「見事に別のお宅だね」
鐘巻さんがふぅと息をついでそうこぼす、目の前には築十年ほどの一軒家。ポスト付き門扉には”滝川”の表札がかかっている。そこはかつて登紀の嫁ぎ先である神ノ山家があった場所なのだが、家も住民も彼女の知らないものになっていた。
「まぁそれは知っとったけん、とにかくこのへんの家々に聞き込んで回るわ」
神ノ山家が無くなっていても、ご近所の方々の子供や孫がまだ住んでいる可能性はある、その人たちに聞き込みをすれば、なにか登紀の親族の手がかり、または自分の秘密を知っている人に行き当たるかもしれない。
数時間後、全く収穫の無いまま一帯を回り終え、車に戻ってバテた体をシートに沈める。
「まいったわぁ、ご近所さんもみーんなおらんなっとる、苗字くらい同じ人おると思ったんやけどなぁ」
元刑事の鐘巻さんがいたおかげで聞き込みはハイペースで進めることが出来た。普通見知らぬお宅の訪問となれば緊張もするし、相手もこちらを警戒して門前払いも当たり前にある話だ。だが鐘巻さんのアプローチはそこらのセールスマン顔負けで、相手によって言葉や話題を使い分けてどんどん話を聞き出していった、流石やなぁとは思う。
ほなけんどお陰でここでの手がかりは完全に消えてしもた。これだけ町の住人も様変わりしとったら、とても私のルーツを探るどころやないやろう。
「君はここに嫁いできたんだろう、だったらそれ以前の生まれの家を当たってみたらどうだい?」
その提案に私は「あそこかー」と息を吐く。多分そっちにも手がかりはないと思とるし、正直あんまりええ思い出のない場所なんや、私の生家は。
「まぁ一応行ってみよか、今日はそれで打ち止めやな」
徳島県
現地に向かう車中でそんな解説を入れると、アメリカ人の鐘巻さんは興味津々で食いついて来る。
「で、カミノヤマの家はうだつが上がってたのかい?」
「上がっとったよー、近所じゃ一番の家やったわ」
「ほほう、セレブの家の出だったんだねぇ」
そうイジり気味に話す鐘巻さんに、私ははぁ、とため息をついて返した。
「家は金持ちかもしれんけど、私は庶民以下の小間使いでしかなかったわ」
私の生まれの家、五城家は政治家の家系と言う事もあって栄えてはいた。だけど私は九人兄弟の末娘で、誰からも可愛がられずにこき使われていた記憶しかない。誕生日や七五三も祝ってもらえず、学校すら行かせては貰えなかった。父や祖父は常に日本中を飛び回り、母や祖母はもう子供はたくさんだとばかりに私を手間としてしか見なかった。
「・・・・・・DVじゃないか」
「ほんな言葉が明治の日本にあるわけないやろ」
そういう時代だったのだから仕方がない、三食食べられるだけでもまだ恵まれている方だったのだろう。
そんな私はまるで追い出されるように十五歳で神ノ山家に嫁いだ。でも思えばそれが私の人生の転換期やった。夫となった晴樹さんは私のことを愛してくれたし、実家で鍛えられた家事の腕前や、ひたむきに働くその性根は神ノ山の家に快く受け入れられた。
やがて子供が生まれて学校に通う年齢になると、私も一緒に勉強を始めた。子供の教科書やノートを見て学校に行けなかった遅れを取り戻していった。農家の仕事と子育てと勉強の三本柱は過酷ではあったが、それでも周囲の皆の温かい協力のお陰で私は多くを学び、人生はとても充実したものとなっていった。
反面、五城家は完全に没落してしもた。いわゆる”大正デモクラシー”の政治の激変の波に完全に飲まれ、政治基盤を失い商家からは価値無しと見捨てられて一族離散の末路を辿ったのだ。
「うだつが落下してしまったんだな、HAHAHAHAHA」
「そこ笑うとこちゃうわ」
小説家の
脇町に到着するも案の定、五城家の気配は残りカスすら無かった。もちろんあちこちに聞き込みをして回り、道の駅の展示資料まで漁ってみたが、五城家の五の字すら見つからんかった。
「やっぱ無理かなぁ」
旅館にチェックインし、ロビーのソファーに腰を沈めてそう嘆く。私とおおかみさまと生け贄の関係どころか、自分のルーツさえロクに探れないんじゃ手がかりすらない、まさに雲をつかむような話だ。
「まぁ焦っても仕方ないさ、ミルクでも飲んでくつろぎたまえ」
