――時遡(トキサカ)――   作:三流FLASH職人

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この物語はフィクションです。実際に登場する人物や企業、民謡や逸話とは一切関係がありません。

※参考文献:霊犬しっぺい太郎伝説、奥飛騨温泉白猿伝説。


第四十九話 天仙院白雲(てんぜんいんはくうん)の過去

 その日の朝。家の戸に、白羽の矢が刺さっていた。

 

「えらいこっちゃ、レンが、レンが人身御供に選ばれてしもうた」

「ああ、なんちゅうこっちゃ、せっかく庄屋様のせがれとの婚儀も決まったというのに」

 おっ父とおっ母が頭を抱えて嘆いていだ。白羽の矢が刺さった家の娘は、山の神様にお供え物としてその身を捧げねばならないしきたりがある。もしそれを破ればこの村のみんなが祟られてしまうのだ。

 ねぇねのレンはすごくけっこい(べっぴん)でよく働く。村でもいちばんの人気者で、それを見染めた庄屋様んとこの中之介と祝言を上げることが決まった矢先やったのに。

 

「ああ、クレがおなごだったらええのに・・・・・・」

 おっ母がそんなことを言った。クレは自分(おいら)の名だ、生まれてからずっと体が弱く、生っちろく細い体でろすくっぽ働く事も出来ない、おっ父からもおっ母からもずっと「ごくつぶし」と叱られてはねぇね(レン)にかばってもらっていた。

 おらはいきててもしょうがないごくつぶしだ。ねぇねはそんなおいらをいつもかばってくれた。だったら、今度はおいらが、ねぇねのために。

「おいらがねぇねのかわりに、ひとみごくうになるだ」

 

 ねぇねは泣いて反対したけど、おっ父やおっ母は「それでこそオラたちの子だ」と喜んでくれた。おなごが着るきれいな着物(べべ)を着せられ、かおにおしろいをぬってくちにべにをつけると、よういしてあった白いはこに入れられた。

 

 天神さまのお社まで、むらのみんながおいらの入った箱をかついではこびこんだ。それからみんながどたどたと社の階段をかけおりるおとがきこえた。

 

 と、箱の中にいるおいらが、なにかぬくいものを感じた。みれば白い一匹の小さな犬がおいらの足元によりそってた。

「犬っご、け?おめぇ、いつのまに入えった?」

 うす暗い箱の中でも分かるほど白いその子犬は、くぅん、と息をして箱の中を歩くと、おいらの顔をぺろ、となめた。

「にげねぇと、神様にころされっぞ」

 どん、と箱のふたを押し開けようとする。だけども箱はくくられているみたいで、いくら力を入れてもこの犬っこがにげだす隙間は開けられなかった。

「しょうがね、おいらがくわれてるまに、うまくにげろ」

 

 -きょうはたのしい、うたげのひ-

 とおくから、おおぜいののうたう、太いこえがきこえて来た。

 -うまい、うまい、むすめっこ。めだまからくおうか、はらわたをすすろっか-

 天神さまのこえがする、おっ父のどなり声なんかよりも、ずっとこわいこわいこえ。

 -むすめっこのひめいをあじつけに、こわがるかおをなめたろか―

 おいらがむすめじゃないのがしれたら、天神さまはもっとおこるやろうか。

 -てあしをひきさき、しんのぞうをちぎって、のうみそをのみこむべ―

 声はどんどん近づいて来る。こわい、こわい、こわい。

 

 -こよいこんばんこのうたげ、はやてのごろにしられるな-

 

 最後にそうきこえた。そのとき、しらきのはこが、めきり、とおとをたてて、くだけた。

「ひ!」

 天神さまをみた。それはおおきなさるだった。おとなのせたけのばいもあるからだ、くちからのぞくおおきなきば、ぎょろりとひらいた赤い目、おいらたちがまいにちおがんでいる天神さまっていうのは、こんなにもおっかねぇすがただったのか。

 天神さまのひとりが、おいらをつまみあげると、そのながいしたでべろりとなめた。

『なんじゃぁ、こいつ、おしろいしとるぞ、紅も』

 そういっておいらをまじまじとみる。そのかおがますますこわくなっていく。

『こいつ、男子(おのこ)じゃあ!』

 

