――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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※「残酷な描写」この話は特に強烈です、ご注意ください。


第四話 フィクサー達の凶宴

 2013年、平成25年。

 

「う、うーん・・・・・・参ったわぁ、ベタやけど眠り薬とはねぇ」

 彼女、神ノ山登紀(かみのやま とき)(129歳、肉体年齢25歳)が目を覚ましたのは、四方をアクリルガラスに囲まれた10m四方ほどの部屋だった。ワインレッドのワンピースドレスをひるがえして立ち上がり、周囲をぐるりと見まわす。

 

「お目覚めかな、女スパイの沼田さん」

 そう声をかけて来たのは、ガラスの向こうで上等なイスに座っている、醜悪を顔に塗りつけたような老人だった。見れば周囲全てに同じようなイスが配置され、そのそれぞれに妖怪もかくやと言わんばかりの面構えの人物が気色顔で鎮座してこちらを見て、薄気味悪い笑い声を立てている。

 そしてその脇には、イスの主と対照的な美男や美女が、執事服や礼服、あるいは騎士のコスチュームやメイド服を身に纏って立っている。

 

 だが、本当に醜悪なのは光景はそのすぐ下にあった、執事らが両手で肩を押さえて拘束している子供達――年の頃はせいぜい10歳以下の少年少女が、なんと全裸で立たされてこちらを見せられている!

 

「人身売買の噂、どうやら本当だったようやね!」

 

 

 

 東京で探偵事務所を開いてほどなく、大掛かりな麻薬取引を暴いて首謀者たちを警視庁に引き渡して以来、彼女は警視庁公安や東京地検特捜部に縁が出来た。なにせその麻薬取引は海外のマフィアや財政界の裏の大物、いわゆるフィクサー達が幾人か関わっており、国際警察(インターポール)を巻き込んだ大掛かりな捕り物に発展したのだ。

 

 一件が落ち着いた後、公安や特捜部は非公式ながら彼女を捜査官(エージェント)に指名する。正義の味方のおばあさんを目指す登紀にとっては願ったりだったし、彼らにしても自分たちが動いている事を悟られずに巨悪に接触できる人物は必要だったのだ。

 

 無論危険度は遥かに高いが、その分報酬も跳ね上がっている。幾度かの依頼をこなす内に登紀は億を超える財産を手に入れていた。元々金欲は全然ない彼女だが、将来に向けて貯金を増やしておく必要は確かにあった。時間と共に若返る彼女にとって、いずれは子供として生活しなければいけない時が来る。今の仕事が続けられるはずもなく、収入の当てのない状態で高校生、中学生、小学生に幼稚園児と生活を偽装していくにはどうしても多額の費用が必要になるのだ。

 

 とはいえこのエージェントに着いてもう15年、そろそろ若返りが隠せない時期に来ており、最後の任務として彼女はある国際組織犯罪のオトリ捜査を担当する。それは国際保護動物の密猟組織と、人身売買や臓器売買を行っている組織に対する潜入捜査だったのだ。

 首謀者たちの動きを掴み、アフリカの某国が所有する巨大客船、世界中のセレブが参加するその船のパーティに上手く潜り込んだ・・・・・・と思っていたが、どうやら身元は割れていたようだ。

 

 

 とはいえ捜査が空振りに終わるよりはマシである、流石にこいつらも私の呪いなど知るはずが無いだろう、私を偽名で呼んでいるのがその証拠だ。どうせこれからここで私を殺害するつもりなのだろうが、その様を売り買いしている子供たちに見せるなど、本当に悪趣味!

