――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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第二十六話 時遡の足跡と、そこから芽吹いた物語

「少し、昔話をしようか」

 会長はそう前置きしてから、ヒジを机の前に立てて手の平を噛み合わせ、少し瞑目してから語り出す。

「私はね、極道(ヤクザ)の家の出なんだよ」

「なん、ですって・・・・・・?」

 この県内屈指の大企業の会長が、まさか反社組織の出身だと言うのか、そんな事が・・・・・・

「そのせいもあって若い頃はロクでもない人間だった、こんなモノを振り回して、周囲の者たちを脅しつけてね」

 机に置かれた短刀を指さしてそう嘆く会長。一息ついて語った言葉に、僕は思わず息をのむ。

「その時『K』に出会ったんだよ、当時は『裏部今日子』と名乗っていた、50ほどの風貌のオバサンだったよ」

 

 かつて若い頃、周囲のゴロツキ達に「ショウさん」と呼ばれていた井原昭三会長は、その日、目に止まった一組のアベックに因縁をつけて男をリンチにかけ、女の方をかどわかそうとしていた時、その『K』が現れたそうだ。

「私はもう徹底的にボコボコにされてね、なにしろ殴っても蹴っても刺しても全く効かないんだから、そりゃもう得体が知れなくて、最後の方はただただ怖かったよ」

 あ、ちなみにその時のアベックがこの社長と専務だよ、と付け足す。

 

 50のオバサンにノされた彼はアウトローの世界で生きて行く事が出来なくなり、実家を勘当されてしまったのだが、逆にそれが彼の人生の転機となった。売春に麻薬に武器密輸とあらゆる悪事を働いていた彼の実家の組は、警察の一斉摘発によって完全に壊滅したそうだ。

「身内はみーんな逮捕されてね、莫大な財産もほぼ没収となった。だがグレーゾーンを超えなかった金の一部は、唯一暴力団を外れた私に舞い込んできたのだよ」

 

 潰れかけた警備会社に就職していた彼は、その金を使って会社を立て直す。そして出世した彼は思わぬ人物と再会する事になる。

 

「そんな時だったよ、町で小さな薬局を営んでいる三木君夫妻と再会したのは」

 お互いいい思い出のある相手では無かったが、彼らには一つ共通する話題があった。

「あの不死身のオバサン。あれからどうしてる?」

「あんたを叩きのめした裏部さん、あれから行方不明なんだ、何か知らないか?」

 お互い出会って最初の一言が同じ質問だったことが、彼らのわだかまりを解いてくれた。三木夫妻は恩人の行方を心配していたし、昭三のほうもあの件で人生が上向いたことで、その後が気になっていたのだ。

 

「で、その後三人で立ち上げたドラッグストアが大当たりでね、それで藍塚グループに縁が出来たんだ」

 当時は画期的だった藍塚の青い缶のスポーツドリンクを積極的に仕入れた事から藍塚グループと深い縁が出来、ヘッドハンティングされた三人はそこで出世街道をひた走って今の地位まで上り詰めた、というわけだそうだ。

 

「その間も私たちは裏部さんの捜索を続けた。いくつかの探偵社に調査を依頼してたら、全国を回りながら探偵をしている『沼田早苗』という人物に行き当たったんだよ」

「部下が撮った写真見て驚いたわ。本当にあの裏部さんにそっくりだったけど、全然若いんですもの」

 社長に続いて専務がそう続ける。最初はてっきり裏部さんの娘さんか血縁者だと思っていたが、彼女が移り住んだ各所の情報を集めるほどに、そうではない事に気付かざるを得なかった。彼女はまぎれもない裏部今日子本人で、しかも日々若返っている事を認めざるを得なかった。

 

 それ以来もうずっと彼女を見張り続けて今日に至る、というのが首脳陣の話だった。

 

 

 次に語り始めたのは、医学の権威Dr.リヒターだ。

「私は無名の頃、様々な薬品を研究していてね、長く家を空ける事が多かったんだが・・・・・・半年ぶりに帰宅してみると、妻が麻薬中毒になってしまっていたんだよ、私が居ない寂しさを紛らわそうとしたんだろうな」

 

 ドクター曰く、あともう少しでも麻薬の投与が続いていれば廃人になるのは避けられなかったそうだ。だか妻が購入していた麻薬のルートは、日本での販売ルート撲滅から芋づる式に世界中で検挙され、麻薬の流入を食い止められたのが彼の妻の命を繋いだ。

「もちろん、キッカケとなった日本の麻薬を押さえたのは、くだんの『K』だということだ。私にとっても妻にとっても彼女は恩人なのだよ」

 

 ドクターはそれから妻を救う為、従来品(トランキライザー)に代わる精神安定剤の開発に心血を注いだ。末期麻薬中毒患者の禁断症状を抑え込むその薬を完成させるために、自らの体すら検体として実験薬を投与し、その甲斐もあってわずか半年後には新薬”リヒター”を完成させ、二年もの介護の末に妻を見事に立ち直らせたのだ。

 

「まぁ対価として私の頭はこの有様だがね」

 ぺしぺしと禿げ上がった頭を叩いて笑うDr.リヒター。多くの者が好まないそのつややかな頭は、彼にとっての勲章ですらあったのだ。

 

 