『村のもん、わしらをだましおった』

『たたりじゃ、たたりをくだせるぞ』

『むらのもん、おなごもあかごも、くいほうだいじゃ、うまやうまや』

 ひゃっひゃっひゃ、とわらいながら、天神さまたちがとびはねる。いけん、このまんまじゃねぇねが、むらのみんなが・・・・・・

 

 ぼとり。

 

 じめんにおちた。おいらをつまんでいる、天神さまのくびが。

 ゆらり、とけしきがゆれた。おいらをつまんでいた大きなさるが、くずれてたおれて、おいらをじめんにおっことした。

 

『な、なんじゃぁ?』

 のこりの天神さまが、土けむりのあがっているほうを見る。そこにいたのは、さっきの犬っこだった。りりしいかおで、きっ、と天神さまたちを見ると、はじけるようにとびかかっていった。

 

『きぃーっ』

『この犬ころがぁ!』

 天神さま、いや大きなさるたちは、そのおおきなうでで犬っこをたたきつぶそうとし、家よりもたかくとびあがってふみつぶそうとする。

 だけど犬っこは、まるではやてのように走りまわり、木にとびうつってほうこうを変え、白いせんとなってそらをかける。さるたちとすれちがうたびに、そのきばでさるたちのからだをひきさいていった。

 

『ま、まさか・・・・・おめは』

 さいごにのこった、いちばんおおきかったさるが、あとずさりしながらそういったとき、犬っこは目にもとまらぬはやさでとび、おおざるののどぶえにくらいついた。そして体をまるで水車のようにかいてんさせ、さるののどをかみきった。

 どすぅん、とあおむけにたおれるおおざるのよこに、その犬っこは、すたっ、とおりたった。

 

「見事なり、疾風吾郎(はやてのごろう)!」

 いつのまにか、おいらのすぐよこに山伏さまが立っていた。

「うん? お主、男子(おのこ)か。人身御供の身代わりに名乗りを上げたか、重畳重畳」

 おいらをみて、うれしそうにそういって、あたまをなでてくれた。

 

 おいらはもう、むらのみんなももう、たべられなくて、すむんじゃ!

「ありがとう、山伏さま、そして犬っこさ!」

 山伏さまにあたまを下げたあと、犬っこのほうにむきなおる。あのすごい犬っこのおかげでおいらは、村のみんなはもういけにえにならんですむんじゃ、と。

 

 でも、犬っこは、あのおそろしいおおざるのしたいによりそって、かなしそうに、くぅん、といななくと――

 おおーん、と泣くように、とおぼえをした。

 

 

 ヴンッ!

 

 そのときだった。おいらのあしもとに、くさの色にひかる(ふみ)が見えたのは。

「な、なんだ? おいらのあしもとに、(ふみ)が?」

「これは・・・・・そうか、人身御供として神の力を得、死を免れたゆえに生き神となったか!」

 

 そのあとのことを、おいらはおぼえていない。

 

 つぎに目がさめたとき、むらはおまつりになっていた。みんなほんとうにうれしそうで、山伏さまと犬っこに、みながおがみといのりをささげた。

「この男子(おのこ)は拙僧が引き取る。よいな」

 みなはぜひにといったが、ねぇねだけはどうして、と山伏さまにすがった。

「この子はもう人ではない。仙人の力を得、七年に一度しか歳取らぬ。共に暮らすなど叶わぬのだ」

 

 

 山伏さまの言葉は嘘ではなかった。おいらはずっと子供のままで、老いて死んでいく山伏さまの師匠を見送ると、自分もまた修行の僧となって山々を練り歩いた。己の身に起きた変化と、念を込めた時に浮かび上がるその書を読み取って、悟りへの道を歩き続けた。

 

 旅を続けるうちに、飛騨の山中に伝わる伝説を知った。この山には仲睦まじい一匹の猿と犬がいた、その猿の名は(しろ)、そして犬の名は吾郎(ごろ)といった。白は山にわく温泉の神様の子で、吾郎は山を吹き抜ける風の神様の子だった。