 

「私の正体を知った上で犯罪の証拠を見せるって、ずいぶんお馬鹿さんね、富喜来(とみいきらい)さん!」

 正面のイスに座る醜悪な面の老人に正対して声をかける。悪徳高利貸しから身を起こして日本中の企業とヤクザを裏から操ると噂されていた大人物だ。だが殺人を前にして顔を赤らめてヨダレを垂らして、さらに傍らに美男子の執事と全裸の子供を従えているその様は、巨人ではなく狂人でしかない。

 

「ふぉふぉふぉ、強気なお嬢さんじゃのう」

『これはショーが楽しみですわ、おほほほほ』

『今回の獲物は美しいご婦人か、これはさぞ見物でしょうねぇ』

 富喜来に続いて、魔女のような風貌の老婆と、無精髭を生やした金髪の白人が各々の母国語でそう続く。白人の方はまだ30ほどの若さだが、その瞳の放つ狂った光は周囲の老人に勝るとも劣らないものだ。

 

「これから貴方がどうなるかお分かりかな?」

 そう言われて改めて周囲を見て音を聞く。響く船のエンジン音が近い事から考えて船底部分の秘密の部屋と言った所か。部屋を構成するアクリルガラスは厚みが3cmほどもあり、人力で破壊することは到底無理である。と、なればここで私を逃がさないまま何らかの処刑方法を執行する気だろう。

 

(上の方に空気穴(ガラリ)がある・・・・・・毒ガスってわけじゃなさそうね)

 部屋の4隅の上、2mほどの所に空気を通す縦長の穴が並んでいる。ならばこの部屋がガス部屋である可能性は少なく、逆にこいつらの弑逆嗜好を考えたら、ここで殺される者の断末魔を楽しむための物だろう。

 

 そしてこの部屋にかすかに残る、それでも不快を極める臭い。そして人身売買と並んで疑われている彼らの犯罪を考えたら、必然的に答えは出てくる。

「私をライオンにでも襲わせるつもり?」

 中世の処刑方法、死刑囚や異教徒にライオンをけしかけて戦わせ、食い殺される様を見物して楽しむ貴族の娯楽。やれやれ、どうして人間は金や権力を持ちすぎると、こういう方向に娯楽を求めるのだろうか。

 

『さすがは日本のエージェント、実に聡明な見解ですな』

 笑いながらそう言って手を叩いたのは先程の若い白人だ。周囲の老人老婆も皆、醜悪な笑みを浮かべながら拍手を打つ。

『じゃがハズレ!ライオンじゃつまらんしねぇ』

 魔女のような婆さんが10本の指全てにギラギラとした指輪を光らせて、ちっちっち、と立てた指を切る。

「じゃあそろそろ、お相手の登場といこうではないか」

 そう言って富喜来が後ろに控える黒服に目配せする。答えて黒服がリモコンを捜査すると、部屋の向こう側から床が盛り上がり、その床を天井とする檻がせり上がって来る。その瞬間から周囲の大勢のセレブ達が一斉にイスから身を乗り出し、かぶりつくように部屋を凝視する!

 

 檻の中にいたのは6~7頭ほどの大型犬だった。とはいえシェパードでもドーベルマンでもマスチフでもない、赤茶けた体毛に黒毛のマダラの入った美しさとは無縁の体色に、やたら大きくて丸みを帯びた耳がピンと立ち、目の縁はクマドリのように黒い丸に覆われて目そのものが暗闇に覆われているようなイメージを思わせる。クェックェッという鳥のような声を発するその口には、体色とは不釣り合いな純白の牙が鋭くのぞいていた。

 

『おおおおっ、来た来た!』

『待ってましたぁ』

『月に一度はこの子たちの食事を見ないとねぇ』

 一斉に色めき立つ金持ち共。その横に居る執事たちが全裸の子供たちの頭を左右から押さえ、目を反らせないようにこちらを向かせて固定させる。子供達の人種も様々で、黒人から白人、日本人かもしれない黄色人種の子供もいる・・・・・・私が来なければ、これからの人生が悲惨な事だけが彼らの共通点。

 

(大丈夫、もうすぐ助けたるけんな)

 心で周囲の子供たちにそう約束して、改めてオリの中の犬たちを睨む。

 

「・・・・・・リカオン! こんな生き物まで、あなたたちは!!」

 

