――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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第二十八話 監視者という名の『赤い糸』

 あちゃー、やっちゃったかなぁ。と私、三木 七海(みき ななみ)は心の中で頭を抱えた。天野君、前々から真面目過ぎると思っていたけど、まさかここまで取り乱すとは思ってなかった・・・・・・

 

 

 今から四年前、大阪の高校を卒業した私は、祖父が経営するこの藍塚グループに就職したのだが、その社長と専務、つまり祖父と祖母直々に依頼された仕事に、ただただ愕然とするしか無かった。

『七海、すまないがお前には、ある人物の監視役として、もう一度高校生をやって欲しい』

 はぁ? 理解不能にもほどがあるわよ。高校を卒業して就職したのになんでもう一回高校に入学しろと?

 

 なんでも会社を挙げた大きなプロジェクトの重要人物が今度高校に入学するらしくて、その人と同じ学年の生徒になって、気付かれないように張り付いてほしいとの事だ。演劇部に所属していた私は、社長の孫と言う立場もあってその任務にうってつけだったらしい。

 

 私に一年間みっちり演技指導や操作のノウハウを叩き込んだのは、元ICPO(インターポール)のアイン・J・鐘巻さん。齢56歳の彼は自分や近しい人が何度も犯罪組織のオトリ捜査をしていた経歴もあって、対象にバレないように接近、調査するのはお手の物だったらしい。ただその対象も元・探偵だそうで、接触には細心の注意が必要なのだとか。

 

 そして、その対象『神ノ山登紀(かみのやま とき)』さん、何と老人からどんどん若返っているという非常識な経歴の持ち主だった。それを聞かされた時は流石に私はからかわれているんじゃないだろうかと疑った。でも、マジだった。

 

 入学式の日、早速彼女の尾行を開始した。信号待ちで立っていた彼女は何と、飛び出してきた犬とそれを助けようと道路に飛び込んだ少年を庇ってトラックの前に倒れ込んだ。あわや捜査対象が死亡か? などと心配したが、彼女は轢かれる事もなくその場を去った。その際に彼女の敗れた袖の下、派手にすりむいたであろう腕が奇麗な肌色のままであった時から、上の皆が大真面目である事を理解せずにはいられなかった。

 

 幸いにして彼女に接近するのは簡単だった。彼女が助けようとした少年、天野 未来(あまの みらい)君が、私や彼女と同じクラスだったのだ。さらに好都合な事に、天野君は早速彼女とコンタクトを取ってトラックの運送会社へとお詫びに一緒に行った。

 これなら後は二人の仲を冷かしつつ自然に標的(ターゲット)との距離を詰めればいい。伊達についこの間まで別所で女子高生をやっていたわけじゃない、恋愛にきゃぴきゃぴする演技はお手の物! 天野君を間に挟むことで、つかず離れずのポジションを得ることに成功したのだ。

 

 監視と報告の日々は続いた。その中で彼女は天野君と明らかに恋仲になりつつあった。あれでも138歳のお婆さんらしいのだが、普通に見た目年齢相応の反応を見せる彼女は、どう見てもただの女子高生だった。

 

 それはやはりお相手の天野君が影響しているのだろう。とことん真面目で誠実な彼は、どこか達観しているトキちゃんとすごく相性が良さそうで、周囲が羨むくらいにぴったりハマっていた。おかげで私もこの微笑ましいカップルの冷やかし役をすっかり楽しんでしまった。

 

 でも、それはある日を境に、暗雲に包まれる事になる。

 

 彼女を尾行中のある日、骨董品屋(アンティークショップ)に入った彼女のカバンに仕込んでいた盗聴器から聞こえて来たその会話によって、彼女の抱えているものが『病気』というよりは『呪い』の類である事を知らされる。

 年端もいかない子供達とのその会話、彼女の若返りが子供達に代わって『生け贄』になるための物である事。そして、その為に彼女が時計を使って、彼女の事を『忘れる』為の力を備えていることを。

 

(マジ、なの?)

 盗聴器で聞いただけなら、あるいは馬鹿馬鹿しい話だと取り合わなかったかもしれない。だけど私自身、トキちゃんの事を一瞬忘れることが何度かあったから、その会話を信じざるを得なかった。

 会社にそのことを報告すると、お前は細心の注意を払って忘れないようにしろ、との指令が帰って来た。もし彼女がその能力で学園との縁を切ったら、お前がそれを再び繋ぐ糸になるべきなのだ、と。

 

 そして11月8日、その日は訪れた。

 あすかむらんどでの月食のイベント日、周囲の皆(クラスメイト)がふたりの為にチケットとデートスポットを用意したのは、単に彼らを応援して冷やかしたいだけではなく、ふと登紀さんの事を忘れる彼らが、どこかで彼女の存在を心に残したいという想いがあるのだろう。でもその行為は彼女に決行の日を早めさせただけだった。

 

『わたしのこと、わすれて』

 

 あすかむの監視カメラに映る彼女の、悲しそうなその言葉を聞いた瞬間から、天野君は目の前の恋人の事を完全に忘れてしまった。

 

 こうまで一方的な、そしてフッたほうだけが悲しさを残す『失恋』を、私は知らなかった。

 

 監視室から飛び出した私は駐車場まで走り、車に飛び込んで運転手に指示を出す。

神ノ山さん(ターゲット)のアパートへ、急いで!」

 