風呂上がりの鐘巻さんが私の前にフルーツ牛乳のビンをことりと置くと、自分はコーヒー牛乳を腰に手を当ててごっごっごっ、と飲み干す。浴衣もやたら似合うとるし、ほんまにアメリカ人かいなこのひとは。
私がフルーツ牛乳を飲み終えた時、彼は私の前にタブレットを差し出してこう話した。
「少々ウラワザというか、反則手を使ってみたよ」
そのタブレットを覗き込んで私は絶句した。そこには何十人もの名前と住所、年齢や性別が記載されているのだが・・・・・・その人たちの苗字が全員”神ノ山”なのだから。
「三宅に頼んで、ちょっと住民票のデータベースにハッキングを、ね」
「・・・・・・おまはんそれでも元警察官かい!」
「三宅にもそれ言ってやってくれたまえHAHAHA!」
時遡プロジェクトの情報技術管理、三宅修一郎氏は元警視庁公安部の情報処理担当だ。確かに彼にかかれば日本のザルなセキュリティなどやすやす突破するやろうけど・・・・・・二人とも現役時にはどんな捜査しとったんや全く。
とはいえ手掛かりには違いない、画面をスワイプして知ってる名前が無いか、徳島在住の人がいないかを調べて回る。
そして、ふと、一人の人物の名前に行き当たる。
『神ノ山 壮一』
「あ・・・・・・」
私はその名前を知っている。そう、私の次男である孝道の息子、つまり私の孫。私が若返る呪いを受けた時にはまだ九歳の腕白盛りだった。今の年齢は七十三歳、うん確かにそのくらいやろう。現住所は・・・・・・徳島県
「いきなりヒットしたかい?」
「うん、多分だけど私の孫、おおきに鐘巻さん!」
そうだ。思い起こせば壮一の父の孝道は当時、私の時遡の呪いの秘密を共有し、私が色んな所に移り住む為に戸籍を細工して貰ったものだ。その息子が何かを知っている可能性は低いが、それでも当たってみる値打ちはあるだろう。
「じゃあ明日はそっちだな、美波町は・・・・・・県南か、結構遠いな」
「頼むわ、今日は早よ寝て明日に備えな」
聞き込みで歩き回ったので足がパンパンなのもあり、明日の展開を期待して早めに布団に潜り込んだ。
翌日、早朝に出発した私たちは三時間ほど車を飛ばし、県南の美波町にやって来ていた。うみがめが上陸する町として有名な海辺の観光地だ。観光したがる鐘巻さんを引っ張って、壮一の住んでいる住所に辿り着き・・・・・・
その家を、重機が破壊しているのを、私たちは呆然と眺めていた。
「やっぱり夕べの内に来るべきやったわー」
工事の人に話を聞いた所、つい昨日まで神ノ山壮一氏はここに住んでいたらしい。だが家賃滞納と居住権のせめぎ合いの末、裁判沙汰になるのを嫌った彼は今日付けてここを退去する事になったそうだ。もちろん彼のその後など工事人たちが知るはずも無かった。
「ここの土地の所有者に聞けば居所も分かるだろう」
鐘巻さんのアドバイスに励まされて町の中心街に車で向かう。と、鐘巻さんが路肩に車を止めて堤防を眺める、視線の先には竿を出す釣り人達の姿。
「フィッシングやってるね、チョット見て来ていいかな?」
鐘巻さんが興味津々でそう懇願してくる。ああもう気分屋やなぁほんまに。でもまぁ昨日から私の都合で付き合わせとるし、ちょっとくらいならまぁええやろう。私も少し深呼吸でもしようと堤防に上がって海の風に当たる。
「どうです、釣れてますかー?」
二人で釣り人の水くみバケツやクーラーボックスを見ながら話しかける。鐘巻さんはコミュ力の達人だし今の私は見た目が女子中学生、話しかけられて機嫌が良くなった釣り人達は釣果を自慢したり、専門的な知識を披露してくれたりして(そういう人は大抵釣れてないけど)気分を害さずに会話を楽しむことが出来た。
そして、一番端っこで釣っているお爺さんの所に足を運ぶ私。まだ他の人と話をしている鐘巻さんの声を背中に聞きながら、私はそのお爺さんに「どうですか?」と声をかける。
「あかんね、全然やわ」
そう言って私を見る。まぁバケツの中は空やったしクーラーもない、釣果が無いのは聞かなくても分かってはいたが・・・・・・
私はそのお爺さんを見る。お爺さんは私の顔をまじまじと見つめて、ひとつふたつ瞬きをする。
「あんた・・・・・・登紀、お婆ちゃん、か?」
「おまはん、ひょっとして・・・・・・壮一!?」
高齢の釣り人と、女子中学生の見た目の女の子は、そう言葉を交わした。