 だがある日、白は温泉に入っていた人の女子(おなご)の血を舐めてしまい、汚れた存在に成り果ててしまった。白は飛騨から姿を消し、それを嘆いた吾郎はいつの日か白を諫める為に、山の神として力を蓄えて行った。

 

 -そして彼らは、あの日あの時あの場所で、悲しい再会を果たしたのだった-

 

 

      ◇           ◇           ◇    

 

 

「それが今から、もう五百年ほども昔の事じゃ、信じるかね?」

 白雲さんは語り終えた後、僕に向かってそう問いかけた。この人は登紀さんよりも遥か大昔から生き続けて来た、人身御供としての力を得て生き神となった人だったのか。そんなワケが無いと否定したくても、足元の古文書のような魔法陣がそれを証明している。

 僕が(かか)っている、人を一秒ごとに一秒前の肉体に作り替えるほどの呪いがあるなら、体の老化を七分の一に抑える神通力があってもおかしくはないのだから。

 

「じゃ、じゃあ、あのお弟子さん達が、『人身御供になりたい』っていうのは・・・・・・」

「うむ、超常の力を身につけたいと願うが故じゃよ。そんな彼らにいつかそれが間違った事だと自分たちで悟ってもらうのが、わしの教えであり希望なのじゃ」

「そう、だったん、ですか・・・・・・」

 思わず呆然とする。この人は僕や登紀さん以上に過酷で数奇な運命を歩んできて、その上で超常(チート)の力を欲する若者たちを諫める為に生きて来たんだ。そんな人に、僕はなんて失礼な事を言ってしまったのだろう。

「すみませんでした、何も知らずに生意気な口をきいてしまいました!」

 体を直角に折り曲げて頭を下げる。こんな凄い人が力を貸してくれるというのに、僕はそれすら無下にしようとしていたのか、馬鹿だ僕は!

 

「何故謝る? あの時点で君が怒るのは当然ではないか」

 だけど白雲さんは顔をほころばせてそう返し、こう続ける。

「もし先程、君が私に対して怒れないならばもう君に助力する気はなかった。呪いに打ち勝つには少々未熟でも、君のような確固たる意志を持つものでなくてはならぬからの」

 そんな嬉しくなる言葉をかけてくれたこの人に、改めてもう一度頭を下げる。この人なら必ず僕の、登紀さんの、そして時遡プロジェクトの大きな力になってくれる。

 

「さて、待たせたな。そろそろそちらの件に行こうか」

 そう言って白雲さんは僕に近づき、足元の天王星の輪の魔法陣の中に手をさし入れ、そこから小さな子供の手を引き上げる。

「・・・・・・あ!」

 忘れてた。この魔法陣が出た時には七人の子供達が、全員もしくは一人ずつ出現していた、でも今回の子供はまるで白雲さんの話が終わるのを待っていたかのように、今まで出てこなかった。

 

 今回の子供は全裸の男の子だった。七人の中でも一番体が小さい、見た目は四~五歳に見える痩せ細ったいかにも哀れを誘う少年。

 

「かつて生け贄と成りし男子(おのこ)よ、答えたまえ。お主らの言う『おおかみさま』は、犬神(ごろ)のごとくか、それとも猿神(しろ)のごとくか?」

 

 その問いは、今僕が受けている呪いが正しい神の所業なのか、それとも邪悪な存在によってもたらされた物なのかを聞いている。この子も出番を待っていたのなら白雲さんの話を聞いていたはずだから。

 

 その子は白雲さんと、そして僕を交互に見て、こう答えた。

 

「どうしてあのおばあちゃんが、みがわりになれたのか、それをしって」

「身代わりのおばあちゃん・・・・・・つまり登紀さんが、どうしてこの子の身代わりになれたのか、って事?」

 その返しにこくりと頷く男の子。彼は最後に一言発して、魔法陣と共に掻き消える。

 

 

 -それが、みっつめの、ひみつ-

 




さすがに県外の逸話、民謡をそのまま使用するのは失礼にあたると思ったので、少し違う話にアレンジしました。
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