 会社の目的は彼女の病の治療。でもそれは医学だけではとうてい歯が立たない。ならばプロジェクトの方向性は全く違った物になる、組織の再構築が必要になり、そのための時間が必要になるだろう。呪いに対するスペシャリストを集め、彼女が快く治療に身を委ねてくれる環境作りが必要だったのだ。

 そして、その事を彼女に話して説得する人物はもう、天野君以外に考えられなかった。病を治し、呪いを解き、彼と一緒に人生を歩んでいくというのはトキちゃんにとって何より甘美な夢だろうから。

 

 ううん、そんなの建前だ。本当はあの二人に、純粋に幸せになって欲しかったんだ。だから・・・・・・

「トキちゃんと天野君の『縁』、私が絶対に、繋ぎ止めて見せる!!」

 

 二人を繋ぐ絶対的なアイテムが、今は彼女のアパートにある事はリサーチ済だ。あの交換日記があればきっと天野君は彼女の事を思い出す! キッカケさえ与えてあげれば、あの二人の絆は呪いなんかきっと打ち破ってくれるはずだと信じて。

 彼女のアパートで交換日記を見つけた。いけないとは思いつつもページをめくる。そこに記されていたのは思っていたよりもはるかに鮮明な、二人の青春の構図だった。これなら、きっと!

 

 

 今、天野君はその日記を見て悲鳴を上げ、嗚咽を漏らして伏せっている。ああ、私は彼の真面目さを甘く見ていたんだ。トキちゃんのことを忘れていた彼にとって、この日記帳はまさに劇薬だったのだ。

 鐘巻さんに教わった心理学を思い出す。誠実な性格の人物は、その者が自分を壊す程の後悔に駆られた時、本能と理性の両方で自分を否定する事が往々にあると。今まさにその例が目の前にある。トキちゃんを忘れて過ごした戻らない過去が、今も悲しんでいると思っている彼女のことが心を抉り、同時にそんな自分は『悲しまなければいけない』という理性すらが、彼が壊れるのを後押ししてしまっている。

 

 ヴーッ、ヴヴーッ!

 私の携帯がバイブで着信を知らせる。何よこんな時に、仕事中なんだから後にしてと無視を決め込みたかったが、その着信は短く、断続的に続いていた、これは・・・・・・ラインのメッセージ?

 いけないと思いつつもスマホを取り出し、画面を開く。そこにあったのは・・・・・・

 

本田『おい! お前ら、神ノ山さんのこと覚えているか!?』

川奈『私も、なんで? たった今まで彼女のこと忘れてた!』

宮本『あんな面白カップルを忘れるなんて・・・・・・天野君、返信ちょうだい!』

岩城先生『なんてこった! 卒業アルバムにすら載せていないじゃないか! 私は一体、何を!?』

本田『渡辺! お前天野と同じ会社だったよな、天野はそこに居るか!?』

渡辺『それが、アイツ営業の部署にいねぇんだよ! どこいったんだ全く!』

川奈『ななみん見てる? トキちゃん覚えてる、よね』

宮本『どういうこと? 私たちはみんながみんなして、奇麗にトキちゃんのこと忘れてたの?』

岩城先生『冗談ではない! 一体どういう事だ、天野、三木、連絡はまだか!』

 

 今となっては懐かしい友人たちの、そして恩師の、忘れ物を取り戻そうとする心からの伝言だった。

 

 理屈は分からない。でも私にはそれが、天野君が忘れる呪いを破ったから、連動して彼らの呪いも効力を失ったのだと理解した。そしてそれは、彼女を忘れていた『罪』を、天野君と共有して痛みを分け合う為にそうなったのだと。それを仕込んだのが例え神様だったとしても、私はそう思いたかった。

 

「ねぇ、天野君。スマホ、見て」

 そう発する私の声は、どこか涙声になっていた。私の頬を熱いものが、つい、と流れた。

 なんて素晴らしいんだろう、『友情』と言う名の絆は。

 

「これ、って・・・・・・」

 呆然と答える天野君に、私は返す。

「天野君。君がトキちゃんの事を忘れていたのは、彼女自身がそう望んで、『呪い』をかけたから」

 そう、君のせいじゃない、他ならぬトキちゃんが、勝手に君の心に鍵をかけたんだ。他のクラスメイトのみんなまで巻き込んで。

 でも、それを君は開けた、記憶の扉を。おかげで多くのみんなが忘れていたことを思い出させたの。

 それは多分、すごいことなんだと思うよ。

 

「愛の奇跡、だね」

 

 それだけを伝えた。気が付けば会長も社長(叔父)専務(叔母)も、みんな彼の周囲に集まっている。最初は同情と心配で集まった彼らは、今はその想いの強さに惹かれるように感慨深い顔で彼を見ていた。人はこれほどまでに、人を想うことができるんだな、と。

 

 

 ブヴヴヴ――ン!

 

「え!」

「なっ、何だ?」

「ひ、光が・・・・・・天野君の周りに、なにこれ」

 

 突然だった。天野君の足元の周囲に、直径3mほどの光の輪が現れた。まるでアニメによくある魔法少女を囲う魔法陣のように、五つのリングが彼の足元に浮かび上がっていた。突然の現象に一同がざわめいて、一歩二歩、後ずさる。

 

「これは・・・・・・」

 天野君が呟く。彼はそれを見て驚くというよりは、むしろ見知っていたものを見るようで、懐かしさすら感じていたようだった。

 

 

 そして、そのリングの縁から、ゆっくりと、手が(・・)生えて来た(・・・・・)

 

 

 

 

 


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