――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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第三十一話 全ての人とすれ違う人生の中で

 柊さんと私を乗せた軽自動車が、西予宇和ICから松山自動車道に乗り込む。高速を飛ばせば徳島までは3時間半ほどの道のりだ。はやる気持ちを押さえながら、私は柊さんに問いただす。

「いつから?まさか藍塚の社員になっとったなんて」

「貴方と暮らし始めてすぐね。藍塚の方から私に接触してきたのは」

 曰く、藍塚グループはかねてから私の呪いを『若返る病』として捉え、その実態を解明すべく動き続けていたそうや。私は彼らに監視されとったらしく、柊さんと同居を始めたのでこれ幸いと彼女を自分たちの方に引き込んだらしい。身近な人がスパイなら、その状況を逐一報告するのにはうってつけやから。

 

「私がずっとパチンコ行ってると思ってたでしょ? あの時から私は藍塚の刑事さんに色々アドバイス貰ってたのよ」

「じゃあ、私は柊さんにも騙されとった、ってコト?」

「ま、そういうコトね。貴方も元探偵なんだから、騙される方が悪いんじゃない?」

 正論で返されてぐぅの音も出ない。私が現役の探偵の時はそうやって誰かの素性を探っていたんやから、それをされる側に立ったからって相手を非難する訳にもいかない。

 

 それより、ほら。とスマホを渡される。電話でもしてほしいのかな、と電源を入れると、そこにはとあるホームページの画面が開いていた。

 

”藍塚薬品工業・時遡プロジェクト”

「これは・・・・・・今朝の?」

 画面をスワイプしてページ全体を眺める。そこには若返りの難病”細胞反再生症候群(レジュヴェネイション・シンドローム)の詳細といくつかのサンプル動画やデータ、その病気そのものを利用した新たな医療技術の可能性、そしてそれが医学ではなく何か呪術的なものである可能性まで示唆されており、それに対する提案や資金提供を呼び掛ける内容で埋め尽くされていた。

 

「右上に文字検索のスペースがあるでしょ?そこに”TOKI”と入力してみて」

 柊さんの言葉に、え? と首を傾げつつ、言われた通りに私の名前をローマ字で入力する。ほどなく画面がブラックアウトし、動画ダウンロード中を示唆する円がぐるぐると回り続け・・・・・・

 パッ、と動画がスタートする。画面に大写しになっているのは一人の老人だった、彼の座る机には立て札で”井原昭三会長”と記されている。なんとあの藍塚グループの総元締めである会長が直々に、私の名前をパスワードにして登場したのだ。

 

『初めまして、神ノ山登紀さん。そして、お久しぶりです、裏部今日子(・・・・・)さん!』

「なっ!?」

 今の私はただの女子中学生だ。その私に向かって大人物が礼を尽くしつつ語ったのは、かつての私の懐かしい偽名だった、あの名前を使っていたのはいつごろやったか・・・・・・

『まぁ分からんでしょうね、これならどうです?』

 そう言って隣にいる人から何かを受け取ると、それをずぼっ、と頭に被った。それはパーティで使用するような面白カツラ、リーゼントとグラサンがセットになった古風なヤンキーコスプレセットだった・・・・・・大企業の大物が何やってん?

 

 会長さんは反対側にいる誰かから何かの白木を受け取り、それを画面に向けて突き出す。あれ?どこかで・・・・・・

『ハスったるわ、ダボババァ!』

 ああっ! と驚愕する私をよそに、動画からは大笑いが聞こえて来た。そう、あれはかつて神戸で私と同じスーパーでバイトをしていたカップル、誠二君と理子ちゃんに絡んだ不良の男、私がレンガでボコボコに殴打してKOした、あのロクデナシ!?