 続いて僕に書類の説明をした若い医師が語る。なんでも彼は生まれつき名医の家系で、自分も医者になって生きていくレールの敷かれた人生にげんなりしていたらしい。

「そんな時だ、死んだ祖父の遺品を整理していたら、とんでもない物が出て来たんだ」

 それは『神ノ山登紀』という女性の診断カルテだった。なんと彼女の細胞は1秒ごとに過去に戻るが如く若返り、あらゆるケガが瞬時に直るという医学の常識を覆す体質の持ち主だったのだ。

「祖父は『呪い』などという表現を使っていたがね。でもそれは私の人生に光明を見出したよ、これを研究し確立すれば、私は世界に名だたる医師になれると!」

 

 彼と藍塚グループとの邂逅が、それまでどうしても足取りの掴めなかった『K』の正体の特定に繋がった。ここ徳島出身の彼女は、77歳の時にこの奇病を患い、そこから若返りの人生を辿り続けていたのだ。

「だから私は野心もあるよ。さっき言った、不老不死や病の治療を見つけたいというのも結構本音なんだよ」

 

 

 僕を試すようなことを言った背広の中年男は、まずその正体からしてとんでもない人物だった。

国際警察(インターポール)、というのをご存知かな? ほら、有名なアニメであるだろう、世界を股にかける大泥棒一味を追いかける、茶色のトレンチコートを来た刑事、あんなイメージだよ」

 またものすごい例えから入ったその人は、かつてあの『K』と共に、数々の国際犯罪を暴いていった経歴の持ち主だった。『K』こと沼田探偵女史は、黒いカーテンの奥ともいえる犯罪者の奥底に入り込み、その犯罪を次々と白日の下に晒していったのだ。

 

 悪党共にしてみれば、天涯孤独の女探偵など恐れるに足らなかった。いざとなれば闇に葬るなど造作もない事と油断して、彼女を犯罪の深淵まで案内してしまったのだ。『K』の不死身を知らなかった悪党どもは等しく返り討ちに合い、その野望を破綻させていった。

「引退後、藍塚グループがまさに彼女を探している事を知ってね。それ以来私が彼女の監視の指揮を取っているんだよ。三木七海君に変装術を教えたのも私なんだ」

 なるほど、元探偵の『K』に気付かれずに監視するとなると、確かにその道のプロでないと。

 

 最後に長机のいちばんこちら側にいる5人の若者が起立する。人種も国籍も様々な彼らは、未来よりやや年上と言った点だけが共通していた。

「私たちは世界中から誘拐され、人身売買組織によって売られていたんです。それを『K』によって救われたんですよ」

 黒髪をお団子にした東洋系の娘がそう語り、アフリカ系の浅黒い肌をした黒人男性がそれに続く。

「我々は皆、誘拐されて恐ろしい目に合わされました。多くの者が未だにトラウマを抱えています。でも我々は何とかあの女性に恩を返したくて、今ここにいるのです」

「もし『K』に救われなければ、俺たちはもう生きてはいないでしょう、地獄のような人生の果てに、ね。だから今度は俺達が彼女を救う番なのです!」

 プラチナブロンドの白人青年が拳を握ってそう続く。彼らの目にはいずれも感謝と決意の炎が、人種の垣根を越えて燃え上がっていた。

 

 

 全員の素性を聞き終えた時、未来はその話の壮大さにただただ呆然とするしか無かった。それは単に奇病にかかった人の話だけではない。その人が生き、苦しみ、その体質を生かして活躍した人生の縮図であり、また彼女が残した『救われた人々』の、長い時に培われた恩返しの物語そのものだったのだ。

 

「あの・・・・・・いいですか?」

 おずおず手を挙げる未来に、全員が「ん?」という顔をする。

「みなさんの決意はよく分かりました、素晴らしい事だと思います。でも・・・・・・そんなチームに僕なんかが加わっても、いいんですか?」

 ここにいる人たちの物語は重く、過酷で、そして壮大だ。ならなおさら僕なんかがここにいる理由だけがどうしても分からない、あまりにも場違いであり、浮きまくっている事はなはだしいじゃないか。

 

 く、くっくっくっ・・・・・・

 うふふふ

 はっはっはっは

 

 全員の含み笑いが答えの代わりに帰って来た。え、なんでこの状況で笑われてるの? 思わず唖然顔になっているのが自分で分かる。

 

 と、社長と隣にいる三木さんがアイコンタクトをして頷くのが見えた。隣の三木さんに視線を移すと、彼女はにっこり笑って、持っていた手さげバッグを掲げて見せる。

 

「じゃあ天野君、これが最終テストだよ」

 彼女はそう言ってバッグから『それ』を取り出し、僕の目の前に置く。

 

 

 その瞬間、三木さんが、会長が、ドクターが・・・・・・この部屋にいる全員が、消えた――

 

 

 もちろんそれは錯覚でしかない。でもその本(・・・)を見た瞬間、世界はまるで僕と本以外のものが全て、意識から消し飛んでしまった。

 その分厚い本の表紙には、金色の文字でこう綴られている。

 

 ―Diary―

 

 そして、表紙の一番下、小さなメモ書きのスペースには、ふたりの名前が記されていた。

 

 僕の字で(・・・・)

 

 

 

『天野未来・神ノ山登紀』

 


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