 アフリカの野生の犬(ワイルドドッグ)、リカオン。ライオンやヒョウ、ハイエナ等が闊歩するアフリカのサバンナで集団生活を営み、狩りによってのみ食料を得る肉食獣。狩りの成功率は実に80%にも達する名うてのハンター。

 そして特筆すべきはその狩りの残忍さだ。咬合力こそ強いがその小さな口では獲物を即死させることが出来ない為、彼らは獲物の体に噛み付いて動きを止め、肛門や子宮から皮を引き裂き、腸を引きずり出して生きたまま内臓から食べ始める。ひとたび尻の皮が破れればそこに何頭もの犬が鈴なりになって、獲物が生きたまま次々と内臓を引き出して貪るのだ、獲物の悲鳴をBGMにして行われるその狩りは、まともな人間なら直視するのも嫌悪するだろう。

 

 それを、ここで、人間相手にやっているというの! この外道共は!!

 

「さぁ、目を反らしてはいけないよ。いい子にしていないと(・・・・・・・・・)君も、あそこに行く事になるよ」

 富喜来が脇の子供、まだ3~4歳に見える子供の頭を撫でてそう言う。子供の方はもう目に涙をいっぱいに溜めて、それでもこくこく頷く。周囲を見渡すと、やはり同じように子供たちにトラウマを植え付けようとしている。

(可哀想に・・・・・・こうやって彼らは性玩具に、いや、最悪自爆テロ要因にまで使われるのね)

 仮にそうでなくてもこの子たちの行く末など悲惨の一言だろう、成人するまで生きていられる可能性は極めて低く、成長できたとしてもその精神は壊れているだろう・・・・・・何としてもここで救わなければ!

 

『後ろの壁に武器がありますわよ、まぁ無駄でしょうけど無いよりはマシではなくて?』

 純白のドレスを纏った中年女性がそう告げる。確かに反対側の壁には1mほどの杖のようなものが掛かっている、手に取ってみれば上部は20cmほどのT字型になっていて、ハンマーのように重量を感じる。逆側の先は尖っており、突き刺して使えるようになっていた。

 とはいえ野生動物に、まして名うてのハンターであるリカオンの群れに抵抗出来る物ではない。これはそれを振り回してせいぜい足掻く姿を楽しむための物でしかない。

 

「さぁ、イッツ、ア、ショウターイム!」

 富喜来の掛け声と同時に、犬の入った檻が電動でウィーン、と開いていく。醜い犬たちが息を弾ませてこちらに小走りで駆け寄り、それよりさらに醜い人間どもが目をむいてこれからの惨劇を楽しもうとする。

 そして、首を固定されて、目を反らすことも叶わない子供たちの目から、美しい涙がきらきらぽろぽろと零れ落ちる。

 

 かたん、と手にした杖を捨てる登紀。正面から迫って来たリカオンを、両手を広げて迎え入れる。まるで自分に抱き着いて来る愛犬を、優しく包み込むように。

 

 

 

 誰もが目を丸くして固まっていた。下衆なフィクサー達も、その脇に控える執事や黒服たちも。そして涙を流していた、哀れな幼い子供達も――

 

 床に落ちた杖を拾い上げてヒュン、と一振りし、部屋の隅に向き直る登紀。そこには怯え切った6頭のリカオンが固まっている。私が一歩踏み出す度に尻込みし、壁の向こうに逃げようとアクリルガラスの壁をひっかいて悲鳴を上げる。

 

「アフリカの大地に帰りたいでしょうね。でも・・・・・・貴方達は人肉の味を覚えた。だから、ごめんね」

 最初に飛びついてきたリカオンは迷いなく自分の首に噛み付いて、そのスキに残りの5匹はすべて背後に回り込み、私のスカートを引き裂いてお尻に食らい付いた。その迷いの無さが人間を襲い慣れている事を証明していた。服は食べられないが、それを引き裂けば柔らかい肉がある事を知っていたのだ。

 