 

『と言うわけでお久しぶりです、ショウさんこと井原昭三でーっす!』

 おどけてそう言う会長の左右から、ひょこっ、と顔を出したのは、会長と同じ年頃の穏やかそうな男女だ。

「え、まさか、誠二君に理子ちゃん?」

 不良(バカ)を思い出したせいで、その老いた顔の若い頃はすぐに思い出せた。彼らは「社長でーす」「専務やってますー」と年齢不相応にノリノリで画面に笑顔を投げかけてくる。改まって着席すると、それぞれが真顔に戻って自己紹介する。

『どうも、藍塚薬品社長、三木誠二です。いつぞやは本当にお世話になりました』

『同、専務の三木理子です。私達の事を覚えていますか?』

 もちろん、思い出してしまえば忘れようもない。彼と彼女は自分が長い時の中で見て来たカップルでも最も応援したくなる二人やった。そう、結婚して出世したの、本当におめでとう・・・・・・ほなけどまさか、あのバカの元で働いているなんて、あまりに意外な展開やった。いったい彼らの間に何があったん?

 

『まぁ色々ありまして、私達も出世したから是非沼田さん、いや神ノ山さんに恩返ししたいと思いまして』

『本当に失礼とは思いましたが、貴方をずいぶんかけて探してから、ずっとお話するタイミングを伺ってたんですよ』

 誠二君と理子ちゃんが懐かしさをたたえた目で話を続ける。彼らは突然自分たちの前から姿を消した老婆、つまり私の事を探し続けとったらしい。結婚する時も何としても私を招待したかったのだけれど、若返り続ける自分を探し出すにはあの時の二人はあまりにも情報不足やった。

 

 私の若返る病と不死身の体を知った彼らは、その企業のネットワークを使って私の本名と呪いを突き止め、以来私に声をかける機会を伺っていたようだ。なにせ一方は大企業の偉いさん、かたや元、探偵で訳アリの体の私や。普通にコンタクトを取っても警戒されて姿をくらませられるのが関の山だと思ったらしい。うん確かに、実際私ならそうしとったやろう。

 

『僭越ながらわが社は製薬や健康、そして医療を扱っています。ぜひ貴方の病を治療したいと思っているんですよ』

 会長が『いつぞやのお礼に、ね』と笑顔を見せてそう話す。ああ、この男もあの時以来まともになったんやなぁ、と感心する。

『そんなわけでこの”時遡プロジェクト”を立ち上げたんですよ、貴方を救う為にね』

『ご迷惑かもしれませんが、貴方の人生を正常に戻すお手伝いをさせて欲しかったんです』

 誠二君(社長)理子ちゃん(専務)の言葉に、思わず鼻の奥がつんと引きつる。この二人は今でも私なんかの事を気にかけてくれていたんやねぇ。

 

 画面が二人からスライドし、別の机に座っている白衣の二人を映し出す。そのうちの1人、高齢の白人医師を見て思わず声を上げる!

「ドクター、ロベルタ・リヒター!」

 まさかの大人物の登場に思わず絶句する。彼は麻薬の禁断症状を抑える新薬”リヒター”を生み出し、末期麻薬中毒患者を何人も救済した現代の偉人だ。そんな人が、どうして?

『初めまして、ミセス・トキ。私は貴方がサナエと名乗っていた時に、ドラッグのルートを押さえてくれたおかげで、妻を救い、多くの患者を救う事が出来たのです』

 そうだ、思い当たる事がある! かつて東京で麻薬密売をしていたヤクザを潰した後、捜査を引き継いだ警視庁公安や国際警察(インターポール)が国内外の麻薬ルートを壊滅させたと聞いとった。リヒター博士の功績はそのすぐ後の事やった、まさか私の仕事と連動しとったやなんて!

 

『初めまして神ノ山さん、私は橘 俊介(たちばなしゅんすけ)と申します。私の祖父はかつて徳島の大学病院で貴方を診察した橘 三郎(たちばなさぶろう)です、覚えておられますか?』

 え、と記憶の糸を手繰る。ああそうだ、橘医師といえば私が初めてケガが瞬時に直る事を知ったとき、診察を受けた名医の名だ。あの時は彼の理解を超える私の病に『もう関わりたくない』とさじを投げたのだったが、そのお孫さんが今、再び私の前にいるというの。

 

