入れて利用する気でいた。それは多分、やっぱり未来君とこうしている時が好きだからなのだろう。後の事は後で考えればいいと、問題を先送りにしてしまっている自分を許していた。

 

 未来君は忘れても、私は絶対忘れない。最後のその時まで、全部の思い出を持って行こう。

 

 

「うっわぁーっ、噂には聞いてたけど凄いなぁコレ」

「奇麗やねぇ」

 11/18、午後5時。すでに薄暗いあすかむらんどの全施設に一斉に輝きが灯されると、来園者の全てから歓喜の声やどよめきが上がる。

 入場門、ツリーの立ち並ぶ並木道、遊具施設とそこに続くワイヤートンネル、噴水や水遊び場、各施設や風車までもが光を放ち、世界を、来園者を、そして登紀と未来を照らし出す。

 まるで自分たちが光り輝くファンタジーの世界に降り立ったような錯覚。なるほど、これはムード抜群やな。

 

「ねぇ、風車の方に行ってみない?」

 どこか緊張した面持ちでそう提案する未来君。色とりどりの光を浴びてみるその顔はいつもよりちょっとだけ凛々しく見えた。

「ええねぇ、上から見るんも楽しそう」

 そう言って腕を絡め、小高い丘に向かって歩き出す。いつもよりちょっと距離が近いけどこの雰囲気ならええやろ、なんせそこかしこでベタベタしとるカップルが目に付くし、ウチらもちょっとくらいなら。

 

 ―あと10分で皆既食に入ります、それに合わせてイルミネーションを消灯致しますので、ご来場の皆様は足元にお気を付けください―

 

 丘を登っている最中に場内放送がそう告げてくる。既に月食は始まっており、月を見上げると満月のはずの月がもう三日月ほどにまで欠けていた。と、未来君が月を見ながら不思議そうに話しかけてくる。

「月が隠れて消えちゃうのに、イルミネーション消す意味有るのかなぁ」

 ああ、どうも彼は勘違いしてるみたいや。月食は皆既食に入ると地球の影に隠れるけど、それでも太陽からの光を完全には遮断できずに、月の外周縁を照らし出し、それを全体に反射して赤く鈍く輝くのだ。それをじっくりと観察してもらう為に地上の照明を消すのだろう。

 

(あれ・・・・・・私どうしてそんな事、知っとったんやろ)

 

 ふっと沸いた疑問に釈然としないまま、光の段々畑を上がっていく。やがて頂上の風車のたもとに立つと、二人で振り返って眼下の景色を眺める。

「はあぁぁぁ・・・・・・」

 二人で思わずため息を吐く。凄い、言葉が出てこない。光を散りばめたあすかむ全体が、まるで宝石箱をひっくり返したように美しく輝いていた。

 吹きっ晒しのその小高い丘には、もうすぐ消灯されることもあって私たち以外は誰も居ない。その頂上に立つ私達2人は、まるで童話の王子様とお姫様のように、この美しい世界を独占していた。

 

 

「えっ、と・・・・・・と、登紀さんっ!」

 組んだ腕をほどいて私に向き直った未来君が、緊張を隠せない顔でそう告げる。頬は輝く光に負けないほどに真っ赤に染まってる。ごくんと唾を飲み込んだ彼は、そのまま私の両肩に手を添える。

 

「え・・・・・・未来、くん?」

 えええ!? こ、こういうシチュエーションは予想してなかった。だって未来君だし、真面目君だし!

「い、いい、かな?」

 真面目にそんな事聞かんといてー、ただでさえ突然過ぎて困惑しとるのに反応に困るじゃろがー!

 

 人生経験豊富な大お婆さんである事も、呪いの事も、イルミネーションの事すら全部頭からすっ飛んで行った私は、ただただ目の前の彼の大真面目な顔に抵抗できずに、まるで吸い寄せられるように近づいて・・・・・・

 

 

 光の海の中で、彼と初めてのキスをした。

 

 

「あ、あの・・・・・・」

 真っ赤なまま困惑の顔をする未来君に、私は先手を打って抱き付いた。

「謝ったりしたら許さんでよー」

 私は彼の真面目さをよく知っている、その彼がこういう行為をするのにどれだけの勇気が必要だったかが、はっきりと理解できる。イルミネーションの日に誘ってくれる時から未来君はその覚悟を決めて来ていたのだ。

 

 だから、本当に、嬉しい。

 

 きゅっ、と彼が私を抱き返してくれた。その体を包む腕は、やっぱり今までの印象よりも力強く、男らしい頼もしさを感じさせた。多幸感に包まれながら私は、ただただ彼の体と熱に身を任せた。

「ありがと」

「ありがとう」

 言葉がハーモニーを奏でる。出会えたことに、お互いを好きになったことに、心から感謝する。

 

 

 ―それでは、只今より照明を落とします。どうぞ皆さま、お足元にお気を付けください―

 

 そのアナウンスと共に全ての照明が掻き消える。しばしの暗闇と静寂の後、やがて思い出したように満天の星空が、出番だとばかりに人工光に代わって地上を、世界をまばゆく照らし始める。

 

 

 

 ―ヴンッ!―

 

 赤い月が、浮かび上がった。

 

 私と未来君の、足元に。

 

 全てが暗闇だった。満天の星々はいつの間にか掻き消えていた。

 

 天空に赤く輝いているはずの月が、私たちの真下に、まるで魔法陣のように浮かび上がっていた。

 

「・・・・・・え?」

 それを見た未来君が、私の肩の上でそうこぼした。耳にかかる息のくすぐったさを感じながらも、私は足元の赤い光の輪を、地上に描かれた赤い月面の魔法陣を見た。

 

 私は『それ』を、知っている。

 

 

 そして、その淵の全周から、無数の子供の腕が、ゆっくりと生えて来た。

 

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