 そして彼らは噛み付いた者から、その犬歯をまるごと失っていった。爪を突き立てればそれが欠け、目一杯食らい付けばその体に歯という歯を根こそぎ持っていかれた。牙も爪も通用しない相手に戦う術をイヌ科の生き物は持っていないのだ。彼らは登紀に目を潰され、喉の奥に手を突っ込まれて舌を引き抜かれ、足先を掴まれてヒザ部を思いっきり踏まれて足をへし折られた。

 

 残忍な光景は、悪人どもの期待と真逆の形で展開されていた。戦う術を持たない哀れな犬たちは、半裸の彼女が打ちおろすハンマーで何度も殴られ続け、一匹ずつ生物から肉塊に変えられていった。

 

 全ての悲鳴が収まった時、部屋の中央には犬の血のドレスを纏った美しい女性、その周囲には無数の犬の死体が転がっていた。

「・・・・・・きれい」

 そう発したのは富喜来が連れていた幼い男の子だった。まだ5歳にも満たないその子が発した言葉に、富喜来は激高してその横っ面を張り飛ばすと、隣の執事に「代わりを用意せい!」と怒鳴りつける。が、それを待ってやる必要などどこにもない。

 

 私は部屋の隅にある空気穴(ガラリ)に杖を差し込み、テコの原理で横にこじった。途端にピシィッという音と共に壁に亀裂が走る。

「なっ!?」

『OH!』

 アクリルという材質の性質上、正面からの強度はすさまじいものがあるが、その分横からの素材のズレには脆い物だ。わざわざ突き立ててこじるための穴とそれを広げるためのテコを与えてくれるなんて。まぁ彼らがアクリルの性質なんて知っている訳も無いのだけれど。

 

 一度距離を取り、ハンマーを構えて狙いを定める。その向こうでは老人共が席から立ち上がり後ずさる、お付きの者どもに指示を出し、彼らは応えて拳銃や小型マシンガンを取り出す!

 

「馬鹿ね、私に武器を渡したのは、貴方達」

 ヒビの入ったアクリルの牢獄は、存分に助走を付けた私のハンマーの一撃で、まるで蜘蛛の巣のような亀裂を走らせた。

 後は蹴っ飛ばせば、壁はまるで積み木のように崩れ落ちた。開いた大穴から部屋の外、外道共が固まる方向に歩みを進める。

 

『Fire!』「撃て、殺せ!」『SchieBen!』

 何か国語かで同時に発せられた言葉と同時に、部屋が雷のような銃声に包まれ、無数の銃弾が登紀の体にめり込んでいく。衝撃を受けて後方に吹き飛ばされる。

 

 硝煙の臭いに包まれたガンスモークの中から、ゆっくりと登紀がその美しい身を起こした時、愚か者たちの運命は決した。

 

 

 6時間ほどの後、連絡を受けて駆け付けた国際警察(インターポール)の捜査官たちは、床に転がって重症を負っている、その早々たるメンバーに目を見張った。世界でも有数の裏の顔を持つ大物たちが全身を殴打されて虫の息でうめいていたのだから。

 もし逆に登紀が殺されていれば、いかにICPOといえども船内のここまで踏み込むことは出来なかっただろう。うかつに機嫌を損ねれば国際問題にまで発展しかねないほどの大物たちなのだ。

 

 

「沼田さん・・・・・・あなたは一体」

「私の事より、この子たちをお願いします。必ず親元に届けてあげて」

 登紀は彼らが来るまで、怯える子供たちに「もう大丈夫だから」と優しく語り、その頬を撫で続けていた。犯罪者も護衛の者もどうでもいい、この子供たちはどうか今日の事を忘れて、幸せに生きて欲しい――

 

 

「お約束通り、私はこれで引退します。後の世界をよろしくお願いします」

 

 上半身に残されたドレスと、下半身を彩る返り血で全身を赤く染めたまま立ち上がり、毅然として捜査官にそう告げる女性は、ただただ・・・・・・

 

 美しかった。

 


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