 さらに画面が切り替わる、出て来たのは懐かしい、しかし接点のなさそうなふたりの男女だった。

「アイン・J・鐘巻さんと、ななみん? どういう組み合わせ?」

 元国際警察(インターポール)の腕利きで、私の悪党捜査の担当だった警部と、ほんの三年前にクラスメイトであり、親友といえる仲だった女の子が居並んで立っている、どうして?」

『彼女は私の直弟子だよ、沼田さん』

『へっへー、だまされてたでしょー!』

 は?という声を出す私に、運転していた柊さんが解説を入れる。

「三木さんは私と同じ、あなたに張り付いて監視する役をしてたのよ」

「え、えええええーーーっ!?」

 あのきゃぴきゃぴ明るいななみんが、まさか私の監視役だったなんて・・・・・・でも、あの鐘巻警部の肝入りならありえなくはない、ああ、元探偵の私がまた騙されてとったー!

 

 その後も次々と”時遡プロジェクト”のスタッフが画面に登場する。そしてその人たちは全てが、かつての私とかかわっていた人たちだった。

『私が家出した時、貴女に保護されなかったら今の私はありませんでした』

『貴方が間に入って下さったお陰で、父は工場を手放さずに済んだんです』

『あなたに自殺を止められて、本当に良かったです』

『うちのアパートからいきなりおらんなって、”あの探偵さんは?”ってどんだけ問い合わせきたか』

 

 様々な形で私と関わった人たちが、私の病を、呪いを消すために、そこに集まっていたのだ。

 

『僕たちは貴方に救われなければ、悪人たちの奴隷として悲惨な末路を迎えるしかなかったです』

『私たちの命は貴方に捧げるべき命です、是非そうさせてください!』

 最後に出てきた若者たちは、悪のフィクサー達に捕らえられた子供達だった。あの船で(リカオン)に食わせるぞと脅された年端もいかぬ子供達。彼らもまた世界中から、私に恩を返すために藍塚(そこ)に集ってくれていた。

 

 その動画に教えられた大切な事、それに感極まってぽろぽろと涙を零す。そうや、私は何を勘違いしとったんやろう。

 

 私はずっと孤独だった。時遡の呪いを受けて以来、私だけが他の人たちと逆方向に歩み続けていると思っとった。誰も私と同じ未来を見てくれん、全ての人が私とすれ違っていくだけなんやと。

 でも違った。私が生きて来た人生の中で、確かに私を覚えていて、その手を引いて皆と同じ方向に歩かせようとしてくれている人たちがこんなにおるんや。私のやって来たことが、正義の味方のお婆ちゃんとして歩んできた人生が、こんなにも大きな、そして温かい恩返しをしようとしてくれているんや!

 

『でもまぁ、そんな我々の努力も無駄になってしまいましたがね』

 会長が画面に戻るや否や、やれやれと手を広げて首を振る。続いて誠二君(社長)理子ちゃん(専務)が笑顔で”彼”を紹介する。

『私たちの目標をたったひとりで叶えちゃうんですから、立場ないですよねぇ』

『さすが貴女の彼氏さんですねぇ、主人の若い頃にそっくりですよ』

『仕方ないので彼を救う事にしましたよ、いやぁ正直嫉妬しますねぇ』

 

 画面の中央に、彼がいた。

 

 彼らの望み、”私の呪いを解く”という願いを全部ひとりで引き受けた、私の恋した青年が。

 全ての人とすれ違う人生(みち)で、私を真正面から受け止めてくれた、天野 未来(あまの みらい)君が!

 

『貴方にどうしても伝えたいことがあります、徳島で待ってますよ、登紀さん!』

 

 

「なんや・・・・・・私やって、言いたい事、山ほどあるわ・・・・・・」

 動画は終わった。私はあふれる涙を何度も拭って、涙声のままそう嘆いた。車が県境の”新境目トンネル”に入る。いよいよ彼のいる地へ、懐かしい故郷の徳島へ。

 

 トンネル内にある愛媛との境目を示す大文字を見る。後ろに流れる愛媛県の矢印と、向かって来る徳島県の文字を見て、私は心から歓喜する。

 

 ――来たよ、未来君――

 


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